上 下
23 / 65
本編

23 静かな憤怒

しおりを挟む
 あの出来事から一ヶ月ほど経ったある日のこと。
 再び、リヒト宛に手紙が届いた。けれども、今度の差出人は父上ではないようだ。

「誰からの手紙だったの……?」

 そう尋ねてみたものの、リヒトは前回と同じように黙り込み、眉間に皺を寄せている。

「……少し前、俺に縁談の話が来ただろ?」
「うん」
「その時、俺は一度断ったんだ。ところが、相手のご令嬢──名前はジゼル・キャンベルというらしいんだが、彼女がどうしても俺に会いたいと言って譲らないんだそうだ。まあ……そういう訳で、キャンベル侯爵から直々に『一度、娘と会ってほしい』という趣旨の手紙が届いたんだ」
「そ、そっか……」

 以前、余計なことを言ったせいでリヒトに首を絞められたことを思い出した私は、彼を怒らせないように相槌だけを打つ。

「俺が愛しているのはセレスだけだ。俺はお前以外の女を嫁にする気は微塵もない」
「……」

 真顔でそう言われ、言葉に詰まる。
 リヒトは相変わらず、本気で私を妻──というか伴侶に迎えたいと考えているみたいだけれど、そんなことはどう足掻いても不可能だ。
 仮に私が彼の気持ちを受け入れたとしても、ローズブレイド家の人間が許さないだろう。
 それに、リヒトがこのまま縁談を断り続けていても、いずれは無理にでも結婚させられるだろうし……。
 まさか、私を連れて駆け落ち(表面上は)でもする気なのかな……?
 現世の両親は温厚な性格で理解もある常識人だけれど、流石に自分達の息子と娘がそういう関係だと知ったら悲しむと思う。
 いや、両親どころかきっと親戚中に迷惑がかかってしまうだろう。下手したら、叔父上は卒倒して寝込んでしまうかもしれない。
 そんなことを考えながらリヒトの顔を見つめていると、彼は真剣な面持ちのまま再び口を開いた。

「これは、前世でも言ったことだが……俺は、お前のためなら全てを捨てる覚悟がある。たとえ多くの人を悲しませることになっても、裏切ることになっても、必ずお前を選ぶ。お前がそばに居てくれるなら、俺は周りからどう非難されようと構わないし、罪や罰は全部俺が引き受ける。だから──」

 リヒトはそこまで言いかけると、私の頬に手を伸ばし、そのまま触れようとした。
 けれども、あの日の出来事が忘れられず未だに尾を引いている私は反射的にびくっと体を強張らせてしまう。私の反応を見たリヒトは悲しそうな顔をして静止したものの、すぐに手を引っ込めた。
 彼は彼で、あの日私が全力で拒絶したことを引き摺っているみたいだ。

「あっ……ご、ごめん……なさい……」

 狼狽えながらも謝ると、リヒトは寂しそうに目を伏せ「出掛けてくる」と言い残し部屋を出ていった。今日は休日だから一日中私の部屋にいると思ったのに、何か用事でもあるのかな。
 それにしても……さっきの言葉の続きは、やはり「実家と絶縁して駆け落ちしよう」とかそういうことなのだろうか。


 結局、リヒトは深夜まで帰って来なかった。
 就寝中、リヒトは部屋にそっと入ってきて、私の頭を軽く撫でて出ていった。それに気付いて時計を確認すると、すでに日を跨いでいたのだ。つまり、彼は昼頃からずっとどこかに出掛けていたということになる。一体、どこに出掛けていたんだろう?

 その後、数日間はなぜかリヒトの帰宅時間が遅かった。いつもは「早くセレスの顔が見たかったから」と言って真っ直ぐ帰って来るのに、どうも様子が変だ。以前も私が知らない間にネイトに会いに行っていたことがあったし、何だか胸騒ぎがする……。





 それから一週間ほど経って、またリヒト宛に手紙が届いた。
 今回もキャンベル侯爵直々の手紙かなと思いきや──なんと、ジゼル嬢ご本人からの手紙だった。どうやら、彼女は相当リヒトにご執心のようだ。
 手紙の差出人を確認したリヒトは前回よりもさらに不機嫌になり、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「今度は何て書いてあったの……?」
「『納得ができない。どうしても会って話をしたい』とせがまれた。仕方がないから、今度先方の家まで出向いて直接断ってくる。但し──」
「……?」
「行くのは俺だけじゃない。セレス、お前もだ」
「え……? どうして私まで……?」
「いいから、ついてきてくれ」

 戸惑う私に、リヒトは理由も説明せず「ついてきてほしい」とだけ言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R18】絶倫にイかされ逝きました

桜 ちひろ
恋愛
性欲と金銭的に満たされるからという理由で風俗店で働いていた。 いつもと変わらず仕事をこなすだけ。と思っていたが 巨根、絶倫、執着攻め気味なお客さんとのプレイに夢中になり、ぐずぐずにされてしまう。 隣の部屋にいるキャストにも聞こえるくらい喘ぎ、仕事を忘れてイきまくる。 1日貸切でプレイしたのにも関わらず、勤務外にも続きを求めてアフターまでセックスしまくるお話です。 巨根、絶倫、連続絶頂、潮吹き、カーセックス、中出しあり。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】ヤンデレ公爵にロックオンされたお姫様

京佳
恋愛
魔導師で美貌のヤンデレ公爵クロードは前々から狙っていたユリアを手に入れる為にある女と手を組む。哀れな駒達はクロードの掌の上で踊らされる。彼の手の中に堕ちたユリアは美しく優しい彼に甘やかされネットリと愛される… ヤンデレ美形ワルメン×弱気美少女 寝取り寝取られ ある意味ユリアとサイラスはバッドエンド腹黒2人はメシウマ R18エロ表現あり ゆるゆる設定

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

クール令嬢、ヤンデレ弟に無理やり結婚させられる

ぺこ
恋愛
ヤンデレの弟に「大きくなったら結婚してくれる?」と言われ、冗談だと思ってたら本当に結婚させられて困ってる貴族令嬢ちゃんのお話です。優しく丁寧に甲斐甲斐しくレ…イプしてるのでご注意を。 原文(淫語、♡乱舞、直接的な性器の表現ありバージョン)はpixivに置いてます。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...