堕ちる犬

四ノ瀬 了

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今のお前は素直だな。本当にお前か?お前は誰だ?

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桃色のライトが、ぼんやり明るくなったり暗くなったりしている。
ライトの明滅は霧野の呼吸の速さとぴったりあっていた。ライトは明滅などせず、一定の光を放ち続けているのだが、彼の瞳にだけはそう見えていない。彼の呼吸の感覚、性の感覚と視界に写る景色すべてが連動していた。

体内を洗浄される行為には、いつまでたっても慣れることができない。どこかのタイミングで、これからは毎日自分でやれよと言われるようになるのだろうか。笑えてくる。何のために命を賭していたんだろう、こんな風になるためか。

「次は汚ぇ顔面を洗ってやる。」

何かを考える暇もなく、次の責め苦を用意された。目の前に用意された洗面器に、後ろから抑え込まれ頭を入れられた。呼吸ができず唸り声を上げながら、身体を震わせていると頭をあげさせられ、すぐ近くにしゃがみ込みこちらを覗き込んでくる美里の顔があった。

なにをするんだと言いたいが、喉に何かつっかえて身体が震えて言葉が出てこない。口を塞がれ続け、何か言おうとするたびに暴力を振るわれた記憶が、フラッシュバックしそうになる。薬の力がそれを和らげていた。

「お前は酸欠にさせられても発情がおさまらないな。治まるまで繰り返してやろう。」

再び洗面器に顔をつけられる。右腕が暴力的に頭を掴み上げているのに、左腕が霧野の首筋から背中、そこから続く下半身までを優しく撫でるように触っていた。
呼吸が荒くなるので、すぐに酸素が足りなくなる。空気の泡が湧きたつ音を聞きながら、また、頭の中が快楽だけで塗りこめられていく。ぜえぜえと呼吸をする上で、楽しそうな美里の声が響く。

「全く勃起がおさえられないじゃないか、お前は俺の尻の下に敷かれていた時も、同じように股間を膨らませていたからな。仕方のないマゾだ。自覚はあったのか?」

酸素を求めるために喉が蠢き、声が出ない。

「お前はいつまでたっても自分が一番なところがある。だから今日だってあんな風に派手に痛めつけられたんだぜ。わからないのか。最初からもっと従順にしていればあそこまでされずに済んだかもしれないのに。何故あんな態度がとれる?」

呼吸は整い始めたが、返す言葉が見つからないのとやはりうまく声が出せない。逆にまた笑えてくる。

「……、答えないか。じゃあもう一回沈んで反省しろ。」

それからやはり5回程度頭を水に沈められた。
酸素が回らず、頭の中に鉛を流し込まれたような感覚で思考がどんどん鈍っていく。

「口の中が気持ち悪いだろ。次は上の口だ。下の口と同じように奇麗に磨きあげてやる。」

美里の声が上から頭の中に反響してきて、それだけで何か気持ちがよくなってしまう。まずいと思うがどうにもならない。
教会に何重もの鐘の音が反響するのを聴くのに似ていた。信仰などなくとも、勝手に神々しいものを汲み取って感動してしまうのだ。声が頭の奥の方を直接犯してくるようだ。強引に身体を押し開かれられる感覚を、自分の色を黒色に塗り込まれると例えるならば、白色に塗り込まれていく。

気が付くと美里の片手が顔を掴んでおり、半ば開いたままになっていた口の中に歯ブラシが入ってきて口内を嬲り始めた。

「ここに精子がへばりついてるぞ。じっとしていな。お前は今、俺が居なければ、なにもできないんだ。」

その口調はまるで親が子に話しかけるような気味の悪い口調だった。口の中をブラシが掻き回すのが気持ちよく、何も言えない。歯ブラシの先が右頬を内側から抉るように押してシャカシャカとブラシを動かしていく。喉の奥から声が出る。まともな言葉は口から出ないのに、喘ぐような声はどんどん出るようになる。

美里の視線の先で、歯を磨かれている男の表情は、朝日を浴びた朝顔が開花していくかのような速さでどんどん淫靡な風情を出し始めた。美里は彼の口から漏れ出て顔をつたう液体を最早汚いとは思っていなかった。汚いと罵倒してやることはできるが、それはきっと彼を余計に喜ばせる。余計に喜ばせてしまうと淫靡な表情になる過程をじっくりと見られない。だから罵倒はしてやらず、じっと見据えて感じさせることにした。

「気持ちがいいのか?口は第二の性器だからな。ここは特に感覚神経が多いんだ。人がキスをするは単にここに神経が多いからに過ぎない。あんなものただの淫乱な行為だ。そうだ、お前の口の神経は数日前より随分発達しただろうな。誰とキスをしたわけでもないのに、なんでだろうな?不思議だな。」
「……」
「……、ましになってきたな、さあ、ゆすいで吐けよ。」

コップの縁が唇に当たり、中に水を注がれていく。軽くゆすいで吐いた。その様子を彼がじっと上から生暖かい視線が見降ろしてきていた。妙な気分で頭の中がふわふわと知らない柔らかな感覚で気持ちよく満たされていった。

「ついでに穢れた口を俺の身体で消毒させてやるよ。」

美里は、風呂場から出ていき椅子を持ってきて、霧野の目の前にそれを置いて座った。彼は上から霧野をしばらく見降ろしてた。

気が付くとぴちゃぴちゃと音を立て水を滴らせた彼の脚が目の前に差し出されていた。足の甲が頬に押し当てられる。大理石のようにひんやりとつるつるしたそれが、顔の輪郭を優しく撫でまわす。そうしてしばらく、顔を這っていた脚の先端、親指の先が唇につけられた。
親指から中指までが下の歯の先にあたり、口をこじ開けるように無理やり侵入してくる。歯磨きの要領で、先端が頬の肉をこすった。粘着質な音が響き始める。

「軽く噛んでもいいぞ。これは犬の歯磨きだ。お前専用だ。」

足を舐めさせられるとは屈辱以外の何ものでもないはずなのに、それは匂いがなく、凶悪な肉棒に比べれば随分優しく何より美しく、脚の甲、皮膚の表面に舌を這わせても何の不快感も生まれない。軽く歯を立てても表面がつるつると滑り、精と関係がない純粋な彼の果物と煙草の混ざったような体臭の味がした。

「なかなかに良い眺めだな、もっと味わっていいぞ。」

気持ちがいいのか、珍しく美里の声が若干上ずっていた。舌を這わせ、軽く歯を当てるたびに指が口内で跳ねて肉を擦った。どこか奥の方から経験したことのない、気持ちよさが溢れ、下半身のあたりをぐるぐると回り始めた。もう、とまらなくなった。粘着質な音が増し、満たされる。

そのまま彼の方を見上げると顔を赤らめて、口元を手で覆って軽く震えながら、こちらを見降ろしていた。細いが武骨さを残した手の表面に軽く濡れた髪の先端があたって揺れていた。指の一本一本にまで舌を絡めていくと、くすぐったそうな聞いたことのない高い声を出した。

何故か、思わず笑みがこぼれた。彼の瞳も笑ったように見えた。

舌を這わせるたびに脳の中に何かが刻まれ、植え込まれていく。
粘着質な音と彼の笑うような声が風呂場に反響して響き続けた。



水蒸気の向こうで、衣服を取り払った美里が身体を洗っていた。白く美しい四肢が伸び、均整の取れ、張りのある皮膚が蒸気に濡れ、艶を増していった。普段じっくりと見ることがない、刺青が光を反射していた。
蜘蛛の巣が腰骨を起点として右背中下部に拡がり、巣の上で黒い蜘蛛が前足をあげて威嚇のような姿勢をとっている。蜘蛛の巣に引っかかるかどうかという位置に、黒い蜘蛛とは対称的に、絢爛な橙色を基調とした色遣いを施された蝶が大きく羽を広げて飛んでいた。

あまりにも無防備な姿だ。まるで警戒心がない。身体を起こそうとするが、脚が床のぬめりにとられて、床に手と尻をついてしまう。美里がその気配を察して「俺を殺したい?まだ無理だろ。おとなしくしてろよ。」と声をかけてきた。彼は、体にへばりついたボディソープの泡をそのままに、霧野のすぐ横にかがみこんだ。

「最後に身体を洗ってやる。」

美里は自分の身体に残っていた泡をこそぎとり、その泡を、霧野の身体にこすりつけていった。しかし、身体を触られるだけで全身が感じているのか、ぬるぬると逃げようとしていた。

「くすぐったいのはわかるが、じっとしてろよ。お前昔俺の母親が飼ってた犬によく似てるよ。アイツも身体を泡で洗われるとすぐお前みたく暴れてた。」

霧野は耐えようとはしていたが、足先に美里の手が這いまわると、じっとしようとしても、感じてしまい意思とは関係なく勝手に身体が美里を押しのけた。彼は、怒ることもなくじっとこちらを見ていた。ぬるぬるした彼の手が足首を掴み上げて震えを押さえつけながら足を磨きあげ始めた。 

嬌声が上がるたびに、彼を悦ばせた。

「大きな声を出して、はしたない雌犬だ。お前が惨めに逃げようとした回数を数えておいてやる。そして、その回数分、お前が落ち着いてから、ゆっくりといたぶってやる。」
ライトの下で霧野の顔は完全に紅潮し、見ようによっては嬉しそうに喘いでいた。
「なんというはしたない姿だ。本当にお前か?」

美里が床に横たわる彼の足を大きく広げ内腿に泡を這わせると、彼は恥も外聞もなく仰け反るようにして震えて、何かをつかもうとするように手が空を切っていた。乾きこびりつき固まった誰かの精液をそぎおとしていく。
頭から爪先まで丁寧に洗おうとすると、泡が足りず、新しいソープも使って、汚れをおとしていった。

いたぶると脅してから、若干耐えるようにはなったが、それでもまだ美里の身体を本来持っている強い力で押しのけ、泡や水を飛ばしまわられると敵わない。暴れた拍子に床の水が跳ねて美里の顔面を濡らした。目に水が入る。

「馬鹿犬が……おとなしくしろというのが聞けないのか。」

陰茎の根元を掴み上げると、一層高い声で鳴いた。
彼の切れ長の美しい潤んだ目がこちらを向き、目が合った。
瞳の中で猛烈な殺意とこらえきれない性の昂ぶりが混ざり合って渦巻いている。

「……。」

本当はこれ以上無意味に肉体的には痛めつけず、やるのは体調管理と軽い精神的調教だけに抑えて、風呂で奇麗にしたら寝かせてやろうと思っていた。口では痛めつけてやるとは言っていたが、あれだけされた後だ。
しかし、彼が、身体は求め理性で拒絶するような淫靡で挑発的な目つきをしてこちらを見たこと。それから、二人きりで組の奴らから遠く離れ、汚らしい事務所の地下ではなく、それなりのホテルの密室にいるという状態が、美里の中の一線を越えさせた。

「良い声出すじゃないか。……そうだ、動けないように後ろから突いてやるよ。そうすればお前もチンポが気持ちよく、肉を締め上げ、俺から離れられなくなるだろ。」

「なに…いって…、もう、むりだ、……おまえだって、もうたいりょく、ないだろ」
切れ切れになった熱い吐息に濡らされた言葉が返ってくる。最早誘っているようにしか思えない。

「ん。こんなにされても俺の心配してくれるのか?霧野。優しいな。流石、街の平和を守るお巡りさんだ。しかし、やめるわけはねぇな。口で言っても聞けないんだからしょうがない。無理?そんなことはないな。お前の今の意識の覚醒は無尽蔵だ。身体は動かなくても意識はトベねぇんだ、残念だったなヤク中警官。無限に感じてろ。」

ぬるぬるとした泡にまみれた身体同士、綺麗に洗われたばかりで口を開いていたそこは、粘着質な音と共に簡単に一物を咥え込んだ。

「ああ‥‥…っ、!!」
「ん……。へぇ、あれだけされてもまだガバついてない……、キツすぎず、ちょうどいい具合だ。想像以上にマンコの才能を見せつけてくるな。やっぱりお前は殺されず、生かされたまま、今後便所として組に貢献するのがいいんじゃないのか。俺からも川名さんにそうアドバイスしておいてやるよ。」
「ふ、ざけるな……、ああ゛っ…」
返事をする代わりに、一層深くえぐってやると身体を震わせて息を荒げて黙る。

「お前が来る以前にも、返済が遅れた代償として地下で一週間程度マンコを貸し出していた奇麗な債務者がいたが、お前の場合は組員且つ元警官という素晴らしいハクがついているからな、みんな喜んで使ってくれるぞ。……よし、このまま身体を洗いあげてやるよ。」

美里の手がぬるぬると身体全身をこすりあげながら、霧野の中を音を立てて穿ち始めた。ときおり、内ももや乳首、首筋などに手を這わせられると、頭の中に光が輝いて、普段ならそのきらめきが数回でも続けば、身体と神経が音を上げて、感覚を慣れさせ、意識をどこかにやってくれるのだが、常に一番イイ状態が全身に響き続け、身体の芯を揺らし続ける。

「お゛っ……しぬ゛、しっ」
「こんなもんで死なねぇよ。……おい、人がせっかくお前の汚らしい身体のお世話してやってんだよ。もっと感謝してもらいたいくらいだな。そうだ、『ありがとうございます。』と繰り返し言ってみろ、そうしたらどこかで途中でやめてやってもいいぞ。」
「‥誰が‥…」

一層激しく身体をぬるぬると触られ、嬲られ始め、細胞という細胞が疼いて、爆発しそうになり、せかいがおかしくなる。濁音交じりの低い声と高い声が混ざり合い、全身から身体が擦れあう淫靡な音が響きわたり、風呂に反響してすべての音が自分の耳に戻ってきて脳を犯していく。

「ずっとこうしていてほしいのか?物好きだな。」
「あああ゛……、ありがとう゛、ございます‥‥…っ!‥‥……ぁ、り゛がとうっ、ございます…!…」
「ああ…‥、いいぞ、…その調子だな。奥突かれる度に一回言えよ。」
「くっ…ぅ…、っ、ひ」
「喘いでないで、ちゃんと感謝の言葉を言わないか。」
「ううっ……、ありがと、う、ございま、す‥‥…っ‥‥……ぁ、りがとう、ございます……」



貫かれた状態で、隅々まで洗われた身体は腑抜けのように力が入らず、風呂の壁にもたれかかり足を抱え込んで座り込んだ。身体を満たす快楽に対抗するように、指に力を入れて自分の足に爪を立てた。
吐く息が甘く、熱く、全身に鳥肌がたち、力を入れた指の先の震えが止まらない。そして、その震えている指が、身体全てが自分のものとは思えない。薬が抜けてきているのか、それともこれからもっと強くなるのか、わからない。

「俺は湯船につかるからな。お前はそこで、俺に出された分を掃除してろ。練習だよ。シコりたかったら勝手にシコっててもいいぞ。見ててやる。」

美里はそう霧野に声をかけて、自分一人バスタブに溜めた湯に身をひたし、天井を見ながら喫煙を始めた。今の惚けた霧野の潜在意識にできるだけ自分のことを刻み込んでやろう。薬が抜け正気に戻れたとしても、自分に嫌でも従ってしまうようにさせてやる。潜在的マゾが。

バスタブに手をかけて、無表情のまま目線を霧野の方へ向けた。彼は震える体を抱えるようにして床に座ってこちらを半ば睨みつけ半ば淫靡な媚び求めるような顔で見ていた。そんな顔でこちらを見るな、と思わず目を背けた。流石に少し遊びすぎてしまったと反省する。これでは余計に、薬を抜くときのつらさが倍増されてしまうかもしれない……。しばらくして、何か掻きだすような音と小さな息遣いが聞こえ始めた。

「……マンコの掃除は終わったか?じゃ、こっちに来いよ。這ってこい。」
「……。」
「遅れた分だけ、後で打つぞ。…、今のお前ではそれさえご褒美か?」

霧野はゆっくりとだるい体を起こして、美里の声のする方に向かった。床がぬるぬると泡で滑る。下を向くといつからなのかお風呂の床一面が殆ど泡でまみれて、這うたびに風呂に泡が舞った。

「こちらに尻を向け、指で開いてマンコの中を見せてみろ。自分で奇麗にできたか見てやるよ。」
「……そんな、ことしても、見えないだろ……」
「反抗するのか?尻穴の中を見せなかった罪で死にたいか?俺しかいないんだから、今更恥ずかしくもないだろ。大体さっき、皆の前で点検されたばっかりじゃねぇか。」
「……。」
美里の方に尻を向けて、伏せ、人差し指と中指でそこを押し開いて見せた。
「ふーん、まあ、きれいだな……。なんだ?まだ求めるように動いてるぞ。」
「……。なにが、たのしいんだ」
「何が楽しいか?別に楽しいなんて言ってないだろ。そうやって恥辱にまみれ、自分の人格と尊厳を粉々にぶち壊されていくのがお前の償いでもあるんだ。わざわざ寝る時間を割いて、その手伝いをしてやってんだよ、こっちは。ははは、また感謝ファックされたくて煽ってんのか……まあいいや、もういいぞ。こっち向け。」

美里の方を向くと、存外優しげな顔をして、彼は湯船の中のお湯を両手に掬ってそれをこちらに差し出してきた。

「ほら、飲んでいいぞ。水分を入れたほうが薬が抜けやすいのはお前も知っているだろう。たくさん飲め。」

流石に一瞬ためらったが、まともな水を飲んでいなかったのでありがたい申し出ではあった。

「お前今躊躇ったな?飲みたくないなら、いいぞ。」

彼は意地悪い笑い方をして手を広げてわざとらしくお湯をこぼす。それから再び湯船の縁に腕をかけてこちらを見降ろした。

「どうするんだ?飲みたいなら飲みたいと言えよ。」
「……、飲みたい。」

彼は黙って再び湯船に手を沈めてお湯を入れた手を差し出してきた。
「ほら、舌を出して飲めよ。おいしいぞ。」

顔を近づけると、湯と芳香剤と彼自身の香りが鼻をくすぐった。舌を出してそれを舐めとっていく。口内が少しずつ香ばしい匂いで満たされた。ぴちゃぴちゃと自分が湯を舐めとる音が耳障りだった。すぐにすべてなくなってしまい、最後の方は舌が直接彼の手の平を擦っていた。また、くすぐるような微かな笑い声がした。

「もっと欲しいか?」
「……、ほしい。」

再びお湯が差し出される。そのようなことをまた、5回ほど繰り返した。
さっきとは打って変わった優しい目線の下で舌を伸ばす。喉の渇きとは別の知らない何か官能的な乾きが満たされていく。



身体をタオルで雑に拭かれ、引きずり出されるように風呂場から出された。タオルはホテル備え付けの物で、温かく触り心地がよく、気持ちが良かった。その気持ちよさは、霧野を軽く不快にさせた。このような当たり前のもので感動するほど自分が貶められていることを自覚する。

最後に頭からタオルをかぶせられ上からわしゃわしゃと撫でられて手が離れていった。
一方の美里は身体を濡らしたまま部屋の方に出ていき、そのままソファに座った。ラブホテルでよく見るような水をはじく素材が張られた安っぽいソファだ。しかし、安っぽいはずのホテルの中でそこだけが、不思議と高貴な雰囲気を醸し始めた。美里はソファの上から身体を湿らせて床に這っている男ををじっと見据えた。

「次はお前が俺を拭け。足先からやるんだ。」
「……。なぜだ。」
「なぜ?俺が拭いてやったのに、お前は拭いてくれないのか?」
「……。」

霧野は頭が回らず、何も返す言葉が見つからなかった。やはり這うようにして彼の足元に向かい被せられたタオルをはぎ取って彼の足先に這わせていった。よくみれば、奇麗な貝のような粒のそろった指先だ。本当に男の脚なのかと見まがうが、骨付きや血管の浮き出方はやはり女性と違い武骨で、はっきりと力強さを持っていた。美しかった。

「随分スケベな顔で俺の脚を見るな。奇麗に拭いてくれたら、後からたっぷり踏んでやるよ。さっきも美味そうに咥え込み、車の中では珍しく子犬のようによがってたもんな。あんな奴らの脚より俺のがよっぽどいいだろう。」
「……。」

黙って足を、それからふくらはぎにタオルを這わせていった。薄い体毛が光に照らされて軽く金色に光っていた。弾力のある太もものあたりに来ると、彼の怒張したペニスが目についた。何故か、完全に勃起して、こちらに先端を向けていた。何も言わずそこにもタオルを這わせていく。

彼の手が頭をつかみ、そこに顔を近づけさせられた。最早抵抗はない。風呂から上がったばかりでほとんど香りもないが、彼自身の体臭が仄かに香り、最悪なことに身体が少しずつ疼き始めた。今日は人生で1番他人の一物を見せられた日だった。突き出されるのが当たり前のような感覚になっていた。

「今のお前は素直だな。本当にお前か?お前は誰だ?」
自分は誰か?ここではっきりと自分を名乗ってしまうと、何か大切なものを失うような気がした。
「……。わからない……。」

顔を上げずにそういうと微かな笑い声が聞こえてきた。聞いたことのないような可愛らしい無邪気な声だった。耳にくすぐったい。

「そうか、じゃあ教えてやろう。」
頭を掴んでいた手にさらに力が込められた。

「お前は俺の犬だ。今は何も考えず俺に従っていればいい。それが一番楽なんだ。何も考えるな。」

力強い口調に軽く目線を上げると、一瞬彼と目が合い、すぐに目を伏せてしまった。心の底まで見られているような聖なる瞳をしているように見えたのだ。

「お前は誰だ?」
「……。」
「難しいか?”お前の犬だ”と応えればいいんだ。お前は誰だ?」
「……おまえの、犬だ」

また微かな笑い声と共に、今度は優しい声が降ってくる。

「散々咥えさせられて疲れているんだろう。今は咥えなくていいから口づけしろ。忠誠の証だ。」

軽く亀頭のあたりに顔を近づけ口をつけた。頭を掴んでいた手がゆっくり離された。
身体にぞわぞわと妙な鳥肌がたち、頭の中が一層ぐわんぐわんと揺れる感じがした。
何かが、また一つ柔らかい音を立てて壊れた。頭の中に埋め込まれた種子が一斉に芽吹き、脳の中に蔦を伸ばし絡みつき、開花していった。

「俺に忠誠を誓ったな。そうなると、俺にも義務が発生する。なるべくお前の命を他の馬鹿共から守ってやろう。」

何故か頭の中に彼の声が反響して聞こえ始める。鈴の音のように。
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