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第1部 メアリー・グレヴィル

第38話

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 私とヘンリー大公は、アンに更なる刺激を与えないように気遣いつつ、意識を回復したアンに現状認識を尋ねた。
 そして、アンによると。

 アンは15歳だった(に戻っていたというべきか)。
 更に言えば、チャールズやキャロライン、そして今、産んだ子は、アンにはいないことになっていた。
 産まれてすぐに、父を失い、実母のソフィアにアンは育てられた。
 ソフィアは、私の乳母になる等、自分を育てるために、とても苦労してくれ、アンとしては感謝しきれない。
 そして、乳姉妹の私が、ヘンリー大公と結婚したものの、子宝に恵まれないことから、自分はヘンリー大公の召人になることを決意し、今日、お目見えしたとのことだった。

 私は、アンにそこにいるように言って、ヘンリー大公と産屋の外に出て話し合った。
「何で、こんなことに」
 私は半ば呆然としながら嘆いた。
 まさか、アンがここまで脆い心だったとは。
 さっきの私の攻撃で、アンは心を壊してしまったのだ。
 原作者の私でも思いも寄らない、アンの心の脆さだった。

 いっそのこと、古の大日本帝国陸軍流に、何発かのビンタを、私がアンに食らわせれば、アンの目が覚めて、元に戻る気がしないでもないが。
 それをやった場合、別の方向に更にアンが壊れる気さえ、私にはしてくる。

「取りあえず、口が堅くて腕のいい、信頼できるある医師に、アンを診せませんか」
 ヘンリー大公にそう提案され、ヘンリー大公が提案したその医師に、アンを診察してもらったが。

「余程、つらい目に遭われたようですな。ここまで激しく心を壊された方は初めて診ました」
 その医師が、いわゆる目を丸くしてしまって言う有様に、アンはなっていた。
(なお、その言葉を聞いた私は、良心の呵責から、医師やアンから目をそらし、惚けざるをえなかった)
「取りあえず、強い刺激を与えないようにしつつ、心を落ち着かせ、徐々に回復を待つしかありません。下手に現状認識を混乱させると、更に病状が悪化すると思われます」
 その医師は、そう断言した。
 ということは。

「アンを、ここの産屋に幽閉し、召人として扱いながら、様子を見るしかなさそうですな」
 ほとほと困り果てた、としか言いようのない様子で、ヘンリー大公が提案した。
 私も、そうするしかない、と同意するしかない。
 下手にアンを、事情を知らない周囲の人と接触させると、現状から更にアンの状況が悪化する可能性が高い。
 だから、できる限り、アンと接触する人を少なくし、アンの現状認識(自分が、ヘンリーの召人だという)を混乱させないようにすべきだ。

 幸か不幸か、この産屋は、出産直後の大公妃が回復するまで、この中だけで過ごせるように、(簡易だが)いわゆるバストイレ付きの部屋になっている。
 だから、アンがこの中で籠って生活することに、そんなに大きな支障はない。
 私も、そう判断せざるを得なかった。
 そして、私とヘンリー大公は口裏合わせをした上で。

「アンを幽閉する。仕方ないか」
(内心はともかく)チャールズと、私の父はそう言った。
 公式には、アンは出産は無事に終えたが、出産直後に転倒して頭を強打し、記憶障害等を起こしたので、その治療が終わるまで、大公邸内で静養に努める旨、公表されている。
 だが、実際には、チャールズを誘惑、脅迫した罰として、大公邸内でアンが幽閉される旨、私は二人に説明していた。
 勿論、これは大公家の大醜聞を揉み消すため、というのがあるのも、二人共承知している。

 私は、アンの真の病状を二人に見せないために、そう説明していた。
 なお、ソフィアは、アンに会いたがったが、私は公式の理由から拒んだ。
 ソフィアは、アンが自分の事を覚えていない、という私の説明で泣いてしまった。
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