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《第1章》 ―お遊び…それは分かってる…でも俺は「ごっこ」をしたかったのか?―

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 秘書が今日の予定を淡々と告げていく。
詳しい予定はあらかじめ、スケジュールアプリで管理しているため、取りたてて毎朝行われる、この儀式は重要ではなかった。

 ただ秘書が予定の念押しをしておくだけ…といったところ。

 その為、亮はボーっとしたまま秘書の言葉を聞いていた。最もろくすっぽ、秘書の言葉など耳に入っていないのだが…。

 亮の最近の関心事は、恋人ごっこのお相手…伊東 桂…だった。

「なんか…おかしいよな?」

 秘書が恒例儀式を終らせて、部屋を辞するのを見送りながら、亮はぼんやりと桂の姿を思い浮かべた。
どんな相手でも、いつも自分が主導権を持っていた。相手を振りまわすのも、所有するのも自分…。

 それが亮の恋愛スタイルだ。

「別に…俺が振りまわされている訳じゃないんだが…」

 桂の事を考えるたびに、最近訳の分からない苛立ちを感じるようになっていた。
付き合い始めて2ヶ月余り。傍から見れば、申し分無いほどの順調な恋人生活が続いていた。

 桂は思った以上に、良く出来た恋人で、今まで付き合っていた健志とは、また違った意味で魅力のある恋人だった。

 料理上手に、床上手…そう思って亮は顔を顰める。
何となく桂のペースに巻き込まれている…自分の思うように事が進んでいない…そんな気がしてならなかった…。

 桂は何も自分に要求もしないし、自分を主張して亮を困らせる事もしない。黙って亮のしたいように、なんでもさせてくれる。

 こんな上出来な恋人の桂との付き合いで自分が何を気に入らないのかが…ぜんぜん分からない…。

 桂の、たった一つの要求は「唇へのキスはしない。」…それだけ。

 亮はキスの事を考えて少し眉根を寄せる。亮はキスが大好きだった。お互いの気持を…愛情を確認するのにキスは重要なツールだと思っていたのだ。

 キスが出来ない事にやや不満は持っていたが…まぁ、必至であれこれとキスをしない理由を言い募る桂の瞳を眺めるうちに、それも仕方がないか…と思うようになっていた。

 桂の言う通り、桂は本当の恋人ではないのだから…。どこかで本命と遊びの線引きをしなきゃいけないのは当然かもしれない。

 でも…変だ…。

 亮は最初にこんな事を始めようと思った時の事を考えた。

俺は、別に遊びをしようと思ったわけじゃなくて…健志がいない10ヶ月は本当に恋愛をしようと思っていたはず…。

…あれ…?でも…。

 10ヶ月後には健志は帰ってくる…。そうすれば桂とは終るわけで…やっぱり、これは期間限定のお遊びって事になるのか…?

 ???亮は自分の頭の中が整理できなくなってきて、頭を振った。
健志は愛しい…愛している…。世界で一番大事な愛しい恋人だ。

 でも、最近は桂の事も気になってしょうがなかった。
毎週末のデートなんかじゃ物足りなくて…暇さえあれば桂と逢いたくなる。

 こんな事は健志と付き合っていた頃は考えられなかった。健志とは週末だけしか逢わなかった。お互い忙しいし、自分の時間も欲しいから平日は決して逢うことはなかった。それでもぜんぜん平気だった。むしろ、それが当たり前だと思っていたのだが…。

 それが今じゃ…。

「俺って餌付けされているのか…?」

 桂の作る手料理が恋しくてたまらないのは、誤魔化しようの無い事実。家庭料理に飢えた亮にとって、桂の料理はどれも捨てがたい魅力だった。

 今だって、桂の作る料理の事を考えていたら唾が口の中に湧いてくる。そして料理の事を考えると、無性に桂に逢いたくなる。

 桂の無邪気な笑顔ばかりが目の中にちらついて…我慢できなくて…料理も桂も欲しくなって…そして桂を呼び出してしまう。

 子供のように抑えが聞かなくなる感情に戸惑いながら、今も亮は桂に呼び出しのメッセージを送っていた。

 何となくすべてが上手くいかない…桂との付き合いにおいて何かが狂っているのを亮は感じていた。

『わかった。今夜行くよ。何が食べたい?』

 程なくして返ってきた、桂からの返事を読みながら亮は自然に頬が緩んでしまう。

『グラタンが喰いたい。』

 そう打ち込みながら、亮は、健志とこのお遊びを始めるための相談をしていた事を思い出していた。
 
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