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第1章 土方歳三、北の大地へ

第3話

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 大鳥圭介は、目の前の情景に困惑していた。
 まさか、こんなことになるとは。

 慶応4年9月、仙台城にほど近いところで、大鳥圭介は、伝習隊の面々と共に宿営していたところだった。
 そこに石巻湾に神速丸が現れて入港した、という第一報を得た時には、幕府海軍が降伏したというのは誤りだったのか、これでまだまだ戦えるという思いを一瞬得たものだったが。
 だが、フランス軍人らしい人物数名が通訳と共に船から降りてきたこと、更に自分を指名して至急の面会を希望しているという続報を得た時に、その思いは困惑に変わった。
 一体、何を求めて自分との面会を希望しているのか。

 ともかく、その人物と会って話をしなければならない。
 そのうえで、今後のことを判断しようと自分は考えて、その人物をこの場に招いたのだが。
 その人物が教官のブリュネ大尉とは思いもよらぬことだったし、その内容も更に予想外のものだった。

 そのブリュネ大尉は、今、大鳥圭介の目の前に座って、とつとつと懸命に熱弁を振るっていた。

「これは、私個人の願望も入っています。
 ですが、榎本さんや勝さんをはじめとする江戸に残留した幕府の方々や、私以外の幕府陸軍を指導したフランス軍事顧問団の事実上の総意と思っていただいて構いません。
 どうか、この辺で銃を下して、薩長に対する敵対を止めていただけませんか。
 もう十分に、幕臣としての意地は果たされたのではないでしょうか。
 そして、最早、これ以上戦っても勝算はありません。
 あなた方個人の想いはともかくとして、部下の兵たちまでも死なせるのは間違っているとは思いませんか。
 この時点で降伏されるというのだったら、表向きは奥羽越列藩同盟の下で戦った兵士に過ぎないとして、牢屋には入れるが、幕臣の面々について、全員死罪にはしないとの確約を、榎本さんは奔走した末に、薩長の要人から得ているとのことです。
 それは信用できないというのなら、神速丸に乗り込んで共に海外に逃亡してもいい、私は騙されたことにする、とまで榎本さんは言われています。
 もう降伏していただけないでしょうか。
 私もこれ以上、教え子同士が銃を向けあう悲劇を終わらせたいのです」

 目の前のブリュネの一言一言は、大鳥の胸をえぐっていた。

「先ほど、教え子同士が銃を向けあうと言われたが」

 大鳥が絞り出すような声を上げると、ブリュネは答えた。

「やはりご存じではありませんでしたか。
 江戸にとどまった幕府陸軍の一部は、食べるために、薩長に雇われて、奥羽越列藩同盟に敵対しています。
 既に何人かはあなた方に銃撃を加えているかもしれません。
 裏切り者、とあなた方は思われるでしょう。
 それもやむを得ません。
 でも、彼らにしても食べるために戦っているというのは事実なのです」

 その言葉に、大鳥は、あらためて驚愕した。
 確かに、そのような現実が生まれることを、自分は以前から覚悟はしていた。
 幕府陸軍の兵士の多くは、元をたどれば、江戸の無産市民の出身だ。
 実際、現在の伝習隊の面々も、自らが食べるために、自分たちに従っているという側面が大きい。
 だから、そのような可能性はあると、自分は思ってはいた。
 しかし、現実の話となると、自分が受ける衝撃は、予想以上だった。

「しばらく待っていただけませんか。
 周囲の者と話をしなければなりません。
 ですが、私としては、ブリュネ教官のお言葉に従いたいと思います。
 その方向で、周囲の者と話をします」

 大鳥は真率の想いでブリュネに話をした。
 ブリュネは、大鳥の言葉を聞いて、少なからず安堵した。
 これならば、何とか少なくとも大鳥とその周囲の面々を救い出すことはできるのではないだろうか。
 そして、他の面々も、自分は救って行こう。
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