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本編

17 狂う歯車

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 私達姉弟の関係にひびが入った最初のきっかけは、一体何だったんだろう?
 ぼんやりと窓の外を眺めながら、ふとそんなことを思った。
 やはり、私と要が付き合ってからだろうか……? いや、もう少し前からどことなくギクシャクしていた気がする。
 それまでは、気持ちがすれ違っていたとしても仲は良かったはずだ。
 そう考えた時、不意に前世のある出来事が脳裏をよぎった。





 高校一年生の春。
 その日は、学校帰りに私、望、要の三人でゲームセンターに寄っていた。
 暫く三人で一緒に行動していたのだが、要が一つのゲームに夢中になってしまったので、私と望は別行動をすることにした。

「あっ……これって──」
「千鶴、どうした?」

 私がクレーンゲームの前で立ち止まると、望がこちらを振り返った。

「あ、うん……景品の中に『Loving brother ~12人の王子様~』(通称ラヴィブラ)のクッションがあるのが気になって……」

 クレーンゲームの筐体に近づいて中を覗き込んだ望は、案の定「『Loving brother ~12人の王子様~』って何だ?」という表情をしている。
 まあ、当然か。女性向けの恋愛アドベンチャーゲームだし、望が知っているわけないよね。

「やっぱり、知らないよね。最近、友達に勧められて始めたゲームなんだけど……予想以上にはまっちゃって」
「へえ、そうなのか。どういうゲームなんだ?」
「んー……簡単に説明すると、ある日突然ヒロインの前に現れた12人の兄弟をアイドルとして育成する恋愛ゲームかな? アニメ化もされている人気作だよ」
「なんだそれは……? 12人……?」

 そう言いながら、望は私をジト目で見つめる。……あ、引かれてる。
 確かに、私もあらすじを読んだ時は「何だこれ」って思ったけれども……。

「兄弟って言っても、連れ子同士だから義理の兄弟なんだけどね」
「いや……それにしたって、12人は多いだろ。設定がぶっ飛びすぎじゃないか?」
「まあ、そこはゲームだから……。ちなみに、私が一番好きなのは右端にいる青髪のキャラ」

 私は相変わらずジト目で見てくる望を横目に、手前にある『ラヴィブラ』のクッションを指差した。

「目立つキャラじゃないんだけど、優しくて包容力があって、理想のお兄ちゃんって感じで──」

 ちょっと引かれたかもしれないけれど、弟が相手だしまあいいか。多少ハイテンションに語ってしまっても問題ないだろう。
 そう思って、私は暫くそのキャラについて熱く語っていた。けれども、話の途中でなぜか望が顔を曇らせていることに気付いた。

「どうしたの?」
「……ああ、いや。兄が欲しかったのかな、と思って」

 望は少ししょんぼりした表情でそう言った。

「ご、ごめん! 別に、そんなつもりで言ったわけじゃないよ! 二次元と三次元は全く別物だし……」
「そうか。そうだよな……」
「それに、望は私にとって自慢の弟だよ? 何でもできるし、格好いいし、友達から『いつも近くに居られるなんて羨ましい』って嫉妬されているくらいなんだから」

 私がフォローを入れたにも拘らず、望の顔は尚も暗いままだった。少し様子が変だ。どうしたんだろう?

「自慢のか……」
「望……?」
「ああ、悪い。それで──このクッション、欲しいのか?」
「うん、まあね……。でも、私はこういうの下手だから、取れそうにないな」
「取ってやろうか?」

 望はそう一言だけ言うと、徐ろにコインを投入してクレーンを操作し始めた。
 彼が狙いを定めてボタンを押すと、アームに押されて手前にあったクッションが上手い具合に落とし穴に落ちた。

「ほら。先に誰かが手前に寄せてくれていたお陰で、一発で取れたな」
「わあ! ありがとう!」

 望から景品を手渡された私は、喜びのあまりそのクッションをぎゅっと抱き締めた。

「あと一回、頑張れば取れただろうに」
「あはは、ちょっと悪い気もするね……。でも、私なら絶対取れなかったと思う。やっぱり、望は何でもできちゃうんだね! いいなぁ」
「昔、何回もやらされたせいでコツを掴んだだけだ。お前は覚えていないだろうけど、小学生の時に『どうしても欲しい景品があるから取ってほしい』と俺にせがんだことがあっただろ」
「えっ!? そんなことあったっけ!?」
「ああ。お陰で、俺は目当ての景品が取れるまでゲーセンに通い詰めることになったんだ」
「うわぁ……思いっきり忘れてた! 今更だけど、無理言っちゃってごめんね!」
「いや、いいんだ。……千鶴の喜ぶ顔が見れたから」

 望はにっこり微笑んでそう返事をすると、「小銭に両替してくる」と言って両替機のほうに向かって歩いていった。
 私が一人になると、後方からひそひそと話し声が聞こえてきた。
 気付かれないようにチラリとその方向を見ると、同じ学校の制服を着た男子生徒二人組が私のほうを見ながら小声で話をしていた。
 一体何だろう、と思いながら耳を傾けてみる。何とか会話の内容くらいは聞き取れそうだ。

「あの娘、俺達と同じ学校だよな。確か、一学年下の──」
「ああ、月城さんだろ?」
「そうそう。一見地味だけどさ、前から可愛いなと思ってたんだよ。でも、彼氏持ちかぁ……」
「いや、さっき向こうに行った男ならあの娘の弟だぞ。双子らしい」

 彼らは私と望のことについて話している様子だった。私自身は、特に目立つことはしていないつもりだけれど、望が華やかな容姿だから一緒にいると目立ってしまうみたいだ。

「そうなのか。じゃあ、俺にもチャンスが……」
「あーやめとけ、やめとけ。弟が超過保護らしいし、彼女に近づくだけで睨まれるぞ」
「うわぁ……シスコンってやつ?」
「だろうな。でも、いつも一緒にいるし、いくらなんでもベタベタしすぎだよな。……案外、姉弟でデキてたりしてな」
「うわ! やばいじゃん! まさに禁断の愛!?」
「ちょ、おま……声がでかいぞ。聞こえるって……」

 ……ばっちり聞こえてます。今すぐ誤解を解きに行きたい気分だったけれど、こっそり会話を聞いていたことがばれるのも癪なので、じっと我慢することにした。

「──でもさ、もしそれが本当なら幻滅だわ。っていうか、かなり引く」
「まあな……。義理ならいいけど、流石に血の繋がった姉弟で恋愛はねーわ。有り得ないし、気持ち悪い」
「だよなぁ」

 私は彼らの会話を最後まで聞くことができず、耳を塞いでしまった。
 周りからあんな風に思われていたなんて凄くショックだったし、何よりも自分達が奇異の目に晒されていることに耐えられなかったからだ。

「千鶴?」

 背後から名前を呼ばれたので振り返ると、要が心配そうな顔をして立っていた。

「随分と暗い顔をしているけど……大丈夫?」
「あ、うん……ごめんね。なんでもないから」
「ああいう奴らは、根拠もなく勝手に騒いでいるだけだから。気にしないほうがいいよ」

 要は小声でそう言うと、私の肩にぽんっと手を置き慰めてくれた。
 きっと彼も、通りすがりにあの二人組の会話を聞いたのだろう。

「確かに、望も千鶴に構いすぎなところはあるけれど……千鶴を姉として大切に思うからこそ、そうしてしまうんだろうし。君達がそういう関係じゃないってことは、僕が一番よく知っているよ。何ならあの二人の前に証人として出ていって、誤解を解いてこようか?」
「そ、そこまでして貰わなくても大丈夫だよ! その……少し落ち込んだけど、私は平気だから!」

 慌ててそう返した私に、要は「それなら良かった」と言って微笑んだ。
 そんなやり取りをしていると、望が戻ってきた。

「望、お帰り。遅かったね」
「ああ。ついでに飲み物を買ってきたからな。いつの間にか、要も戻っていたのか」

 望は私の頬によく冷えた缶ジュースを押し付けてきた。
 私の好きなカフェオレだ。言わなくても、ちゃんと好みをわかってくれている。

「冷たっ! 酷いよ、望!」

 怒る私を見て、望はニッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「それじゃあ、そろそろ他のゲームコーナーに行こうか?」

 そう言いながら、要は先頭を切って歩いて行く。望もそれに続き「そうだな」と呟くと、私の手を引いて歩き出そうとした。
 けれども、次の瞬間、私は彼から逃れるように繋がれた手を解いた。
 望はきっと無意識に私の手を引いたんだと思う。今までの私なら、「この歳で弟と手を繋ぐのは恥ずかしい」と思いつつもそれを受け入れていた。
 それなのに、今は反射的に手を繋ぐことを拒否してしまった。

「千鶴……?」

 望は私の行動に驚き、目を見開いている。

「あ、ごめん……。でも、私ももう子供じゃないから一人で歩けるし、ちゃんとはぐれないようについていくから大丈夫だよ」
「……」
「その……だから、もう手を繋ぐのはやめようよ。いくら仲がいい姉弟だからって、ちょっとくっつき過ぎかなって思うし。それに、望に頼ってばかりいたら私が自立できなくなっちゃうでしょう?」
「……ああ、わかった。今度から気をつける」

 望は寂しそうに目を伏せてそう返事をすると、一人で先を歩いていった。
 少し離れた位置にいる要はこちらを振り返り、「どうしたの?」と言いたげに私の顔を見つめている。私は彼に苦笑を返すしかなかった。
 それ以来、私は異常に周囲の目が気になるようになってしまった。
 もうあんな風に陰口を叩かれるのは嫌だったから、人前で望と一緒にいる時はなるべく接触しないように気をつけていた。





 ──今思えば、あの時から運命の歯車は狂い始めていたのかもしれない。
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