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《第3章》―俺に尋ねる権利はあるのか…。問い詰める資格はあるのかよ―

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 乱暴に切った携帯を見つめて、亮はくそっ、とらしくない罵声を上げた。

 訳も分からない苛立ちが募り始めると同時に、もやもやした割り切れない、どす黒い感情が胸の中を占拠していく。

 どうして…こんな事で苛々するのか…?
気にしたって仕方がない…。
もしかしたら務めている大学の知り合いかもしれない…。同僚の講師かも…。いや…生徒かもしれない…。

 亮はブツブツと口の中で自分を宥める為の理由を挙げながら、深夜の静まり返った道路を滑るように車を走らせていた。

 桂に逢いたくて…気持が急いて仕方がなかった。

 目の前に伸びる緩やかなスロープを描く道路。
その先に淡い金の光を放つ月が見えて、それがやけに桂の無邪気な笑顔を思い出させて、余計色々な感情がごちゃ混ぜになって気持が昂ぶっていた。
 




「やっと終りましたね!」

 通関書類をミスったあげく、関税まで間違えて計算をして、ギリギリまで亮を追い込んだ当の部下は、やれやれといった表情で立ち上がると大きく背筋を伸ばした。

 その、やたら晴れ晴れとした表情を浮かべて言う部下に、亮は今後を注意する事を我慢すると苦笑を見せて相槌を打った。

 もともとが優秀な社員だ。亮よりはるかに年上だったが、きちんと亮を上司として認めて慕っていてくれる。亮も、彼を優秀だと見込んだからこそ、今回のゴブレットの仕事を引き継がせていたのだ。

 まぁ、通関書類のミスは仕方が無い…。と亮は今回の彼のミスを不問に臥すことに決めていた。

 細かくて煩雑なお役所的な書類と、複雑な計算だから、慣れていない彼に任せた自分の判断ミスもあった。

 普通こう言う書類関係は、女性スタッフにさせれば良かったのだが…、人一倍責任感の強い部下が一人でやらなきゃいけないと…意気込んでしまったのを見過ごしていた。

 きちんとそれぞれの役割をさせなかった自分のミスでもある。それに、検品作業ではミスを取り返そうと、必死でがんばってくれた。

「お。サンキュ」

 亮は部下が持ってきてくれた缶コーヒーを受け取ると、笑いながら自分も立ちあがった。

 心配の種だったゴブレット1000個は、今亮の目の前で、きちんと梱包され月曜日の納品を待っている。

 それを見ながら、亮は大きな仕事をやり終えた後の馴染みのある充実感を感じていた。これを感じるために仕事をしているといっても過言ではないのだ。

 割れたものや、チップが入ったもの、そしてデザインを施したカッティングが悪いと判断した物…諸々併せて50個近くが検品で弾かれた。

 そして1000個が納品。残った150個は亮がプロデュースしているイタリア雑貨のショップに置く予定だった。それもホテルと提携してのダブルネームで。

 価値の無くなった50個の損失など、どうでも良くなるくらいの利益が今回の仕事で上がる。

 経営会議で報告する時の誇らしさを思って亮はうっすらと笑みを浮かべる。

 同時に1年余りの時間をかけた取引が終わるのを、亮は少しだけ感慨ぶかく思いながらコーヒーを啜った。

 部下の携帯がうるさい着信音を響かせるのに、亮ははっと我に帰った。彼が携帯を取りだして二言、三言話すと当惑したように亮を見た。 

「専務、企画の安田マネージャーからなんですが。専務がいらっしゃれば専務とお話ししたいそうです」

 どうしますか?と目で訊ねながら携帯を差し出す。

 企画と訊いて亮の片眉が上がった。亮が携わっている企画は今無かったからだ。
心当たりのないまま、亮は「でるよ」と言って携帯を受けとっていた。
 




 深夜の路上にぽっかりと浮かび上がった、コンビニエンスストア。
その入り口側の駐車場に、桂の姿を見つけて亮の心臓がドクンと大きく跳ねあがった。

 さっきまで感じていた苛立ちが、桂の姿を見たことで収まり始める。代わりに、心拍数が一気にあがるような、熱い感情が胸の中で波打っていた。

 馴染みの無いその感情に戸惑いながらも、桂に逢えた喜びの方が勝って、自然亮は笑みを浮かべていた。

 駐車場に車を停めると、桂が躊躇いがちに近寄ってくる。心なしか怯えたような表情に、苛立ちがまた募って亮は顔を顰めると乱暴に桂の腕を掴んだ。

「あ…あの…」

 亮の力の強さに驚いたように桂が亮を見上げた。もたもたする桂を、グイっと助手席に押し込むと自分もすばやく乗り込んで車をマンションに向かって発進させる。

 早くマンションに戻りたい…。誰気にする事無く二人っきりになりたい…。桂と早く抱き合いたい…。
亮はその事しか考えられなくなっていた。
 
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