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《第16章》― 俺だけが、お前の「特別」でいたいんだ…。他の奴がお前の特別なんて嫌だ…―
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しおりを挟む健志からは相変わらず返事が来ない。亮は今日もメールをチェックすると重い溜息を吐いた。
「やっぱり、もう一度ニューヨークに行かないとダメか…」
やり切れない思いで頭を振りつつ、亮は健志の姿を思い浮かべた。会社に電話をしてもなんのかんのと理由をつけられ取り次いでもらえず、自宅の電話はいつも留守電だった。
もう一度話し合いを…と思っても亮自身が忙しくて休みも満足に取れない今、ニューヨークに行くなんて問題外だった。
桂とも逢えない日が続いるというのに。
「くそっ…」
苛立ちを自分にぶつけると、亮はタブレットを傍に追いやった。
健志との別れ話が出来ない、桂と逢えない、そしてもう一つ亮を苛々させる出来事があった。
桂のガラケーが原因だった。
桂は携帯電話には無頓着だ。
亮の掛ける電話にも出ることが少ないし、留守電のチェックもまめにしていない。
つい最近になって、亮はその事を盾にして桂から自宅の電話番号をやっと聞き出していた。自宅に電話すれば、きちんと出るのだ。
お陰で、なにかの約束をするのにすれ違うという、はなはだ不愉快な事態は避けられるようになっていた。
先日…思い出すのも忌々しい出来事があって、それは亮を不安にさせていた。
その日は、久し振りに桂の部屋での夕食になっていた。亮の部屋に土鍋が無い事に気付いた桂が、自分の部屋でチゲ鍋をしようと提案したのだ。
桂の部屋で過ごせる事に、胸を喜びで膨らませつつ亮は桂の部屋で食事の支度を手伝っていた…といってもガスコンロにカセットをセットしただけだったが…。
和やかな雰囲気を邪魔する様に、それは鳴り響いた。
「…あ…桂…携帯が鳴っている」
亮は自分のスマートフォンかと思って慌てて確認すると桂を呼んだ。
自分では無かったからだ。
桂はその時ちょうど浴室に何かを取りに行ってしまっており、仕方なく亮はテーブルの上に放り出された桂の携帯を取り上げた。大学関係からの電話だったら困るだろうと思ったのだ。
何気なく着信を知らせ続ける桂の携帯の液晶を見た瞬間、亮の顔からさっと血の気が引いた。
― リナ ―ただそれだけが表示されている…。
リナ…その文字を目にした途端、亮の脳裏に以前桂と電話で言い争いをした時の事が鮮やかに甦ってきた。
自分が掛けた電話に、桂は「リナ…?リナか…?」と真っ先に言った…。
あの時は、リナが誰なのか怖くて聞けなかった…そして、それ以来「リナ」と言う存在は記憶の深淵に無理やりしまい込まれていた。
それが、今…また亮に存在を知らせるように現われる…。
亮はしつこく鳴り続ける携帯を呆然と見つめていたが、桂が浴室から出てくる音にハッと我を取り戻すと、「リナ」の存在を絶ち切るように桂の携帯の電源を切った。そして、何食わぬ顔で携帯をテーブルに戻したのだ。
「…山本、何か呼んだ?」
浴室から出てきた桂が、微笑みながら亮に訊ねる。亮は、胸に刺さった棘のようなシクシクする痛みを堪えると桂を抱き寄せた。
桂が「リナ」に浚われてしまいそうで、不安で堪らなかった。
「いや…別に…」
桂の髪の毛に顔を埋め、内心の動揺を気取られないように答えた自分…。
亮はあの時の自分の情けない態度を思い出して、いまさら自嘲の笑いを浮かべた。
どうして…あの時聞いてしまわなかったのだろう…。
「リナって誰なんだ?」
そう一言軽く聞けば済む話かもしれない…。でも亮にはどうしてもその一言が口に出来なかった。訊いて、もし聞きたくない答えが返ってきたら…。そしたら、桂と終りになってしまう…そんなのは嫌だった…。
桂の周りに女の影がちらつくのも我慢できない…。くだらない嫉妬だと分かっていても、嫉妬してしまう。
そんな資格…今の自分には無いのに…。
「くそっ!」
亮はガツッと腹立ちまぎれに机を拳で叩いた。最近の自分に良くある行為だった。
「…桂…リナって…女…お前の何なんだよ」
憤懣やるかたない思いばかりが胸を渦巻いていく。何もかも自分の思うとおりに運んでいかない苛立ちが募っていくばかり…。
桂の気持が欲しくて…知りたくて…桂にとっての特別が、自分一人だけであって欲しい…亮はむしの良い願いをしてしまう自分を自嘲しながらも、それでも願っていた。
胸が騒いで仕方がなかった。自分の中の感が訴えていた…。
― リナは桂の特別な存在だと…—
亮は「リナ」と言う、まだ会った事のない存在に脅かされ、そして怯えていた。
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