堕ちる犬

四ノ瀬 了

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お前が答えられるまで、今から交代でお前の身体を試してやるから。

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 美里は、くだらない、心底くだらないことだ、と思った。畳に手をつき、脚を澪の方へ伸ばした。しなやかな鹿のような脚である。右膝を立てほんの軽く脚を開いた。突き刺さったままの尻尾に見立てた掃除用具フサが、太ももの間で前方に向かって末広がりに広がって、畳の上に扇形を描いていた。美里は左脚の踵で、フサの端を踏んづけて、畳を擦りながら、前方に伸ばしていった。同時に腰を引いていく、双方に絶妙な力加減がかかり、ゆるゆると掃除棒がやわい肉をの中をひっかきながら抜けていく。美里は汗ばんだ上半身を軽く上にのけ反らせ、天井の方を向いた。両胸が呼吸にあわせて膨らみ上下した。天井がぐるぐる回っている感じがした。

 ぷつ、ぷつ、と、抜けていくたびに、空気と粘液が摩擦する音をたてた。白い身体の内側に血の駆け巡るのが透けて見えるかのように、皮膚の下を踊り巡る鮮血によって内側から光照らされているかのように、肉体が、電灯の下で薄桃色に照り輝いている。肉蕾から異物が引きだされる度に、軽く裏返った桃色の熱い肉淵から薄桃色の混じった粘液が滴って落ち、畳を、ぽつぽつ、と、濡らした。縁のギリギリまでぬるりと棒が出てくる。美里は踵を上げ、掃除用具のフサの縁を器用に親指と人差し指で摘まみ上げた。美里の足の先の指は力がこもり丸まって、足の甲に紅みが斑になって拡がって、震えていた。美里はのけ反っていた頭を澪の方へ向け、どこか人を嘲るような笑みを浮かべた。そして喘ぐとも吐息ともとれる声を喉奥から搾り出しながら、異物が美里の身体からすっぽりと抜け床に転がった。裂目は呼吸するように開き閉じを繰り返し、柔らかに引き締まり閉じていった。

 少しの間があった。唐突に、美里の身体が勢いつけて、身体を起こし、しゃがんだ。頭は下を向いて澪からその表情は一切見えなかった。美里は立ち上がり、部屋の端、衣服が散乱している方へと進んだ。着衣を終え「では、失礼します。」と彼が澪の方を振り向いた。美里は澪の方に一歩近づいて見降ろした。

「失礼させていただいても?」

 美里は、念押しするように聞いた。

「どうして罰を受けているのか聞いても?」

 澪は美里の口調を真似て言った。そこには嘲りでもなく、上からというでもなく、クラスメートや友人にするような軽さがある。美里は澪を無表情に見降ろし、しばらく黙っていたが、口元を軽く歪めた。

「そもそも、罰を受けるようなことをした覚えはないんだな、俺は。だって………。」

 美里はそこまで言って、黙り、しばし思案するように瞳を左上の方に向けてから、澪を見降ろした。

「まぁ、こんなこと言ってる、思ってるうちは、いつまでも許されることはないだろう。意地を張っているだけと言われても、別に否定はしない。なんにせよ、ただ口先だけで、謝ったところでバレる、もっと酷いことになるのは想像するのにあまりに容易い、口先だけで命乞いした人間ほどあの人の気分を損ねるんでね。そういう人間がどうなるか見てるのは正直かなり面白いよ。俺は面白いと思って見てたし、悦んで加担したよ。それを悪いとも全然思わない。というか、そいつの方が悪いだろ。そう、おぼっちゃん、いや、俺の口から、澪様と呼んでほしいか?まあ、どうでもいいか、そんなことは今。つまるところ俺はね、実際、全然、反省も、何も、していないんだから、そもそも、罰にもなってないのかもね。あなたのような蝶よ花よと育てられたおぼっちゃんには到底耐えられないだろうが、俺は別に、自分の身体のことなんか、どぉ~でも、いいんだよ。そりゃ俺だって少しくらい考えたさ、川名の元に戻るくらいなら、少しの犠牲を払って、ここで休むのもいい、と、苦しいのは事実なんだからな、お前はほんの数刻前まで、俺の身体を見てたんだから多少は察するだろ。100人いたら98人くらいは逃げる方をとるかもね。おぼっちゃんはどちらかな?」

 美里の口元に一瞬だけ笑みが浮かんですぐに消えた。

「俺は、最悪死んだって別にいい位の気持ちでいたんだ。だから、お前なんかの、ちょっとした誘いのために道化になりきれるのかって言われたら、なれない。少しだけやってみようとしたが、なれなかったな今日は、残念ながら、気分じゃなかったみたいだ……。もう、俺に会わないだって?どうぞ、ご勝手にすればよろしい。おや、今の使い方は正しい敬語か?あんまり慣れてないんだ。まあいいや、あーあ、言っちまった全部、我慢してたのに。」

「……いいよ。」

 途中からほとんど独り言同然にしゃべっていた美里の瞳は知らず知らず壁にかかっていた時計に反射した自分の方を向いていたのだが、再び澪の方に戻っていった。澪はゆっくりと立ち上がり、再び美里と対峙した。

「何が。」
「使ってない部屋があるから3日ほどそこに居たら。俺が上手いこと言っておいてやるよ。」

 澪はそう言って美里が何か言い返すよりも早く、というか、何か言ったとしても聞こえないふりをして出ていったように思える。今の美里には、彼を走って追っていく気力は無かった。美里は給に身体から力が抜けたようになり、畳の上に腰を落とした。それからテーブルの上に突っ伏すように上半身を倒した。
 何もない黄土色の土壁の方へ頭を向けた。
 何もない壁に模様が浮き出ては消えを繰り返す。だんだんと、瞼が重くなってくる。

「……。」

 川名は、小さく寝息を立てている美里を、しばらくの間傍らで黙って見降ろしていた。遠くで柱時計の鳴る音がした。川名は、美里をそっと掬うように抱きかかえて、部屋を出た。腕の中で力を失って起きる様子は無かった。廊下を歩いていく。誰ともすれ違わない。一つになった影が、廊下に長くのびていた。汐と渚の部屋は、彼ら亡き後もそのままになっていて、誰も使ってない。川名は双方の部屋の鍵を持っていた。
 
 渚の部屋、かつて川名自身が棲みこんでいた部屋のベッドの上に美里を横たえた。川名は傍らの椅子に腰かけ足を組み、部屋の全体に目を向けた。定期的に掃除はされているようで埃臭さも無い。澪に、ベッドの枕、シーツ、布団は、自分の物と取り換えておけと指示しておいたから、寝床だけ不自然に新しく見えた。

 日が、落ちかけている。川名は椅子から立ち上がり、部屋を出た。扉の外側から鍵をかけた。元々汐が、川名が勝手に出ていくことを防ぐために取り付けた鍵である。渚の部屋に立ち入ったことで昔の記憶がくすぐられた。汐の部屋にも、立ち寄ってみようかという気紛れが川名の中に起こった。汐の部屋も、最後に見た時とほとんど変わらず手入れされ、残されていた。川名はソファに腰掛け、脚を伸ばし、目を閉じた。

 広大な芝の上を、馬が駆けていくのを、川名義孝は丘の上から眺めていた。汐と渚が持っている牧場兼射撃場に来ていた。山の中腹の広大な土地を利用して作られた牧場、裏の森は切り開かれ、射撃場が作られている。渚の調子が良いから、二人で乗馬をするというのだ。車から降りたと同時に二人並んだ双子から「「お前もどう?」」と、双子らしく口を揃えて誘われたが、丁重に断った。二人とも乗馬をするのが愉しみのようで、渚でさえ珍しく笑みを浮かべていた。二人の顔のつくりは二卵性双生児にしてはかなり似ていたが、笑い方に差があった。汐が比較的朗らかな笑みを浮かべるのに対し、渚の作っていない、自然な笑みは冷笑に近かった。二人は義孝に無理強いをすることは無く、慣れた調子で厩から自分の馬を引っ張ってきて乗り始めた。気色も空気も良い場所だった。義孝は丘の上から、最初は風景を粗描していたのだが、戯れている双子の方を素描したくなって、その姿を描いた。よく絵になった。

 日が落ち、馬を厩に戻してから、帰るのかと思えば、汐と渚はロッジの中でテーブルゲームをして遊び始め、これには義孝も加わることにした。勝負は比較的渚の勝つことが多かったが、拮抗することも多かった。夜も更け、ゲームにも飽きてきたという頃、汐が時計を見ながら立ち上がった。瞳の奥にさっきまでにない冷たい炎の発露のようなものがある。渚は「私はここに居る。」と言ってテーブルの上に拡がった玩具を片付け始めた。

「ええ~?なんでぇ~??」

 汐が冷酷さを消し急に子供っぽい素振りで渚に迫った。
 渚は掌の中でトランプを弄んで、バラバラバラと音をたたせながら、空中でリフルシャッフルを繰り返した。

「臭いし、汚れたら不愉快。こっちまで音くらいは聞こえてくるでしょ。それだけで十分。」

 汐は「あ、そ。いいよ、別に」と、すねたように言ったと同時に義孝の腕をとって引き上げた。
「お前は来るよな。」
「……どこへ?」
 汐は朗らかに笑いながら義孝の方を覗き見る。
「絶対好きだから、まあ、期待してついて来な。」
「それで?もし期待外れだったら、責任をとってくれるわけか?」
 汐はサッと顔を赤らめて「その時は、その時だろ。」と声を震わせて、義孝を引っ張っていった。
「……。何を想像してるんだ?」

 汐は答えない。彼の中で、現在進行形で自分が虐められる想像が拡がって止まらないのだろうと義孝は思った。ロッジの外に出て並んで歩いた。汐は、自分の持っている馬、今日騎乗していた愛馬キングスレイヤーについて川名に語り始めた。だんだんと、自分達が家畜小屋の方へ向かっているのが分かってきた。というのも、獣の臭いや糞便のが濃くなってきているからだ。渚が来たがらないのもわかる。家畜小屋には明かりが灯っており、汐の組の男達が6人、地面に転がされている袋が三つ微かに動いていた。ああ、これから殺すんだ、と義孝は思った。

 2人が到着すると同時に男達が頭を下げ、汐は川名に背を向けたまま男達に処刑の方法を淡々と指示していくのだった。それから、川名を振り返って「どれから見たい?」といつもの笑顔で尋ねるのだった。

 目の前で行われる拷問を兼ねた殺戮。動物は無慈悲に人間の上で振舞う。言葉は成立しない。組員の内特に若い者程耐え切れず家畜小屋から出ていき、嘔吐する音が聞えた。外に出たまま戻ってこない者もいる。汐は特に彼らを咎めることも無く「お疲れ、お疲れ。」とねぎらう様子で、しかし自分は一切殺戮の現場から動かないまま、その様相を涼し気に眺めていた。命乞いしている人間(だった物)があると、汐にはめずらしく冷笑するのだ。最後まで一度もその場を動かなかったのは汐と義孝と三脚に固定されたカメラだけだった。

 汐が川名の方を向き口を開いたと同時に、人間(だった物)の方から絶叫が響き、川名は「何だって?」と聞き返した。汐は義孝の方に屈みこんで耳元に顔を寄せた。

「お前、人を殺したことがあるだろ。」

 今度は、雑音の中から、はっきりと、一瞬辺りが静寂に包まれたかと錯覚する程に、はっきりと汐の声が聞こえた。義孝は汐の方を仰ぎ見た。目が合った。その瞳は何か期待しているような目つきであり、どこか恍惚としていた。川名は珍しく自分が軽い苛立ちを覚えていることを感じ「だったら?」と吐き捨てるように答えた。
「やっぱりね……、いつ……?」
 また絶叫、足元に飛沫が飛び、汐の足を汚した。汐の瞳に冷酷さが戻り、突如下の方を向いて「うるさいな……、俺は今、大事な話をしてるんだ。」と乗馬用ロングブーツの先端で、声のする方に向かって勢いよく足元の泥を蹴り上げた。さっきまで熱心に見ていたのに、もう飽きたとでもいうように。
「大事?別に、どうでもいい話だ。」
「おや、おや……、お前にしては珍しく、はぐらかすのか。いつだ?ああ、”一番最初”を聞いている。」
「覚えてない。」
「……、ふふ、嘘だな。まあいい、いつか話したくなったら教えてくれよ、別に無理強いしないから。でもやっぱりそうか。そうだったか。」
 汐は満足したらしく、また目の前の凄惨な様相を眺めながら「これは描かなくていいのか??!!」と絶叫にかき消されないような大声を耳元で出すのだった。
「五月蠅いな!聞こえてますよ、じゃあ、描いておきますから、完成したら部屋に飾っといてあげますよ……。」

 ロッジに戻ると「ほら……、臭いじゃない……。この距離で臭ってくる。」と渚に静かに怒鳴りつけられた。

「しばらく近寄らないで臭いから。特に汐、絶対その恰好で車乗らないでよ。息ができない。早く着替えて。」

 渚は乗馬後すぐにシャワーを浴び、着替えを終えていた。義孝が帰り手早く支度を終えるのに対して、汐の対応は異様とも言える程遅かった。わざとそうしているのか、渚の苛立ちが義孝にまで感染し、自分を待ち構える2人を見た汐はため息しながら震えた程である。そうして、汐の運転で屋敷まで戻る。渚は今日は病院では無く家の方へ泊ることになっていた。時間は遅く、家は暗く静まり返り、彼らを迎える者は交代制で番をしている組員の他無かった。

「刺青、新しくいれたんだって?」

 3人は汐の部屋に集まり、渚が口火を切った。渚は渚の部屋、渚の部屋を間借りしている義孝は汐の部屋のベッド、汐はその他の場所で寝ること3人で決めたのだが、その前に一度汐の部屋に集まった。双子はどこかまだ昼間の熱が冷めていない様子だった。渚は履いていたハイヒールを玄関で脱いで手に持ち、汐の部屋にまで持ってきていた。渚と義孝は並んで汐のベッドの上に腰掛けていた。その2人を背に、汐は下着姿で背を彼らの方へ向けていた。渚は手元でヒールを布で拭い土を落としていた。

「奇麗。もっとよく見たいから、屈んでくれる?」

 渚の言う通り汐が軽く屈むと、渚の足が汐の下着を摘まんで下に引き摺り下ろした。下半身が露になったと同時に、汐の身体の方から熱が発せられ、目の前でゆっくり一物が持ち上がっていくのを渚と義孝は眺めていた

「まだよく見えないから、床に手をついてくれる?」
 
 汐は二人を背に手と膝を床について四つん這いになった。渚はヒールを履きなおし、汐の尾てい骨のあたりを踏んだかと思うと、ヒールのかかと部分が四つん這いになった汐の肉の、アヌスに突き立って、ずぶずぶと中に沈ませていく。そのまま足首を器用に動かして中を蹂躙していくのだった。汐は声を出すのを堪えて、渚の好意を受け入れていた。時たま、くぐもった声が漏れ出かけては、耐える、を、繰り返していた。本当なら、もっと声を出して喘いで早々に渚に屈服してしまいたい汐だったが、第三者、つまり、渚にとっては義孝、義孝にとっては渚が居ることによって、声が出せなかった。それがまた相乗効果で身体を熱くさせるのだった。

「ああ、大分緩くなりましたよ、義孝さん。」

 ゆるゆると挿しこまれていた凶器が汐の身体から抜けていった。汐の身体からも一緒に力が抜け、つかれた、と、もう地に突っ伏し、渚の下半身に抱き着いてすがりもしたいところだったが、義孝が居る手前、できない。渚ばかりに媚びることは汐にはできなかった。それに今渚は義孝に話しかけているから、割って入ることもできない。

「別の仕方で突いてやったことがおありですか?」

 汐の背後で義孝が渚に優雅な調子で尋ねていた。渚になんてこと聞くんだよ!!と、普段なら言うことが出来るが、この状況では、とてもできそうもなかった。渚に、何も言わないでほしいと思うと同時に反対の感情もわいて、頭の中がこんがらがって、どんどん真っ白になってただ息だけがあがっていった。

「ありますよ。どこをどうされるのがいいのかも知ってます、ね、汐。あらあら……息を荒げて。」
「……、……。」
「そうですか。そんなことだと思ったよ。おい、汐、どっちがいいんだよ?渚さんと、俺と。」

 義孝にそう問われても本人たちを前に汐が答えられるわけが無かったし、それぞれ、至極良いのだから。答えようがない。それをわかってて、義孝はこの剛速球を投げてくるのだ。これだから……。

「汐、義孝さんがお前にわざわざ聞いてやってるのにどうして黙ってるの?ほら、答えなさい。……あーあ、また、下半身ばっかり大きくして。人前で。みともない。どういうつもり?」

 勢いよく尻に平手が飛んできて、痛みが全身を痺れさせる。渚の手だ、とわかると同時に汐は人目もはばからず著しく恍惚としてきて知能指数がどんどん低下していく感じがした、幼児帰りでもしたように、唸り声が口から出ていってしまう。ごめんなさい……、と呟くと同時に、更に下半身に血がどっと流れて雄が持ち上がり、ぅぁぁ……と声が出た。脈拍の高まりが止まらない。今の状況が、背後の二人を悦ばせるのか苛立たせるのかもよく、わからない。すぐ鋭い声が飛んできた。

「別に、謝られても困るな。謝れなんて、一言でも言ったかな、俺。俺の質問、要望に応えられないのか。あーあ、心底がっかりだな、お前には。」
「う……、……、」
「まだ答えられない、そう……じゃあ、こうしましょう。お前が答えられるまで今から交代でお前の身体を試してやるから、その間に回答を出すことね。」
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