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第1章 土方歳三、北の大地へ

第2話

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 1868年、慶応4年8月のある日、フランス軍のブリュネ大尉は、目の前の状況に正直にいうならば、心から困惑していた。
 まさか、こんな依頼のために、榎本武揚海軍副総裁が来られた、とは自分は思ってもみなかった。

 榎本海軍副総裁(厳密にいえば、日本が2つに割れている現在、その呼び方が正しいのか、間違っているのかもわからないが)が、フランス軍事顧問団を訪ねてくると聞いたとき、感情的には反発を自分は覚えていた。
 もし、榎本海軍副総裁が、将軍を説得して徹底抗戦を行ったならば、少なくとも海軍を率いて蝦夷地を目指すと決断していたならば、自分は榎本海軍副総裁と行動を共にし、フランス陸軍から脱走する決断を固めていた。
 それなのに榎本海軍副総裁まで投降する決断を下したと聞いたときは本当に落胆したものだった。
 一体、どんな理由から訪ねてくるのか、と自分は身構えていたのだが、こんな理由だったとは。

 シャノワーヌ大尉も同様の想いなのだろう。
 困惑の表情を、浮かべているのが見える。
 だが、自分よりは理解できたのか、得心したような表情を浮かべつつはあった。

「ムシが良すぎる話だとは思います。
 なぜ、自分が説得に赴かないのか、と非難されれば甘んじて受けます。
 でも、私が行くよりは可能性が高いと思うのです。
 これ以上、幕臣だった人たちを死なせたくはない。
 死なせないとなると、降伏を勧めざるを得ません。

 でも、私が説得に赴くと、何で海軍と共に来てくれなかった、来てくれれば、蝦夷地で徹底抗戦できたはずだ等々の非難が巻き起こるでしょう。
 感情が高ぶる余り、私を殺して、偽官軍に斬り込んで死のう、という話になるやもしれません。
 裏切り者の非難を浴びて殺されても私は当然です。
 しかし、それによって日本にとって有為の人材が失われるのは本当に忍びません。

 そして、あなた方が指導した幕府歩兵隊は今や分裂し、多くは奥羽越列藩同盟の一員として戦っていますが、一部はいろいろ事情はあるのでしょうが薩長軍の一員となって奥羽越列藩同盟に銃を向けています。
 このままいけば、かつて肩を並べた幕府歩兵隊の一員同士の殺し合いが起こる、いや、既に起こっているかもしれません。
 教官だったあなた方から奥羽越列藩同盟に参加している幕臣の人達に投降を勧めていただけないでしょうか。
 師からの言葉となれば、幕臣の人達も聞き入れてくれるのでは、と思うのです」
 榎本は、懸命に長広舌を振るっての熱弁をした。

「よろしいでしょう。
 私が行きましょう。
 私も自分の教え子同士が殺しあうのは望みません」

 いつの間にか、そう自分から発言したことに気づいたとき、ブリュネ自身が驚いていた。
 だが、考えてみれば、榎本のいうことは、至極当然のことだった。
 それに自分も、ここ日本で懸命に手塩にかけた教え子同士が殺しあうのは、決して望むことではない。

「シャノワーヌ大尉、私は脱走したことにしてください。
 この内戦について、中立を保とうとするフランス本国に、迷惑をかけるわけにはいきません」
 ブリュネは、終に自らそこまで、シャノワーヌ大尉に、直訴してしまっていた。 

「ブリュネ大尉、心から感謝します。
 この御恩を、私は決して忘れません。
 出来る限りの便宜を、私は図ることを確約します。
 私からの書簡も逆効果になるやもしれませんが、あなたに託したいと思います。
 どうか、皆の命を助けてください」
 榎本は、ブリュネ大尉に頭を下げながら言った。

 ブリュネ大尉は、榎本のその姿を見て、固く誓った。
 何としても、一人でも多くの幕臣を、そしてその戦友達を救い出して、榎本さんの想いを果たして見せよう。
 それが、日本とフランスに、後々で役に立つことになるだろう。
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