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47 切られた火蓋

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「ブラックウッドが攻め込まれたぞー!!」

 その第一報はアテナス城を轟かせた。
施療院で父の診察の助手に入っていたサブリナはモントクレイユ男爵とともに、その知らせを飛び込んで来たベッセルから聞いた。

「モントクレイユ先生、ガーランド閣下が至急でお呼びです。表にクルーゼがおりますので、お急ぎ下さい。
「うむ、わかった」
「お父様・・・」

 一体何が起きたと言うのか、エントレイ王国が性懲りも無くまた国境線に攻め込んで来たのか?どう言うつもりなのか?

 不安顔で自分に呼びかけた娘に、モントクレイユ男爵は静かな表情でみやると、サブリナの肩を軽く叩いた。

「行ってくる。お前はジョワの診察の手伝いを続けるように」

 ジョワはモントクレイユから連れてきた医術師だ。戦乱で両親を失った孤児だったが、モントクレイユ男爵がその賢さに眼をかけ、医術師として育て上げた。若いながらも優秀で、将来、ここ辺境領の医療を任せるつもりでいる。

「分かりました」
「それと・・・」

 言いかけた男爵の言葉を押し留めるように、口を挟む。

「大丈夫です。有事に対する備えは万全です。いつでも切り替えられるようにしてあります」

 男爵は娘の頼もしい言葉に頷くと、施療院を後にした。
その姿を不安のまま見つめる。

「どういうこと?侵攻してくるなんて」

 サブリナの問いにベッセルは厳しい顔をする。

「エントレイじゃブラックウッドに攻め込む兵力はありません」
「え?では・・・」

 まさか、と思う。だって軍事同盟を結んでいるのでは。そのサブリナの疑問にベッセルは騎士らしい顔で続けた。

「ジェラール帝国ですよ。あいつらが裏切ったに違いない」
「そんな・・・」
「裏切られた以上、今度こそ本当に、この国の平和をかけて血で血を洗う戦争になるかもしれません」

 血で血を洗う戦争・・・オーランドがどうなるのか、彼の「力を持つ」と言う言葉を思い出しながら、サブリナは口の中がカラカラに乾いていくのを感じていた。


 ガーランド辺境伯は、すぐに国境線と辺境領内を城下も含めて厳戒態勢を敷いて封鎖した。王国を防衛するための手段でしばしば取られてきた国境封鎖だが、今回はいつもより封鎖のタイミングも戒厳令の発布も早い。
辺境領の国防知識がさほどないサブリナにさえ、この事態は緊急かつ異様だと分かる。

 
 翌日には、ガーランドの腹心の部下である辺境領の国防騎士団の副将軍オルソンが、状況把握のために部隊を率いてブラックウッドへ出立した。同時に王宮へも早馬が駆けていったと、サブリナは父の男爵から聞かされた。
城下も一気に物々しい体勢となり、街全体がピリピリしていると、シャル達が口々に言ってくる。

「いったい、どこが攻めてきてるんですかね?堅牢なブラックウッドを襲うなんてこと、今までなかったじゃないですか?」

 看護棟に入っている病人、怪我人達はガーランドの指示により、有事の際に協定を結んでいる近隣の領へと避難をさせることになった。その準備に追われながら、シャルはサブリナに尋ねる。

「本当に。お父様も詳細は分からないらしくて。今はブラックウッドに向かった騎士団からの報告待ちだそうよ」

 サブリナも憂い顔を見せるしかできない。
城内に入ってくる情報はまだまだ断片的で、モントクレイユ男爵ですら、状況を把握しきれない。ましてや、サブリナになど説明もあるわけもなく、ただ指示が降りてくるだけだ。

「ここも攻め込まれたら・・・」

 気の強いシャルもさすがに不安そうな表情を見せる。彼女は過去の戦乱で両親を失った孤児だ。だからこそ、戦いの悲惨さを知っている。巻き込まれたらお終いだということも分かっているから、不安も募るだろう。

 サブリナは無理に笑顔を浮かべると励ますように言った。ここで戦乱が勃発したときの対処は、アテナスに入った時に真っ先に叩き込まれている。

「大丈夫。ここは我が国グレート・アラゴン王国の防壁よ。何があっても大丈夫よ」

 サブリナはシャルにニッコリと笑いかけながら、押し寄せる不安を胸に仕舞い込んだ。





 ブラックウッドが攻め込まれたという一報から一週間。
ジリジリと焼きつくような焦燥感が、アテナス城内に広がり始めた頃、事態は最悪へと転がり始めた。

「嘘・・・」

 サブリナの手から、ころんと包帯が落ちていく。
だがそんなことにも気がまわらず、父親を見返せば、モントクレイユ男爵は厳しい表情のまま続けた。

「本当だ・・・先程、かろうじてブラックウッドから撤退できた騎士から報告が入った」
「そんな・・・」

 カタカタと身体が震えるのを止めることが出来ない。
サブリナは両腕で震えを抑えるように、胸の前で両手を組んで呟いた。

「まさか・・・」

——— ブラックウッドの砦が落ちるなんて・・・。

「ふぇ、フェルゼン将軍や他の騎士様達は・・・どうなったのですか?それにオルソン副将軍は?やはりジェラール帝国なんですか?」

 モントクレイユ男爵は娘の問いに苦々しい顔をしながら続けた。。

「フェルゼン将軍の消息は分かっておらん。明け方に急襲されて防戦一方だったらしい。軍勢もブラックウッドの三倍はあったろうとのことだ。形勢不利と判断して、フェルゼン将軍が全騎士達に撤退命令を出したところまでしか分からない。逃げてきた騎士達は将軍にアテナスに報告するよう言われて、他の騎士達より早く砦を出ているから、その後の詳細が不明だ」

 まだ震えたままの指先を握り締めながら、サブリナは男爵を見た。
落ち着かないとだめだ。

「オルソン副将軍とはすれ違ってしまったのでしょうか。もしブラックウッドに飛び込んでしまったら・・・副将軍達も・・・」

 ブラックウッドの砦は常時3000人の部隊がいる。その3倍なら敵は一万、否それ以上の騎士や兵士がいるということだ。そんな中に僅か200のオルソン副将軍が入ってしまったら、あっという間に潰されてしまう。

「いや、オルソン副将軍たるもの、無闇に飛び込んだりはしないはずだ。もともとが間諜出身のお方だ。情報集めながら向かっているだろうから、戦況を見極めていると思う」
「そうですか・・・では退避したフェルゼン将軍や騎士様達はどうなったのでしょう、無事でいらっしゃらないと、大変なことに・・・」

 この国の防壁がひび割れたのか、騎士達が敗走しているかもしれない事実は、恐ろしく重い。今まで、何度も戦争が起きていたが国境線のブラックウッドの砦が敵に占拠されたことなどない。
次に敵はここアテナス城に侵攻してくるだろう。

 震える声で掛けられたサブリナの問いに、男爵は珍しく沈痛な面持ちをすると答えた。

「ああ・・・神に祈るしかない」
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