堕ちる犬

四ノ瀬 了

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俺が今から出来の良し悪しを選別してやるから、そこで黙って見ていなよ。

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 美里は川名の部屋の窓から乗り出していた身を引いて、部屋の方を振り返った。外の暗闇と反対に煌々とした部屋の灯の光が瞳を突き刺した。部屋にはもう一人、二条がソファに深く腰掛けて本を読んでいた。よくもまぁ本なんか読んでいられるよなァと美里は思ったが、他にすることも無い。いや、無くは無い、美里は自分が標的にされるのはもうごめんだと二条の視界に入らない方へと自然と歩を進めようとしていた。

「暇つぶしに、賭けでもしようか?」

 美里は静かに二条の方へ視線を向けた。二条は本に目を落としたままだったが、この部屋に居るのは今美里と二条の二人だけ。自分に話しかけられているに違いなかった。

「何を、賭けるのですか。」
「昇るか、降るか、だ。どうだ?」

 二条は片手で本を閉じ、美里の方を見て、にまぁと笑うのだった。人によっては、その大きな口で食われるのかと錯覚する程に威圧感のある笑顔である。その顔を見て、美里は無意識の反動もあり、死ねと思ったのだった。

 一時、加賀家に身を置いていた美里だった。夜頃にそこへ迎えに来たのが二条であり、帰途、一悶着あったのである。車に乗った瞬間、酷く血生臭いな、と思った。ミラーで他に誰も乗ってない、もしくは何も置かれていないことは確認できた。二条は車を走らせながら、唐突に美里に話しかけてきた。

「どうだった?お坊ちゃん方でどいつが一番立派だっだよ。え?どのチンポが一番、良かったのかなァ~???」

 美里は背をシートに預け、脚をだらんとし、前を向いたまま答えた。

「別に、誰のも、見てませんし、何も、してないです。」
「ええ~?まったまたァ~!、それじゃァ、お前が!、一体!、何のために!あそこへよこされたのか、わからんじゃないかよォ!!なァ!どうして嘘をつくんだ……。ああ~~~、わかった、なるほど、お坊ちゃま方から、下事情については、口止めされてるのかな。そりゃあそうだよなぁ!あはははは!!だったらもう俺の口からは何も聞けねぇなァ~。ふふふ。」
「…………。また、殺してきたんスか、どうスか、良かったスか、」

 二条は美里の質問には答えず、しかし特に気分を害した様子も無く、変わらずテンション高く、意気揚々としており、それが答えの全てであった。仕事ではなく娯楽で殺しを愉しめるような男と会話して、話が通じるわけが無い。いつだったか、まだ美里が川名の元に来て日も浅い頃、ちょうど川名が不在の代わりに二条が仕事を取りまとめていた時、未だ慣れない仕事のミスを美里が犯したのを発端に詰められたのだった。そして、IQが20以上違うと会話が成立しないから、お前の発声の全ては、動物の啼き声とさほど違いが無いんだ、と、面と向かって、というか、殆ど覆いかぶさるようにされ、言われたのだった。

「でも、良かったなァ……、お前はそれで問題ねぇんだからよ……、だって、お前は組長の愛玩動物に過ぎないのだから。ちょうどお前が来る少し前に、次は猫でも飼ってみようかな、と、おっしゃってたところだぜ。俺から見れば貴様はあのクソ犬と同列、いや、それ以下としか思えねぇな。てめぇみてぇなセックスマシンの家畜人間に人並みの仕事を任せるからこんなことになるんだよな~~~……!!!!!!、さっさと元居た場所に帰れよ?その方が互いのために良いと思うぜ、お前の名前は忘れたが、顔くらいは一応覚えてやったから遊びに行って中からぶっ壊してやる。俺が勝手に外でやったことに関しては、組長も何も言わねぇしな。なぁ、あ?何?さっきから、何言ってんのか全然わかんねぇな。俺のために、もう一回言ってくれるかな。頼むよ。」

 美里が、すみません、の、す、SUのSの部分が歯と歯の間から、s、と、漏れたと同時に、鳩尾に衝撃が走り、身体が壁にたたきつけられた状態で、すみません……と言い終わる前に壁と二条の拳の間に挟まって自分がスリ潰されるような衝撃を覚えた。胃液が逆流し口元を抑えたところを顔面を殴られ、口の中が切れた。結果、血と酸で鼻腔が満たされ、身体が震え、立てなくなったところに、蹴りが飛んでくるのが見え、衝撃と、自分の身体の中から聞いたことの無い破裂音がしたのだった。「ああ!良かったァ……、やっと俺にも聞こえたぜ!!!!お前の言葉が!!!!」と嬉しそうな声を上げる二条の巨体を、朦朧とした意識の中で、下から眺めていた。肋骨が軋んでいた。意識が飛びかけると壁に押し付けられた身体の中で、首が絞められ、後頭部が、がつんがつんと、してはいけない音をたてて、壁にぶつけられていた、工事現場のような音が頭蓋骨の中に響いていた。あ゛、と、なんとか声を振り絞ると、手が離れていって、美里の身体は壁を背にずるずると床へと下がっていった。そこへ、大きな影が、いつまでも、仁王立ちして、立ちはだかっている。鬼。

「もう終わりか?まだだよな。だって俺が満足してねぇから。これだから、すぐ壊れるのは困るんだよナ……。次入れるのはもっとマシなのにしてくれって毎回言ってるんだが……。悪趣味なんだから……。」

 美里は只管謝罪しながらも、というかもう、ほとんど二条の言う通り啼き声にしか聞こえない言葉を発するたびに、鳩尾や頭部を中心に信じられない衝撃を受け、自分なりに川名に、組織に、貢献していると言いたかった。とはいえ、二条ほどの貢献はできていないから、何も言えない。ただ、それは美里に限らずほとんどすべての構成員に当てはまることだった。呼吸する度血の味が濃く、鼻血が止まらず出続けて、顔面の内、紅くない箇所を見つける方が難しいという程の血濡れになって、廊下の一部がまるで殺人現場のような様相になっていた。寒い、ぎりぎり呼吸でき、喉のざらざら言う音と血走った眼で、意思疎通を図るしかないというレベルになったところで、たまたまマキで用事を終えて事務所に立ち寄った川名のおかげで、助かったのだった。一応骨に異常はなかったが、全治一か月ほどの怪我となり、この時初めて姫宮診療所に世話になったのだった。姫宮が悪びれた様子も無く「なんだ、またか。二条君のおかげでウチは儲かってるとも言えるな。正直地味に助かってるぜ。」と、軽快に笑い飛ばしていた。

 今でこそ、美里は一人前と言えるほどになったものの、未だに二条とはそりが合わないと思う。だからもちろん彼を崇拝している間宮ともそりが合うはずが無いのである。二条はこのエピソードについてどうでもいい些末事として殆ど忘れかけているのだが、美里にとっては組への入門初期にあった出来事の中で大きな爪痕を残し、今でも詳細まで嫌でもはっきりと思い出すことが出来るのだった。

 だから、話が通じないのはお互い様だ。ここまで正々堂々と鬼畜外道であると、逆に今、怒りを通り越して、苛立ちを感じないほどだ。

 二条の車は事務所の駐車場へ乗り入れた。駐車場は煌々と電灯で照らされていた。車は事務所から一番遠い隅まで進み、停車した。美里が降りようとしたところ、ガチャと、ドアの内鍵がしまる音がした。美里はダメもとで指をドアロックの部分に引っ掛けてみたが、もちろん開かない。そういう仕様なのである。美里は二条の方を振り向いた。二条は美里を見ながら、言った。

「もう、ここは俺達の領域なわけ。つまり”治外法権”ってこと。あ、わかる?治外法権の意味。」
「法律無用って意味、でしょ。たぶん。」

 美里はあきらめたようにまたシートに深く座りなおし、小さく深呼吸した。そして横目で二条を見た。二条は自分の側の窓を開けると、事務所の方を眺めながら徐に煙草を吸い始めた。美里は一本欲しくなったのだが欲を紛らわすように続けた。

「別に、逃げやしませんよ。貴方にとっては面白くないでしょうがね。俺には、貴方の眼の届く範囲で、余計なことをしようという気が、まず、起きない、普通はそうです。このまま、この足で、地下まで戻れって話なら、ハナからそのつもりでしたから、心配ご無用です。だから、ドア、開けてくれませんか。」
「別にィ、地下には行かなくていいぞ。」
「……エ、それじゃ、普段の仕事に戻っていいってことですか。」
「いやァ、降るんじゃなくて、昇っていいというだけの話、他は変わらない。」
「……?、?、謎かけですか……。さっぱりわからねぇな……。二条さんもよくよくご存じの通り、俺はあんまり、いや、ぜぇんぜん、頭がよくないんでね、察しも悪いんですわ、はっきり言ってくれねぇと、わかんねぇですよ。」

 二条は煙草を窓の外に投げ捨て、美里の方を再びふり見て、言った。

「今のお前の身なりは、笑っちまうほど相応しくないから、正装に整えてから、降りろよ。今、外出のために、特例的に身に着けさせられている物を元の通りにして、降りろよってこと、言ってること、わかる?ここまで言ってもわからねぇっていうなら、ちょっと別の場所にでもドライブ行こうか。」

 全くわかりませんね、頭おかしいんか、てめぇ、と出かかったのを抑え、美里はしばらく二条の顔をねめつけていたが、言い返したところで状況が悪化するだけである。

 視線を下に向けると笑い声が聞こえ、拳を強く握った。まぁ、黙って従うが吉、吉ではあるが、二条が事務所から比較的遠い場所に車を駐車したのも、「裸で歩く距離」を長くするためであり、事務所までの距離が遠い程、この異常事態に気が付く人間が増え、見物人が増えるということである。しかし、逆に考えれば、悪いことばかりではない。二条の指示の元動いていること言うことはその間、他の人間が茶々を入れるようなことほとんど無いということ。ただ黙って、ゴール地点まで歩いていけばいいだけの話だ。大体見られたから、一体、なんだというのか。霧野のような変態マゾは、無様な姿で引き回されたことで、犬の尻尾を立てるように激しく勃起してはしゃいで涎を垂らしていたが、俺は絶対にそうはならない。全く面白くも無い行軍である。

「わかりました、が、面白くもなんともないと思いますよ。」

 美里は視線を上げ軽く笑って見せた。

「歩くだけでしょ、別に。」

 そうして、身に付けているもの全てを二条に受け渡してから、裸足を地に降ろして、そのまま事務所へ真っすぐ向かい、言われる前に、一番長い距離を、誰彼の視線を受けながら、一定の速さで練り歩いて川名の部屋に到達したのだった。羞恥より苛立ちが勝っていた。

「ああ。おかえり。」

 川名は部屋にいた。入ってきた美里の方を、ちら、と、見て、それから続いて入ってきた二条を見て、立ち上がった。

「ああ、ご苦労様、どうだった仕事の方は。」

 川名は二条にそう言って、向かい合った来客用ソファの方へと移動した。

 美里は、いい加減服を返してくれよ、と、二条を振り見て絶句した。何も、持ってないのである。川名の視線がまた、ふらー、と、美里の方へ向いて、こっちへ来いよ、と言われているのがわかる。何も言われなくても、川名の意図することの大体が察せられる自分が居るのであり、彼の方へよっていった。

 川名は二条に向かって「疲れたろ?」と言いながらソファに座るように勧めた。これが客人なら美里がお茶出しなり何なりして多少のもてなしをするタイミングであるが、川名が二条をねぎらった表情のまま床の方を指さし、美里は大体のことを察して「何で?」とつい、口に出してしまった。溜まった不満がついに爆発したのである。

「何で、っ、俺がそんなことしなきゃいけねぇんだ、っ、ふざけんなよな……っ!!ああ゛!!」

 川名は地団太踏むような美里を横目にソファに座り、呆れた様子で美里を見上げた。

「何でって……、そりゃあ、お前が埋め合わせをするんだろう?霧野の。だからだよ。」
「……。」
「何も言えないだろ。」

 そうして、二条が川名に仕事の報告、そしてどうでもいい雑談をしている間中、二人の間で這いつくばらされ、二条の、時々川名の足置きにされ、一時間が経った頃、ようやく解放され、二条が別の部屋に放り込んでいた衣服もようやく、返されたのだった。着衣の間に、霧野がおそらく戻ってくるだろうからともすればお前の代役ももしかすればこれで終わりになるかもしれないな、と川名が何気ない調子で言ったので、美里は、自分が心身共にあまりに疲弊したのと、頭に血が上っているせいで、何か聞き違えたのかと思って、は?と川名を呆然と見据えた。川名は、両手で美里の頭を抱えるように掴み「ああ、お前は霧野のことを、なァんにも、わかってないんだなァ……」と言い捨てたのだった。あまりのことに、咄嗟に言葉が出なかった。

 美里の頭が整理しきれない内に、川名は、一方的に諸々二人に伝言して、自室を去っていった。

 そして、美里と二条の二人、川名の部屋で待機している状態になったわけである。美里は段々と自分に理性と冷静さが戻ってくるのを感じていた。その矢先の、二条からの賭けの誘いだった。

 美里の今までの諸々の気持ちが、それは川名や二条からされたことに限らない全て。澤野、霧野からされた仕打ちも含む、全て、それらが今、言語化できないままに、二条への殺意に集約されるのを感じていた。それでも、美里は澄ました様子で二条の賭けの誘いに、返答することにした。昇るか、降りるか、とは。霧野が自分たちが今いるここに来られるか、来られないか、を意味した。

 川名は霧野を迎えに行ったが、ただで迎えに行ったのではない。霧野が一定の条件を満たせれば、ここまで昇ってこられるが、満たせなければ再び地下に戻され、早々に報復を受けることになるのだ。

「ははぁ、なるほど、でも成り立たないですよ、その賭けは。だって、降る方に賭けないから。俺も、アンタも。」

「ほぉ~、なるほど、俺も昇ってくる方に賭けると踏んだわけ、まぁ、希望としては、そっち寄りだな。でも、お前は俺と、事情が全然違うだろう。遥が昇れば、また、地下に空きができるわけだろ?組長の気次第では、その空きの部分にまたお前が突っ込まれるかもわからんじゃないか。奴が一時的に戻ったからと言って、別にまだお前は許されたわけじゃないんだぜ。それに、奴がここに昇ってくるということは、間違いなくお前の目の前で、また一つの惨劇が繰り広げられることになる、お前宴会の時も輪姦の時も、珍しく一瞬顔を青くしたのを酒でごまかしてたじゃねぇかよ、……で、その後も、大人しく一定期間地下に飼われながら悔悛した方がまだマシだったと思う様な事を、しばらくの間させられるに違いないよな。俺はそう願うよ、切に。それでも、お前は、本当に、遥に、ここまで昇ってきて欲しいのか?そっちに賭けれるのか?お前が。今すぐ地下に堕ちれば、いままで通り、またお前に、甲斐甲斐しく糞便まで世話してやる役も回ってくるかもしれないんだぜ。」

「それは、……俺も考えないでもない、です。だとしても、やっぱり成立しない、というか、流石の俺でも絶対負ける方とわかってる方には賭けれないってことすよね。さっき、川名さんは、俺に奴のことをわかってない、とかなんとか、意味不明なことほざいてたけどよ、そういう意味じゃ、この賭けを持ち出してくる時点で、二条さんは俺より奴のことをわかってないすね。俺の予想ではあのド阿保は、いつもの如く、川名さんの提案を聞いた時点で、テンション上がっちまって例の如く糞いきりしたあげく、自分で自分を追い込んで宣言通りに物事を実行しようとし、ま、成功するでしょうね。今までそうだったから。だから、ハナから負けはあり得ないんだな。俺が、頼むからここは折れてくれ、と祈ったところで、無駄。通じたためしがない、最低限直接言って聞かせるか最悪武力行使して留めないと、それでも自分が納得しないと聞かないのだから。だから、俺が下に行って介入しても良いっていうなら、事情は少し変わるけど、それは駄目なんだろ。だから、最初から賭けの対象にさえならない、ってことすよ。二条さん。」

「へぇ……、どうも、ご高説ありがとう、そいつは見事な予想だねぇ。競馬予想師にでもなれば。」

 二条はそう言ってまた、読書に戻った。美里は窓に沿ってゆっくりと歩いて回った。

 上に昇る、下に降る。霧野が、川名の部屋まで昇ってくるか、地下に再度戻されるか。
 地上にて、霧野を待ち受けていた殺気立った男は全部で12居た。それぞれ兄貴分か弟分を霧野に夜襲された者である。彼らは復讐者として川名から事前にある権利を提示され受け入れていた。というか、心の底では拒否したくとも、川名を前にして、受け入れる以外の選択肢は初めから無いに等しいのである。

 それぞれ霧野と闘って、誰か1人でも勝てば、復讐者側の勝ち、全員負ければ、霧野の勝ちになる。ただし、川名からすれば、これは内内の遊戯にすぎず、殺し合いを差し向けているわけではない。だからルールは単純、相手の背中を完全に地面につかせれば、勝ちになる。復讐者が霧野に対峙する場合は、基本1人、最大同時に2人まで。殺害に至った場合は、双方ペナルティが課せられる。復讐者側が勝った場合、霧野は強制的に今昇ってきた13階段を戻され、そのまま、復讐者側は地下で殺さない程度の報復をなんでも与えて良いことになる。反対に、霧野が勝った場合、ただ、今階段を昇ってきたのと同じように、今度は事務所の中に続く階段を上へと昇る権利を得られるのだ。

「というわけだ。質問はあるか?」

 川名は霧野にルールを説明しながら、丁寧な手つきで霧野から手錠を外したのだった。霧野はしばらく黙っていたが、突如として自由になった手首をさすり、涼しい視線を川名に投げかけたのだった。

「しばらくの間、少なくとも24人以上欠員になるわけだけど、よろしいのですね。その位じゃ、支障なし?」

 川名はさっきまで意気消沈としていた霧野が闇の中でにわかに活気づき始めたのを眺めていた。

「へぇ、調子いいじゃないか。別にいい、頭にせよ身体にせよ、弱い方が悪い。」

「それはそうだ……、わかってらっしゃる。24匹獄潰しが固まってるより、マシなのが1居た方がコスパが良いのです。わかりました、俺が今から出来の良し悪しを選別してやるから、そこで黙って見ていなよ。」

 霧野の背後の事務所の上階の窓辺に、再び今度は大小二つの影が覗いた。美里と二条が上から闘技の様子を見物しようとしているのである。

「なかなか面白い見世物だ。」
「二条さんは参加しろとお声がからなかったんです?ヤられてますよね、配下も何人か。」
「ああ、寧ろお前は駄目だと言われたね。お前はもうやったから駄目だとね。ケチだよな。」

 二条は、黒木のコテージでの霧野との手合わせは不完全試合だからノーカン、ノーカン、と川名に食い下がって見せたが、川名は、それはお前の落ち度だろ、というか、失点とまで言えるよねぇ……、だから懲罰代わりにお前は絶対に参加させない絶対……、と言われたのである。二条は、霧野の殺害を取り上げられた時と同じような感覚に歯噛みしたが、悔しさを悟られないように、すぐさま踵を返して川名の元を去ったのだった。

「まあ、こうして帰ってきたんだから、俺に限って言えば、いつでも可愛がれることに変わりが無いから、別にいいんだよ……。でも、俺の代わりにウチからも自慢のを3人ほど出しておいた。だから、まぁ、それなりには、余興として愉しめるようにできてる。最後まで……。」
 
 美里は窓枠に腕をつき、下を見降ろした。

「へぇ、そいつは俺も愉しみですね。だって絶対負けないんだから。」

 二条の視線が地上から、横に居る美里の軽く上気した横顔の方へゆっくりと移動していった。

「…………。ふーん。」

 二条は美里の方へ身体ごと向け、静かに見降ろし、美里も視線に気が付いて、二条の方を見上げた。

「お前が闘うわけでも無し、俺の手駒も知らない癖して、大した自信だ。じゃ、俺が、”降る”方に賭けよう。」

「……。何?賭け事の話はさっき終わったはずでしょう。」

「終わってないね。俺はお前の予想を聞いただけで、お前は昇る方から絶対に変えないという話だった。いいか、元来これは多対一という圧倒的に遥に不利に仕組まれたゲーム、基本は1対1、もしくは2でやりあうと聞けば、一見公平に思えるが、連続で10数人と闘う間に遥の持久力はどんどん削られるが、相手はピンピンの元気な状態から始められるんだ。その上、事務所の前の更地でやる。これも公平に思えるが、武器になる物、盾に使える物がほとんど無いということでもある。さらに、俺が見物してても愉しめるように俺の代わりを出しているんだ。だから俺はもちろん遥に期待しているに違いないが、全く負けなしとは思ってない。それじゃあ面白くねぇしな。そういうわけで、お前が昇る、俺が降るの方で、賭けようぜ。そうだな……、2千万ほどで、どうかな。」

「……。……、わかった。わかりました、…………、賭けましょうや、2千万くらい……。二条さんのお手持ち、ご自慢の剣闘奴隷グラディエーターとやらが、一体どのくらい強いっていうんすかね。見物ですよ……。」

 二条は再び、外を見下ろした。夜風が気持ちよかった。これが殺し合いならば、更に見物だったところだが、アレを、他の人間に殺されるのは癪だし、霧野の立場に立てば、敗北即ち死と大して変わらないだろうから。永久に地上に出られなくなる可能性を霧野が、考えていないはずがない。川名は、飽きっぼく弱者に冷たいのだから。まぁ、そうなればそうなったで、結局一番美味しいのは、俺ということ……、二条はほくそ笑みながら、ポケットの煙草を弄った。同時に先刻美里が一瞬、随分物欲しそうな顔をして見せたのを思い出していた。

「……………。」

 美里に煙草を一本差し出してやると、悦び、警戒、不信、普段の無、というように、数秒の間に顔色が変わり、「……どういうつもりすか……」と二条を見上げ、それから視線が煙草の方へ揺らいだ。
「別に。いらねぇなら」
 二条が手を引きかけると、美里の指がスリ師さながらの手つきで二条から煙草をかすめ取り、二条がライターを取り出すより先にさっさと大股で奥の給湯室の方へと向かい、今度はのんびりと咥え煙草で戻ってくるのであった。
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