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1.出会い編

〈閑話〉セフィリオの休日④

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 次の日の朝、僕は馬を二頭ひいて、アクレさんの宿屋へと行こうとしていると、シュバルツ公爵の屋敷の門を出たところで、アレクさんが待っていた。

 お互い朝の挨拶をする。

「いい馬だな」

 そういって、アレクさんが馬を優しい手つきで撫でた。

「名前は?」
「その子はロゼ」

 馬の扱いには慣れているのか、慣れた手つきで馬具を調整している。

「よろしくな、ロゼ」

 そう声をかけて、馬がそれに応えるように嘶いた。
 人だけではなく、馬にも優しいらしい。

 僕は、もう一頭に、ちなみに名前はジョーヌに騎乗する。

 それを見ていたアレクさんが、何かを考えて、僕に言う。

「セフィリオ、今から行くところは」

「うん」

「秘密だ」

「ええ?」

 にこり、と笑いながら、「ただ」と続ける

「途中に、何ヵ所か白香の木の並木があって、着くまでに何本あったか数えてくれ。
 当たったら、良いものをやるよ」

 と、そんなことを言う。

 白香の木は、その名の通り、白い樹皮をもつ、いい香りがする木でお香としても使われる。
 確かに、この領には、群生しているところが、あったと思うけれど。

 アレクさんは軽い身のこなしで騎乗すると、「じゃあ、行くぞ」と行って駆け出した。



 それから、街からは郊外の方へ、馬の走る速度に緩急をつけながら進む。
 アレクさんは時折こちらを気にかけながら、馬たちにも気を配り、川沿いを駆けた。

 風に金髪がなびいて、翠眼が生き生きと輝いていて、とても楽しそうに馬と一緒に、風と戯れているようだ。


 シュバルツ公爵領の地図を思い出しながら、今走っているであろう、そして向かっているであろう場所を予想する。

 川がどんどん細くなり、上流へと昇っているのだと思う。

 出発する前に、アレクさんが言っていた、白香の木も数えながら。

 一度、間で休憩を入れ、1時間ほどの時間をかけて川沿いを駆けた。


 そうして、僕たちは川沿いの、野原へとたどり着いた。

 特に何の変哲もない野原であったのだけれど、穏やかに流れる川が一望でき、木々が周囲を囲んでいるため周りは目隠しになっており、それでも木漏れ日と、日の光が明るく草花を照らして、とてもきれいなところだった。

 アレクさんは馬から降りると、木陰に馬を休ませる。

 ここが目的地らしい。


「白香の木は何本だった?」

 全く息を切らすこともなく、涼しげに笑いながら、彼は言った。

「正しいか分からないけれど、63本は数えたよ」

 僕が馬から降りて答えると、

「なるほど」

 と返される。

「答えは何本なの?」

 僕が聞くと、

「いや、知らない」

 そう、答えた。

 知らないって。じゃあ、これは一体なんだったの?

 僕が困惑して、不服そうな顔をしていると、アレクさんは困ったように笑いながら、

「いや、ごめん。別にからかった訳じゃなくて。
 セフィリオは乗馬に余裕がありそうだったから、何も無ければ頭の中でずっといつものようなことを考え続けるんじゃないかと思って」

 そう言う。

 確かに、その通りだ。
 乗馬し、周囲や馬のことに注意を払いながらも、思考する程度の余裕はある。

「でも、考えなかったろ?」

 実に楽しそうに、アレクさんは言った。

 僕は、何を考えていただろうか。
 行き先と、今の地形と、白香の木が在るかどうか。それを繰り返し、考えていた。

「まあ、俺は馬に乗ってると、馬気持ちいいな、とか風最高だな、とかしか考えないんだけどな」

 また、楽しそうに笑って、「ちなみに俺は65本だった」と言った。

 ここには、何か目的があって来たのだろうか。

「ここは、俺の泊まってる宿屋の主人おすすめの場所で、のんびりするならここ、と言われた所だ。
 一度来たことがあって、気に入ったから、セフィリオにも教えたかった」

 つまり、目的は特に無いらしい。

 思考が働きそうになったところで、

「じゃあ、今から言う薬草と、花を摘んでくれ」

 アレクさんが、言う。
 いくつかの薬草の名前と花の名前をあげて、

「早くたくさん見つけた方が勝ちな」

 言いきってさっさと野原へ行ってしまう。

 正直、僕は草花のことはあまり詳しくない。

「アレクさん、僕、知らないから、教えてほしい」

「いいよ」

 そう言って、すでに手元にある草花の特徴や見分け方を一つ一つ説明してくれる。

 見本に一本ずつくれると、彼は作業を再開した。
 僕は教えられたことと、見本を頼りに、採取をしていった。


 そして、しばらくすると、

「そろそろお腹がすいたな」

 アレクさんはそう言って、馬が休んでいる木陰へと移動し、何やら準備をし出した。

「今回は、セフィリオが初めから不利な勝負だったから、勝敗は無しということで」

 そんなことを言う。

 何それ。

「これは、どうしたらいいの?」

 僕は摘んだ草花を抱えて言う。

「今日の記念にあげるから、帰ってどんな効果のある薬草か調べてみな」

 アレクさんがそういう頃には、すっかり昼食の準備が出来ていた。

 昼食は、サンドイッチと、果物と、お茶も準備してきたらしい。
 綺麗に並べられた色彩を見ていると、手を拭くようにとタオルを渡される。

 浄化魔法も出来たのだけれど、ありがたく受け取って手を拭いた。

 一つ、サンドイッチを手に取って、頬張ると、野菜の瑞々しさと、はさんである肉の塩気がちょうどよくて、香辛料が効いている、とてもおいしいサンドイッチだった。

「すごくおいしい」

「そりゃ良かった」

「本当においしい。これまで食べたサンドイッチの中で、一番おいしいよ」

 僕がそういうと、アレクさんは一瞬きょとり、として、

「それは褒めすぎだろう。空腹が、美味しくしてくれてるんだよ」

 というので。

 え、もしかして、

「これ、アレクさんが作ったの?」

 彼の泊まっている部屋には厨房はついていなかったように思う。

「ああ。宿屋の厨房をたまに借りて作るんだけどな」

 うーん。
 そういう宿屋の設備を借りることが一般的なのかは、とりあえず置いといて。

「料理するんだね」

「まあ、ずっと一人だし。外食ばっかだと飽きるからな」

 そういって、彼もサンドイッチを頬張る。

「ああ、でも。人に振舞うのはこれが初めてだな」

 そう言った。


 僕は、彼の策略なのか、今のところ、いつものように思考をめぐらす余裕など無い自分を自覚した。
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