93 / 95
最終章 ― 片思いはもうたくさん…。マリーゴールドには二度とならない…―
3
しおりを挟む
秋の風が心地よい爽やかな昼下がり。
桂はリナと表参道のカフェでゆっくりとしたブランチを楽しんでいた。
このカフェはリナのお気に入りの店で、最近疲れ気味のリナを桂が誘っていた。
「え…本当に…?」
桂の告げた言葉に、リナが驚いたように瞳を見開いた。口にサラダを運んでいた動きも止まっている。
「うん。決めたんだ」
リナは昔から、桂が一度は挑戦したいと言っていたのを思い出していた。
それが、なぜ今なのか…。
「あいつのせい…?」
美しい仕草で、リナが微かに首を傾げながら尋ねた。リナのすべてを見透かすような瞳に、桂は俯いた。
違う…そう言いたかった…。でも、嘘は吐けない。桂は苦い笑いを浮かべると頷いた。
「半分はそうかな。昔からやりたいと決めていた事だけど…。今やる気になったのは…多分…そうだと思う」
リナは考え込むような表情を浮かべたまま、何も言わずに桂を見つめている。
「俺…お前みたいに強くなれなくて…。怖いんだ…。何が怖いのか…分からないけど…。少し環境を変えたい…。そうすれば…少しは…」
…この胸の苦しさは消えるのだろうか…。楽になれるのだろうか…。
言って桂は俯いた。
― 海外青年協力隊 ―
発展途上国で、日本語を指導したい…それは桂の長年の夢…。
本当はもっと経験を積んでから、挑戦するつもりだった。
自分は弱虫だと…桂は思う。多分これは、亮へのままならない想いから逃げる為の手段…。
このまま日常を過ごし続けても…亮への想いはなかなか消えない…。
それなら、もっと無我夢中で仕事の出来る所へ…亮の事なんか考える暇もないくらい仕事に没頭できる所へ行きたい…。
そうすれば…いつかは…亮の事は想い出に変わるだろう…。
思い出すたびに、胸が切り裂かれるような生々しい記憶から…甘くて少しだけ切なく胸が疼く、優しい想い出に…。
想い出に変われば、きっと自分は強くなれるような気がする。
亮との楽しかった事だけを胸に…。そしていつかは…他に好きな人が出来るかもしれない…。
「分かった…。かっちゃん」
リナは桂の気持が理解できたのかもしれない。優しい笑みを浮かべると、サンドイッチを頬張りながら口を開いた。
「試験を受けなきゃいけないのよね。願書は出したの?」
リナの言葉に桂はホッとしながら、ああと頷いた。選抜試験に合格しなければ隊員にはなれない。
試験は難しいが、桂はなんとしても合格するつもりだった。
「絶対合格する。日本語を勉強したいと思ってくれる人が、きっと俺を待っていてくれるから」
誰かが自分を必要としてくれているかもしれない…そう思うことで…気持は安らげるのかもしれない…。
久し振りに爽やかな笑みを浮かべると桂は、リナにそう言った。
「あ…結婚式…」
カフェでのブランチの帰り道。二人は表参道から渋谷までの道を楽しんで散歩していた。
リナは立ち止まると、桂の腕を引っ張った。桂もリナの指した方向に視線を走らせる。
一度亮と食事をした事のあるイタリアン・レストランだった。そう言えば、その隣にレストラン・ウエディングをしたいカップルの為に簡素だが品の良い、石造りの小さいチャペルがあったのだ。
そこで式を挙げたのだろう…。ウエディング・ドレスを纏った花嫁が輝くような笑みを浮かべて、花婿に寄り添っている。
リナが「綺麗ね…」とポツリと言った。
桂はリナの手を優しく取ると握り締める。リナもぐっと桂の掌を握り返した。
二人で眩しい物でも見るように、新郎新婦が軽やかな足取りでレストランの中へ消えて行くのを見送った。
自分たちには縁遠い世界を見るように…少しだけ痛む胸を二人でこらえる。
一瞬、亮と軽口の応酬をしながら楽しく食事をした事が脳裏を過ぎる。楽しくて…幸せだった甘い時間…。
黙りこくったリナ…。彼女も桂と同じように失った恋に想いを馳せていたのかもしれない。
たった数ヶ月前の事だったのに…この場所はもう自分には許されない場所になっている。
レストランのエントランスに、色取り取りの花が寄せ植えられたポットが置いてあって、そこに季節外れのマリーゴールドが植わっているのを見て、桂はリナの手を手繰り寄せた。
「リナ…」
ん…とリナが我に返ったように桂を見た。リナの少し潤んだような瞳に桂は優しい微笑を見せると、言い聞かせるように言った。
俺は…もう絶対に…マリーゴールドにはならない…。絶対に…。そう決意しながら…。
「リナ…。お前は絶対に幸せになれ。お前が…良い奴見つけて、結婚する時は…俺が一緒にバージンロード歩いてやる。そしてお前をその相手に引き渡してやるからさ…」
うん…桂の言葉にリナが涙をほろっと零しながら頷いた。
桂はリナと表参道のカフェでゆっくりとしたブランチを楽しんでいた。
このカフェはリナのお気に入りの店で、最近疲れ気味のリナを桂が誘っていた。
「え…本当に…?」
桂の告げた言葉に、リナが驚いたように瞳を見開いた。口にサラダを運んでいた動きも止まっている。
「うん。決めたんだ」
リナは昔から、桂が一度は挑戦したいと言っていたのを思い出していた。
それが、なぜ今なのか…。
「あいつのせい…?」
美しい仕草で、リナが微かに首を傾げながら尋ねた。リナのすべてを見透かすような瞳に、桂は俯いた。
違う…そう言いたかった…。でも、嘘は吐けない。桂は苦い笑いを浮かべると頷いた。
「半分はそうかな。昔からやりたいと決めていた事だけど…。今やる気になったのは…多分…そうだと思う」
リナは考え込むような表情を浮かべたまま、何も言わずに桂を見つめている。
「俺…お前みたいに強くなれなくて…。怖いんだ…。何が怖いのか…分からないけど…。少し環境を変えたい…。そうすれば…少しは…」
…この胸の苦しさは消えるのだろうか…。楽になれるのだろうか…。
言って桂は俯いた。
― 海外青年協力隊 ―
発展途上国で、日本語を指導したい…それは桂の長年の夢…。
本当はもっと経験を積んでから、挑戦するつもりだった。
自分は弱虫だと…桂は思う。多分これは、亮へのままならない想いから逃げる為の手段…。
このまま日常を過ごし続けても…亮への想いはなかなか消えない…。
それなら、もっと無我夢中で仕事の出来る所へ…亮の事なんか考える暇もないくらい仕事に没頭できる所へ行きたい…。
そうすれば…いつかは…亮の事は想い出に変わるだろう…。
思い出すたびに、胸が切り裂かれるような生々しい記憶から…甘くて少しだけ切なく胸が疼く、優しい想い出に…。
想い出に変われば、きっと自分は強くなれるような気がする。
亮との楽しかった事だけを胸に…。そしていつかは…他に好きな人が出来るかもしれない…。
「分かった…。かっちゃん」
リナは桂の気持が理解できたのかもしれない。優しい笑みを浮かべると、サンドイッチを頬張りながら口を開いた。
「試験を受けなきゃいけないのよね。願書は出したの?」
リナの言葉に桂はホッとしながら、ああと頷いた。選抜試験に合格しなければ隊員にはなれない。
試験は難しいが、桂はなんとしても合格するつもりだった。
「絶対合格する。日本語を勉強したいと思ってくれる人が、きっと俺を待っていてくれるから」
誰かが自分を必要としてくれているかもしれない…そう思うことで…気持は安らげるのかもしれない…。
久し振りに爽やかな笑みを浮かべると桂は、リナにそう言った。
「あ…結婚式…」
カフェでのブランチの帰り道。二人は表参道から渋谷までの道を楽しんで散歩していた。
リナは立ち止まると、桂の腕を引っ張った。桂もリナの指した方向に視線を走らせる。
一度亮と食事をした事のあるイタリアン・レストランだった。そう言えば、その隣にレストラン・ウエディングをしたいカップルの為に簡素だが品の良い、石造りの小さいチャペルがあったのだ。
そこで式を挙げたのだろう…。ウエディング・ドレスを纏った花嫁が輝くような笑みを浮かべて、花婿に寄り添っている。
リナが「綺麗ね…」とポツリと言った。
桂はリナの手を優しく取ると握り締める。リナもぐっと桂の掌を握り返した。
二人で眩しい物でも見るように、新郎新婦が軽やかな足取りでレストランの中へ消えて行くのを見送った。
自分たちには縁遠い世界を見るように…少しだけ痛む胸を二人でこらえる。
一瞬、亮と軽口の応酬をしながら楽しく食事をした事が脳裏を過ぎる。楽しくて…幸せだった甘い時間…。
黙りこくったリナ…。彼女も桂と同じように失った恋に想いを馳せていたのかもしれない。
たった数ヶ月前の事だったのに…この場所はもう自分には許されない場所になっている。
レストランのエントランスに、色取り取りの花が寄せ植えられたポットが置いてあって、そこに季節外れのマリーゴールドが植わっているのを見て、桂はリナの手を手繰り寄せた。
「リナ…」
ん…とリナが我に返ったように桂を見た。リナの少し潤んだような瞳に桂は優しい微笑を見せると、言い聞かせるように言った。
俺は…もう絶対に…マリーゴールドにはならない…。絶対に…。そう決意しながら…。
「リナ…。お前は絶対に幸せになれ。お前が…良い奴見つけて、結婚する時は…俺が一緒にバージンロード歩いてやる。そしてお前をその相手に引き渡してやるからさ…」
うん…桂の言葉にリナが涙をほろっと零しながら頷いた。
0
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
【R18】奴隷に堕ちた騎士
蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。
※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。
誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。
※無事に完結しました!
壊れた番の直し方
おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。
顔に火傷をしたΩの男の指示のままに……
やがて、灯は真実を知る。
火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。
番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。
ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。
しかし、2年前とは色々なことが違っている。
そのため、灯と険悪な雰囲気になることも…
それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。
発情期のときには、お互いに慰め合う。
灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。
日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命…
2人は安住の地を探す。
☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。
注意点
①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします
②レイプ、近親相姦の描写があります
③リバ描写があります
④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。
表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜
7ズ
BL
異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。
攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。
そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。
しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。
彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。
どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。
ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。
異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。
果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──?
ーーーーーーーーーーーー
狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる