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本編
6 叶えたい夢
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「……ねえ、何でさっきからこっちをじろじろと見ているの?」
「別に、じろじろと見ていたわけでは……」
そう指摘すると、リヒトは頬を染め焦った様子で視線を逸らした。
私とリヒトは今、列車のボックス席で向かい合わせに座っている。あの騒動から一ヶ月が経ち、無事に学校を卒業した私達は、予定通り雲隠れするようにリーヴェの町に旅立つことになったのだ。
リヒトは転移魔法が使えるので、私に合わせて列車に乗る必要はないと思ったのだが、「一人にするのは心配だ。それに、マスターの命令は絶対だろ?」と言って聞かないので結局ついてきてしまった。相変わらず過保護だなぁ……。
ちなみに、転移魔法【メタスタシス】は使用者が過去に訪れたことのある場所に瞬間移動できるという便利な魔法だ。
けれども、この魔法はリヒトのように高い魔力を持つ特別な人しか使えず、他者を連れて転移することはできない。なので、大抵の人は移動手段に列車や馬車などの乗り物を使わざるを得ないのだ。
この世界の列車は元いた世界とは違い、蒸気機関で動いている。どうやら、魔法と共に蒸気機関が著しく発展してきたようだ。
文明レベルは地球に居た頃より幾らか劣るものの、どことなくレトロな雰囲気を感じるこの世界観は割と気に入っている。
だから、こういう列車に乗って旅をするのも趣があっていいなと思う。これで目的が『田舎で隠居するため』じゃなければ最高なのにな……。
「嘘。絶対、にやにやしながらこっちを見てたよ」
「そ、それは…………セレスが可愛すぎるからいけないんだろ」
身を乗り出し顔を近づけながら詰め寄ると、彼はますます頬を赤らめ顔を背けた。
「……このシスコンめ」
私はそう小さく呟き、深い溜め息をつきながら椅子に座り直す。
二度目の人生ではなるべく弟離れしようと努力している私とは対称的に、リヒトは前世よりもさらに過保護になり、常日頃からべったりくっついてくるようになった。
「ねえ、前から気になっていたんだけど……『可愛い』って、顔のこと?」
彼が私のことを『可愛い』と言って愛でるのは、今に始まったことではない。前世の頃からそうだったのだ。
「勿論、顔も可愛いと思うが……それだけじゃないな。ちょっとした仕草とか、雰囲気とか……俺にとっては、お前の全てが世界一可愛いと感じる」
「そ、そっか……ありがとう。……まあ、自分で言うのも何だけど、現世では容姿にパラメータを全振りした感じだよね。中身はともかく、見た目は儚げな金髪碧眼の色白美少女だし」
……魔力が無い代わりにね。差し詰め、天は二物を与えずってところだろうか。いや、目の前にいる弟は二物どころか三物も四物も与えられてるんだった。一体何なの? この違いは……。
「前世の顔も十分可愛かったけどな」
「え? そ、そうかな……?」
「ああ。それと……あまり自分を卑下するな。魔法が使えなくとも、お前にはそれ以上の魅力がある。だから、自信を持て」
リヒトはそう言って私を励ますと、優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。
「うん……。ありがとう」
「……その証拠に……俺がこんなに惹かれているわけだし……」
またもやボソボソと小声で独り言を呟いているリヒトを怪訝に思った私は、彼の顔を覗き込む。
「……なんか言った?」
「いや……なんでもない」
リヒトはそう返事をすると、頬杖をつきながら車窓の外を眺めた。遠くを見つめるその横顔は、いつもと変わらない落ち着いた表情だ。
でも、何故だろう。どこか悲しそうに見えた。
◆
長かった列車の旅も終わり、漸くリーヴェの町に到着した。
辺りを見渡すと、王都では見たことがない緑豊かな田園風景が広がっていた。空気も美味しく、長閑な場所だ。
確かに、こういう場所で静養したら病気も良くなりそう。……まあ、実際はただの隠居なのだけれど。
「結構、いい場所だね。リヒトは前に来たことがあるんだっけ?」
「ああ、小さい頃に一度だけな」
別荘とはいえ、特に用もないので父上ですらあまりここに来たことがないらしい。これまで、王都近辺からほとんど出たことがなかった私はこの町にある別荘の存在すら知らなかったくらいだ。リヒトは長男だし、別荘のことも把握しておく必要がある。だから、ここに連れて来られたのだろう。
そう思っていると、先に歩きだしていたリヒトがこちらを振り返り「そろそろ行くぞ」と声をかけてきた。
置いて行かれては敵わないので、私はトランクケースを引き摺りながら慌てて彼の後を追った。
「それにしても──この『契約の指輪』って、綺麗だね。とても隷属契約のための指輪には見えないな」
畦道を歩きながら右手を高く掲げた私は、薬指にはめている金色の指輪をまじまじと見つめた。
リヒトと隷属契約をしたのは、学校を卒業してすぐのことだった。この指輪はその時に魔術研究所から配付されたものである。
この指輪、見かけは綺麗だけれど実は怖い機能が付いている。というのも、契約をしたマスターを裏切ったり逃げようとした場合、容赦なく隷属者をその場で拘束する魔法が発動するらしい。
つまり、少しでもマスターを不利にするような思考を働かせれば、それだけでもうアウトだ。
「そうか?」
「うん。マスターになる人と同じデザインだし……まるで結婚指輪みたいだね」
私がそう言うと、リヒトはその言葉に反応するように肩をびくっとさせた。
「本当はそんな指輪じゃなくて、ちゃんとした指輪をプレゼントしたかったんだけどな」
「それって、ペアリング的な……? いやいやいや! 流石に、姉弟でそれはおかしいでしょう!」
そう返すと、リヒトは不満そうに口を尖らせて外方を向き、一人ですたすたと先に歩いていってしまった。
あ……拗ねちゃったかな?
それで思い出したけれど……彼は前世でもペアリングをつけたがっていたっけ。「いくら仲がいい双子だからってそこまでするのは変だし、恥ずかしいから嫌だ」と言ったら、やっぱりその時も不機嫌になっていた。
「ごめん、怒った……?」
「別に怒ってない」
「いや、怒ってるでしょ」
「そんなことはない」
「そうかなぁ」
そんなやり取りをしながら畦道を進んでいくと、やがて前方に小高い丘が見えてきた。その丘の上に、レンガ造りの小さな屋敷がひっそりと佇んでいる。あれが例の別荘だろうか。
「やっと到着だ」
少し機嫌を持ち直した様子のリヒトがこちらを振り返った。
館の周辺には綺麗な青い薔薇が沢山咲いている。私は一頻り館の外観を見て回った後、丘の上から町の景色を一望した。その途端、思わず「わあ!」と感嘆の声が漏れる。
「眺めも良いし、案外、隠居も悪くないかも」
「……気に入ってくれたなら良かった」
満足げに笑ってみせた私に、リヒトは目を細めて微笑み返してくれた。
「この薔薇って、誰かが手入れしてるの?」
「俺達が生まれる前に雇っていた庭師が、今は退職してこの町で余生を過ごしているらしいんだが……その人が時々ここに来て、手入れをしていると聞いたな。屋敷内も掃除してくれているみたいだから、中は割と綺麗だ」
リヒト曰く、その元庭師もリアンなのだそうだ。
不思議なことに、六十歳以上のリアンには凶暴化の症状が現れなくなるのだという。一般的に魔力の衰えが始まるのも六十歳頃だと言われているので、それと何か関係があるみたいだけれど、詳しいことはわからない。
そういう訳で、長年仕えてきたマスターの元を離れたり、隔離施設を出て普通の町や村で余生を送る人も多いのだと説明された。
「そうなんだ。青い薔薇って、地球では長いこと生み出すことが困難だと言われていたんだよね。私達が生まれた頃には、もう開発に成功していたみたいだけれど」
なぜこんなことを知っているのかと言うと、前世で花屋の友人がいたからだ。友人の家は両親が花屋を営んでいて、私の誕生日にはよく綺麗な花を贈ってくれた。
「そうだな。地球の青薔薇は、厳密に言えば紫に近い色だが……魔法の力のお蔭か、この世界では鮮やかな青色の薔薇が昔から存在しているみたいだな」
「うん。なんか不思議だね」
魔法が存在しなかった地球では実現不可能だったことも、魔法が存在するこの世界では実現できている。それを考えると、本当に異世界に転生したんだなと実感させられる。
「青い薔薇の花言葉、知ってるか?」
「なんだっけ?」
「まだ青い薔薇が誕生していない頃は、『不可能』というマイナスイメージの言葉しかつけられていなかったんだ。けれども、品種改良の末、研究者達はついに青い薔薇を開発することに成功した。それからは、『夢が叶う』という花言葉と共に薔薇の愛好家達に親しまれているらしい」
「へえ……やっぱり、リヒトは博識だね」
「無駄に雑学を知っているだけだ。あと、俺はこの花言葉が好きなんだ。『諦めなければ、いつか願いは叶うかも知れない』と思えて、勇気づけられるからな」
「そっか……リヒトには叶えたい夢があるの?」
そう尋ねると、彼は一瞬私の顔をちらりと見て話を続けた。
「……ああ。前世からずっと叶えたかった夢がある。でも……その夢を叶えるには、どんなに頑張っても、どんなに強く願っても、自分の努力ではどうにもならない障害が立ちはだかっていたんだ。本当に叶えるのが難しかった。辛くて苦しくて、どうしようもなくて……何度も諦めようとした。でも、諦めきれなかった。だから、俺は現世で必死に藻掻いて、またその夢を叶えようとしている。往生際が悪い上に、格好悪いと自分でも思うけどな……」
リヒトは切なげに天を仰ぐと、そのまま目を閉じた。『叶えたい夢』に思いを馳せているのかも知れない。異世界に転生しても諦めきれない夢って、一体どんな夢なんだろう……?
彼くらい有能な人なら、手に入れられないものなんて無さそうなのに。その上、チートと言っても過言ではない程の魔力を持って生まれてきたのに、これ以上何を求めているのだろうか。
そう思いながらリヒトの顔をじっと見つめていると、目を開けた彼と視線がぶつかった。それが何だか気恥ずかしくて、目を逸らしてしまう。少し変に思われたかも知れない。
「その……全然、格好悪くないと思うよ。夢を叶えようと頑張っている姿って凄く格好いいと思う」
私がそう言うと、リヒトは驚いた様子で目を見開いたが、すぐに微笑んで「ありがとう」と返した。
前世の記憶が甦ったあの日から常々感じていたけれど──私は、彼に関する重大なことを何か忘れている気がする。それなのに、どうしても思い出せない。一体なぜなんだろう?
やはり、自分が死んだ日の記憶が抜け落ちていることと何か関係があるのだろうか……?
「別に、じろじろと見ていたわけでは……」
そう指摘すると、リヒトは頬を染め焦った様子で視線を逸らした。
私とリヒトは今、列車のボックス席で向かい合わせに座っている。あの騒動から一ヶ月が経ち、無事に学校を卒業した私達は、予定通り雲隠れするようにリーヴェの町に旅立つことになったのだ。
リヒトは転移魔法が使えるので、私に合わせて列車に乗る必要はないと思ったのだが、「一人にするのは心配だ。それに、マスターの命令は絶対だろ?」と言って聞かないので結局ついてきてしまった。相変わらず過保護だなぁ……。
ちなみに、転移魔法【メタスタシス】は使用者が過去に訪れたことのある場所に瞬間移動できるという便利な魔法だ。
けれども、この魔法はリヒトのように高い魔力を持つ特別な人しか使えず、他者を連れて転移することはできない。なので、大抵の人は移動手段に列車や馬車などの乗り物を使わざるを得ないのだ。
この世界の列車は元いた世界とは違い、蒸気機関で動いている。どうやら、魔法と共に蒸気機関が著しく発展してきたようだ。
文明レベルは地球に居た頃より幾らか劣るものの、どことなくレトロな雰囲気を感じるこの世界観は割と気に入っている。
だから、こういう列車に乗って旅をするのも趣があっていいなと思う。これで目的が『田舎で隠居するため』じゃなければ最高なのにな……。
「嘘。絶対、にやにやしながらこっちを見てたよ」
「そ、それは…………セレスが可愛すぎるからいけないんだろ」
身を乗り出し顔を近づけながら詰め寄ると、彼はますます頬を赤らめ顔を背けた。
「……このシスコンめ」
私はそう小さく呟き、深い溜め息をつきながら椅子に座り直す。
二度目の人生ではなるべく弟離れしようと努力している私とは対称的に、リヒトは前世よりもさらに過保護になり、常日頃からべったりくっついてくるようになった。
「ねえ、前から気になっていたんだけど……『可愛い』って、顔のこと?」
彼が私のことを『可愛い』と言って愛でるのは、今に始まったことではない。前世の頃からそうだったのだ。
「勿論、顔も可愛いと思うが……それだけじゃないな。ちょっとした仕草とか、雰囲気とか……俺にとっては、お前の全てが世界一可愛いと感じる」
「そ、そっか……ありがとう。……まあ、自分で言うのも何だけど、現世では容姿にパラメータを全振りした感じだよね。中身はともかく、見た目は儚げな金髪碧眼の色白美少女だし」
……魔力が無い代わりにね。差し詰め、天は二物を与えずってところだろうか。いや、目の前にいる弟は二物どころか三物も四物も与えられてるんだった。一体何なの? この違いは……。
「前世の顔も十分可愛かったけどな」
「え? そ、そうかな……?」
「ああ。それと……あまり自分を卑下するな。魔法が使えなくとも、お前にはそれ以上の魅力がある。だから、自信を持て」
リヒトはそう言って私を励ますと、優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。
「うん……。ありがとう」
「……その証拠に……俺がこんなに惹かれているわけだし……」
またもやボソボソと小声で独り言を呟いているリヒトを怪訝に思った私は、彼の顔を覗き込む。
「……なんか言った?」
「いや……なんでもない」
リヒトはそう返事をすると、頬杖をつきながら車窓の外を眺めた。遠くを見つめるその横顔は、いつもと変わらない落ち着いた表情だ。
でも、何故だろう。どこか悲しそうに見えた。
◆
長かった列車の旅も終わり、漸くリーヴェの町に到着した。
辺りを見渡すと、王都では見たことがない緑豊かな田園風景が広がっていた。空気も美味しく、長閑な場所だ。
確かに、こういう場所で静養したら病気も良くなりそう。……まあ、実際はただの隠居なのだけれど。
「結構、いい場所だね。リヒトは前に来たことがあるんだっけ?」
「ああ、小さい頃に一度だけな」
別荘とはいえ、特に用もないので父上ですらあまりここに来たことがないらしい。これまで、王都近辺からほとんど出たことがなかった私はこの町にある別荘の存在すら知らなかったくらいだ。リヒトは長男だし、別荘のことも把握しておく必要がある。だから、ここに連れて来られたのだろう。
そう思っていると、先に歩きだしていたリヒトがこちらを振り返り「そろそろ行くぞ」と声をかけてきた。
置いて行かれては敵わないので、私はトランクケースを引き摺りながら慌てて彼の後を追った。
「それにしても──この『契約の指輪』って、綺麗だね。とても隷属契約のための指輪には見えないな」
畦道を歩きながら右手を高く掲げた私は、薬指にはめている金色の指輪をまじまじと見つめた。
リヒトと隷属契約をしたのは、学校を卒業してすぐのことだった。この指輪はその時に魔術研究所から配付されたものである。
この指輪、見かけは綺麗だけれど実は怖い機能が付いている。というのも、契約をしたマスターを裏切ったり逃げようとした場合、容赦なく隷属者をその場で拘束する魔法が発動するらしい。
つまり、少しでもマスターを不利にするような思考を働かせれば、それだけでもうアウトだ。
「そうか?」
「うん。マスターになる人と同じデザインだし……まるで結婚指輪みたいだね」
私がそう言うと、リヒトはその言葉に反応するように肩をびくっとさせた。
「本当はそんな指輪じゃなくて、ちゃんとした指輪をプレゼントしたかったんだけどな」
「それって、ペアリング的な……? いやいやいや! 流石に、姉弟でそれはおかしいでしょう!」
そう返すと、リヒトは不満そうに口を尖らせて外方を向き、一人ですたすたと先に歩いていってしまった。
あ……拗ねちゃったかな?
それで思い出したけれど……彼は前世でもペアリングをつけたがっていたっけ。「いくら仲がいい双子だからってそこまでするのは変だし、恥ずかしいから嫌だ」と言ったら、やっぱりその時も不機嫌になっていた。
「ごめん、怒った……?」
「別に怒ってない」
「いや、怒ってるでしょ」
「そんなことはない」
「そうかなぁ」
そんなやり取りをしながら畦道を進んでいくと、やがて前方に小高い丘が見えてきた。その丘の上に、レンガ造りの小さな屋敷がひっそりと佇んでいる。あれが例の別荘だろうか。
「やっと到着だ」
少し機嫌を持ち直した様子のリヒトがこちらを振り返った。
館の周辺には綺麗な青い薔薇が沢山咲いている。私は一頻り館の外観を見て回った後、丘の上から町の景色を一望した。その途端、思わず「わあ!」と感嘆の声が漏れる。
「眺めも良いし、案外、隠居も悪くないかも」
「……気に入ってくれたなら良かった」
満足げに笑ってみせた私に、リヒトは目を細めて微笑み返してくれた。
「この薔薇って、誰かが手入れしてるの?」
「俺達が生まれる前に雇っていた庭師が、今は退職してこの町で余生を過ごしているらしいんだが……その人が時々ここに来て、手入れをしていると聞いたな。屋敷内も掃除してくれているみたいだから、中は割と綺麗だ」
リヒト曰く、その元庭師もリアンなのだそうだ。
不思議なことに、六十歳以上のリアンには凶暴化の症状が現れなくなるのだという。一般的に魔力の衰えが始まるのも六十歳頃だと言われているので、それと何か関係があるみたいだけれど、詳しいことはわからない。
そういう訳で、長年仕えてきたマスターの元を離れたり、隔離施設を出て普通の町や村で余生を送る人も多いのだと説明された。
「そうなんだ。青い薔薇って、地球では長いこと生み出すことが困難だと言われていたんだよね。私達が生まれた頃には、もう開発に成功していたみたいだけれど」
なぜこんなことを知っているのかと言うと、前世で花屋の友人がいたからだ。友人の家は両親が花屋を営んでいて、私の誕生日にはよく綺麗な花を贈ってくれた。
「そうだな。地球の青薔薇は、厳密に言えば紫に近い色だが……魔法の力のお蔭か、この世界では鮮やかな青色の薔薇が昔から存在しているみたいだな」
「うん。なんか不思議だね」
魔法が存在しなかった地球では実現不可能だったことも、魔法が存在するこの世界では実現できている。それを考えると、本当に異世界に転生したんだなと実感させられる。
「青い薔薇の花言葉、知ってるか?」
「なんだっけ?」
「まだ青い薔薇が誕生していない頃は、『不可能』というマイナスイメージの言葉しかつけられていなかったんだ。けれども、品種改良の末、研究者達はついに青い薔薇を開発することに成功した。それからは、『夢が叶う』という花言葉と共に薔薇の愛好家達に親しまれているらしい」
「へえ……やっぱり、リヒトは博識だね」
「無駄に雑学を知っているだけだ。あと、俺はこの花言葉が好きなんだ。『諦めなければ、いつか願いは叶うかも知れない』と思えて、勇気づけられるからな」
「そっか……リヒトには叶えたい夢があるの?」
そう尋ねると、彼は一瞬私の顔をちらりと見て話を続けた。
「……ああ。前世からずっと叶えたかった夢がある。でも……その夢を叶えるには、どんなに頑張っても、どんなに強く願っても、自分の努力ではどうにもならない障害が立ちはだかっていたんだ。本当に叶えるのが難しかった。辛くて苦しくて、どうしようもなくて……何度も諦めようとした。でも、諦めきれなかった。だから、俺は現世で必死に藻掻いて、またその夢を叶えようとしている。往生際が悪い上に、格好悪いと自分でも思うけどな……」
リヒトは切なげに天を仰ぐと、そのまま目を閉じた。『叶えたい夢』に思いを馳せているのかも知れない。異世界に転生しても諦めきれない夢って、一体どんな夢なんだろう……?
彼くらい有能な人なら、手に入れられないものなんて無さそうなのに。その上、チートと言っても過言ではない程の魔力を持って生まれてきたのに、これ以上何を求めているのだろうか。
そう思いながらリヒトの顔をじっと見つめていると、目を開けた彼と視線がぶつかった。それが何だか気恥ずかしくて、目を逸らしてしまう。少し変に思われたかも知れない。
「その……全然、格好悪くないと思うよ。夢を叶えようと頑張っている姿って凄く格好いいと思う」
私がそう言うと、リヒトは驚いた様子で目を見開いたが、すぐに微笑んで「ありがとう」と返した。
前世の記憶が甦ったあの日から常々感じていたけれど──私は、彼に関する重大なことを何か忘れている気がする。それなのに、どうしても思い出せない。一体なぜなんだろう?
やはり、自分が死んだ日の記憶が抜け落ちていることと何か関係があるのだろうか……?
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