堕ちる犬

四ノ瀬 了

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いいよ、全部飲んでやるから、何発でも好きなだけ出してみろ。

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「あ。おい、馬鹿だな。何やってんだお前、これから連れていくんだからダメだろ。」
「……、……。」

黒岩が吉川を叱っていた。霧野はぼんやりと上目遣いで彼らの様子を眺めていた。顔面から生臭い白い液体が滴って服まで汚している。すみません、すみません、と霧野ではなく、黒岩に謝り続ける吉川に対して何か強く悪態でもつこうとする霧野だが、目の前に別の初めて見る男根が、ずいと差し出されて視界が狭くなった。むしむしする。

病院の入口に人、いや新しいペニスが並んでいたし、複数の人間が周回していた。延々と終わらないのだった。吉川が霧野の顔面と頭にぶちまけたのを皮切りに口の中だけでなくところ構わずぶっかけられ始めた。目が回る、臭気に満ち、何も考えられなくなる。暑い。自分と男達との境目が曖昧になる。黒岩や吉川に感じていた憤りが、彼らの姿が見えなくなって掠れていく。そしてまた、どこかへ行った二条がかえってくるのを心待ちにしてしまい、劣情に身が焦がされた。

今の様に人がアホのように集まってくる前のこと。姫宮の分をしごき終えて、黒岩のを何とかやっている時、二条が横に並んでこちらをしばらく見ていた。何か考えてるいるな、と思った。涼し気ながら愉悦に染められた瞳。その目で上から見られていると身体が浮いたようになり、身体が何かを思い出したように疼くのだ。彼は口元を軽くほころばせた。

「遅いぞ。お前は一体いつまでやってんだ。そんなにそっちの仕事が好きか?ん~?だったらふたつある仕事のうち先の方を俺だけで済ませてくるから、お前は好きな方の仕事を好きなだけしていていいぞ。」

奥まで咥えさせられた異物のせいで、はい、とも、いいえ、とも、抵抗も悪態もひとつつけず、吐き出すことも出来ず、代わりに腕に力が入ってギシギシ縄が鳴った。またいつの間にか彼の手の中に、鞣した縄束がするすると蛇のように蠢いて、首に縄が通された。一周首に回され、編み込まれて、玄関の柱に結び付けられていく。霧野の喉から一つ唸り声が鳴った。黒岩が一瞬感じ入るような声を上で出す。不快な気分になって睨んでしまう。と、また、腕を容赦なく思い切り上に引っ張りあげられて、強く口の中のものを強く音を立てて吸ってしまうのだった。二条の笑い声がする。

「ほう。お前はまた豚のように悦んで。俺は下品なのも好みだが、そういうのは組長はお嫌いだと思うぞ。だが、お前は天性の変態マゾ野郎だ。正体を隠していた間もそのスリルに思わず勃起してたまらんかったような常軌を逸した変態マゾ警官だから、仕方がないことだな、心配するな。俺はお前を理解しようがあるが、あの人はそこを分かってらっしゃらないのだ。お前はより下品に惨めな豚のような存在に堕とされるのが好みだし、興奮するのだ。」

気がつくと黒岩の精液がどくどくと口の端から溢れ泡立ちこぼれ出ていった。口の中が空になってよだれと精液がいりまじった汚濁が溢れでて周囲を青臭く満たした。霧野はしゃがみ込んだまま肩で息をして、玄関に唾を吐いた。かがみこんだ二条が、霧野の背広とシャツともはだけさせて、分厚い手がまた直接霧野の腹から胸に触れて、親指が突起を弾いた。「さわるなよ!」と息も絶え絶え最後の虚勢を張るが鳥肌立つ身体。

「ふふふ、」
二条の目が赤らんだ皮膚の表面をなぞり、上目づかうように霧野を覗き見た。
「俺に触られたこの短時間の内に、どんどん身体が熱くなるよな、お前。」
「……、……」  

指摘されると、もっと駄目だった。一つ息を吸って吐くたびに、一度ずつ周囲の気温が上がるようだ。
目の前で二条の瞳がゆっくりと動いて、細まる。

「他人の精液で口と頭が満たされて何も言えないか?お前は、俺が目の前に現れてからというもの、そわそわとして落ち着かないな。」

彼の手が霧野の顔をつかみ、口がだらしなく半開きになる。

「今、口に入ってるのが全部俺の精液だったらいいのにとお前は潜在的に思っている。しかし、まだ周りをしっかり固めてやらんと、素直に、俺のを吸いたいとは言えない。ふふふ、未成熟な奴隷だ。」

霧野の半びらきになった口が強張って噛みつくような犬歯が二条の指先を掠った。

「……あんたの、どれいじゃ」

顔を掴んでいた手が首を掴み、声を止めさせた。かひゅ、と掠れた息が出て、二条を愉しませた。

「ふ~ん、あ、そ。じゃあもうどうなったって文句言うんじゃねぇぞ。奴隷とはある意味保護される立場でもあるわけだからなぁ。」

彼は楽しげな顔をしたまま、乱暴に霧野の顔から手を離した。そして、片手をポケットに突っ込む。そこからはジャラジャラとなにか擦れ合う音がしていた。二条は空いた方の手で霧野の雄を徐に掴みあげ、小指をピアスに引っ掛けて暫くあそんだ。

「俺を悦ばすまい、声を出すまいと我慢してるのか?いじらしいなぁ。まあ、あまりに最初からあんあん五月蠅いのより余程いいか。」

霧野の押し殺した声と息が上がってきたところで、二条はポケットから1つ錘を引っ掛けて手を離した。

「う……」
「身体が揺れると、錘の重みで俺に身体をいじくられているように感じるはずだ。身体の中もすっかり仕上がったか?たかが鉄棒突っ込まれてるだけだっていうのに。遥は本当に変態さんだな~。」
「……、……」
「もっと欲しいのか?」
乳首にも同じように錘をぶらさげられ、身体が動くと共にピシッピシッと蕾を軽く引っ張られる。
「ぁ……っ、」

霧野の眉が軽くひそめられ、視線が動揺するように流れた。二条の手の中にマジックペンが握られて、悪態をつく代わりに、小刻みに震える霧野の身体に何か書き込まれていく。マジックの先が肉の表面をくすぐる度に、一定のタイミングで霧野の身体は震え方を変えるのだった。二条の背後で黒岩と吉川は最初にたにたしながら霧野を見下げていたものの、途中から何か仄暗い目で霧野の方を見るようになった。二人の方を二条が振り返ると、彼らは表情を隠すようにして、二条を見た。

「何だお前ら、コイツにぶちこみたくなったのか?」

吉川が気まずそうに「ええ、」と言い、黒岩が「そうですね」と口元を曲げた。

「ま。そうだろう。こんなやらしい身体して、人様の家の玄関先でところかまわず真昼間から一物咥えてはあはあして腰をふってやがるんだから、誰だってそう思うだろう。10人居たら10人がそう思う。でもまだ駄目だな。遥君が自分の口でねだるっていうなら考えてやってもいいけどな。」

二条が横目で霧野見ると霧野は口から精液を垂らしながら「ぜったいいわない」と言う。二条はまた二人の方を見る。

「な。これだから。お前らは適当にコイツに男を斡旋してやれ。口の中に、声も出せない程、溺れる程出してやりゃあ良いんだよ。事務所の出先にでも吊るされてその場にやってきた全員と組員客人問わずにFUCKするなんてこともありえるんだから今の内予行練習でもさせときゃいいよ。なにごとも、事前に何回かやっとけば恥をかかなくて済むかもしれねぇからな。練習は大事だ。」

霧野はぼんやりと二条の言葉を聞き流しながらようやく自分の身体を眺めていた。

『お口無料、いっぱい出して 』『 ↑』 『淫乱便器』『ご奉仕マゾヤクザ』 ……

様々な言葉や矢印、記号とが、霧野のこれから塞がれる口の代わりに文字が肉体の上で主張し始めた。二条が霧野の方を向き直りながら立ち上がる。

「黒岩達にお前の仕事ぶりを見張らせておこう。優秀なお前のことだから、俺から与えられた仕事をヘマすることなんかないだろ。ま、ヘマしたらしたで、次の仕事も連れていかない。ここで延々としていてもらおうかな。心と身体が覚えるまで。」

二条が帰ってきたのは、その後およそ2時間半後だった。それまでに、様々な人間が霧野を使用した。

診療所に「ヤクザの兄ちゃんが抜いてくれるらしい」とやって来たモノ好きな患者もどきの一般市民達、黒岩や吉川に呼ばれ立ち寄った男達、そういった人間もとい鬼畜達に尽く喉を犯され、身体に触れられ、淡い突起を引っ張られ、穴を肉棒でさえない、硬い鉄棒で容赦なく、ぐぽぐぽと押し広げられ、退院早々知能が低下しそうになっていた。人によっては戯れに小銭を投げつけてくる。10円20円など投げつけられると、己の価値が低く値踏みされているようで貰わない方がマシだった。ものを貰って腹が立つことばかりだ。律儀に黒岩がそれを目で数えているのも腹が立った。
「も、……、や゛」
だ、と口を開いた瞬間に、滑り込んでくる雄々しい肉。誰かが手に勝手にペニスを握らせ、動かさないと腕を引っ張られて中をしつけられるので、必死に手と口を使っていた。
「ん、……ん……くふ、」
口の中が苦くなり、誰かの何かが抜けていく、「いいかげんに…しろ…よっ゛」、の「よ」のタイミングでまたするりと口の中に入ってきて、くふぅ、と喉の奥で音がする。最早声ではなく空気を含んだ肉の音だった。ぷは、と息継ぎの様に息を吸っては次、息を吸っては次、また吉川が目の前に立った時、笑いだしそうになる。

「なんだ、またお前かい。どれだけ俺で抜きたいんだ?普段女に抜いてもらえないのか?まったく可哀そうな奴だ。いいよいいよ、全部飲んでやるから、何発でも好きなだけ出してみろ。お前のは臭いも味も水かと錯覚するほど薄いから目を閉じていたってすぐにわかるぞ。きっと子種が無いんだな。」

あはははは!と笑いだすかどうかというところで顔に強い痛みと衝撃が走った。横で黙って見ていた黒岩に顔面を叩かれたのだった。吉川が驚いて黒岩を見ていた。
霧野の身体が大きく動いたと同時に、錘が振り子のように大きく動き、声をあげそうになるのをこらえて声を出す。

「なにをする!」
「いや別に。何となく腹がたったから、目を覚まさせてやろうと思って。」

見上げるより前に、目の前に黒岩の右曲がりで血管の細かくよく浮き出た特徴的なペニスがあった。熱を帯びて、触れているわけでもないのに顔に温かさが伝わってきて麝香と白檀のような変わった匂いがした。はぁ、と誰かの熱で犯された口から吐息が出た。黒岩のことは、顔より先に肉棒の特徴で思い出しそうであった。黒岩の顔は一つ一つのパーツがナイフで切ったように鋭く小さく、良く言えばアジア的で、表情の印象が薄くぼんやりとしているのだ。威圧的ではなくどちらかといえば薄気味悪さを感じる顔である。

「目を覚ます?目を覚ますべきはお前らじゃないか。俺なんかで抜いてる暇あったらその辺で女かったほうがよほどいいだろう。何故俺なんだ。頭がおかしいよ。今に始まったことじゃないけ」

言い終わる前に、キスでもされたかのように口を塞がれる。キスではなく肉棒の蓋なのだったが。
「ん゛‥…!?」
腕を引かれ、靴の表面で股ぐらの、鉄杭の食い込んでいる部分をぐりぐりと穿つように押し込まれる。腸液の苦い臭いが広まった。

「お゛っ……んぉぉ…‥」
「んはは、おい、拷問棒引っ張り上げたら吸い付きがよくなったぞ、吉川、お前の話に聞いてたより、よほど具合がいいじゃないか。ん。」
「そうっすね、チンポの吸いすぎで顔もシャープになったんじゃないすか?良かったすね。」
「あはは、面白いこというなお前。もっと人を呼ぼうよ。」
霧野が頭を横に振りかけると、ペニスがずるりと抜け出ていってまた顔面を二発三発と往復で叩かれた上、顔をあげさせられた。
霧野の瞳は疲弊していたが、ぎらぎらしたものが残り続け、見る者に挑戦的な気配を感じさせた。

「おや?澤野さんだ、まだ死んでいなかったか。」

黒岩は自身の首元からネクタイを抜き取って手で弄ぶようにして伸ばした。マジシャンのような手つきで、ネクタイは霧野の特徴的な目元を覆った。
「怖い?」
「怖くな」
いと言った瞬間に、カチと歯に固い物が当たって口が閉じられなくなった。精液の苦い臭いの上を火薬のにおいが上書きする。カチカチカチと音がする。目隠しの下で見えもしないのに、霧野の目が探るように動いていた。霧野が口を開けたままにしているとゆっくりと抜け出ていき静かになった。代わりに口に開口具が嵌めこまれて、また同じことが繰り返されていった。そして姫宮の診察を受けに来た患者が、霧野で一発抜き、奥で平然と開業を始めた姫宮の元に行くのだ。

ふうふうと鼻で息を吸い口でじゅるじゅる扱うたびに、どうでもよくなってくる。最初こそ、姫宮や、黒岩、吉川の存在を意識して、気を張っていたが、無駄な努力だった。得体のしれない人間達の手で間接的に鉄棒ですっかりほぐされた後孔からはだらだらと体液が滴って尻と太もも、それから床も湿らせてとろとろになり熱を帯びていた。腰がゆさゆさ揺れる。
「うううう゛……」
頭を犯されながら、見えない視界の向こう側で、並んでいる人間と肉棒の気配を感じ続けた。想像を掻き立てられて、そのなかで、どこまでも終わらない。

終わらないと思うと、きゅうと身体の奥が疼いて、見えない視界がさらに定まらなくなっていき、また暴力的にされて、瞳が何も捕らえず上を向いてく。便器、本当に便器なのかもしれない。手に、何か熱い物が当たる。黒岩だとわかる。他のことは何もわからないし理解したくないのにわかってしまう。

霧野の周辺は診療所の入口とは思えない衛生状態を晒して、戻ってきた二条を愉快な気分にさせたようだった。

霧野は立ち込める精の向こう側に二条の気配を感じて、身体からどっと力が抜けるのを感じた。黒岩が二条が来たのを見計らって、霧野の目隠しと開口具、首の縄を解いていった。姿勢が自然と崩れて力が抜けた身体が壁にもたれかかった。

「こいつはどうします?」

黒岩がしなだれた霧野を乱雑に壁から引きはがし、手首とフックを繋ぐ縄の背骨の中心辺りを徐に掴み引き上げた。霧野は歯を食いしばって痛みとよからぬ疼きに身体を赤くし震わせ耐えていた。耐えていると察せられてか、なかなか手が外れず、虫の様にもがく。霧野の息が激しくあがりはじめると、二条が静かに口を開いた。

「それは後でなおしてやるから、もう手を離してやれよ。」

二条に言われれば黒岩はすぐに手を外し、霧野の側を離れていった。ぐしょぬれになって霧野一人自身の体液で湿った地に伏せている。惨めだった。

「しかし、なんだ?随分派手に遊んでたらしいな。ビッチが。せっかく綺麗な服を着せてやったのに、なんだそのぐちゃぐちゃの格好は。臭ぇにおいをぷんぷんさせて、これから行く仕事はどーすんだよぉー。淫売やりに行くんじゃないんだぞ。俺を女衒にでもさせる気か?そんなナリじゃねぇだろ。」

霧野はお前のせいだろうと思いながら、「……すみませんでした、」といってうなだれ、霧久しぶりに人語を話したと同時に喉に痰と精液とが絡まって咳き込んだ。情けが無く腹立たしい。黒岩が遠くから「鼻から出てるぞ、精液が」と声をかけてくる。肘に擦り付けるようにして顔をおおった。

「それだけか?」
声のする方、二条を見上げた。
目が合うと、彼の求めそうな言葉が手に取るようにわかる。霧野の口が幾度か躊躇うように開かれた。
「他に言うことは?」
彼の顔を見ていられなくなり、頭を再び下げた。
「……、ん……でごめんなさい、」
「あ?なんだ?まったく聞こえねぇな。蚊の音か??」
二条が霧野の上を跨ったかと思うと蹴りうつ伏せに転がし、足を背中と縄の間に入れて、ぐい、と引き上げた。
「!!!!!!」

身体の中に鉄棒が深く突きささり、あり得ない角度で身体を責め始めた。

伏せられた頭の下で霧野の口が大きく開いたが声にならない叫びだった。一度声を上げ始めたら、止まらなくなる。身体が浮きそうになるほど上に吊り上げられ、身をよじる。捩ると余計に刺激がきて、自由にできるはずの脚を曲げ、蛙のようにばたつかせるのも最初の数回で止めざるを終えなかった。足はべったりと脱力して地に転がって、内ももの筋をぶるぶと時折弦のように震わせて、自由なはずの脚の役目を無くした。身体が、少しでも刺激を和らげようと、背筋を鍛えるように弓なりに浮き上がり、冷汗がぽたぽたと垂れてシャツの下を濡らしていた。霧野の背筋が、一本の綱渡りの綱のような縄の下でしなやかに隆起していた。背広の下で、もちもちとした白い皮膚の上にぷつぷつと玉のような汗が噴き出始めて、僧帽筋と広背筋の窪みをうるわせ、筋沿って小川のように流れ、背骨の窪みに溜まり、線を描いて垂れ、傷痕に染みる。痛いと熱いとで頭がぼーっとする。熱い、熱い。

尻の筋肉が、嫌がる精神とは裏腹に、もがくたびに吸い付くように強張った。ガッツリと孔に深く食い込んだ鉄の棒を咥え込む力が強まり、硬く強張っては、ふいに力が抜け、力が抜けたせいで今度は別の角度で鉄の棒で突かれるはめになり、痙攣するようにビクンビクンと動く。また同じように尻を強張らせ、棒を固定する所作を繰り返す。そうして、自らの尻で棒を擦り上げるようにして震えていた。

「ぁぁぁぁ………」

辛うじて小さな掠れ声が出た。身体が突き破られる、もう死ぬ、というところで、足がどけられて、どすん、と、また床に転がった。はおっ、と、空気の塊が涎と一緒に肺から出た。身体の中がじんじんと燃えた。少し身をよじっただけで、内側が破裂しそうに疼き、身体に擦れる床さえ刺激になってとまらない。おかしいおかしいと思う程、身体が内からぬめる。自分の汗でできた霧の中にいるようだ。その霧の中で二条の声だけが遠く上の方から聞こえてくる。

「はっきりしろよ。いつものように自身満々の大きい声を出してみろ。一体どうした?それか場所をかえてもう一周やらせようか?いい場所を知ってんだよ。」

霧野は伏せたていた顔を再びあげて、二条を見上げた。二条の姿が最初二重三重になって大きな影の化け物が立っているようだったが、ようやく焦点が合う。きっと睨みつけた。

「い……、」

霧野が何か言いかけると、二条は黙って何かを期待するような素振りで見ていた。霧野は強張った自分の口の端が震えるのを感じていた。いに続く次の言葉を、無理に口を開く。い、逝ね、しね、しんでくれ……と口先まででかかって、耐えた。それから、しね、という言葉が誰に向けられているのかよくわからなかった。本当に二条に対してか?自分に対してではないのか?

「……、いんらんで、ごめんなさい、」

言ってみる否や、睨み上げていた霧野の瞳の色がみるみる弱弱しくなった。それから一瞬卑屈な笑みを浮かべたかと思うと、顔を赤くして目がそれる。二条はしばらく床の上の霧野の様子を眺めていた。

「……。んふふ、素直に自分を認めて謝れたな。ギリギリ及第点かな。最初からそうならこんなところで遊ばせずにつれていってやったのに。待っててやるから、顔を洗ってこい。」

二条が屈みこみ、霧野の手首の縄の戒めを上から強く撫でるように触れた。出来上がった皮膚に縄が擦れて、散々過激で大きな責めに堪えていたはずの声が、些細な刺激で簡単に漏れた。吐息交じりの高い吠え声は二条にだけよく聞こえた。二条は揶揄することもなく、静かに縄を解いていくのだった。

「気に入ったようだな、次はそのまま吊ってやる。愉しみだろう。」
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