恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
72 / 130
第8章 王子の宣言と変化

6

しおりを挟む
王子様の恋人宣言から、しばらく経ちやっと私邸の周辺は落ち着きを見せはじめた。

真理は自宅に戻らず私邸にとどまっている。
彼が番組でお泊まりデートもする、と言ってしまったし、自宅で護衛に付かれるのも、なんか落ち着かない気がしたのだ。

当然ながらアレックスは帰ることを許さなかった。
公務に軍務と忙しいアレックスから、恋人との逢瀬の時間は1秒たりとも無駄にしたくない、ここにいて欲しいと、自分が帰る場所にいて欲しいと、押し切られ絆されてしまった。

叔父のロナルドからは、相変わらず、あのバカ王子!と毒づくメッセージは来ていたが、それ以上は何も言わないことにしたようだった。

そんな叔父に申し訳ないと思いながらも、アレックスへの想いが深くなるばかりだから、叔父には謝らないことにした。

アレックスを好きな気持ちは本当だからだ。

ネット上では変わらず王子の恋人の素性をあたかも本当のように晒すフェイクニュースやアンチアカウントなども出ていて、面白いように辻褄の合わない記事が多い。

ジャーナリストの端くれとしては、こんな記事が出回ることに憤りを覚えるが、個人としては気にならなかった。
性格か仕事柄か育った環境ゆえか分からないが、真実味がないことには興味も関心もわかないのだ。

私邸へは、匿名の郵送物が増え悪意のあるものが多くなっていた。アレックスと自分の関係を快く思わないことが、まざまざと分かるそれらに、アレックスは心配をするな、と穏やかに言う。

もともと悪意のある郵送物は、王子に対して一定数あるからとの説明を受けて、真理は王族がいかに大変であるのかということに、改めて驚いていた。彼らは日常的に悪意や危険の中にいるのだと痛感する。

アレックスも周りの側近達も、少なからず起こる真理への誹謗や中傷を心配していたが、どれも実態がないものだからと、彼女は大らかに笑い飛ばして気にしない。

その態度に安心し、真理の気質に頼りすぎ、次のウクィーナ共和国への進駐準備と合わせて、脇が甘くなっていたのかもしれない。

それは唐突に始まった。

真理は私邸を出た時から、気づいていた。
護衛ではない、他の誰かに付けられていると。

WEBプログラマーとしての仕事は在宅ワークだ。打ち合わせや発注、納品まで全てオンラインで行う。
だから、普段から真理はあまり外には出ない。それは王子の私邸での生活も変わらない。

外に出ると言えば、朝の軽いジョギングかスーパーでの買い物位だが、さすがに護衛をつけてのジョギングは嫌なのでやめていた。

で、今はスーパーだ。

ここのところアレックスは王宮にいる。
ガンバレン国が停戦合意を拒否したことで、軍務が慌ただしくなっている。近々ウクィーナに行くことが決まっているが、それが意味するのは交戦だ。

気の重い話だが、行かないでなんて言うつもりはない。
せめて少しでも軍務に集中できるようにしたいという思いがあるだけだ。

今夜は久しぶりに帰れるから、ゆっくり夕食が取りたい、君の手料理で、とアレックスのおねだりがあったから、食材を買いに来ていた。

私邸から徒歩10分もかからないところだが、過去にはここでパパラッチに撮られた。だが真理は、王子の普段どおりに、と言う言葉に甘えて、生活をあまり変えてない。
少し離れて護衛は付くが、自分の手で彼のために作る料理の食材を選ぶことをやめたりはしないのだ。

この心境の変化は、別に撮られても良い、自分が誰か分かっても良い、そしてハロルドが自分であると知られてもいい、と腹がすわったからかもしれない。

アレックスがあれだけのことをしてくれた以上、自分も、自分の存在を隠すことをやめたのだ。

だから、遅かれ早かれ、こんな事は起こるだろう、と予想していたので、真理はどうしようかと思いながら店を出た。

護衛に伝えても良いが、何をするか分からない以上、あまり大ごとにもしたくない。
そして自分は大抵の荒事は切り抜ける自信はある。

ゆっくりと私邸に向かって歩く。目抜き通りの人が多い道だ。

人を避けながら歩くと、後ろからあの足音が近づいて来る。

顔を見ることは出来るか、でも人を巻き込むのはダメだ・・・真理が歩く速度を上げると、その足音も速くなる。

やっぱり付けられてる。護衛は2人、この足音より後ろにいるはず。だから、なんとかなるだろう。
目的が知りたい・・・探求熱心な性格は恐れ知らずだ。

真理はそう判断すると、そのまま人気《ひとけ》が減る路地に入った。この先にお気に入りのコーヒーショップがある。不自然じゃない。

歩く速度をはやめて、その足音が付いてきたのを耳にし、周囲に人がいないのを確認した瞬間、真理は唐突に足を止めて振り返った。

——-見たことのない、若い男だ———

当の男は真理が自分を狙って振り返ったことを、すぐに悟ったのだろう。
手に持っていた瓶のようなものの蓋を開けるのが見えて、真理は咄嗟に自分の身体の前で、スーパーの荷物とバッグを掲げた。

それは一瞬だった。

ジュッ!!という音とともに、ビニールが焦げる独特の薬品臭さとともに、穴が空いたそれから、どさどさと食材達が落ちていく。
バッグはシューシューという音を立てながら、白い煙を出していた。

「うわぁーーーーっ!!畜生ーーー!」

走ってきた2人の護衛に男は取り押さえられ、地べたに身体を押し付けられて拘束されていた。

場が騒然とする中、真理はさすがに驚いて地面に散らばった残骸を見つめた。

自分がアシッドアタックを受けるとは思わなかったからだ。

護衛に守るように肩を抱かれ暴漢から離れる。程なく警察官が駆けつける騒動の中、真理は明らかに自分に敵意を持った人間がいるのだと気がついたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

同居離婚はじめました

仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。 なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!? 二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は… 性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

モモ
恋愛
私の名前はバロッサ・ラン・ルーチェ今日はお父様とお母様に連れられて王家のお茶会に参加するのです。 とっても美味しいお菓子があるんですって 楽しみです そして私の好きな物は家族、甘いお菓子、古い書物に新しい書物 お父様、お母様、お兄さん溺愛てなんですか?悪役令嬢てなんですか? 毎日優しい家族と沢山の書物に囲まれて自分らしいくのびのび生きてる令嬢と令嬢に一目惚れした王太子様の甘い溺愛の物語(予定)です 令嬢の勘違いは天然ボケに近いです 転生ものではなくただただ甘い恋愛小説です 初めて書いた物です 最後までお付き合いして頂けたら幸いです。 完結をいたしました。

処理中です...