恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
73 / 130
第8章 王子の宣言と変化

7

しおりを挟む
青褪めて部屋に飛び込んできたアレックスに、真理は申し訳ない気分だ。

「ああっ!真理っ!!」

顔を見るなり、テッドと護衛と医師の目を気にせず自分を抱きしめる王子に、真理はこの時ばかりは柔らかく抱きしめ返した。

彼の腕が心なしか震えている。

「心配かけてごめんなさい。私は大丈夫」

宥めるように背中をポンポンと軽く叩くと、アレックスは肩から顔を上げて今度は真理の頬に触れながら、瞳を覗き込んだ。

「怪我は?どこをやられたんだ?!」
「ないわ、それより・・・」

心配させ過ぎるのも良くないからと、色々端折ろうとしたところで、医者が割り込んだ。

「大きいお怪我はございませんが、右脇腹と太もも、左手の指先、そして左の耳朶に飛び散った薬品による、軽い熱傷がございます。あと御髪も数カ所焦げております」

・・・余計なことを・・・医者の言葉に温厚な真理でも少し苛立つ。とにかくアレックスを心配させたくないのに、これでは無理だ。

とはいえ、目に見えるところに火傷はあるから隠しようもなく、医師の言葉にアレックスが剣呑な顔をした。

「犯人は自供したのか?」
「現在は黙秘してるようです」  
「必ず、吐かせろ」

テッドの返事にアレックスが苛ついたように髪を掻きむしった。そして「明日、警視総監を王宮に呼べ」と言ったところで、真理は慌てた。

言い方は悪いが単純な傷害事件だ。そして犯人は現行犯で逮捕された。何も警視総監は必要ない・・・はずだ、多分・・・。

「殿下、私は大丈夫。犯人は捕まったし。ヘルストン警視庁にお任せしましょう」

「だめだ、君が狙われた動機がまだわからない。黒幕がいるはずだ。俺は絶対に許さない」

アレックスは冷たい口調で譲らない。真理を抱きしめたまま、警護官のリーダーへ冴え冴えとした鋭い目つきで睨め付ける。

「この失態は許されない、分かっているな」
「はっ!大変申し訳ございません!」

頭を下げた護衛の頭を真理は放心して見つめた。大げさにしたくなかったのに逆効果だ。


「彼らのおかげで犯人は捕まっ・・・」
「ダメだ!」

アレックスは真理の言葉を苛立たしげに遮った。

「真理、これは傷害じゃ済まされない。殺人だ!アシッドアタックなんて、卑劣極まりない。強酸と思しきものを君に浴びせてる。君がうまく逃げなきゃ、顔を失っていたかもしれない、凶悪だ」

言って、また彼の胸に顔を押さえつけられ、頭にアレックスの顔が埋まるのを感じる。
彼をひどく昂ぶらせてしまったことに、真理は後悔したし、周囲の人間に迷惑をかけたことも自覚した。

冷静なテッドが医師と護衛を応接室から出すと戻ってきて声をかけた。

「殿下、アメリア様の方がショックを受けていらっしゃいますよ、貴方はまず落ち着いてください」

アレックスはハッと顔を上げると、真理の頬に手を添え、気まずそうな顔を見せた。

「ごめん」

王子の謝罪に、真理は頬に触れる彼の手に、指先で触れると「私もごめんなさい、心配をかけて」と伝えた。

その手を引かれてソファーに2人で座ると、テッドも座り口を開いた。

「とにかくご無事でなによりでした。護衛は変更します、アメリア様のレベルに合いません。前回のパパラッチ、今回の犯人、どちらも後手に回っています。大変申し訳ございませんでした」

彼が頭を垂れたことで、真理は慌てた。これで2度目だ。自分の方が迷惑をかけているのに。

「そんな!謝っていただくことなどございません。私の方こそ勝手をしたんです。申し訳ございません」

彼女の言葉にテッドは困ったような、でも厳しい顔つきで答えた。

「今日の犯人は明らかにアメリア様を狙ったものと思われます。殿下の言葉ではありませんが、このまま簡単に傷害で終わらすことはできません」

「そうだ、君に害をなすということは、俺に対して・・・王族にも害をなすことと同義だ。絶対に黒幕を吐かせて潰してやる」

息巻くアレックスと、無表情だが多分かなり怒っているだろう秘書官に真理は困り果てた。

犯人を捕まえるためとは言えど、勝手をし過ぎた。気づいた時点で、すぐに護衛に助けを求めれば良かったのだ。

自分の好奇心?探究心?ムズムズする気持ちに負けて、誘い込んだのが悪かったのだ。

先ほどまで受けた警視庁の聴取では、このことは言ってない。コーヒー豆を買うために路地に入ったと説明したのだ。

だが・・・王室府の第二王子の首席秘書官は優秀だった。そして早くも真理の気質を良く理解し始めている。
少し考え込むような顔をしたが、その後ちらりとアレックスに視線をやり、おもむろに聞いてきたのだ。

「アメリア様、ご自分を囮になさいましたね?」
「どういうことだ!?」

アレックスがさらに青ざめたのを見て、真理は本当に自分のした事の迂闊さを後悔していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

愛のない政略結婚で離婚したはずですが、子供ができた途端溺愛モードで元旦那が迫ってくるんですがなんででしょう?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お腹の子も君も僕のものだ。 2度目の離婚はないと思え」 宣利と結婚したのは一年前。 彼の曾祖父が財閥家と姻戚関係になりたいと強引に押したからだった。 父親の経営する会社の建て直しを条件に、結婚を承知した。 かたや元財閥家とはいえ今は経営難で倒産寸前の会社の娘。 かたや世界有数の自動車企業の御曹司。 立場の違いは大きく、宣利は冷たくて結婚を後悔した。 けれどそのうち、厳しいものの誠実な人だと知り、惹かれていく。 しかし曾祖父が死ねば離婚だと言われていたので、感情を隠す。 結婚から一年後。 とうとう曾祖父が亡くなる。 当然、宣利から離婚を切り出された。 未練はあったが困らせるのは嫌で、承知する。 最後に抱きたいと言われ、最初で最後、宣利に身体を預ける。 離婚後、妊娠に気づいた。 それを宣利に知られ、復縁を求められるまではまあいい。 でも、離婚前が嘘みたいに、溺愛してくるのはなんでですか!? 羽島花琳 はじま かりん 26歳 外食産業チェーン『エールダンジュ』グループご令嬢 自身は普通に会社員をしている 明るく朗らか あまり物事には執着しない 若干(?)天然 × 倉森宣利 くらもり たかとし 32歳 世界有数の自動車企業『TAIGA』グループ御曹司 自身は核企業『TAIGA自動車』専務 冷酷で厳しそうに見られがちだが、誠実な人 心を開いた人間にはとことん甘い顔を見せる なんで私、子供ができた途端に復縁を迫られてるんですかね……?

側室は…私に子ができない場合のみだったのでは?

ヘロディア
恋愛
王子の妻である主人公。夫を誰よりも深く愛していた。子供もできて円満な家庭だったが、ある日王子は側室を持ちたいと言い出し…

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【完結】私の婚約者(王太子)が浮気をしているようです。

百合蝶
恋愛
「何てことなの」王太子妃教育の合間も休憩中王宮の庭を散策していたら‥、婚約者であるアルフレッド様(王太子)が金の髪をふわふわとさせた可愛らしい小動物系の女性と腕を組み親しげに寄り添っていた。 「あちゃ~」と後ろから護衛のイサンが声を漏らした。 私は見ていられなかった。 悲しくてーーー悲しくて涙が止まりませんでした。 私、このまなアルフレッド様の奥様にはなれませんわ、なれても愛がありません。側室をもたれるのも嫌でございます。 ならばーーー 私、全力でアルフレッド様の恋叶えて見せますわ。 恋情を探す斜め上を行くエリエンヌ物語 ひたむきにアルフレッド様好き、エリエンヌちゃんです。 たまに更新します。 よければお読み下さりコメント頂ければ幸いです。

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

処理中です...