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第1部 メアリー・グレヴィル

幕間(ヘンリーとアン)

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「ふむ。本当に帝都に火を放つとは」
 私、ヘンリー大公は、義姉になるメアリーの事前予測に、あらためて舌を巻く想いをしていた。
 本当に、帝室の私兵、言うまでもなくボークラール家の騎士達が主力を構成している、は帝都に放火した。
 私としては、そんな暴挙を帝室はしない、と考えていたのだが、私の考えが浅かった。

 マイトラント子爵が、
「メアリー大公世子妃殿下は、老練な騎士並みの戦上手です。マイトラント家の騎士の多くが、メアリー殿下に喜んで忠誠の剣を捧げるでしょう」
 と言ったのも、もっともだ。

「だが、こうなった以上、却って悩む余地が無くなったか」
 そう、私は呟いた。
 大公邸の各所には、料理用として蓄えられていた油を撒いて置かせた。
 大公邸に火が及べば、あっという間に大公邸は火に包まれるだろう。
「そのお陰で、妻のアンの醜態を披露せずに済むな」
 私は、傍にいるアンをそっと抱いた。

 私、アンは昏いトンネルの中をずっと歩いていた。
 姉、メアリーが私に告げた内容の衝撃から、とにかく逃げたかった。
 父に勘当されることまでは、まだ私は覚悟していた。
 だが、母代わりの乳母、ソフィアまで、私をずっと裏切っていたとは。
 言うまでもなく、姉も、初恋の人チャールズも、私がお腹を痛めた子も、私を厭って避けている。
 私を愛してくれる人は、誰もいない、こんな世界から逃げないと、そう想って逃げていた。
 だが。

 ほぼ毎日のように、私を暖かく抱きしめてくれる人がいる。
 私は、敢えて、突き放すようなことを言った。
 どうせ、また裏切られ、私は捨てられると思っていたからだ。
「自分を愛さないでください。身体だけの関係でいてください」
 そう、私は繰り返していったが。

 その人は、私を抱きしめた後、それこそずっと朝まで、何度も添い寝をしてくれ、私に暖かい眼を向けてくれた。
 いつか、この人なら、私をずっと愛してくれるかも、と思えるようになっていた。
 それに、私の体の中で動くものがある。
 だから。

「ヘンリー様、何故、私を妻と呼ぶのですか。私は召人なのに」
 私は思い切って声を挙げた。

 アンの声に、私、ヘンリーは驚いた。
 あらためて、アンの眼を私が見ると焦点が合っている。
 だが、こんな呼び方をするとは、完全には治っていないようだ。
 だから。

「君と来世では、夫婦として暮らしたい、と思ったのだ。実はな、家が燃えようとしている。妻のメアリーは私を棄てて逃げてしまってな。君と二人で焼け死ぬことになりそうだ」
 私、ヘンリーは、嘘を織り交ぜた説明をした。

 私、アンは、ヘンリー様の説明を聞いて驚く一方、何故か幸せな気持ちになった。
 ヘンリー様は、私と一緒に死んでくれるのだ。
 そこまで愛して下さるならば。
「来世では、ヘンリー様と私は夫婦になりたいです。後、私のお腹の子も、一緒に産まれてきてくれたら、もっと幸せに暮らせると思います」
 そう、私は言った。

 私は、アンが身ごもっていることを知って、少なからず驚いた。
 だが、あんな生活を送っていて、アンが身ごもっていない方が不思議なことに、あらためて気づいた。
 そして、アンがそこまで言ったことに。

「そうか。子どもができていたか。それなら、3人で来世では暮らしたいな。いや、子どもがもっといるかもな」
 私は、アンを抱きしめながら、涙を零し、何故か幸せに包まれた気がした。

 ヘンリー様は、そう言って、私を抱きしめ、涙を零してくれた。
 いつか、煙がこの部屋の中にまで入ってくるようになってきたから、そのためかもしれなかったが。
 私は、ヘンリー様が嬉し涙を零しているようにしか思えなかった。
 私も、ヘンリー様が私を抱きしめてくれたことが、凄く嬉しかった。

「それでは一緒に逝こう」
「はい」
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