地獄

四ノ瀬 了

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感慨深い光景

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 分厚い身体をした蜂谷とすらりとした身体をした速水先生がふたり並んで馬鹿みたくつっ立っているのを見て俺は奇妙な感慨にふけっていた。散らかったキッチンに目をやり蜂谷に向かって「片付けとけよ。」と言っておく。そして、リビングのソファの方へ行こうとしかけたが、足を止め、再度二人の方を振り返った。赤と白のマグカップに湯気を立てており、蜂谷は屈みかけた身体を起こして俺の方を見た。そして、意味深に微笑んだ。その向こう側で速水先生が、まだ何か呆然としていたが、はっとして、蜂谷を手伝おうとする。
 
 俺は再び奴らの方へ行く必要があった。俺が動くと、蜂谷はにやにやとしたまま立ちすくみ、速水は挙動を止めて、俺を盗み見るようにしていた。俺は戸棚の奥から、持ち手の糸のように細く使い勝手が大変悪いコーヒーカップを三つ、慎重に取り出した。誰から貰ったか忘れた貰い物だ。あまりに高級すぎるがゆえに、全体に作りが薄く機能性に欠け、一度も使ったことが無い。迷惑な贈り物だと思っていたが、こいつにも、ようやく役目を与えてやれそうだ。何かに役目を与えることは、愉しい作業だ。

「蜂谷、片付けてる間に冷めるだろうから、これに淹れなおせ。先生は俺と一緒に向こうで待ちましょうや。」

 俺がそう言うと、速水先生はおとなしく俺について来た。テーブルを囲うソファにそれぞれ腰掛けた。俺がじっと速水を見る程に、速水は俺から目を逸らしたいのを何とか我慢しているという調子だった。刃物で裂いたようにくっきりとした一重の眼を俺の方に向け、話題を探すようにテーブルを指でコツコツやり始めた。彼の癖だ。彼の望むような話を、俺の口から振ってやっても良かったが、速水の様子が何か変だ。何やら様子がおかしい男をただ黙って見ているのは、いい。仕事をしていても、そう。あまりに行き過ぎるとパワハラになるから、ほどほどに抑えているが、様子がおかしい部下や業績が乏しい人間、金の融資を求めてくる人間を、詰めるのも、絞るのも、愉しいものだ。パワハラまがいのことをしている自覚があるから、噂を立てられようが、どうでもいい。ただ、女関係だけが異様にクリーンなことを、周囲から不審がられている節がある。パワハラはしても、セクハラはしない。というか、できないし、女性へのセクハラなど気が悪くなるだけだ。同業者の中には女を囲って自慢してくるモノ、パパ活のパパ側のモノがいるが、ただただ気持ちが悪い。多少のパワハラは、会社の業績のために必要な部下への調教であり、同時に、隠された別の欲求が満たされる儀式である。そういう意味でも、俺は、経営者として向いているのかもしれないよな。経営者やCEOの何割かはサイコパスだという研究結果もある。だから、今も、目の前の人間がぼろを出すのを黙って、見ていた。今日は俺が主治医で、お前が患者な気分じゃないか、先生よ。

「あれは……」

 あれ、そう言って、速水の眼がキッチンの方へ向き、俺の方へ戻ってきた。

「ああ、貴方に電話をかけさせた男です。最近遊んでいる男ですよ。」

「そう、初めて聞いたな。」

 速水医師の表情が曇っていくのを絵画でも見るように眺めていた。そう、俺は速水に対して何度か、蜂谷の話をして、新たなモルモットを提供してやろうかと思っていたのだが、何故かそうしないで、黙っていたのだった。肉体関係を持った男との話を速水の前でだけは、かなり正直に、子細に、話すことにしていた。他に言うあても無いからな。そして、俺にも、罪悪、というものが、存在するのか、それを確認したかったのもある。しかし、蜂谷のことはどうしてか結局今の今まで速水には黙っていたのだ。

 ……。沖のことを、速水に初めて打ち明けた時、話しながら、なんだか、自分の口が自分の意思と関係なく勝手に話しているようになり、おや、と思っている内に、頭の奥が、がーんとして酷く痛み、途中から、息が、できなくなった。やけに蛍光灯が眩しくって、部屋が真っ白に光り、全てが白くなり、そして、喉が閉められたようになって、言葉がでなくなり、呼吸の仕方を忘れた。流石にパニックになったね。速水と看護師に看病され、おちついた後から、それが過呼吸の症状であると聞かされた。気が付くと顔がびしょびしょに熱く濡れていた。呼吸が整っても、今度は身体が震えて、頑張っても頑張っても止まらなくなり、そこが病院と言うことも忘れ、声を出し大泣きしたのを、まだ新人医師らしい速水が「しっかりするんだ」と言って抱きかかえ背中をさすり、看護師に出ていくように言って、俺達は白い光の中で、しばらく二人きりでそうしていた。しばらく、それがどのくらい長い間だったかわからないが、速水は俺の腕をとって、自分の身体に回させた。俺は腕に力が入らず、何度も腕は下に落ちた。何度繰り返したかわからないが、なんとか、溺れかけている状況で、何かに捕まるように、速水に抱き着き、強く、彼に胸を埋め、嗚咽していた。初めて人に抱かれた。そして、あんなに泣いたのも、最初で最後だった。両親や兄弟、その他諸々の人間とも、そんなこと、したことが、なかった。両親は忙しくほとんど使用人が家を仕切っていたし、人の温もりと言うのを初めて感じたのは、速水医師の中でだった。ようやく顔を上げた時、彼は椅子を回し、視線をカルテの方に向け、何か書きこんだ。俺はさぞ惨めな顔つきをしているだろうと我に返り顔をシャツで拭っていた。

「17時には、あがるから、待合室にいなさい。今君を一人にするのは危険だ。」

 看護師に付き添われて待合室に戻った。女の看護師がずっと横について、今思えば俺が勝手に帰らないように速水医師の指示で付き添わされたのだろうがしかし、別に邪魔とも思わず、寧ろ彼女は慈愛をもって俺に接して身を寄せてくれていたように、記憶している。

 速水医師の車に乗った。家まで送ろうと言われたが、「帰りたくない」と、助手席で窓の外を見ながら、窓に映る速水の横顔に言った。結局、彼の家に上がり込むことになる。俺の両親は、殆ど放任、それこそ、深夜までクラスメートを虐めたり、馬鹿な不良とつるんで遊んだりしても、何も言われない。朝に帰ったところで、誰も何も言わない、心配もされない。今までもそうだった。まだ殆ど放心したような状態で、速水に導かれるままに彼の家に上がった。いつの間にか出されていたケーキを食べたが、何度も取りこぼし、全く味がしない、いや、少し自分の体液と言うか、塩の味くらいはした気がする。今思い返しても一番まずかったケーキだな。そして俺はまた、速水の顔を見た瞬間に、ついさっき病室で沸き起こった、感じたことの無い異常な哀しみの感情に溢れ、病室で起こったことと同じことを再現していた。しゃくりあげるようにして泣いて頭を抱えた。そして、帰りたい!!!帰りたい!!!!と、叫んだ。本当は全く全然これっぽちも帰りたくなど無いのに、ただ目の前の男を困らせたいというだけの理由で、駄々をこねた。17にもなって。笑っていいよ。速水医師は立ち上がり、俺の横に屈み、また、同じように俺を抱いてくれた。

 涙はとまらないものの、先刻病院で取り乱した時より幾分冷静さを取り戻し始めていた。風呂に入りたい、と速水に言うと、彼は風呂を沸かしてくれた。泊まりたい、と言うと困った顔をして「ご両親は」と言いかけ、俺が診察の中で話した家庭環境のことを思い出したのだろう、一応電話をかけたらしい。使用人が「お伝えしておきます。お医者様と言うことなら、信用できます。そちらにお泊りなるというなら、別段構いません。お手数をお掛けします。」と言ったきりだったそうだ。いつものことだ。俺が人を殺そうが何しようがケアはしないが迅速にもみ消すのだけはうまい。家族っていうのは、そういうものだ。

 速水の同情の視線と、妙というか、異常と言っていいこの面倒見の良さ、見目も悪くなく、若く、医者と言う地位もあり金もあるのに、家の中に、全く女の気配が無い、俺は冷静にさえなれば察しがいいんだ。だから、だんだんと、この男、もしかして、クソホモ野郎か小児性愛者かなにか、変態野郎なんじゃないか、と思い始めていた。大体精神科医という職業も怪しい。精神科医になりたがる男なんてどうかしてるだろ。

 普通こういう場合、一目散に逃げるべきだろう、普段の俺なら、一目散逃げたね。しかしその時の俺は大分混乱していたし、気が付くと、「一緒に寝て?」と、まるで幼児かなんかのように言って、速水を上目遣っていたのだ。おかしいよな。あの時、もう少しでも正気を保てていればな。もちろんそれは、直接的なセックスのことなんかまったく意味してない。ただ、いたいけな傷ついた男子高校生が、隣に寝て欲しい、一緒にいて欲しい、と、大人にせがんでみせただけなんだ。ほんとさ。

 速水は口では、駄目だ、と、拒否したが、俺が泣きやまないで、精神的にかなり打ちのめされている様子を見て、結局、また同じように抱きしめてから、彼のベッドに俺を寝かせた。そして、彼自身、俺と間をあけ、遠慮がちに隣に寝たんだな。同衾したってわけ。俺はまただんだんと心の奥の方が、ぐぅとなってしまい、空いていた距離を詰め、速水に抱きつき、さっきのようにあやしてほしくて、顔を埋めていた。布団の外でした時より、随分ためらいがちに、速水の腕が俺の背中をさすっていた。さっきのように強く抱きはしない、なぜ?、俺はさっきのようにしてよとでもいうように、反対に今までできなかった程強く彼をかき抱いたのだ。今思えば至極簡単なことだ、その時すでに、速水の下半身が、医者と患者の制約を超えた熱い状態になっていたのだろう。だから、さっきのように俺を抱くことが出来ず腰が引けて、まるでさっきまでの俺のように、反対に速水の方が、震えさえしていたのだ。
 
 そうして、最終的に、最初に手を出してきたのは……、向こうなのだからな……。

 抱き合っている内に、速水の下半身の一物が俺の太ももの上で大きく、硬くなっていくのを感じた。俺は頭の中で「おい!跳ね起きろ!この変態野郎から逃げろ!逃げろ!」と叫ぶ声をききながらも、身体がだるく何もかもどうでもよくなっており、ふふふ、とベッドの上で、くすぐったいような笑い声を上げていた。それを速水はOKの合図とでもとったのだろう、俺の身体に回していた腕から震えが減っていき、強く俺の肉にその指が、食い込んで、段々と背中から尻の方へ降りていった。肉を掴み、それから、骨盤を這い回り、ベルトが外されていくのを、他人事のように、天井の上の方から見ているような気分になっていた。

 俺は「先生、駄目だろ……?」と顔をうずめたまま彼の胸の中で口走っていた。彼の身体に顔を埋めながら声を出したせいで、くぐもった声になっていた。もうどうにもならなかった。駄目と言う程、盛るものだ。

 初めてだった。同じような年頃の女としたことはあっても(これは全て全く面白くなく、ただただ俺の自信を喪失させただけの絶望的な経験である。)男と直接的に寝たのは、それが初めてのことだった。

 先生を抱く俺の腕にも段々と力が入り始めた。
 何故なら彼の手が俺の陰茎を上下にリズムよくしごき始めたから。

「ぁ……ぁ゛……」

 速水の胸の中で声を出し速水のシャツを噛んだ。ぎゅうと噛む、内、その向こうの肉まで噛みたくなって、思わず思い切り歯を突き立てていた。

「ぅ‥…」

 速水は引きつったような声を上げたが、俺をしごく手はよどみなく上下にしこしこと動き続けた。俺は眉間にしわが寄せて閉じた目を更にきつくこれでもかというほどきつく閉じて、絡みつくように、溺れかけるのを、助かりたいとでもいうように、速水にすがって、揺れていた。揺れているのが、俺なのか、俺の脳なのか、速水の揺さぶる手の性なのか、わからないが、空中に浮いているような、気持ち悪く、同時に本能的な気持ちよさが、脳を襲う。

 速水の物は硬さと大きさを変えないまま俺の身体に密着していたが、段々と彼のその邪蛇の形がくっきりとわかるようになってくる。それは、互いの熱があがり、汗ばんで衣服や布団やシーツがべたついてきたからだ。どちらからともなく、シャツのボタンを外し始めていた。自分で外したのか、外されたのか、外されたのか、外してやったのか、どちらもよくわからない状態になっていた。

「はぁ…‥はぁ……」

 生暖かい息さえも混ざり合ってどちらともなく常に激しく呼吸し目の前で先生の胸が奥で臓腑、肺が、喘ぐように蠢くのにあわせて上下しているんだ。シャツの上から俺が噛んだ痕が紅く残って鬱血してた。下の方では、下半身が溶け始めていた。びくびくと、自分の足が、攣った時のように、跳ね動くことがあって、驚いた。初めての感覚に、怖くなりながら、ぴっとりと、激熱の、塊が、雄と雄が、くちくちと、音を立てながら合わさりあい、重なり合い、互いの噴き出した汁で濡れ合いながら、蛇の交尾とほどまではいかないが、それを彷彿とさせるほどにぬるぬると互いに、速水の手の中でこすり合わされて境い目が無くなっていくのだった……。苦い臭いが拡がっていく中で、怖くて、下を見ることが出来ないでいると、うあぁ!すさまじい光が、脳内で、ちかちかと、下半身の勢いと共に、病室での蛍光灯の煌めきを彷彿とさせるように、またたいていた。どこからか、獣の声がしていた。それは俺の口から出ていた。気が付くと、身体を折り曲げて、ぐくぅ、ぐくぅう、と、獣のようにうなっていた、自分の口から、こんな声が出るとはね、また、先生の胸を噛み、今度は、噛み痕にそうように舌をゆうっくりと這わせていった。

 先生が「ぁぁぁ……」と女のような高い声を出したので、その時、俺は初めて先生の胸からすばやく顔を上げた。首筋から顔、白目の部分まで真っ赤にして、泣きそうな情けない顔をした速水を見つけた。目が合った瞬間、彼の右瞼の辺りが痙攣し、同時に、下半身の熱が、まだそんな元気があったのかと思う程熱くなって、噴いたのがわかった。俺は自分の眉がしかめられるのと反対に口元は自然とほほ笑むのを感じ、再び速水の胸に自分の頭を押し当て、必死とも言える仕草で彼の乳首を舌で探り当て、唇をあて、舐め転がし、噛み、吸っていた。頭の上で速水が何か言っていたが、どうでもよかった。こうすると、俺が、気分がいいから。急に安心した心になり、頭の奥がぼーっとしはじめ、幼児にでもなったような安らかな気分になってくるから。速水の視線を感じた。しかし、速水のこともなにもかも。ぜんぶ、どうでもよくなった。そのままずっと、乳を吸いながら抱き着いて、他はもう、速水にされるがままにして、全部好きにさせて、ほおっておいたのだった。

「また、来たくなったら来なさい。」

 玄関先で速水先生は言った。俺は制服のポケットに手を突っ込んだまま速水を挑発的に見上げた。

「それ。どういう意味?診察に?それともここに?」
「……。どちらでも。」

 こうして、速水先生は、俺の主治医になったわけだ。
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