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第1部 メアリー・グレヴィル
幕間(ジェームズとボークラール子爵)
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「グレヴィル公爵家に男児が産まれたら、大公家に謀叛の疑いあり、として兵を動かせ」
元皇帝ジェームズは、ボークラール子爵に命じた。
だが、その命令を受けるボークラール子爵の顔色は翳っており、ジェームズに諫言した。
「幾ら何でも、無理がありませんか」
「無理なものか。下手をすると朕の息子ジョンよりも、今度産まれる男児の方が、帝位継承に関して正統性が高いのだぞ。母上もとんだことをされたものだ」
ジェームズは、吐き捨てるように言った。
さて、何でこんな問題が起きているか、というと。
帝室は、今、深刻な帝位継承権者不足に悩んでいた。
何しろ、皇太子が不在という事態にまで至っていたのだ。
そうしたことから、少しでも帝位継承権者を増やそうと、ジェームズの生母にして太皇太后陛下は、皇妃の産んだ子であり、義弟になるグレヴィル公爵を養子に亡くなる直前に迎えていた。
皇帝位につける皇子は、皇后や皇貴妃が産んだ嫡出子が大前提とはされているが。
皇后や皇貴妃から皇子が産まれず、皇妃が皇子を産むことがある。
その場合、皇妃が産んだ皇子を、皇后が養子とし、嫡出子扱いにすることで、帝国は帝位を継承させてきた。
だが。
皇帝ジョンは、皇妃が産んだ子に過ぎず、皇后に養子に迎えられないまま、皇帝に即位している。
何故かというと、ジョンの父ジェームズは、大公家と全面対立したため、皇后を立てられなかったからだ。
そのために、皇帝ジョンの即位の正統性は弱い。
その一方で、グレヴィル公爵の第二夫人ソフィアが懐妊しているのだ。
ソフィアが男児を産めば、その子は当然、嫡出子ということになり、帝位継承の正統性が強い事態が生じる。
ジェームズが苛立つのも無理がない話と言えた。
「しかし、大公家が何も動かないのに、謀叛の疑いをかけるのも」
ボークラール子爵は、あくまでも止めようとした。
何しろ。
「確かにボークラール家が結束すれば、1万もの騎士が集うだろうが、ボークラール家は一枚岩と言えず、下手をすると家が割れて、大公家に味方する者が出かねない。それに、どう考えても、ジェームズ陛下が言われることには無理があり、貴族の支持も集まらないだろう」
ボークラール子爵は、そう考えざるを得なかったからだ。
だが、ボークラール子爵の言葉を聞いたジェームズは。
「帝室の剣が臆したか。それとも、娘が産まれたことで、我が身が可愛くなったか」
ジェームズは、憤りを発した。
「帝室の剣」
言うまでもなく、ボークラール家の代々の当主に与えられた、事実上だが名誉ある称号といえるものである。
また、ボークラール子爵は先日、次女のアリスを正妻が産んだばかりでもあった。
そして、ジェームズに、これらを持ち出されては、ボークラール子爵としては。
自身の誇り、名誉を守るためにも。
「そのようなお言葉は、誠にもって心外極まりない。ボークラール子爵の名に懸けて、陛下の命に従いまする」
ボークラール子爵は、そう言わざるを得なかった。
その言葉を聞いて、ジェームズは機嫌を直し、
「よく言ってくれた。ボークラール家の代々の当主が、帝室のために働いてくれたように、今回の件でも、ボークラール子爵が、懸命に働いてくれることを期待する」
そう言ったが。
ボークラール子爵は、内心で頭を痛めざるを得なかった。
このような理屈で、兵を動かしては、ボークラール家の騎士の多くが、積極的には動くまい。
下手をすると、風見鶏、模様眺めに騎士の多くが奔り、大公家の側が優勢と見れば、そちらに積極的に寝返る騎士さえも出る事態が生じかねない。
そうなっては。
帝室が大公家の前に膝を屈する事態が起きるのではないか。
ボークラール子爵は、昏い予感しかなかった。
元皇帝ジェームズは、ボークラール子爵に命じた。
だが、その命令を受けるボークラール子爵の顔色は翳っており、ジェームズに諫言した。
「幾ら何でも、無理がありませんか」
「無理なものか。下手をすると朕の息子ジョンよりも、今度産まれる男児の方が、帝位継承に関して正統性が高いのだぞ。母上もとんだことをされたものだ」
ジェームズは、吐き捨てるように言った。
さて、何でこんな問題が起きているか、というと。
帝室は、今、深刻な帝位継承権者不足に悩んでいた。
何しろ、皇太子が不在という事態にまで至っていたのだ。
そうしたことから、少しでも帝位継承権者を増やそうと、ジェームズの生母にして太皇太后陛下は、皇妃の産んだ子であり、義弟になるグレヴィル公爵を養子に亡くなる直前に迎えていた。
皇帝位につける皇子は、皇后や皇貴妃が産んだ嫡出子が大前提とはされているが。
皇后や皇貴妃から皇子が産まれず、皇妃が皇子を産むことがある。
その場合、皇妃が産んだ皇子を、皇后が養子とし、嫡出子扱いにすることで、帝国は帝位を継承させてきた。
だが。
皇帝ジョンは、皇妃が産んだ子に過ぎず、皇后に養子に迎えられないまま、皇帝に即位している。
何故かというと、ジョンの父ジェームズは、大公家と全面対立したため、皇后を立てられなかったからだ。
そのために、皇帝ジョンの即位の正統性は弱い。
その一方で、グレヴィル公爵の第二夫人ソフィアが懐妊しているのだ。
ソフィアが男児を産めば、その子は当然、嫡出子ということになり、帝位継承の正統性が強い事態が生じる。
ジェームズが苛立つのも無理がない話と言えた。
「しかし、大公家が何も動かないのに、謀叛の疑いをかけるのも」
ボークラール子爵は、あくまでも止めようとした。
何しろ。
「確かにボークラール家が結束すれば、1万もの騎士が集うだろうが、ボークラール家は一枚岩と言えず、下手をすると家が割れて、大公家に味方する者が出かねない。それに、どう考えても、ジェームズ陛下が言われることには無理があり、貴族の支持も集まらないだろう」
ボークラール子爵は、そう考えざるを得なかったからだ。
だが、ボークラール子爵の言葉を聞いたジェームズは。
「帝室の剣が臆したか。それとも、娘が産まれたことで、我が身が可愛くなったか」
ジェームズは、憤りを発した。
「帝室の剣」
言うまでもなく、ボークラール家の代々の当主に与えられた、事実上だが名誉ある称号といえるものである。
また、ボークラール子爵は先日、次女のアリスを正妻が産んだばかりでもあった。
そして、ジェームズに、これらを持ち出されては、ボークラール子爵としては。
自身の誇り、名誉を守るためにも。
「そのようなお言葉は、誠にもって心外極まりない。ボークラール子爵の名に懸けて、陛下の命に従いまする」
ボークラール子爵は、そう言わざるを得なかった。
その言葉を聞いて、ジェームズは機嫌を直し、
「よく言ってくれた。ボークラール家の代々の当主が、帝室のために働いてくれたように、今回の件でも、ボークラール子爵が、懸命に働いてくれることを期待する」
そう言ったが。
ボークラール子爵は、内心で頭を痛めざるを得なかった。
このような理屈で、兵を動かしては、ボークラール家の騎士の多くが、積極的には動くまい。
下手をすると、風見鶏、模様眺めに騎士の多くが奔り、大公家の側が優勢と見れば、そちらに積極的に寝返る騎士さえも出る事態が生じかねない。
そうなっては。
帝室が大公家の前に膝を屈する事態が起きるのではないか。
ボークラール子爵は、昏い予感しかなかった。
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