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第10章 城山における最後の戦い

第2話

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「いよいよ戦争も終わりだな」
「西郷軍から投降者が続出しているらしい。西郷さんも投降するのではないか」
 8月17日の夜、可愛岳の山頂近くに置かれた政府軍の宿営地では、歩哨が会話をしていた。

「こら、気を緩めるな」
 その会話を聞きとがめた士官が注意の声を上げるが、それも形ばかりに過ぎない。
 注意した士官自身も、最早、戦争は事実上終わったと思っていたからだ。

 西郷軍から政府軍への投降兵が続出していると聞いている。
 もしかしたら、西郷軍の一部が、ここからの脱出をまだ図るかもしれないが、可愛岳は急峻な地形であり、ここから西郷軍が脱出を図るなどありえない話だ。
 念のために、ということで、第1旅団と第2旅団が可愛岳に置かれていて、西郷軍の脱出を阻止できるようにはしているが、念の入れ過ぎではないか、と注意した士官は内心で思っていたのだ。
 だが。

「大馬鹿どもが、完全に油断しとる。
 あいつらの目を覚まさせてやろう。
 更に、人生最後の後悔をさせてやる」
 その話が風に乗って、耳に入った辺見十郎太は言っていた。
「どう見ても歩哨も形式上、立てているだけですね」
 河野主一郎もそれを見て言っていた。

 この時、既に8月18日の早朝になっていたが。
 8月17日の深夜、密かに宿営地を出発した西郷軍は地元の住民の協力により、可愛岳の山道を無事に登攀し、第1旅団と第2旅団の宿営地に、ひっそりと忍び寄っていたのだ。

「では、行きますか」
「俺が先陣を切らせてもらうぞ」
 河野の問いかけに、辺見は答えた。
 辺見の後ろには数百人の西郷軍の兵が無言で従っている。
 河野が肯いた瞬間、可愛岳の政府軍にとって、悪夢が始まった。

「夜襲だ」
「西郷軍が襲ってきた」
 政府軍の兵の悲鳴が、可愛岳の宿営地の各所で上がった。
 西郷軍は、夜明け前の暗がりが残る中を急襲していた。
 更に、西郷軍はあえて無言のまま、政府軍を襲撃した。

 まだ暗い中、無言の襲撃者が、いきなり襲ってきたのだ。
 西郷軍の全軍の降伏は間近い、それによもやここを襲撃してくることはあるまい、と油断していた政府軍の兵は、その光景を見て、恐怖心を呼び起こされてしまい、更に壊乱した。
 中には同士討ちを始める部隊まである。
 政府軍の混乱は頂点に達しようとしていた。
 第2旅団長の三好少将も、その混乱に巻き込まれ、部隊の掌握が困難というより、不可能に一時的になった。

「今のうちに、突破するぞ」
 残存する西郷軍の事実上の総指揮官である桐野利秋は、この状況を見逃さずに、全軍に号令を下した。
 西郷軍は、行きがけの駄賃として、更に弾丸数万発や糧食を奪える限り奪い、政府軍の宿営地を蹂躙して、包囲網を突破していった。

「とりあえず、三田井を目指すぞ」
 桐野は、指揮下にある全軍に指示を下した。
 政府軍の包囲網突破に、西郷軍が成功したとはいえ、今の西郷軍の兵力は、所詮、数百名に過ぎないのだ。
 3万人以上の政府軍に、再度、包囲されては、そこまでだった。

 西郷軍は、急げる限り急いで三田井を目指し、21日には到着した。
 三田井には、政府軍の補給処があったからだ。
 西郷軍突破の情報が、三田井の政府軍内部には、細かくは届いていなかったこともあり、西郷軍の急襲の前に、三田井は一時的に陥落した。
 ここで、西郷軍は、更に糧食等の確保に成功することになった。
 とはいえ。

 ここまでの過酷な移動と戦闘により、多数の落伍者を西郷軍は出していた。
 そのために、落伍者の到着を、ここで丸1日だけ待つこととし、その間に、西郷軍の幹部は軍議を開き、今後の行動を検討することにした。
 軍議は白熱し、幹部間の主張も百出する有様だったが、最終的には西郷隆盛の一言が全てを決めた。
「鹿児島へ帰りもんそ」
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