自分の描いた作品世界に転生するとは

第２部 アリス・ボークラール

第３３話

　私とて前世の記憶があるとはいえ、前世では２０代前半で亡くなった身である。
　だから、この世界の経験を足し合わせても、４０年も人生を生きてはいない。
　だが、先程のエドワード殿下の会話の端々から、今のエドワード殿下の懸念が、何となくこれまでの自分のそう長くもない人生経験から分かってしまった。

　この異世界では、離婚は出来ない。
　そして、エドワード殿下は、既に最初の結婚に失敗した身なのだ。
　第二夫人として私を迎えたい、と考えていても、いざ私と結婚してみたら、また、結婚生活に失敗するのではないか、という想いが、どうしてもエドワード殿下の脳裏を過ぎるのだろう。
　それに私の実家といえるボークラール一族の存在があるのだ。

　更に言えば、私自身も、エドワード殿下の懸念を、そう打ち消せる存在ではない。
　前世では、私は両親が揃った幸せな家庭で育ったが、この世界では孤児院育ちで、幸せな家庭を全く知らずに育った身なのだ。
　だから、幸せな家庭を知らない私とは、暫く同棲して、更に私をこの邸宅の女主人として処遇することで、本当に自分の妻として相応しいか、エドワード殿下は見極めたい、と思っておられるのだろう。

　私は無言のままで、そこまで考えを巡らせて、エドワード殿下の懸念も、もっともだ、と自分を納得させた。
「分かりました。精一杯、頑張ります。ところで、アイラ様は。早く面倒を見たいのですが」
　そして、私はエドワード殿下の気持ちを軽くしようとそう言った。
　実際、エドワード殿下の一番の懸念は、私とアイラが上手くやれることではないか、と私は想ったのだ。
　実際、その勘は大当たりだったようだ。

「良かった。すぐにそう言ってくれて」
　エドワード殿下は、表情を緩められて、私をアイラ様の下に連れて行った。
　私が、乳母と共にアイラ様の面倒を見出したら、エドワード殿下は更に表情を緩められ、安心されたようだ。

　こうして、私はエドワード殿下と同棲することになった。
　実際問題として、これまでエドワード殿下に、この私邸でお仕えしていた人達の中には、私に好意を持たない人も少なからずいた。
　でも、私が爵位を持っていて、更に宮中女官の経歴を若くして持っていることが、そういった人の多くを委縮させることになった。
　やはり、私には爵位があり、宮中女官の経歴がある、と聞かされては、そう言う人、周囲は、どうしても一目置かざるを得ないのだ。

　そして、私はこれまでの人生経験を生かして、邸宅内の人が働きやすいように、懸命に処遇を改善した。
　私の働きかけで、働きやすくなったと聞かされては、更に周囲の人も私を重んじざるを得ない。
　こうして、邸内のことに関しては、私は、徐々に女主人の地位を固めることができたが。

　邸外の点に関しては、そう簡単にはいかなかった。
　特にフローレンス・マイトラント嬢の逆鱗に、私は触れてしまった。
　何しろ、フローレンス嬢にしてみれば、いつの間にか、私に出し抜かれ、エドワード殿下の私邸で私は同棲しているということになったのだ。
　更に、マーガレット皇后の宮中女官の取り締まりという立場も、フローレンス嬢はある以上、そう表立って秋波をエドワード殿下に送ることはできないのだ。

　こうしたことから、フローレンス嬢は、養父のマイトラント伯爵に働きかけをして、エドワード殿下を自分の下に引き戻そうとしたが、エドワード殿下はその働きかけにのらなかった。
　前世を始めとする人生経験を私が生かしたこともあり、娘のアイラと私の仲は良く、実の母娘のように、私達は馴染んでいる。
　それを見られていて、邸内で女主人の地位を私が固めている以上、エドワード殿下が私を第二夫人にと考えるのは、半ば当然のことだった。