堕ちる犬

四ノ瀬 了

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なんだァ?こういうのが良いのかよォ……さっきより随分とでかくなってるぜ。

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「薫君、二条薫君だろ、君。」

 大学備え付けのジムから出たところで、薫は見知らぬ男に声をかけられた。男は細身ではあるが、身長はどこに居ても目立つ薫と同じ程度はあるようだった。同じくジムから出て来たばかり、というか、ジムから出ていった薫を走って追ってきたらしく、軽く息を切らしていた。紺色メッシュのタンクトップから伸びるしなやかな腕に、染み出たばかりの汗の粒が浮いていた。全体的に締まっているが、服を着れば普通の人間と変わらないように見える体躯だろう。薫は一瞬で彼の服の下の身体つきを思い浮かべ、衣服の下の人の肉を反射的に観察した自分を癖を恥じた。
 それにしても、男の気さくでさわやかな笑みは、入学したての頃に部活に勧誘してくる上級生達の笑み方によく似ているのだった。なるほど、6月も半ばになってまだ勧誘してくる馬鹿がいるのか、と思った。

 中学から高校にかけて学生柔道のあらゆる大会で、ある一戦を除けば、華のある成績を記録していた薫の名は、業界では大変有名だった。柔道の成績による大学推薦、他の大学の団体からの直接的な申し出等も多かったが、薫には、これ以上柔道を修める気力も、情熱も無かった。道着に二度と袖を通す気は無い。
 
 最初から計画していたように、国で最高峰の大学の法学部に一般入試で現役合格した。それで官僚にでもなれば誰も文句は言わない。言わせない。

 薫は今年の4月に大学に入学してからというもの、どの部活にもどのサークルにも参加せず、全ての勧誘を断っていたし、その上学友を作る気も特に無かった。授業に出ている誰も彼も知能は高いかもしれないが、自分とは根本的に違う生物に見えるからだ。

 ガリ勉ばかりかと思えば、勉強を器用にこなす人間は、自分の身体をも器用に扱えることが多い。スポーツも要は頭の使い方と言える。意外と体育会系の部活が活発なのだと入学してからわかった。流石に団体競技では、体育大学や勉学より部活に力を入れている大学には到底勝てないが、所属する個人が、悪くない成績を残している場合は多々あるらしかった。そのような状況下で、薫は柔道部に限らず様々な体育会系の上級生から勧誘を受けては全てを退けて回った。大学のジムの設備はかなりよく、身体を鍛えることだけは続けていた。

 男は首にかけた白字に青のラインの入ったタオルで汗をぬぐった。薫は「そうですが。」とぶっきらぼうに言ってさっさと歩き出した。男はそっけない素振りの薫の横に並んで、歩きだした。なれなれしい奴だな、薫は口には出さないまでも、あからさまに嫌な顔をして俯いて歩き続けた。そういえば、ジムで何度か見たことある男のような気がする。気のせいと思っていたが、視線を感じたこともあって目が合ったこともある。一方的に名を知られて観察されていたかと思うと気分が悪い。

「目立つからすぐにわかったよ。良い身体してる。」

 男が言った。誉め言葉のつもりだろうが、聞き飽きた台詞だった。さっさと大学の敷地から出てしまいたい。自然と早足になっていく。

「そんなに急いでどこに行くんだい。デートの約束でも?」
 
 男はめげずに矢継ぎ早に話しかけてくる。

 薫は足をおもむろに止めて、ようやく正面から男をまじまじと見た。シャープな輪郭の割には瞳が大きく、涙の量が多いのか瞳の端が官能的に濡れているのだった。気さくな感じと言い、爽やかな声の調子と言い、どちらかといえば甘めの顔で、女によくもてそうだと思った。薫は男に冷ややかな顔を向けた。

「どなたか知りませんが、どうせ、勧誘だろ?俺にかまわないでください。どこに入る気も無いすから。」

 男は笑顔を崩さないまま「どうもそうらしいね。」と言い、徐に件の腕を伸ばしてきたかと思うと、薫の左肩を強い力で掴んだ。思わず歯を食いしばっていた。相当な握力がある。身体の鍛えられ方が本物だとわかる。薫は久しぶりに他人から加えられる痛みを味わった。

 薫はゆっくりと横目で掴まれた肩を見た。長い指が肩に遠慮なく食い込んだまま、離そうとしない。何て失礼な奴なんだろう。視線を肩から彼の方へ向けて強く睨みつけると、彼は声を上げて笑った。そうかと思えば、ゆっくり瞳の中の笑みを消し、口元には笑みを浮かべたまま、さっきと打って変わった冷ややかな目つきをして薫の耳元に顔を寄せて耳打ちした。

「Eagle280」
 
 心臓の動きが一瞬早まる。
 さっきと打って変わった、いやな、粘ついた感じの声が耳の中に張り付いた。
 目の前に首から下の引き締まった男の裸体がありありと浮かんだ。
 食い込んだ指と肩の間で激しく血が脈打っていた。

「俺だよ……昨晩遅くまでやり取りしてたろ、Grizzly君」

 Grizzly Manは薫がゲイ向け掲示板に登録した安直なハンドルネームだった。地域別に分かれ、付近に住んでいる”お仲間”もわかる掲示板には、若者から壮年までの男の肉体の写真がずらりと並ぶ。10日前から、半径5キロ以内に住んでいるらしい「Eagle280」という男と完全なヤリ目でメールでやりとりしていた。
 真剣な交際を望む者が、あの欲望の臭いのぷんぷんする掲示板の中にいるはずもなかったし、薫自身全く望んでいなかったのだった。自分の爛れた理解されない欲望を、どうして親しい相手に向けられるだろう。掲示板では誰も彼もが自分の自慢の身体を誘うように競うようにアップロードしていた。薫は彼らを冷笑的に眺めながら、自分自身を最も冷めた目で見ていた。
 薫の若さと肉体をもってして攻略できない男は殆どいなかったが、薫の方が先に飽き、定期的に会うような男はいなかった。

 肩から手が離れていった。薫はEagle280から距離をとるようにして、二三歩下がった。Eagle280がまさか同じ大学の人間とは思いもしなかった。それから、向こうがこちらの素性を知っていて、こちらが知らなかったその状況に苛立ちと焦燥が沸き起こる。ジムにはほぼ毎日通っていたが、その間ずっと一方的にそういう目で観察され続けていたのだ。

 Eagle280は、薫の顔が険しくなるのを眺めながら、飄々としていた。

「どうせ今日会う約束だったろ。どこで会ったって同じさ。ちょっと付き合ってくれよ。ああ、そうだ俺の本名を先に伝えないとフェアじゃないね。俺は間宮。間宮壮一。ここの理工学部の3年だ。よろしく!」

 彼の口調は再び爽やかなものに戻っていた。薫は差し出されたしなやかな手を見下ろしながら「……で、どこに付き合えって?」と無意識に聞いているのだった。壮一は薫が握り返さないのを特に咎めず手を引っ込め、そのまま親指で後ろを指してまんべんの笑みを浮かべた。

「プロレス研究会!」

 帰ろう、こんな奴、気味が悪い、どうでもいい、と思いながらも、壮一の横に並んで歩いていた。壮一との、ここ10日間のやりとり、身体の写真の交換の数々、射精の痕、実際に見た肉の感じ、獲物を逃がしたくないという思いが、薫の脚を帰り道と反対の方に向けてしまう。性欲が理性に勝てていないのに苛立ちを覚える。性欲。これほど厄介なものもない。しかも、良い獲物と思っていたはずが、獲物にされていたのは自分の方かと思えば、ほがらかな壮一と反対に、薫の顔は険しくなるばかりだった。気が付けば、プロレス研究会のトレーニング施設まで来ていた。

 壮一が中に入ると「お疲れ様です!」と方々から威勢のいい声がかかった。好奇心と歓迎、敵意のような物が入り混じった視線が無遠慮に薫の方に投げかけられた。壮一は一人一人に笑顔を向けて「おつかれおつかれ」と手を上げながら、返していた。一人の髪を金髪に染めた男が小走りに近寄ってきて、壮一と薫を交互に見上げた。

「入会希望者ですか?」
 違う、と薫が否定する前に壮一が「違うよ。」と男をさめざめとした感じで見下ろした。
 そして、薫に向けるのとは違う、冷ややかな笑みを浮かべた。

「俺が自分で誘ってみたのさ。たまにはいいだろ、そういうのも。」

 周囲の空気が、軽くざわめき、直ぐ静かになった。男達の視線がさっきよりも遠慮なくとげとげしく鋭く薫にまとわりつくのだった。金髪の男に向けていた瞳とは違う目つきで、壮一は薫を振り返る。

「二条君、別につまらなかったらいつでも帰って良いから、好きなだけ見学していきなよ。ああ、でも俺がリングの上にあがるところくらいは、見てほしいかな!嫌ならいいけど。わからないことがあったら彼、浅葱に聞くと良い。浅葱!お前は簡単に二条君を案内してやれ。俺は着替えてくる。」
「わかりました。」

 浅葱の返事には最初に壮一に「お疲れ様です」と言った時の調子からは少し外れて、何か言いたげな雰囲気があったが燻っていたが、壮一がさっさと奥に引っ込んでしまったので、薫と浅葱の2人が残された。浅葱は薫の方へようやく向き直り「部長の命令だからな、案内してやるからついて来い。」と険のある調子で言った。壮一がここの主であるということに、薫は一寸意外さを感じたが、すぐさま写真の中の引き締まり優れた裸体を思い出していた。
「ほら、ぼーっとしてないで、行くぞ。」
 薫が浅葱の背に向け「えらっそーに……」と口の中で小さくつぶやいたその瞬間、浅葱の腕が攻撃の意思を持って伸びてくるのが見えた。考えるよりも先に避け逆に腕をとって、浅葱の腕を背中側に回して捩じり込んでいた。浅葱がくぐもった声を上げて咄嗟に手を離したが、近く居た部員達に「何をやってる!」と双方引き離された。

 新参者の薫ではなく浅葱の方を、部員達は嗜めた。浅葱は肩で息を切らしていたが「何でもないっ、少し遊んでただけだ」と誤魔化した。壮一の眼の無いまま場がおさまり、それぞれ散っていく。浅葱は薫と目を合わせないまま、さっきのことなど忘れたように、淡々と中を案内し始めた。薫は若干の不快と愉快を感じながら、汗臭いしかし不快ではない饐えた臭いの漂う建物の中を、たっぷりの視線を感じながら歩き回った。

 ロッカーの影から会話が聞こえる。
「……っへぇ、壮一さんが自ら人を連れてくるなんて、初めてなんじゃないか?」
「アイツ、二条だろ?ほら、柔道で全国の。」

 紺地の薄手のTシャツにラフなショートパンツを身に付けた壮一が出てきてリングの上にあがると皆の視線は、まるで潮の引くように薫ではなく壮一の方へ惹きつけられていくのだった。
 
 彼はリングの上から次々部員を呼びつけて、稽古をつけ始めた。プロレスについては無知の薫だったが、自分の柔道の経験から見ても、壮一は受け身が抜群に上手いことがわかる。攻撃を主体的に挑むように受けて、致命傷にならない程度に受け身をとっては立ち上がり、また受け、最後に仕掛けていく。蝶のように舞い蜂のように刺すのが彼のスタイルらしかった。プロレスの舞台ではヒーロー役、ヒール役が割り当てられることがある。試合を盛り上げるためには、一方が一方を蹂躙するような闘いは適してない。やられ、やりかえす、物語性が必要だ。だから何より、どんな派手な攻撃でも受けられること、受け身が上手いことは、プロレスを嗜む者の才覚の1つと言えるだろう。

 壮一は、攻撃の指導も受身の指導もした。彼はリングの上では自分の役目を果たすことに集中していて、薫のことは視界の端くらいにはとらえていただろうが、活動に重きを置いていた。そのことは薫の気を軽くするのだった。見られていた分、見る番だ。そう思えば。
 プロレスは格闘技と言うよりショーである。如何に戦いを美しくそして愉しく魅せるかのショーだ。見ている内、帰ろうという気持ちは自然と消えていた。2時間程彼らの戯れる姿を目におさめた。壮一がリングから消えて、薫の元に、学生らしいラフなシャツを着た私服姿で、学生らしいショルダーバッグをかけ、舞い戻ってきた。さっきまでリングの上で舞っていた男とは思えない。バッグから教科書かレポートらしき束がはみ出ていた。

「ああ、疲れた。今日はもう俺は帰る。飯行こうぜ。勿論来るだろ。」

 再び視線が二人の方に集まっているのを薫は身体中に感じながら、頷く代わりに彼に背を向けて施設の外に先に出た。
 
 夕闇の中、黙って銀杏並木を歩いていた。壮一には、薫が何か言うのを待っているような風情があったが、薫は薫でむっつりと黙っていた。学生街の中にある古臭い中華屋に入った。体力を相当に消耗していることを表すように、身体に見合わぬような量の料理を次々頼む。店主も慣れたものらしく、はいはい、と注文を聞く。薫もそれに合わせ、狭いぎとぎととしたテーブルの上に、所狭しと四人前はある料理が並んだ。

 彼は大盛りの炒飯を豪快にかき込んでいく、咀嚼する度、彼の顔と喉の筋はごくごくと良く動いた。大きく開いた口に次々と食べ物が吸い込まれていて、見ているこっちが気もちいいくらいだった。空になった皿の横にたっぷり水の入ったグラスが汗をかき、壮一はそれを一気に飲み干し、薫を見て言った。

「なかなか、良かったろう。」

 彼の唇は食物を食らった油でてらてらとして、微笑みが野生じみて見えた。壮一は蓮華をまだ手を付けていない天津飯の方に伸ばしかけ、また豪快に口に運ぼうとする。薫は口に運びかけていた箸を止めて彼を見た。

「……。何が?舞台の上に立った自分の肉体自慢か?」

 二条は嫌味を込めて言った。
 壮一は口に運びかけていた蓮華の手を止め、まじまじと薫を見て、身体を逸らして豪気に声を上げて笑った。

「急かすなよな。飯より先にそっちが良かったかよ。でも駄目だな。エネルギーを補充しないと流石にもたない。特にお前が相手だろ。いっぱい食べとかなきゃな。お前も。俺が奢るから好きなだけ喰えよ。遠慮なくな。」
 
 2人は気持ちがいいほどよく食べた。空になった脂ぎった皿がテーブルの上に行列になっていた。

 ホテルのベッドに腰かけて、裸体の壮一が伸びをし、服を脱いで立ったままでいる薫の方を上目づかった。
 大きな瞳が妖しげな色を讃えて薫を捕え、圧倒した。

「遠慮してるのか?」
「遠慮?」

 薫は言葉を続ける代わりに、目の前の男に覆いかぶさり押し倒し、背後から勢い抱いた。身体同士が絡まり合いはじめベッドの上を転がり、薫は背面から勢い壮一に挿入し、前後運動を始めた。
「ぐ……」
 どちらの口からも言えず小さく低い声があがる。良く引き締まった尻が、ぱちゅん!ぱちゅん!と瑞瑞しい音を立てながら子気味良く揺れていた。しかし、薫がいくら彼の身体を貪っても、腰を強く突き動かしても。彼は、途中からくすぐったげに、吐息交じりに笑うだけだった。代わりに熟れた肉が誘い水のように、余裕をもってきゅうきゅうと締まり、薫の肉棒を抱き留める。調子が狂う。いままでこんなことはなく、大体の男はよく啼いたから。時折温泉にでも入ったような、はぁ~、という息と共にくすくすと笑い声をあげるのだった。それが薫をムキにさせ背後から、彼の肩の肉に指を食い込ませ、圧し潰すように彼に身体を押し付け一層激しくした。先に薫の方が息が切れかけているくらいだった。彼は背後から薫の雄を受け入れながら薫を振り、目を細めて見上げ、高い声で笑って、また頭を伏せた。突く度、壮一の肩甲骨がしなやかに準備運動でもするように蠢いていた。そして、「なんだよ、こんなものか、ぁ」と吐息の隙間に小さく壮一が言うのが薫の耳に聞えた。

 薫の中で燻っていた火が、ぱちり、と、音を立て、小さな火花が弾けた。
 気が付くと薫の手が、壮一の顔面を覆い、言葉の一つ、呼吸の1つもできない程、強く掌を押し付けていた。

「うるせぇんだよ……黙ってろ、てめぇが……てめぇがそんな調子だからこっちは集中できねぇんだろ……?」

 目を見開いた薫の声が低く腹の底から湧き出て、壮一の明らかに動揺した声が薫の大きな手の中で小さく上がった。薫のもう力も入らぬと思っていた腰、全身に漲るように力が漲ってくる。全身の毛が逆立つように。炎の燃え立つように。同期するように、壮一の渓谷に突き立てられた雄鉾がみるみる炎を帯びたように熱くなり立ち上がり、獣じみた力を持って大きくなっった。薫の喉の奥の方からも、さっきまでの焦りの混じった吐息と違う、咆哮の気配の混じる獣臭い息が漏れて、全身が発汗した。
 
 ベッドの上を転がるようにして、雄根を、さっきと変わって全身を強い筋で強張らせた壮一の中に突き立てたまま、彼を自分の上に仰向けにさせた。天空に壮一の男根がぼろんと、剥き出しになる。明らかに最初より大きく反り立って紅くなり、青筋を立てていた。薫は、横目で淫らな彼の力点を見、それから彼の首筋に唇をあてた。そこに、声の呻き啼くのと、はち切れんばかりの速さの鼓動が動いている脈動を感じた。食い破るように噛むと上で身体がのけ反る。味わうようにしながら唇は、壮一の真っ赤に染まった耳元に到達した。酸味の強い、良い香りがした。ぐ、ぐ、と呼吸にも言葉にもなっていない喘ぎが漏れ続けて、生暖かい唾液が薫の手の中に溜まっていった。

「なんだァ?こういうのが良いのかよォ……さっきより随分とでかくなってるぜ。」

 くぐもった悲鳴が上がる。薫の手が乱暴にいきり立った壮一の物を握り、乱雑に上下にしごき転がしたのだ。みるみる強い力で顔を抑えつけることで、薫の手の中で壮一の雄はもちろん、内も内側から火で燃やされているように熱くなる。壮一の肉筒の筋はさっきまでのチャラチャラした調子をすっかり無くし、弦を張った弓のようにに張り付めながら、薫との間に寸分の余裕なくぎりぎりと引き締まり、雄は打てば打つほど熱く硬くなる刀のようであった。薫は自分の中の血が正しく流れ始めるのを感じた。

「へぇ~……とんだド変態だな、間宮部長は……犬みてぇにだらだらと涎まで垂らしてよォ……ええ?」

 そのまま深く、壮一の中に入りながら下からガシガシと突きあげながら、彼の顔に手を押し当て続けると、ビクビクンと薫の上で壮一の身体が揺れ、淫らな塔はさらに淫らさに勢いを増した。簡単に意識を落としてしまってはつまらないから、時折指の間に隙間を一刻だけあたえ、またすぐ覆う。薫が壮一の熱くなった顔を覆っていた掌を一瞬離すと、ひっ、と、怯えるような引き攣れた呼吸音が出て耳に良い。
 
 二言目が言えぬほど、いや少しの息継ぎも許さぬと、今度は腕を首に絡ませ、力を込めてぐんぐんと締めた。
「ん゛ん゛…っ…、ふ……ぐく………」
 壮一の跳ねあがり暴れかけた脚に、薫は自分の脚を絡ませ、動けぬように力を込めた。絡まった脚同士が筋の音を立て、最後に壮一の方がぐたりとなる。そうなっても力をこめるのは止めず、寧ろ強めて、ベッドの上、薫の豊かな身体の上に縫い留めたままにしておく。ふぅふぅと苦し気な息が漏れ続け、彼の背中から湧き出た汗で絡み合う二人の間はぬるぬると滑る。
 
 腕の中で、壮一の喉ぼどけがころころと逃げ場所を探して蠢いた。溺れるような悲鳴をさせる壮一だが、反対に一物は極度の盛り上がりを見せ、今までで一番の発達。奥の穿たれた熟れた肉の中が熱く溶けるようになるのを、鋼鉄のようになった薫の楔が、どこまでも底の無い淫沼を深く強くガシガシと穿つのだった。その度ベッド自体が跳ねているような激しさ。どすんどすん大きな音が立つ。壮一からは部屋全体が揺れているように思えた。

 部屋中が熱気に湿り、性行為ではなく獣の食事でも行われているような、ぐるぐるとした悲鳴と獣の息遣いが部屋の中心に入り乱れていた。

 ミシミシと腕が、ベッドが鳴り、筋が、関節が鳴った。そうして、薫は、壮一の髪の中に顔を埋めたまま強く息を吸いこんだ。興奮と恐怖に怯えた香りがする。薫は極限状態に陥った人間の発する香りがたまらなく好きだった。そのまま壮一を落とすぎりぎりまで腕で絞めたまま、下から打ち上げるような破壊的な突きを続け、射精した。そのほんの少し前に、泣くように、壮一のペニスからもたらたらと白い物が噴き出ていて、引き締まった腹を汚していた。気が付くと、熱さではなく、冷たさが、薫の腕をすりすりと優しく撫ぞっていた。それが壮一の掌だと気が付くのに少し時間がかかり、薫はハッとして抱いていた頭から腕を離した。

 壮一の身体からは、未だに震えが伝わってきていた。彼はゆっくりと薫の上で仰向けにしていた身体を起こし、楔を抜くために腰を浮かせ、今度は薫の頭の脇に両の手を突き、上に覆いかぶさってきた。青白い顔から涎を垂らしながら、力のある大きな目が潤んで薫を見下げていた。壮一から滴る汗が一滴、二滴と薫の顔を濡らし、それから涎も糸を引いて垂れる。薫は唾液の振ってくるのをうざったそうにふり払った。

 壮一のまるで死の淵から生還したような青白い顔の中、色素の薄くなった震える唇の隙間から火のように赤々とした舌が見えかくれしていた。その唇が涎を滴らせながら、ゆっくり苦し気に動いて何とか言葉を作った。

「なんだお前……そういう顔、できるのかよ……」
 口の中に出してやったわけでもないのに獣臭い壮一の吐息が薫の鼻先を擽った。精液と言うより血の臭いに近い。その香りがまた薫の脳髄の奥を酔わせるのだった。
「はァ?」
 薫の吐いた息もまた熱っぽく、汗に濡れた壮一の頬を掠めた。
「こういう顔さ……」

 壮一はわざとらしく眉をしかめ唇の端を上げて、歯を見せて、笑った。薫は急な羞恥心に襲われて口元に手をやって頭ごと壮一から目を逸らした。上から疲れ切ってはいるが、快活で豪鬼な笑い声が降ってきてた。そして、激しく脈動する胸をこすり合わせるようにして薫に合わせて、笑い声の振動が心臓同士が直接擦れあうように伝わってくるのだった。今度は壮一が、そっぽを向いたままの薫の頭を優しく抱いた。
 薫は頭を横にしたまま、しばらくの腕で自分の顔を覆い隠したままでいた。
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