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2ページ目 受け取り拒否

後編

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 不可解な質問の意図がはっきりわかったのは、翌日・・・土曜日のことだった。
 
 気疲れした一週間に、疲労もピークに達したのか、圭介は休日の惰眠を心地よくむさぼっていた。

 そんな至福の時間を妨害する騒音が、朝の9時という、圭介的な早朝に鳴り響く。
 
『ゴン、ゴン、ゴン、吉崎さん!吉崎さん!!』
 
 居ることがわかっているのか、しつこくノックと自分を呼ぶ声が聞こえる。
 
「うぅーーーーーーー、ダッーーーーーーー、何なんだよいったい!!」
 
 キレて一声叫ぶと、圭介は起き上がり、ベッドから飛び降りた。

 これで、勧誘かなんかだったら、ぜってー、殺す!などと物騒なことを呟きながら、圭介はシャツを羽織って、玄関口に向かう。
 
「はい・・・」
 
 寝起きの不機嫌な表情全開で、ドアを開けると、そこには赤帽らしき人物が一人。

 圭介の不機嫌など意に介さず、赤帽はちらりと圭介の顔を見ると、手元の配達票らしきものに視線を落とすと、次の瞬間、圭介の脳みそが吹っ飛びそうな衝撃的なことを口にした。
 
「ご依頼のお荷物、どこに運びますか?」
 
 ここまでは、まだ許容の範囲内。問題は次の言葉だった。
 
「はぁ?俺、荷物なんか、何も頼んでないですけど?」
 
 圭介の言葉を聞き流して、赤帽は続けた。
 
「えー、と、吉崎圭介さんで、よろしいですよね。ダンボール箱5箱、こちらに送るようにご指定頂いていますけど。」
 
・・・ダンボール箱、5箱・・・・・???
 
 大きく開いた口が塞がらなかった。そんなご大層な荷物が自分宛に届くなんてことはありえない。

 ちらりと、赤帽の肩越しに後ろを見ると、荷台に乗せられたダンボール箱が積み上げられているのが見えた。
 
 絶対にありえない・・・はずだった。
 
「あ・・・あの、吉崎圭介は確かに自分ですけど・・・心当たりがまったくないんで・・・差出人は誰ですか?」
 
 出し人様も吉崎圭介様ですね、と当然のように言われて、圭介は動きの鈍い脳みそをフル回転させた。
 
 まずい、何だかわかんないけど、まずい・・・嫌な冷や汗が背中を伝い、焦りが冷静な思考を邪魔していく。
 
 黙り込んでしまった圭介に赤帽がイラッとしたようで、当然の要求を突きつけた。
 
「すみません、で、これ、どちらに入れますか。受け取りの印も下さい。」
 
 その言葉に、圭介ははっとした。
受け取っちゃまずい、受け取ったら、厄介ごとに巻き込まれる・・・とっさに、先日、会社のカスタマーサービス研修で覚えた言葉が口をついて出た。
 
「う、う、う、受け取り拒否しますから、いたずらだと思うんで持ち帰ってください」
 
【受け取り拒否・受け取り辞退:ネット通販で頼んだ荷物などを、受け取りたくないときに、ドライバーに「受け取らない」意思を伝えることで荷物が持ち戻りとなる。受け取り拒否された荷物は返品扱いとなり、請求などは一切発生しない】
 
 マニュアルに書かれた↑の文面が、一気に脳裏に甦ると、ここぞとばかりに、圭介はその言葉を使った。
 
 圭介の言葉に、ドライバーがさらにイライラッとした表情を浮かべる。コツコツと、指で持っている配送伝票と思しきものを叩いて、圭介に指し示す。
 
「すみません、でも、差出人も受け人も、全部こちらの住所で、おたくの名前なんですよ。これで受け取り拒否をされても、こっちも困るんでぇー」
 
 当然ながら、ドライバーも圭介の訳わからない対応に、逆切れ寸前で事情を言い募る。どうやっても荷物を受け取らせようという、意思が見え見えで、そちらも必死ならこちらも必死と、圭介はさらに言い募った。
 
「でも、俺、絶対こんな荷物知らないんで、迷惑なんです。とにかく受け取り拒否するんで、持ち帰ってください」
 
 言って、ぐいぐいと玄関に半分身体を入れている赤帽のドライバーを押しやって、玄関の外に出そうとした。すると、ドライバーも意地になったのか、でもねぇ、とやや声を荒げた。

 その甲高い怒声に、圭介もさすがにビクリとなって、ドライバーを押す手を止めてしまう。
 
 元来、そんなに気の強い性質ではない圭介は、顔を赤くして、本格的に怒り始めたドライバーにビビッてしまった。
 
や・・・やばい・・・どうしよう・・・だ、誰か・・・助けて、、と言おうとしたとき、ドライバーが配送伝票を振り回しながら、ズカッと玄関に割り込んできた。ずいっと圭介のまん前で、至近距離に立つと、配送伝票を目の前に突き出す。
 
 まじまじと、そこに書かれた字を圭介は見つめる。
 
え・・・・・・?この字って!?
ハッとする。

なんか、見覚えがある・・・そう気づいた時だった。
 
「あー、その荷物、受け取るから」
 
 これまた、聞きなれた声がドライバーの背中越しに響いてきた。
 
 

◇◇◇◇◇◇


 
 で、今、5箱のダンボールが、圭介の部屋に鎮座している。

 圭介は憮然とした顔のまま、テーブルの前に座り込み、当のご本人はキッチンでなにやらごそごそと動いていた。
 
「おい、圭介。コーヒーメーカーは無いのか?」

 不遜な上司の問いに、そんなものはありません、とにべもなく答えると、圭介は頭を抱え込んだ。
 
 一体、何がどうなっているのか、ちっともわけが分からない。

 自分宛にダンボールが5箱も届いて、それをなぜ、近藤が受け取って、そして、どうして、近藤が我が物顔で、今自分の部屋にいるのか。
 
 そんな圭介を無視したまま、近藤は着々と湯を沸かし、インスタントコーヒーとマグカップを探し出し、コーヒーを2つ作った。
 
 圭介の部屋は10畳程度の単身者用ワンルームだ。駅から徒歩5分と、好立地で気に入っている。

 近藤は、コンビニの袋と一緒にコーヒーを持ってくると、圭介の前に一つ置き、自分もあの夜と同じように、圭介の真ん前に腰を下ろした。
 
 ごそごそとビニールからサンドイッチを幾つか出して、テーブルの中央に置く。
おい、皿はどこだ?と聞いた近藤に、圭介はそっぽを向いたまま知りません、とまた冷たく答える。

 今度こそ、近藤が何かいうかと思ったが、彼は苦笑を浮かべたまま、やれやれと言って、立ち上がると、またキッチンへ立って行った。
 
 程なくして、目当ての皿を2枚見つけて、また圭介の前に1枚置く。そして、テーブルの中央のサンドイッチの袋を全部、剥いた。
 
「朝飯、まだだろ。お前も食えよ、ほら」
 
 近藤は、サンドイッチを一切れ掴むと、かじり始めた。圭介の頑なな態度に苛つきもせず、ゆったりとサンドイッチを租借しコーヒーを啜る。

 それでも手をつけない圭介をちらりとコーヒーを飲みながら、近藤はのんびりとした口調で言った。
 
「おい、食えよ。お前の好きなやつ買ってあるから」
 
 その言葉に、卓上のサンドイッチを見やると、確かに圭介の好きなタマゴや、ツナ、ハムチーズ等が並んでいる。

 近藤が、いかにも美味いと言った顔で、照り焼きチキンらしいサンドイッチを食べているのを、恨めしくチラリと見やりながら、おずおずとハムチーズサンドイッチに手を伸ばした。
 
 近藤の真意が全く分からない。
一体、自分の身に何が起きているのか、何に巻き込まれているのか・・・
 
 意を決して圭介は、2杯目のコーヒーを飲んでいる近藤に恐る恐る声を掛けた。
 
「あ、あの・・・一体、どういうことなのか、いい加減教えて頂けないでしょうか・・・・・・」
 
 近藤は、コーヒーを啜っていた口をカップから話すと、次の瞬間、恐るべきことを言った。
 
「ここで暮らす」
「・・・・・・・・・・・・・ぇっ?・・・はぁ、そうですか・・・・・・って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっーーーーー」
 
 圭介は、手に持っていたサンドイッチを手からポトリと落とし、叫んでいた。
 
「あんたっ、何、訳わかんないこと言ってんですか?!ここ、俺の部屋ですよ!」
 
 すっかり、近藤が自分の上司だということを忘れて、圭介は身を乗り出すと、大声で言った。
それを、近藤は気にもせずにコーヒーを飲んでいる。
 
「ここは、俺の部屋なんですけど」
 
 近藤の質の悪い冗談であることを願いながら、圭介は繰り返した。
それに対して返ってきた近藤の答えは、圭介の予想も理解も超えていて・・・・・・。
 
「お前に惚れた」
「はぁ、そうですか・・・・・・って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっーーーーー」
 
 何言ってんだ、こいつ!!
圭介は、完全に逆上すると、近藤の肩を掴むと、さらに言い募った。
 
「訳わかんないこと言わないで下さい。俺は、そういう冗談は嫌いです。」
 
 近藤は乱暴な圭介の態度に驚きもせず、面白そうな表情を浮かべたまま、圭介を見返すと続けた。
 
「冗談じゃないさ、俺は本気だ。お前に惚れたから、ここで暮らす。だから、荷物をこの部屋に送った」
 
 何か問題でも?という近藤が肩をすくめて、きざったらしく言った言葉を圭介はもう聞いてはいなかった。
完全に頭が混乱している。
 
- オマエニホレタ・・・ココデクラス ― 
 
 甘い言葉に、圭介は必至で自分を自制する。

駄目だ・・・落ち着け、落ち着け、信じるな、俺・・・・・・。
 
 自分を落ち着かせるように、圭介はすっと、息を吸い込むと、近藤をキッと見据えた。

 思いがけず、近藤が自分を真っ直ぐに見つめる眼差しとぶつかって、一瞬、息を呑んだ。

 それでも、圭介は自分を鼓舞した。
 
 人の道から外れるのも、地獄に堕ちるのもまっぴらだ。
 
「バカなこと言わないで下さい」
「俺は、バカなことも、ついでに嘘も言わない」
 
 近藤の口調は、どこか真剣で、そんな彼に絆されないよう、圭介は彼の視線から顔を背けて言葉を継いだ。
 
「だって、変じゃないですか?俺がいくらゲイだって!おかしなこと言わないで下さい!!」
「どこが、だ?」
 
 どこまでも冷静な近藤の口調に、とうとう圭介は本当に切れた。
 
「あんた、馬鹿げたことを言わないで下さい!!からかわれるのは真っ平ですし、迷惑です!!さっさと出て行ってください!!!」
 
 玄関を指差し、そう一気に大きな声で言い切ると、圭介はぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、近藤をきつく睨んだ。
 
 近藤はその怒声にピクリとも反応を示さず、涼しげな表情のままコーヒーを啜っている。
 
 早く帰れよ・・・この際、クビになっても良いから、この部屋から出て行け・・・・・・・。

 圭介は、まだ弾む呼吸もそのままに、必死で祈る。が・・・近藤は、はるかに圭介よりも上手で・・・。
 
 彼はコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。あまりに、その何気ない所作に圭介は、え?と彼の動きを眼で追う。
それが、まずいのに、だ。
 
 近藤は、立ち尽くし、まだフルフルと玄関を指さしている圭介の腕を掴むと、強引にその腕を自分の方へ引き寄せた。
不意打ちのように、近藤の胸に抱きこまれて、圭介は慌てて逃げようと身体を捩った。
 
「わわわ、何すんですかっ!!離してくださいっ!!!!!」
「お前、分かってねーなー」
 
 どこか呆れたように、でも楽しげに言われた近藤の言葉。
 
「なっ、なっ、何がですか?!」
 
 近藤の胸の温かさが忌々しくて、コロンの香りが苦々しくて、憧れの存在だっただけに、絶対このシチュエーションはまずかった。

 圭介にとっての尊敬する憧れの人は、立派に恋愛対象になるわけで・・・そんなことになったら、一夜の遊びじゃなくて、本当に地獄に落ちる・・・・圭介は必死にガードを固めた。

 固めたはずだったのに・・・聞かなきゃいいことを聞いて、自分の首を絞めていた。
 
「俺は、本気だ。お前に惚れてるし、ここに住む。悪いが、お前に拒否権はない」
 
 言って、圭介の顎を掴むと、クイッと自分の方へ向けさせた。キスをしようとしていることは歴然で、近づいてくる近藤の顔を、必死で両手で押しのけながら圭介は留めになることを祈りながら、叫んでいた。
 
「ちょっ、あなた、奥さんいるじゃないですか!!!!結婚してるでしょうが!!!」
 
 好きだとか、嫌いだとか、そんな感情の問題じゃない・・・もっと、疎かに出来ない重要な【事実】が存在する。

 一瞬、近藤の動きが止まって、今度こそ「やったか」と微妙な勝利感を圭介が味わった瞬間、無情な近藤の台詞が頭上から振ってきた。
 
「関係ねーよ、そんなの。」

言って、圭介の唇に自分のそれを重ねてくる。
 
「俺が、関係あるんですってば!」

 必死で彼の顎を押して、圭介は言い募った。
 
 不倫なんて、冗談じゃない!
 
「とっ、とにかく、ここから出て行ってください!早く、荷物持って、帰ってくださいってばっ!」
 
 その言葉に近藤が、さすがに怒ったように瞳を眇めて言葉を継いだ。
 
「受け取れないって言うのか?俺の愛も、荷物も?」
「受け取れません。謹んで、受け取り拒否させていただきます。」
 
 ありえないことを言う男に圭介は「偉いぞ、俺」と思いながら、断固と拒否した。

 近藤が圭介を抱きこめる腕を、さらにきつくしながら・・・さながら締め上げるかのように・・・捲くし立てる。
 
「おいおい、じゃ、俺にどこで寝ろって言うんだよ?」
「俺が知るわけないでしょ。自宅に帰れば良いじゃないですか?」
 
 そこまでにしとけばよかったのに・・・圭介は余計な言葉を付け加えた。
 
「荷物もあなたの愛とやらも、俺、拒否りますから。」
 
 えっ、俺って天才じゃねー、ライターよりセンスあるかも・・・自分が口にした台詞に酔いながら、圭介はその台詞を言ってしまっていた。
 
 近藤の瞳にギラリとした、凶暴な色が宿る。瞬時に、圭介の顔を引き寄せると、荒々しく唇を重ねてきた。
 
 それまでの抵抗が、近藤に遊ばれていたのだと、気づいたときには、時すでに遅しで。

 腕をピクリとも動かせないよう、抵抗を封じられ、激しいキスに、圭介の思考が飛んでいく。ひとしきりの口内を犯すかのようなキスの狭間、近藤はボソリと口にした。
 
「お前に拒否権はない」
 
 抵抗することも、もう出来ずに、圭介はただただ、近藤とのキスに翻弄されていた。
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