116 / 120
第10章 城山における最後の戦い
第7話
しおりを挟む
西郷軍との激突の当初、永倉新八と島田魁は部下と共に、土方歳三少佐の傍で護衛をしていたのだが。
西郷軍の強襲に対して、二人が部下と共に応戦するうちに、いつの間にか、徐々に土方少佐から離れていた。
西郷軍の強襲は、徐々に錐のように鋭く細くなっていて、その先端は第3海兵大隊を突破し、第4海兵大隊が応戦せざるを得ない状況になりつつあった。
永倉の耳には、第4海兵大隊の最前線で指揮を執る北白川宮大尉の声さえ、かすかに聞こえている。
「さすがは、西郷軍の最後の精鋭、ここは湊川か」
それが聞こえた永倉は、講談で聴いた太平記を想い起こし、そう呻かざるを得なかった。
「だが、湊川で勝ったのは足利軍だ。
同様の運命を、西郷軍にはたどってもらう」
そう内心で呟いた永倉の目に、数人の男が護衛した西郷軍の巨漢が通ろうとしているのが映った。
それを見た瞬間、永倉の歴戦の勘が働いた。
「西郷隆盛か」
永倉は 大声で一喝して、部下と共に向かった。
その声が聞こえた島田も、思わず部下と共に向かった。
別府晋介らと共に、小倉処平は西郷隆盛を護衛しつつ、稲荷川を渡河して前へ前へと進んでいた。
当初、10人ほどいた西郷の護衛は、櫛の歯が欠けるように、海兵隊の兵士の前に徐々に倒れていく。
本来、西郷の護衛は、薩摩出身者、それもいわゆる城下士で固められていたのだが、小倉が懇願した結果、西郷隆盛の言葉があり、小倉は護衛としての同行が許されたのだった。
小倉が、周囲から襲い掛かる海兵隊の兵士に懸命に応戦していると、大声が聞こえ、更に数十人の兵士が西郷隆盛に向かってくるのが目に入った。
その時。
「晋どん、晋どん、もうここらでよかろう」
西郷隆盛が別府に言った。
小倉が見るところ、確かに護衛は最早、数えるほどしか自分も含めて残っていない。
新手に対処するとなると、一人十殺したとしても無理だった。
「ごめんなったもし」
西郷隆盛を、海兵隊の、新選組の手にかけるわけにはいかない。
そう考えた別府は、溢れる涙をこらえながら、東を向いて膝を折り、手を合わせて祈っている西郷の首を斬った。
永倉が部下と共に駆け付けたのは、その直後だった。
永倉が、自分の眼前で起こったことに思わず動揺していると、別府は最期の良き敵と思ったのか、永倉に白刃を煌めかせて突撃してきた。
その刃を見て、永倉は逆に落ち着き、刀を構えた。
別府の初太刀を、かつて、近藤勇が教えた通りに永倉はかわした。
だが、別府は二の太刀、三の太刀と追撃をかけてきた。
「さすが、本場の示現流、二の太刀、三の太刀と追撃をかけてくる。だが」
別府の太刀筋を、永倉は内心で憐れんだ。
「二の太刀、三の太刀と速度が落ちている」
永倉は、別府との間合いを測り、得意の龍飛剣を振るった。
せめて、自分の得意技で葬ってやろう。
それが、永倉なりの別府に対する敬意の払い方だった。
下から上へ、永倉の刀は奔った。
別府は永倉の刀を避けきれず、腹から胸へと斬られた。
永倉の内心が、剣客として分かったのか。
「お見事」
そう呟いた後、微笑みを浮かべながら、別府は事切れた。
その頃、小倉は海兵隊の兵士に取り囲まれていた。
小倉は懸命に応戦するが、多勢に無勢である。
小倉の右ふくらはぎに銃剣が刺さり、倒れたところに頭を打って小倉は昏倒した。
ほぼ同じ頃、西郷の護衛は全員が死ぬか、意識を失っていた。
島田が部下と共に駆け付けてきたのは、その時だった。
永倉は、島田の顔を見て我に返り、島田に尋ねた。
「そういえば、土方さんの護衛はどうした」
「しまった」
永倉の言葉に、島田は顔色を変えた。
西郷隆盛という声に、自分は思わず引き付けられてしまったのだ。
永倉も、顔色を変えた。
「わしが土方さんのもとに駆け付ける。
島田は西郷さん達の遺体を護ってくれ。
辱めを受けないように。
こんな乱戦だと何があるかわからん」
永倉は島田に指図した後、土方少佐の下に、部下と共に走って向かった。
「分かった」
島田は肯いて、部下と共に西郷とその護衛の遺体を護ることにした。
まだ息のある西郷の護衛もいた。
島田とその部下は、その護衛の武装を解除し、一部の者を割き、けがをした護衛を海兵隊の野戦病院へと運んだ。
島田は西郷や別府らの遺体を守りつつ、思わず何度も呟いていた。
「南無阿弥陀仏」
その声が聞こえた部下も、思わず念仏を唱え、徐々にその声は大きくなった。
島田らは、西郷隆盛らの菩提を弔おうと、全く知らずに念仏を唱えていたのだが。
その念仏が聞こえた鹿児島の民衆は、思わず涙を零さざるを得なかった。
鹿児島では薩摩藩により、長年にわたって、真宗は禁教とされており、明治維新後も、念仏を公然と唱えることは、しばらくの間は許されていなかったのだ。
その鹿児島の地で、西郷隆盛の菩提を弔おうとして、念仏を唱える声が響き渡っている。
この時、鹿児島の民衆に、一つの時代が完全に終わったことを、島田らは自覚無しに、結果として伝えていた。
西郷軍の強襲に対して、二人が部下と共に応戦するうちに、いつの間にか、徐々に土方少佐から離れていた。
西郷軍の強襲は、徐々に錐のように鋭く細くなっていて、その先端は第3海兵大隊を突破し、第4海兵大隊が応戦せざるを得ない状況になりつつあった。
永倉の耳には、第4海兵大隊の最前線で指揮を執る北白川宮大尉の声さえ、かすかに聞こえている。
「さすがは、西郷軍の最後の精鋭、ここは湊川か」
それが聞こえた永倉は、講談で聴いた太平記を想い起こし、そう呻かざるを得なかった。
「だが、湊川で勝ったのは足利軍だ。
同様の運命を、西郷軍にはたどってもらう」
そう内心で呟いた永倉の目に、数人の男が護衛した西郷軍の巨漢が通ろうとしているのが映った。
それを見た瞬間、永倉の歴戦の勘が働いた。
「西郷隆盛か」
永倉は 大声で一喝して、部下と共に向かった。
その声が聞こえた島田も、思わず部下と共に向かった。
別府晋介らと共に、小倉処平は西郷隆盛を護衛しつつ、稲荷川を渡河して前へ前へと進んでいた。
当初、10人ほどいた西郷の護衛は、櫛の歯が欠けるように、海兵隊の兵士の前に徐々に倒れていく。
本来、西郷の護衛は、薩摩出身者、それもいわゆる城下士で固められていたのだが、小倉が懇願した結果、西郷隆盛の言葉があり、小倉は護衛としての同行が許されたのだった。
小倉が、周囲から襲い掛かる海兵隊の兵士に懸命に応戦していると、大声が聞こえ、更に数十人の兵士が西郷隆盛に向かってくるのが目に入った。
その時。
「晋どん、晋どん、もうここらでよかろう」
西郷隆盛が別府に言った。
小倉が見るところ、確かに護衛は最早、数えるほどしか自分も含めて残っていない。
新手に対処するとなると、一人十殺したとしても無理だった。
「ごめんなったもし」
西郷隆盛を、海兵隊の、新選組の手にかけるわけにはいかない。
そう考えた別府は、溢れる涙をこらえながら、東を向いて膝を折り、手を合わせて祈っている西郷の首を斬った。
永倉が部下と共に駆け付けたのは、その直後だった。
永倉が、自分の眼前で起こったことに思わず動揺していると、別府は最期の良き敵と思ったのか、永倉に白刃を煌めかせて突撃してきた。
その刃を見て、永倉は逆に落ち着き、刀を構えた。
別府の初太刀を、かつて、近藤勇が教えた通りに永倉はかわした。
だが、別府は二の太刀、三の太刀と追撃をかけてきた。
「さすが、本場の示現流、二の太刀、三の太刀と追撃をかけてくる。だが」
別府の太刀筋を、永倉は内心で憐れんだ。
「二の太刀、三の太刀と速度が落ちている」
永倉は、別府との間合いを測り、得意の龍飛剣を振るった。
せめて、自分の得意技で葬ってやろう。
それが、永倉なりの別府に対する敬意の払い方だった。
下から上へ、永倉の刀は奔った。
別府は永倉の刀を避けきれず、腹から胸へと斬られた。
永倉の内心が、剣客として分かったのか。
「お見事」
そう呟いた後、微笑みを浮かべながら、別府は事切れた。
その頃、小倉は海兵隊の兵士に取り囲まれていた。
小倉は懸命に応戦するが、多勢に無勢である。
小倉の右ふくらはぎに銃剣が刺さり、倒れたところに頭を打って小倉は昏倒した。
ほぼ同じ頃、西郷の護衛は全員が死ぬか、意識を失っていた。
島田が部下と共に駆け付けてきたのは、その時だった。
永倉は、島田の顔を見て我に返り、島田に尋ねた。
「そういえば、土方さんの護衛はどうした」
「しまった」
永倉の言葉に、島田は顔色を変えた。
西郷隆盛という声に、自分は思わず引き付けられてしまったのだ。
永倉も、顔色を変えた。
「わしが土方さんのもとに駆け付ける。
島田は西郷さん達の遺体を護ってくれ。
辱めを受けないように。
こんな乱戦だと何があるかわからん」
永倉は島田に指図した後、土方少佐の下に、部下と共に走って向かった。
「分かった」
島田は肯いて、部下と共に西郷とその護衛の遺体を護ることにした。
まだ息のある西郷の護衛もいた。
島田とその部下は、その護衛の武装を解除し、一部の者を割き、けがをした護衛を海兵隊の野戦病院へと運んだ。
島田は西郷や別府らの遺体を守りつつ、思わず何度も呟いていた。
「南無阿弥陀仏」
その声が聞こえた部下も、思わず念仏を唱え、徐々にその声は大きくなった。
島田らは、西郷隆盛らの菩提を弔おうと、全く知らずに念仏を唱えていたのだが。
その念仏が聞こえた鹿児島の民衆は、思わず涙を零さざるを得なかった。
鹿児島では薩摩藩により、長年にわたって、真宗は禁教とされており、明治維新後も、念仏を公然と唱えることは、しばらくの間は許されていなかったのだ。
その鹿児島の地で、西郷隆盛の菩提を弔おうとして、念仏を唱える声が響き渡っている。
この時、鹿児島の民衆に、一つの時代が完全に終わったことを、島田らは自覚無しに、結果として伝えていた。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
満州国馬賊討伐飛行隊
ゆみすけ
歴史・時代
満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
戦国異聞序章 鎌倉幕府の支配体制確立と崩壊
Ittoh
歴史・時代
戦国異聞
鎌倉時代は、非常に面白い時代です。複数の権威権力が、既存勢力として複数存在し、錯綜した政治体制を築いていました。
その鎌倉時代が源平合戦異聞によって、源氏三代、頼朝、頼家、実朝で終焉を迎えるのではなく、源氏を武家の統領とする、支配体制が全国へと浸透展開する時代であったとしたらというif歴史物語です。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
鬼嫁物語
楠乃小玉
歴史・時代
織田信長家臣筆頭である佐久間信盛の弟、佐久間左京亮(さきょうのすけ)。
自由奔放な兄に加え、きっつい嫁に振り回され、
フラフラになりながらも必死に生き延びようとする彼にはたして
未来はあるのか?
夜に咲く花
増黒 豊
歴史・時代
2017年に書いたものの改稿版を掲載します。
幕末を駆け抜けた新撰組。
その十一番目の隊長、綾瀬久二郎の凄絶な人生を描く。
よく知られる新撰組の物語の中に、架空の設定を織り込み、彼らの生きた跡をより強く浮かび上がらせたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる