堕ちる犬

四ノ瀬 了

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脱がせてみろ、できるもんならやってみろよ、鬼。

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 廊下に面した襖が開いて鬼が出た。霧野の前に、鴨居に手をついた二条が玄関にのっそりと身体を出し、にやけ顔を覗かせたのだった。にやけていながら相変わらず、目の中に光が一切ない彼の特徴的な瞳。彼の口が笑顔の形で大きく開いた。

「なんだ、一瞬奴と見違えたぞ。」

 奴とは間宮のことだろう。風呂上りに脱衣所で間宮から渡された彼の衣服を借りて着ていた。服は身体に丁度良く馴染んだ。間宮は早々に服を着こんだ霧野を見て言った。
「今の俺の服でちょうどいいようだな。良かった良かった。」
 彼は腰にタオル一枚まいたまま牛乳瓶を持っていたが、ふと、何か思いついたかのように瓶を傾ける手を止め、半分中身の残った瓶を霧野の腰かけるベンチの上に置いたのだった。

「よければこれも分けてあげよう。少しは栄養になるよ。」
「てめぇ、さっきから勝手に何してんだ。大体、こんな奴に服着せる必要なんかねぇんだよ。」

 間宮のすること全てが、何か美里に気に触るらしかった。着かけのシャツのボタンをひとつもかけていない姿のまま間宮を前に突っかかる。間宮は頭をタオルで拭きながら黙って美里を見下ろしてたが、一呼吸おいて鼻で笑って、蔑んだ笑みを浮かべた。

「またまた……そうやって、自分の準備不足を俺に当たるなヨ。抜けてんだろ、君が。」

「なんだと。こいつはお前の着せ替え人形じゃないんだぞ。大体なんだお前の飲みかけのきたねぇもんを、餌付けのつもりか?そんなもんで懐かせようとでもいうのか?おい澤野、そんなもん飲むなよ。毒でも盛ってあるかもしれないからな。腹減ってるなら何か俺が食わせてやるから、それから川名さんのとこ行きゃいいんだよ。てめぇは用済みなんだからとっとと二条のところにでも帰ってチンポ吸ってな。」

 余裕綽々間宮の表情が、二条を持ち出されて瞬時に笑みだけが消えていった。

「……。さっきから何をカリカリしてるんだ……このチンカス野郎。女みたいな細い身体して、きっと生理なんだな。薄穢いお前の血で風呂が染まってどうりで臭いわけだ。服を与えるのだって必要だからやっているだけで合理的、暴れるのを裸のまま運ぶ方がどう考えても面倒くさい。自分で歩かせた方が楽さ。家畜だってそうやって育てる。誰だって知っている。子どもでもわかることだ。毒だと?そんなことして一体俺に何の得がある。俺のやさしさを。それともまた、俺に運ばす気だったか?嫌だね、俺だって疲れてんだ、お前には人の痛みがわからないんだ。俺達にはわかることが、お前にはわかりっこない。それともなにか?家畜用に移動式の檻でも用意して来たか?ああ、君にそんな気の利いたことできるわけが無かったな。口も悪い、要領も悪い、頭も悪くて、気もきかない、わがまま、人の気持ちがわからない、本当どうしようもない、」

 脱衣所でしばらくの間口論が続いた。脱衣所に居た他の連中の好奇の目を集めたが、事情を知らない者からしたら全く意味不明の口論であり、双方手が出る様子が無いことがわかると、それぞれの動作の中に戻っていった。口論の間中、霧野は銭湯の脱衣所のベンチにもたれながら、相変わらず面倒くさいなと眺めていた。眺めている内に、あまりの中身の無さに逆に面白くなってくる始末だ。
 
 二人が罵り傷つけあっている以上、こちらには気が向かないので良かった。霧野が彼らから与えられた仕打ちや痛み、辱めを忘れることは無かったし、殺意も常に秘めていたが、今ひと時、自分がまた澤野のような気分になっていた。湯船が予想外に身体に染み、気持ちが良かったのもある。傷に染みる痛みがあるとしても、この人生で一番気持ちが良かった風呂と言っても良かったかもしれず、今もまだ気持ちがいい状態が続いていた。

 口論の後、どこで夜食をとるかでまたひと悶着あり、その間も霧野はずっと黙っていた。澤野であってもそうしていただろう。元々意味の無い話や堂々巡りする話が得意ではない。話が巡りに巡った挙句、どうしてその結論に至ったか3人はロイヤルホストの中に居た。客の中で明らかに浮いていたが、特に騒ぎを起こすわけでもなく、大人しくボックスシートに収まって店員も何も言わない。霧野が奥、通路側に間宮(これには一応逃走防止の意図があるだろう)、対面に美里が座っていた。

「この中で今一番金を持ってるのは俺だからな、好きなだけ食うといい。」

 当の美里がほとんど食べない等しいのに対して、間宮はしこたま当てつけるようにメニューの隅から隅まで舐めるように見て注文を続けに続けた。最初こそ食欲があまり無かった霧野だが、テーブル一杯目の前に運ばれる料理の数々を見て、元の欲望を取り戻し始めた。会話は殆ど無い代わり、むしゃむしゃいう音が途切れることが無く、美里は途中からまるで手品でも見るように呆然と、煙草を手にしたまま目の前の光景を見ていた。その内また間宮が店員を呼んだ。

 こうしていると、やはり霧野は自分が霧野であることを忘れかけた。3人でいる間、今まででは考えられない正常な扱いをされている。しかし、真に自由であろうと、逃げようと振舞えば、美里は簡単に服の内側に潜ませた凶器で霧野を殺しかねず、殺すことに何の罪悪どころか悦び、刑務所に入ろうが刑罰を受けようがどうでもいいという気で仕掛けしてくることは明らかだった。

 同時に、霧野の逃走だけでなく、美里の行為の防止のためにも、間宮が呼ばれていることも明らかだった。間宮であれば、霧野が逃走の気配を見せれば、即殺ではなく、腱の一部を切りとるなどの残酷をして、霧野を殺さず逃走不能にすることも、美里を気絶させるなどして止めることも可能だろう。今このある意味で恵まれた状況の中で、何の策も無しに逃走を企てるのは愚かで全員が不幸になる。ただ、今二人がいがみ合っている間に、何か策は無いだろうかと考えはしたが、あまりにも二人が愚かしい喧嘩ばかりするのと、目の前に差し出された欲望の塊に夢中になっている内、霧野は霧野でどこか気が抜けていくばかりだった。

 その中で、素直に、この弛緩した雰囲気こそ利用するのが最適解だと思った。緊張していた精神が弛緩しているのは霧野だけでなく、美里や間宮も同じはずだ。情を抱かせる、仲間と思わせる、こちら側に引き込む種を撒くのがいい。時には待つことも大事だ。焦らず実りを待つのだ。

「俺にも一本くれよ。」

 霧野はさりげなく美里に、特に吸いたくもない煙草を、せがんでみた。ちょうど一本吸い終えようという美里は一瞬意外そうな顔をしたが、自分の今まで吸っていた煙草を灰皿でもみ消すと、煙草を2本取り出し、2本をいっぺんに唇に咥えて火をつけ、煙を吐きながら、火のついた1本を霧野の方に黙って差し出すのだった。手を伸ばすと、煙草が引っ込められた。

「手なんか使うな。口で受け取るんだよ。」

 彼は指で器用に煙草を扱って、吸い口の方を霧野にさし向けた。

「……。」

 霧野は身を前に乗り出して差し出された物を咥えた。指が離れていった。霧野は、どすん、とシートにまるで当てつけるように態度悪く座って、間宮が「もっと静かに座ってくれないか。」と呟いた。

 煙草は不思議と甘美な味がして、霧野の脳を潤した。
 霧野は貰い煙草を咥えながら俯き、内心ほくそ笑んでいた。
 駄目だコイツ、甘いんだ。俺がねだったものを結局素直にくれちゃって……。

「俺にもくれよ。」
 間宮が二人の間に割って入るようにねだった。
 無表情だった美里の顔に苛立ちが分かりやすく現れ、黙っていたかと思うと、煙を思い切り吹き掛けさえした。
「い、や、だ、ね。」
「あ、そう。じゃあいいよ別に。自分の吸うから。」

 間宮はポケットをまさぐると、素人が見てもわかる大麻の塊を徐にテーブルの上に置き、巻こうとするので、美里が「馬鹿!こんなとこでそんなもん出すな!」とそれを握りつぶすようにして没収し、また静かに口論が始まった。霧野は横目で間宮の今の行動、やり取りを見て、不自然さを覚えた。今に始まったことではない絶妙な違和感がここにきて一気に強まった。

 隣に座っているこの男は、今、狂人を偽っているのではないだろうかという、勘。精神が錯乱した人間が、ふとした拍子に元に戻る例はある。だとしたら、美里よりもっと話が通じやすく、誘導できるのではないだろうか。

 横から真っ黒い刺青で彩られた手が伸びてきて、霧野の咥え煙草を奪っていき、自分のものにしてしまった。その顔に微笑を讃えて。彼は美里には聞こえないように霧野に顔を近づけ耳打ちした。

「君は目の前の彼のことを、好いているのかな?」
 霧野は耳にくすぐったさを覚えながら俯き、小さく早口に答えた。
「……なんだ急にっ、気持ちの悪いことを聞くな、俺はお前のようなホモとは違う、」

 間宮は目を細めて霧野の顔をじっと見ていたかと思うと、ゆっくりと頭を霧野から遠ざけ、1人納得したような顔をして煙草をふかしていた。霧野はまだ彼に何か話しかけたかったが、美里の視線を感じると、とても上手くできそうにない。そうして夜食は終わり、霧野は二人の手で川名邸に送り届けられたのだった。”マトモ”な夕食をとったことを、川名には言わないように、と美里から口止めをされて。

 霧野の多少緩んでいた気が、鬼の登場で背中にびっしょりと汗をかく。
 霧野は二条から目線を逸らして、廊下の奥の闇の方へ真っすぐ向き直った。

「蓉子姉さんに、ここで待っていなさいと言われています。」

 闇の奥へ駆け出していきたかった。
 はやく、はやく、呼び出してくれ。はやく。これほどまでに川名に恋焦がれたことは無い。

「知ってる。」

 頭上から低い声が響き渡り、霧野は心臓が掴まれたような気分になって、身体が内側から震え始めた。畏れが自分の目に浮かぶのがわかった。悟られないように顔を伏せて、呼吸を整えた。

 なに、畏れることは無い。殺されるわけでは無いのだ。今彼の手にかかって殺されることは100%無い。ここは何と言っても川名の領域内である。二条といえど、川名のすぐ目の下に居て、無茶苦茶することはできないはずだ。自然と震えは止まっていた。霧野は自分に言い聞かせながら、今度は毅然とした顔つきで、二条を見上げた。彼の真っ黒い瞳の奥。彼は、にやにやと笑いながら霧野を見下ろして続けた。

「まだ手が離せないから、俺が相手してやっても良いと言われたんだ。そんな小僧とそんなとこ突っ立ってても面白くねぇし、だるいだろ。上がって休めよ。こっちに待つのに良い部屋がある。」

 二条は霧野が上がってくるのを確認もせずに背を向けて廊下、闇の奥へと歩を進めていった。彼の後に付き従う以外の選択肢が霧野には無かった。

 霧野は二条を追って入った和室で、後ろ手に襖を閉じた。二間続きの和室の客間は明かりが付けられ、二条は立ったまま霧野を向かえ入れた。和室にしては天井が高く、備え付けになっているはずの卓や座椅子が、部屋の隅の方に不自然に寄せられて、畳だけの空間が広がっていた。奥の和室には、太い梁が一本通されていた。2人は2メートルほど開けて対峙していた。

「風呂に入らされたらしいな。ふむ、顔の色つやが良くなって素晴らしい、奇麗だよ。お前は回復力も超級で素晴らしい。あんな日の当たらねぇ地下に閉じ込めっぱなしも良くねぇのかもな。せめて俺の下に付けてもらえるよう、俺からも頼んでおくよ。そうすれば俺にとっても、お前にとっても、愉しい毎日が始まるぞ。」

 霧野は畳の何もない空間に目を泳がせて、これから何が行われようとしているのか考えていた。

「さて、ついでに首から下の具合も見せてもらおうかな。焼印されたんだってな?興味深い。」
「……。脱げってことかよ、結局。」

 二条は腕を組んで、首を傾げ「当たり前のことを聞くなよ、お前はそんなに馬鹿じゃないだろう。」と言った。
 霧野は逡巡の後、薄ら笑いを浮かべ、言った。

「例えば、嫌ですねと、今俺が言ったら、無理やり脱がそうと言うのでしょう。わかっていますよ、簡単なことです……良いですよ、脱がせてみろ、できるもんならやってみろよ、鬼。」
 
 霧野は、いつ目の前の鬼が襲い掛かってきても良い様に、言葉を吐きながら身体から力を抜き、構えをとっていた。二条は一瞬驚きの表情を浮かべ、そのことは霧野の心を擽ったが、二条は直ぐに嬉しそうな笑みを目元に「なるほど、そういうこと……」と静かに呟いた。

 声には実に愉し気な響きがこもっていた。霧野は二条が怒るでなく、寧ろ彼が激しく悦ぶだろうことをわかって、挑発したのだった。これは彼への、ある種の接待でもある。と、同時に今であれば、全く勝機の無い戦いでもないのだ。身体に何の戒めも辱めも無く、軽く癒されて、なまっている身体を伸び伸びと動かしてみたいくらいである。

 立場上、今の身分になる前は、二条と戯れはあっても、本気で手合わせしたことは無かった。二条はジャケットを脱ぎ、畳の上に放り投げた。それから腕を拡げて「組長の家だからな、今は特に何も仕込んでない。心配なら先に点検しても良いぞ。」と言った。二条の言うことは、おそらく本当だろう。この男にはヤクザの癖に、いやヤクザだからこそなのか、懲罰や拷問等ではなく、喧嘩、戦いにおいては、妙に正々堂々とした振舞いを好む傾向がある。その点間宮とも、そして、もっと言えば、霧野とも異なり、異質だ。純粋に強いことを好むのだろうか。穢い手を使って霧野に勝ったとして、二条には面白くないし、今の霧野に穢い手を使わせたくも無いのだろう。

「いや、必要ない。ただ、俺がアンタに勝ったら……」

 霧野は、逃がしてくれ、とは流石に要求できないと思い、では何を要求すればいいのかと言いとどまった。

「お前が勝ったら、何だ?」

 二条は霧野に対峙しながら、目を伏せていた。足元を見て目で間合い、距離を測っているようだった。
 霧野が何も言えないでいると、二条は頭を上げ、押し黙っている霧野に笑顔を向け、提案をする。

「ふふ、流石に無意味な要求はしないようになったか。身をわきまえるようになって、成長したじゃないか、いい子だな。……そうだなァ、じゃあ、お前が勝ったら、俺も、お前と同じように、脱いでやろうか?」

 彼はからかうように言いながら、軽く伸びをしてから構えをとった。

 霧野の脳裏に、まくられた袖から覗く二条の太い腕や、はだけたシャツからチラチラと見える厚い胸板、そして、いきり立った鬼、赤々とした肉棒、挿入され乱暴された時の痺れ、暴力の中の快楽が断片的に視覚的にも肉体的にもフラッシュバックして、それから、それ以外の、まだこの目で直に見たことが無い、彼の全身の均整のとれているであろう、大きく艶やかな肉体、獣のままの姿が浮かんで、不思議と顔が紅く上気する。霧野は上気を怒りと思いこみ、ふざけるな見たくもないよ、と言うべきなのに、何も言えないで舌がもつれしまい、黙ってしまうのだ。散々皆に嘘を吐きまくってきた二枚舌が、何故かうまく回らない。言葉が宙ぶらりんになって、呼吸、精神が乱れ始めた。集中しなければいけないと思う程に、乱れた。どうしよう、今、手を出されたら、うまく受けられない。

「そうして、お前の前にかしずいて、優しく、まるで硝子細工でも扱うように、抱いてやろうか?ふふふ……」

『抱いてやろうか』。囁くように口に出された二条の言葉に、霧野の分散した精神が再び戻ってくる。さっきまでの想像を掻き消すように霧野は紅潮した顔でやたらに強い口調で二条に食って掛かった。

「何言ってる、それじゃ、勝っても負けても、同じじゃないか。ふざけるなよ。」
「そうか~?全っ然、違うと思うけどなァ……」
「……。脱ぐだけ……、脱ぐだけにしろ、それで、俺に、指一本触れるんじゃない……。」

 気が付くと、二条にそう、要求していた。散々一方的に当然のように裸体を晒され続け、屈辱に耐え忍んだ分、逆に衣服を着た霧野の前に一糸まとわぬ二条が居ることを、特に目の前に這い蹲っていることまで考えると、霧野は恐怖と同時に止まぬ異様な生々しい興奮を覚えるのだった。はぁ……と無意識に息が出ていった。そうだ、二条もまた、捕縛対象の一人だった危険人物だ、俺が優位に立って悦びを覚えたとして、おかしくない、一体何が悪いんだ。

 二条は「脱ぐだけ、ねぇ……」と何やらねちっこい言い方をしてニヤニヤと霧野を見ていた。ニヤついた顔を見ていると何か自分の中の疚しさを見透かされているようで霧野は異常に苛々とし余計に闘争心に火が付いた。

「ま、いいぜ、それで。その代わりお前が負けたら脱ぐ位では到底すまさねぇけどナ!それは承知の上で言ってんだよな?!お前が吹っ掛けて来た勝負だぜ。後から文句言うんじゃねぇぞ。」
「脱いだその先は?」
「ふふふ……それを先に言ったら、つまらねぇだろ。勝手に想像して股間を熱く濡らして準備しておくといい。」
「貴様!」
「怒ったのか?相変わらず可愛い奴だな、遥は。嗚呼……ぶっ殺したくなるよ……ホント」
「どうかしてるよ」

 霧野が咄嗟に身を低くしたその上を、二条の腕が通過した。霧野は身体を捻り二条の呼吸器官、胸部を狙ってに後ろ蹴りを振り下ろす。霧野の脚は二にうまく入って彼を軽く後退させたが、ダメージとしては軽く、すぐに体勢を持ち直そうとするのを、霧野は咄嗟に彼の腹部に正拳突き、そのままの勢いで重心を低くして、外回り蹴りを身体側面に叩きこんだ。自信のある蹴りだった。しかし、初手よりさらに素早い動作で二条がはね起きてくるのを見て、霧野は後ろに飛び退った。二条の腕がさっきまで霧野の居た空間を掴みかけていたが、空ぶった腕を降し、やけに緩慢とした、余裕をみせつけるような、ゆったりとした足取りで霧野の間合いに近づいてくる。恐怖が一瞬の間に霧野を支配した。気で飲まれては駄目だ、霧野は後ずさるではなく、こちらも間合いを詰めることで自分を追い込み、それが霧野の恐怖心をギリギリの世で生きている自分の快楽に変換させる。

 霧野の戦闘スタイルは二つの基盤がある。一つ目は正当な警官時代の逮捕術の過剰応用、通常の逮捕術は人権問題上、捕縛対象者を必要最低限の力で捕縛する術として教わるものだが、そのリミッターを意図的に外したやり方、つまり、外道である。潜入捜査官なってから、この外道がかなり磨かれたのは確かだが、霧野がこの外道を使い始めたのは、なにも潜入捜査官としてヤクザを演じ始めたからという話では無かった。それ以前から外道戦法のせいで、始末書を何枚も書かされていて、ついぞ最後まで治ることが無かった。
 
 そして、もう一つ彼の戦闘の基盤には、もともと習っていた極真空手があり、こちらは正当に極めていた。霧野が好んで選択した極真空手はフルコンタクト空手で、型や受けをメインとして実際の直撃は行わない空手とは異なる、寸止め行為無しの直撃型の空手である。また、配属前の警察学校では武道を選択する必要があり、柔道を専攻。元の極真空手経験も手伝って、初段の段位を早々と得て評価を得ていた。
 
 一方、二条の柔道の段位は高校の段階で既に段位三段、もうそろそろ四段にも手が届くと全国的に見ても特出しており、そのまま進めば柔道家としての道も十分に開けていた。その後のプロレス経験が現在の戦闘スタイルの自由さとアクロバティックさに生きている。

 組の人間の中には、武道経験者、ストリートファイトで名の知れた者も多かった。二条は必要があれば自分のツテを使って、自分の配下の人間の内、能力が伸びそうな人間に仕事に見合った戦闘教育を受けさせた。間宮を構成員として仕立てる際、彼がどちらかといえば元々知能犯であり、戦いにおいては今まで喧嘩さえしたことないような完全素人であることがすぐにわかった。汚い仕事をさせることを決めていたためクラヴ・マガを手始めに習わせた。

 霧野と二条は、双方動作が手速く、また力強くなり、まず考えるより先に手が脚が、身体全体が呼応するように動く。霧野は考えるより先に身体が動く状態をゾーンのようなものととらえており、今、良い調子だと思った。清々しい気持ち。生物というのはこうでなければ、ギリギリのところでかわしてカウンターが決まるのが一番興奮する。霧野は処々考えながらも、基本的には先に身体の動く感覚に身を任せ、相手の動きへ目を光らせて、最適解の動きに乗っていった。しかし、それは相手も同じ、久しぶりに張り合いのある相手に身体を使うことに全身で悦びを覚え、同時にすくすくと、比例するように欲望が成熟して歯がゆくも気持ちよくもなるのだった。互いの動きが共鳴するように、打ち合っては遠ざかってを繰り返す。

 戦闘が始まって早10分近くが経ち、双方致命傷にはならない程度の打撃を受けつつ、激しい動きが多く、スタミナも削られていた。そろそろ決着をつけなければ、と霧野は頭で考えた。前ならまだしも、今の状態ではスタミナ負けが一番あり得る負け方。霧野がこれで最後だと渾身の回し蹴りをしたのが、”霧野の”致命傷となった。

 一瞬何が起きたのか理解できなかった。気が付いたら身体が浮いていた。二条に動きを読まれており、かわされたと同時に勢いよくからぶった身体の、胸倉をむんずとつかまれそのまま一本背負いで押し上げられ、高い高いところから畳に勢いよく背面から叩きつけられたのだった。

 高度から突き落とされて背、首、骨、が痛いだけでなく、衝撃に中の臓器までも、肺がつぶれたようで呼吸器官が上手く機能していない。全身ががくがく痺れ始める、と感じる前に、イマ オキルノガ オクレタラ カテナイ と、身体が痛みを越えて跳ね起き、アドレナリンが脳に滾るように回って霧野は肉体を野犬のように跳躍させ、二条に飛びかかっていた。

 勝利を確信し、油断していた二条の顔を狙って下から素早い内回し蹴りを当て、よろめいた身体の腹部に膝蹴り、連続して肘打ち、顔面に裏拳を加え、二条の動く前に直感で、獣のように飛び下がって、彼の、のそのそと異様にゆっくり動くように見える手をかわした。二条が目の前で膝をつくのが見える。この間に霧野は一つの呼吸もしなかった。……快感!!!……と同時に霧野は今一瞬の狂乱舞の代償として、遅れて痛みが全身に毒のように強く回り始めた。片膝が畳の上に付き、頭が重く、瞳は常に二条を鋭くとらえながらも、頭が下がって、垂れた前髪の隙間から眼光を光らせていた。視界の中で、二条が、ゆっくりと立ち上がり始めていた。止まっていた呼吸器官がまるで毒花のように開いて霧野の身体の奥から臓器を蝕み、苦し気な息が喉からひゅうひゅう漏れ始めた。全体的に乱れ、視界がじょじょに黄色くなって、世界全体が歪んでいた。それでも、精神が、ついていた膝を再び立たせ、ゆらゆらとしながらも、彼を立たせ、瞳を妖しい炎に揺らめかせ、敵に対峙させた。

 霧野からの予想外の反撃は、二条の身体、そして心に強くこたえ、悦び、感動さえ与えていた。そして打撃の驚きから立ち戻り、二条が反撃しようというタイミングで素晴らしく素早く飛び下がった霧野の反射神経にもまた良さ、天性の物を感じたのだった。二条は起き上がりながら、鋭い目つきで霧野を観察した。

 とにかく、今の一連の動きには久しぶりに驚かされるものがある。澤野が霧野であり警官だと知った時と同じくらいに驚いた。はっきりいって、こちらのダメージもかなり大きい。最悪、姫宮のところに行くまでありえる。しかし、どうにも今の霧野を見ていると、立ってはいるが、やはり先程の自分の一発が致命傷で、もう愉しく戦えないだろうことがわかる。精神力だけで保っているだけの案山子だ。

「もう、降参するか?きついだろ。倒れてもいいんだぜ。」

 霧野の耳の奥がキーーーーンとする向こう側から、二条の珍しく軽く息の上がった低い声が響いて来た。
 霧野は霞む意識視界の中一瞬、二条の瞳の奥に仄かに光が射すのを見たような気がした

「ま…‥だ……っ」

 霧野は声を出して初めて、自分の声があまりに掠れて、すぐ側に居る人間にさえ聞こえないだろうと思った。しかし、他の誰に聞こえなくても、今まで霧野と手を合わせて来た二条の耳には霧野の声はしっかり届いていた。

「嘘をつけ。俺の背負い投げをもろに受けておいて尚今、立っているのも奇跡なくらいなのに、攻手に転じてさえ来るとは。……そうだな、武闘家なんて今の俺には名乗る資格は無いが、末端の、端くれとして、お前に軽く指導をしてやろうか。まずひとつ、自覚があるだろうが、焦ったのが良くない。しかし、これは普段ならまだしも、今のお前の条件ではどうしようもないことだ。手早く決めなければ、今のお前では俺に敗けると分析したのだろう。だったら最初から一切出し惜しみせずにエネルギー消費など二の次に全力で来るべきで中休みさえすべきでない。ふたつ、お前の戦法は攻めは良いが、受け身をとる余裕、遊びが全然ない。余裕なしだ。発情期の雄犬と同じで雌に向かって走ることヤることしか脳が無いようなものだ。人間、遊び心が大事。もうほんの数分お前に余裕があり、焦らず粘れれば、この勝負はわからなかったかもしれない。みっつ、お前は自分の戦闘能力を過大評価しすぎている。確かに強い、が、最後のアレは、火事場の馬鹿力という奴だ。お前は自身の経験から来るのか、或いは……気持ちよさを優先しているのか、とにかく、それに頼りすぎている。そんなもの出さずとも最初から最後のあの動きができて、スマートに勝つのが一番良いんだ。以上。さて、今のお前では所詮ここが限界。これ以上続けてもつまらない消化試合になるだけ。それでもお前がまだ負けを認めないというなら、了解した、今から潔くとどめを刺してやるから悦んで受けるがいい。やはりお前は俺を楽しませてくれる逸材。知能的な意味でも、セックス的な意味でも、こういう意味でもだ。”セックス的な意味”で殺してやりたいのはかわらないが、たまにはこうやって遊ばせなければもったいない。」

 そうして、勝負はついた。

「負けを認めるか。」

 みとめない、みとめないと出せる声が無い。審判が居たらとっくの昔に終わっている試合なのだ。
 それに、完膚なきまでに奇麗な技をかけられて負けたことが、霧野にみとめない、と言わせなくさせ、代わりに深く項垂れさせた。

「なるほど、認めたということだな。出ないのだろう、もう、声がな。」
 
 二条は、熱を帯びた霧野の身体を梁のある方の部屋へ引きずっていき、横たえ、丁寧な手つきで霧野の衣服を剥ぎとっていった。汗ばんで酸素を探して必死に呼吸しながら、全身を震わせ、抵抗するような力のある動きの多少はあるが、二条の手の中ではほとんど埃の動きと変わらなかった。

「勝負の取り決めを最初にしただろう。お前が負けたんだ、潔くしてろ。敗者は勝者に黙って首を差し出すのが潔い。」

 そう言われ、霧野の身体の力が二条の腕の中で少しだけ抜けるのが二条には分かった。霧野の足は二条の手で掴み上げられ、いつの間にか用意されていた縄が、霧野の弛緩した身体にきつく結び目を作りながら、結わえられていき、布で目元を覆われた。
 
 裸のまま、太ももを折られ縛りあげられ、上半身は腕を後ろに後手縛りをされて、それから、太い梁に括りつけられた縄は、霧野の両脚、両太ももにそれぞれ伸びて、頭を下にして、逆さ吊りにした。紺色の布地で目隠しされ、半ば開いた口からはぁはぁと息が切なげに漏れ続けていた。
 
 身体を動かした痛み、余韻と、逆さ吊によって、物理的にも精神的にも頭に血が上るのと、衣服を取り上げられた素肌を空気撫でるのが恥ずかしいのとで、皮膚が内側から紅く色づいていた。頭への血の巡りがよくなると意識が逆にはっきりとしてくる。

 目隠しをされて、逆さに吊り下げられてから、いつの間にか、二条の気配が消えた。彼の温もりも香りも消えた。どれほど時間が経っただろう。物のように吊り下げられて放置されている間、自分のふがいなさ、負けたことのくやしさを反芻、悔いている内、どんどん体が戒めを敏感に感じ取るようになってしまう。いやだいやだ、と思って身を反らす程、縄目をきつく感じて身体が内側から燃え、惨めさに震えあがるのである。

「うぅ゛…ん…っ、ぅ゛ぅ……」

 駄目だ、頭が、熱い。血が。自分の身体の重さ、ちょっとした動きで縄が身体をいやらしくしめつけた、頭の血管がどくんどくんと脈打つのが速くなる。自分でどうにも自由が効かず、肉のように吊られたまま何も見えない。もしかして、少し遠いところから、彼が見ているのだろうか、すると羞恥と怒りともう一つ別の炎が灯って渦巻き、めりめりと雄が、力を持って、膨らんで重くなり、畳の方をさし、ぶらさがるようになった。
 
「ぁ゛ぁ……はぁ……はぁ゛……」

 縄だけで、身体が……。布地がじわと小さく濡れた。この声、吐息さえ一方的に聴かれているのかと思うと、いっそ呼吸を止めたくなるが、呼吸を止めてしまっては、身体がつらい。呼吸は時々悶え声になったが、それを誰が聞いているのかも、わからない。口は自由にされているのだから、声を上げればいいのに、「そこにいるのか?」さえ言えず、喘いでいる。

 と、と、と……と、ゆっくりと畳を踏む足音が近づいてきて、霧野の前で止まった。

 霧野の身体が意志と関係なくびくびくと数秒の間跳ねるように震えて、収まり、吊られたまま、濡れんばかりであった。目の前の気配から、二条が戻ってきたことを体面で感じたのだ。彼が指一本触れようとせず、ただ目の前にじっと立っているのがわかる。一体どうして、自分を置いて、一体、どこへ行っていたのだ、と精神ではなく、さっきまで闘っていた身体の方が、感じているようだった。

 霧野の残された理性は、堪えきれない劣情の中で、以前、こんな話を読んだことを思い出していた。

 物質を構成する原子は、ランダムに動く。人間の細胞を構成する原子も同じである。この微粒子は最終的に重力の影響を受けながら平均的には、揺れ動きながら落下の動きとるようになる。しかし、例外的な動きをする原子が必ず何割か存在する。この誤差が、生物の生命活動に影響を与えるという。

 わかりやすい例え、人間が緊張している時、身体が強張り運動の精度が下がる。これは、揺れ動きながら落下する安定した微粒子の数が減っているからである。だから、リラックスしている時こそ、安定した揺らぎによって、運動の精度が上がることになる。

 極論、敵と戦闘する時、論理的に言えば100%リラックスしている時に、殺傷能力の運動精度が最大化する。これがサイコパスの動きである。だが、殊に武道においては、1人で100%リラックスしている状態を更に越えて、運動精度を高める方法がある。

 それは、目の前の敵の微粒子を自分と同体としてとらえること。2人で1つの物質として微粒子をカウントすることで、安定して揺らぐ微粒子の絶対量を増加させるということ。つまり、武道において、頭より先に身体が動いて戦えるのは、2人分の微粒子があるから作り出せるからこそで、1人では不可能な動きが2人では可能となるという。武道を修める者は相手を取り込んで闘うのだ。歴史において武道、殺傷能力に優れた人間に統率力があるのも、これで合理的に説明ができる。

 シュボ……ッ、ライターの音が遥上の方から聞こえて、彼が目の前に居ることが、確信になった。煙草でも吸いながら惨めな俺を見下ろす気だろうか、霧野はそう思っていたが一向に煙草の香りはしてこず、代わりに独特な甘い、何度か嗅いだこともある甘く重い熱ある香りが漂ってきた。
 蝋燭の匂いだ。頭が認識した途端、霧野の皮膚の全身に鳥肌が立って、ぁ……ッ、と何をされたわけでもないのに、縄が軋み、小さく声が出、声を噛み殺すつもりか歯先が舌を噛み、鼻でふぅふぅと息づいた。閉ざされた視界の中で、揺らめく小さな細い炎によって溶けた蜜蠟が液体となって蝋燭の窪みに溜まっていく幻想が見える。

 ほんの少しの気配の変化にも、霧野の身体は敏感に揺れ動いて、縄と梁とを鳴らした。

 やはりペニスに、いや、皮膚の薄い箇所、太ももに、傷口に、垂らされるのだろうか……。霧野の想像力はぐんぐんと痛みのやってくる場所を想像して、皮膚を紅く染め上げた。二条の気配がすぐ目の前に近づいて、丁度顔の辺りに、彼の股座が当たるのだった。初めからそのように調整して逆さに吊られていたようだ。

 まず太ももに二条の厚い手を感じ、左手が霧野の右太ももから尻にかけてを弄って、淫部を上から、じっと覗き込んでいるのがわかる。霧野は息が上がり、心臓が高まるのを感じた。どくどくと雄が今までに無い程怒張して、口元まで弛緩しかけて、歯を食いしばり、目隠しの下で目をきつく閉じた。普段饒舌な二条が黙って、静かにそのような手つきをすることが余計に霧野を煽情的な気分にさせる。ぐい、と、強く裂け目を押し広げられた時、つい、声が漏れた。二条が笑いながら言った。

「ふふ、突っ込んでやっても良かったんだが……ここは組長の家の客間だからな。悪いな。」

 それから、押し広げられた肉孔の粘膜に、ぬるぬるとした硬い物が押し当てられて、ずぶ、ずぶ、と中を擦り上げながら進んでいく、その度、開かされた股が燃えるような熱さを感じ始めた。実際、股の間で細い炎が天に向かってゆらゆらと伸びているのだった。霧野の押し広げられた運動したばかりでほくほくとして締りのある肉孔に太い紅蝋燭が突き立てられて、股の間で炎を揺らめかせながら、蝋を滴らせ始めたのを霧野は理解した。
 
 まだ、蝋は皮膚、というか開かされた淫肉に垂れてこないが、垂れてくるのは時間の問題で、じわじわちくちくと、じっとりと、霧野の淫花の縁から太もも尻、腹に向かって、蝋の大輪を咲かせることになるだろう。身体を震わせれば、その分蝋は垂れる。霧野は絶句しながら、口の中に溜まったつばを飲み込んだ。これから起こる事象のことで頭がいっぱいになり、ついにその一滴目が、霧野の赤白い肉体の上にぽつりと血のように垂れた。

「……ぅ゛……!」

 ぎしと縄が軋んで身体が揺れると2滴3滴といっきに肉の上に一気に垂れる。敏感な肉穴の開き微かに捲れた桃色の肉襞に直接垂れ、悶絶している間に、垂れた赤蝋が霧野の股の間から、股の窪みに溜まるもの、股を伝って腹や背中へ流れるもの、睾丸やペニスの上を蛇のようにつたって腹部へ流れるもの、と続く。
「ぅっ!……ぅぅん゛……っ」
 そして、口の中に押し込まれるものがあった。二条の肉棒だった。
 最早ただ単に肉棒を咥えさせられる程度では、相手を面白がらせないために簡単に音を上げないようになっていた霧野だったが、先ほどの戦い、敗北、淫孔に奥深くまで突き立てられた蝋燭、その羞恥、無軌道で、じわじわとした痛み、恐怖、これらに仕上げられた身体は、喉の奥で音を上げ、霧野のさかさまになった頭の中を震わせ、その振動が、二条をまた、よくさせた。

「ぅぅぅ゛……っ!!!ふ……ぐ………ぅぅ」

 痛みのせいで溜まっていた涎が、潤滑油となって二条の硬くいきり立った雄をぬらぬらと湿らせて、奥まで気持ちよく入り込み、霧野の意志では動かせない身体を二条が、揺らし動かすのだった。その度、勿論激しく、股座に咲く赤い花は、血を飛び散らせるようにしながら、痛みを与え、大きくなっていく。
 
 気が飛びそうになるが、頭に血が上っているせいで、すぐに意識が妙にはっきりして飛べない。
「ふぅ……ふぅ……」
 組長の家の客間だから……なんだそりゃ……その意味を、霧野は前と後ろの責め苦を受けながら。苦しいなりにぼんやりと想像していた。ぬちっ、ぬちっ、ごりゅ、ごりゅ、ぐぷ、ぐぷ、とその間も口が二条の欲望のために使われ続け、霧野の舌は、時たま積極性を持って二条に奉仕するようになっていた。蝋燭は霧野を苛め抜きながら、周囲を明るく照らし続受ける。

 ああ、わかった。組長の客間だから、俺を燭台にして置いておこうとでもいうのだな……霧野はようやく結論に到達すると、ペニスをひと際大きくしながら憤り羞恥したが、二条を潔く受け入れ続けることしか、今の霧野にできることは残されていなかった。

 口中に、生暖かい物を勢いよく注がれ、飲み干す、が、逆さになっているから、飲み込むのも普段のように簡単でなく、咳き込み、垂らすと、再びシュボ…‥!というライターの音、もともと薄っすらとした陰毛と皮膚を直で焼かれ、頭を掴まれ喉奥まで、性器をねじ込まれ、喘ぐこともできない。ようやく口が自由になると同時に一発下腹にパンチをもらった。吊られた身体がサンドバッグのように揺れてギシギシいっていた。先刻食べた分のゲロがせりあがってくるのを耐える。それでも酸素を取り込むのに必死に呼吸し、むせ、を繰り返した。

 霧野はぼんやりと吊られ揺れながら、考えていた。第一、今吐いたらまずいじゃないか。まだ食事をとってからそう時間がたっておらず何を食ったかバレる恐れがある。そういうことになると、美里か間宮か両方かが緩い警備を任されることは無くなる可能性がある。
 
 蝋燭の炎が再び大きく揺れ太ももを焦がし、焼かれる痛みに一瞬力んだせいで、その拍子に肛門に深く突き立てられた蝋燭をひり出しそうになり、咄嗟に、肛門を引き締めた。ぐぐぐ、と霧野に付きたった蝋燭が、いやらしく二条の前に尻尾のように蠢いていた。霧野はまた、自分の思想の中にこもった。蝋燭をもし落としたら、そんなことになったら、一体どうなるか、二条にならこの場で半殺しにされることはあるかもしれないが、まだ命はある、しかし、地下室なら関係なかったが、ここで蝋燭の火を落とすということは、川名の家を焼く、故意でないにせよ、川名の家に火を放つということになるのだ。そんな死に直結するようなことをした人間が今まで一人だっていただろうか、いや、いないだろう。いたとしても、この世にはもう。
 畳にこびりついた蝋は剥がせても、燃えこびりついた焼け目は畳ごとごっそり取り換えねば、消せないのだ。

 とにかく二条、何より川名に悪魔のような責めの口実を与えてしまうことになるのは確定。痛いの承知で肛門を必死にぎゅうと締めてたてていた。すると、奥の方でジーンジーィーン……と肉が貪るように硬い蝋燭を絞めて、柔らかな肉の奥から、寺の鐘を打ったようなしたたかな快楽が沸き上がって、奥から気持ちがよく、淫門と淫棒の先端が引くついて、透明な汁が淫棒の先端から、蝋蜜に負けじとたらたらと流れ出て、口から一筋白濁した涎がつたった。

「ぁ……ぁ……」

 自分のゲロ唾液の臭い、それから、二条の濃く苦く粘々した雄の匂い、蝋の甘く粘ついた臭い、それらが混ざり合って、視界が無い分、部屋全体、世界全体が淫の香りで満たされているような錯覚に陥って、おかしくなりそうだ。頭が、どくどくする……。
 
 蝋の花は火を噴きながら、霧野の皮膚の上で大きく成長し続けるが、一度垂れた箇所は上から垂れても、前の蝋でコーティングされて、そこまでの痛みが無く、蝋が重なれば重なる程に、じんわりとした熱さを感じるだけになっていく、とはいえ、痛みを与えられて敏感になった箇所が、じりじりと温められることで、鋭敏になった皮膚感覚は、性的興奮につながって、くすぐったい性感を高める。そしてまた新たな箇所に、蝋の刺すような痛みが流れていく。蝋燭の赤と精液の白の斑点が畳の上に舞っていた。上下する胸の乳首の部分を蛇のように赤蝋燭が這って霧野の身体は電気の走るようになって呻き、目の前にいる男に叫んだ。

「あんまりだ……あんまりにも悪趣味だぜ……っ、二条……っ」

 噴き出した蝋が、霧野の腹の上を垂れ、胸を伝って畳の上に垂れた。蠟が、ちょうどよく、乳首の上を通過して、のけ反ってもがいた身体に縄目が食い込み、ぼたぼたぼた……っと音を立てて溜まっていた蝋の窪みに溜まっていた蝋が、藻掻いたせいで今度はペニスの上のまだ蝋に覆われていない薄い皮膚の上に飛び璃々、霧野は悶絶しながら、肛門をきつく締めたてた。

「悪趣味ぃ?そうか?俺にはとてもお上品で慎ましやかな素晴らしい家具に見えるぞ。」
「頭か目か、もしくはその両方が、どうかしてるんじゃねぇのか。」

 二条の気配がすぐ側に、それから密着して霧野の逆さまの身体を抱き尻肉に手を埋めた。
 身体が勝手に二条の腕の中でがくがくと震え始めた。

「う……」
「組長はきっと気に入ると思うぜ。ちょうど最近、部屋の明かりをもっと趣のあるものにしたいとぼやいていたからな。手入れは必要だが、趣はあるだろ?と~っても。ほら。」

 尻肉を掴まれ身体ごと軽く傾けられただけで、縄が良い箇所に食い込み、蝋が一気に霧野の身体を伝い流れた。
 汗の粒がぶわっと浮き上がり、身体が蒸れた。

「う、ぁぁ゛……っ!!!ぐあぅぅぅ……っ」

 天上の方から、軽快な笑い声が聞こえる。さらに悪いことに、蝋燭が溶け、短くなってくるごとに、直接炎が肉孔のすぐ近くを揺らぎ焙ることになって、霧野に新しい恐怖と痛みを与えはじめていた。しかし、二条に抱かれていることが、霧野に恐怖と共に奇妙な安心感を与えるのだ。はぁはぁと激しく息づくと、二条の香りがたくさんした。視覚がない分、耳が、鼻が、皮膚が、敏感に二条の肉体を生々しく感じて、霧野の抱かれた赤い皮膚の表面が、ところどころ青く血管を浮かせて、脈打っている。裸で肉同士が交わっているわけでもないのに。

「今、この部屋に電気はつけないでいる。お前のここ、」

 二条の指が、『ここ』とう言葉と一緒に、ぴん!ぴん!と蝋燭を弾き、突き立てられた霧野の肉筒ので膨らんで敏感になっている肉芯を突き、霧野は声高く喘いで身体を揺らし、同時に溶けたての熱い蝋が太ももに跳び散った。そして、また悶えるのを繰り返した。彼はその後も『ここ』と言う度、同じことを繰り返したため、最終的に霧野は、二条が「こ」と言った時、さらには「こ」の子音の「k」が、二条の口に出る気配があった時点で身体が反応するようになってしまっていた。

「ふふふ……まったく、可愛い声出して。皆に聞かせてやりてぇくらいだな。ふふ、そんな声聞いたらもっと苛めたくなっちまうじゃねぇかよ……そう……お前の、遥の『ここ』だけが今、この部屋の明かりなんだぜ。暗闇の中でお前の肢体、それも大層ご立派な下半身だけが、よく照らされている。それでも結構明るいもんだな。近くに居れば本位読める、それに、抜きたくなったら直ぐ抜けるしな。」
 
 霧野の濡れた口の中を二条の指が弄っていた。

 じりじり……確実に蝋燭が短くなってきている。直接、肛門を開かされ、焼かれているみたいだ。二条の声がやけに遠くなっていき霧野の目隠しの下の視線が、険しい物から、陶酔、それからじょじょに上の、いや床の方へ向き始めた。足元、いや、霧野の頭の上で何か重い物がごろごろと蹴り転がされている気配と、それから甘い蝋蜜の匂いがした。

「奥の方を探して来たら、10本もあった。組長が来るまでこれで十分足りるだろう。」
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