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28 すれ違いスパイラル
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ルディアスを見送ったアレクは、その場に腰を下ろし、直ぐ後ろにある壁に背中をつけた。
「え……そんなに怒ってるんですか? 確かに、イライラしている感じではありましたけど……」
私はアレクにそう尋ねながら、同じように隣に座った。
「君と僕を二人きりにしたくないんだろうな。かなり愛されてるね」
「あぁ、えーと……」
愛されてるのは私の『アバター』なんだけどなぁ……。やっぱり、そこまでは知らないのかな。
「なんて説明したらいいかわからないんですけど……たぶん、アレクさんが思っているのとは違うと思います。愛されてるのは間違いないんでしょうけど、違うんです……」
「うん?」
「その……アバター的な意味で……っていうか?」
私は、不思議そうな顔をしているアレクに、苦笑しつつもそう答える。
すると、彼は「あぁ」と言って、何かを思い出したように手を叩く。
「大体、理解したよ。……そうか、まだ治ってなかったのか」
「あ……ご存知だったんですね」
「そりゃあ、まあね……」
ということは、リノが振られたのも二次コンが原因だって知ってるんだ。
それにしても、事情を知っている人は皆、この話題になると何とも言えない表情になるなぁ……。
……まあ、私もその一人なんだけども。
「一応、彼が中学生の頃から知ってるからね。まさか、高校生になっても治らないなんて思わなかったが……」
「その『まさか』なんですよ!」
「そうなのか……あの機嫌の悪さからして、てっきり君とリアルで付き合っているものだと思っていたんだが」
「え!? いや、それは有り得ません!」
私は大げさに手を振って否定してみせた。
「……今日は、たまたま機嫌が悪いだけですよ。確かに、『ユリア』を他の男性プレイヤーと二人きりにしたくないという気持ちはあると思いますが……」
なんか、自分で言ってて悲しくなってきた。でも、それが現実だから仕方ないよね。
あの日、少しだけ私を意識してくれたように見えたのも、どうせ気の所為ってオチだろうし……。
「リアルの恋人でもないのに、よくルディアスの嫁をやってるね。中々、面倒なんじゃないか?」
「それは──確かに、面倒なことも多いですけど……でも、それ以上に良い所もたくさんあるし、一緒にいて楽しい人なんです」
「なるほど……」
アレクは私の気持ちを察したように頷くと、無言になった。
たぶん、今のでルディアスに対する気持ちは完全にばれたと思うけど……アレクの場合、敢えて深く突っ込まないタイプみたいだ。
興味津々に色々聞かれても困るし、その方が有り難いかも知れない。
「まあ……気が合う人と相方になるのが一番だからね。残念ながら、未だに僕はいい相手に巡り会えていないが……」
アレクは首を横に振りながら深い溜め息をつく。
そうだ。すっかり忘れてたけど、この人、ネカマに騙され続けてる不憫な人だったんだ!
「あ、その……いつか巡り会えますよ! 元気出して下さい!」
「あはは、そうだといいけどね。──さて、そろそろ扉が開く時間かな」
アレクがそう言うと、私たちの目の前にある扉が、頃合いを見計らったように開いた。
「さあ、急ごうか。ルディアスを待たせると悪いからね」
◇ ◇ ◇
「ユリア、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
ボス部屋に向かうために、通路を足早に進んでいると、少し先を歩いていたアレクが急に立ち止まった。
ルディアスから個人ボイスチャットが飛んできたようだ。一体どうしたんだろうと思いつつ、私もその場で立ち止まり、様子を窺う。
話は手短に終わったようで、アレクは私の方まで歩いてきた。
「どうやら、ボス部屋に向かっている途中で、回線が切断されてしまったらしい」
「え!?」
「『ダンジョンへの再入場はだるいからパスだ。ボスは二人で倒してくれ』と言われてしまったよ」
「だるいって……あの人、そんな無気力キャラでしたっけ?」
確かにダンジョンの再入場は待ち時間があるし、また最初からやり直すのは面倒だけど……。
でも……普段のルディアスなら、そういうことがあったとしても絶対来てくれたのにな……。
「……ま、仕方ない。戻って来る気がないようだし、後は二人で──」
「すみません。私もルディアスと話がしたいので、少し待ってもらっていいですか?」
「ん? ああ、それは構わないけど……」
アレクの了解を得ると、今度は私がルディアスを個人ボイスチャットで呼び出した。
「あの、ルディアス! ちょっといいですか!?」
「……なんだ? 行かない理由なら、さっきアレクに伝えただろ?」
「なんか今日、態度悪くないですか? いくら機嫌が悪いからと言っても……あまりにも、投げやりすぎませんか?」
「別に、そんなつもりはないんだがな。それと……何度も言うが、そもそも、俺がついていく必要はなかっただろ。お前をサポートするなら、アレクだけで十分だからな。第一、クリア報酬の分配を考えたら、尚更二人で行った方がいいと思うんだが」
「そういうことを言ってるんじゃないんですけど……。ていうか、アレクさんに失礼じゃないですか? せっかく、気を使ってくれたのに」
「……心配しなくても、あいつはそれくらいのことで怒るような奴じゃない。まあ……ここのボスはお前にはきついと思うが、いざとなったら、アレクに守ってもらえばいい。……さ……っき……みた……に……」
「え!? 何ですか!? 最後、よく聞き取れなかったんですけど!」
彼は最後に何かぼそっと言っていたようだけど、ちょうどノイズが入って途切れ途切れになり、しかも小さい声だったので聞き取れなかった。
極稀にだけど、個人ボイスチャットでノイズが入ることがあるんだよね。でも……何故、今なの!?
なんか、すごく重要なことを聞き逃した気がするんですけど……。
「もう一回、言ってくれませんか!?」
「…………しつこい奴は嫌いだと言ったんだ」
「え……」
「……あ、ユリア……今のは、ちが──」
「わかりました。しつこく聞いてごめんなさい……」
「待て! ユリア! 今のは──」
彼はまだ何かを言おうとしているようだったが、すっかり意気消沈してしまった私は、そのままパネルを操作して会話を終わらせた。
ルディアスが言い放った「嫌いだ」という言葉に失望し、私は目の前が真っ暗になる。
「ルディアス、何だって?」
話が終わるのを待っていたアレクが、私の方に向き直り、そう尋ねてきた。
「……嫌いだって言われちゃいました」
「は!? ……何でそんな展開になったんだ?」
「なんだか、予想以上に機嫌が悪いみたいで……。話しかけない方が良かったのかな……」
私は泣きそうになりながらも、何とか平常心を保とうとした。
それなのに、どうしても涙目になってしまう。「嫌いだ」なんて言われたのは、初めてだったから。
アレクにそんな顔を見せたくないので、私はそれを誤魔化すように俯いた。
「……なんか、すみません。こういうの初めてだから、戸惑ってしまって。今まで、喧嘩らしい喧嘩はしたことがなかったので」
「そうか……。その……なんて声をかけたらいいかわからないけど。ここをクリアしたら、ちゃんと話し合ってみたらどうだろう。仲直りできるようにね」
「ええ。できたらいいんですけどね」
「それとも、ここでやめておくか?」
「あ、いえ……最後まで頑張りますよ。アレクさんに悪いので」
私は涙を手の甲で拭い、顔を上げると、気丈に振る舞ってみせた。
……でも、どうしよう。「頑張ります」って言っちゃったのに、結構きついかも。『嫌い』と言われることが、こんなにも辛いなんて。こんなにも、心が締め付けられるなんて……。
貴方に出会って、その言葉の威力を痛感することになるなんて思わなかったよ。
「え……そんなに怒ってるんですか? 確かに、イライラしている感じではありましたけど……」
私はアレクにそう尋ねながら、同じように隣に座った。
「君と僕を二人きりにしたくないんだろうな。かなり愛されてるね」
「あぁ、えーと……」
愛されてるのは私の『アバター』なんだけどなぁ……。やっぱり、そこまでは知らないのかな。
「なんて説明したらいいかわからないんですけど……たぶん、アレクさんが思っているのとは違うと思います。愛されてるのは間違いないんでしょうけど、違うんです……」
「うん?」
「その……アバター的な意味で……っていうか?」
私は、不思議そうな顔をしているアレクに、苦笑しつつもそう答える。
すると、彼は「あぁ」と言って、何かを思い出したように手を叩く。
「大体、理解したよ。……そうか、まだ治ってなかったのか」
「あ……ご存知だったんですね」
「そりゃあ、まあね……」
ということは、リノが振られたのも二次コンが原因だって知ってるんだ。
それにしても、事情を知っている人は皆、この話題になると何とも言えない表情になるなぁ……。
……まあ、私もその一人なんだけども。
「一応、彼が中学生の頃から知ってるからね。まさか、高校生になっても治らないなんて思わなかったが……」
「その『まさか』なんですよ!」
「そうなのか……あの機嫌の悪さからして、てっきり君とリアルで付き合っているものだと思っていたんだが」
「え!? いや、それは有り得ません!」
私は大げさに手を振って否定してみせた。
「……今日は、たまたま機嫌が悪いだけですよ。確かに、『ユリア』を他の男性プレイヤーと二人きりにしたくないという気持ちはあると思いますが……」
なんか、自分で言ってて悲しくなってきた。でも、それが現実だから仕方ないよね。
あの日、少しだけ私を意識してくれたように見えたのも、どうせ気の所為ってオチだろうし……。
「リアルの恋人でもないのに、よくルディアスの嫁をやってるね。中々、面倒なんじゃないか?」
「それは──確かに、面倒なことも多いですけど……でも、それ以上に良い所もたくさんあるし、一緒にいて楽しい人なんです」
「なるほど……」
アレクは私の気持ちを察したように頷くと、無言になった。
たぶん、今のでルディアスに対する気持ちは完全にばれたと思うけど……アレクの場合、敢えて深く突っ込まないタイプみたいだ。
興味津々に色々聞かれても困るし、その方が有り難いかも知れない。
「まあ……気が合う人と相方になるのが一番だからね。残念ながら、未だに僕はいい相手に巡り会えていないが……」
アレクは首を横に振りながら深い溜め息をつく。
そうだ。すっかり忘れてたけど、この人、ネカマに騙され続けてる不憫な人だったんだ!
「あ、その……いつか巡り会えますよ! 元気出して下さい!」
「あはは、そうだといいけどね。──さて、そろそろ扉が開く時間かな」
アレクがそう言うと、私たちの目の前にある扉が、頃合いを見計らったように開いた。
「さあ、急ごうか。ルディアスを待たせると悪いからね」
◇ ◇ ◇
「ユリア、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
ボス部屋に向かうために、通路を足早に進んでいると、少し先を歩いていたアレクが急に立ち止まった。
ルディアスから個人ボイスチャットが飛んできたようだ。一体どうしたんだろうと思いつつ、私もその場で立ち止まり、様子を窺う。
話は手短に終わったようで、アレクは私の方まで歩いてきた。
「どうやら、ボス部屋に向かっている途中で、回線が切断されてしまったらしい」
「え!?」
「『ダンジョンへの再入場はだるいからパスだ。ボスは二人で倒してくれ』と言われてしまったよ」
「だるいって……あの人、そんな無気力キャラでしたっけ?」
確かにダンジョンの再入場は待ち時間があるし、また最初からやり直すのは面倒だけど……。
でも……普段のルディアスなら、そういうことがあったとしても絶対来てくれたのにな……。
「……ま、仕方ない。戻って来る気がないようだし、後は二人で──」
「すみません。私もルディアスと話がしたいので、少し待ってもらっていいですか?」
「ん? ああ、それは構わないけど……」
アレクの了解を得ると、今度は私がルディアスを個人ボイスチャットで呼び出した。
「あの、ルディアス! ちょっといいですか!?」
「……なんだ? 行かない理由なら、さっきアレクに伝えただろ?」
「なんか今日、態度悪くないですか? いくら機嫌が悪いからと言っても……あまりにも、投げやりすぎませんか?」
「別に、そんなつもりはないんだがな。それと……何度も言うが、そもそも、俺がついていく必要はなかっただろ。お前をサポートするなら、アレクだけで十分だからな。第一、クリア報酬の分配を考えたら、尚更二人で行った方がいいと思うんだが」
「そういうことを言ってるんじゃないんですけど……。ていうか、アレクさんに失礼じゃないですか? せっかく、気を使ってくれたのに」
「……心配しなくても、あいつはそれくらいのことで怒るような奴じゃない。まあ……ここのボスはお前にはきついと思うが、いざとなったら、アレクに守ってもらえばいい。……さ……っき……みた……に……」
「え!? 何ですか!? 最後、よく聞き取れなかったんですけど!」
彼は最後に何かぼそっと言っていたようだけど、ちょうどノイズが入って途切れ途切れになり、しかも小さい声だったので聞き取れなかった。
極稀にだけど、個人ボイスチャットでノイズが入ることがあるんだよね。でも……何故、今なの!?
なんか、すごく重要なことを聞き逃した気がするんですけど……。
「もう一回、言ってくれませんか!?」
「…………しつこい奴は嫌いだと言ったんだ」
「え……」
「……あ、ユリア……今のは、ちが──」
「わかりました。しつこく聞いてごめんなさい……」
「待て! ユリア! 今のは──」
彼はまだ何かを言おうとしているようだったが、すっかり意気消沈してしまった私は、そのままパネルを操作して会話を終わらせた。
ルディアスが言い放った「嫌いだ」という言葉に失望し、私は目の前が真っ暗になる。
「ルディアス、何だって?」
話が終わるのを待っていたアレクが、私の方に向き直り、そう尋ねてきた。
「……嫌いだって言われちゃいました」
「は!? ……何でそんな展開になったんだ?」
「なんだか、予想以上に機嫌が悪いみたいで……。話しかけない方が良かったのかな……」
私は泣きそうになりながらも、何とか平常心を保とうとした。
それなのに、どうしても涙目になってしまう。「嫌いだ」なんて言われたのは、初めてだったから。
アレクにそんな顔を見せたくないので、私はそれを誤魔化すように俯いた。
「……なんか、すみません。こういうの初めてだから、戸惑ってしまって。今まで、喧嘩らしい喧嘩はしたことがなかったので」
「そうか……。その……なんて声をかけたらいいかわからないけど。ここをクリアしたら、ちゃんと話し合ってみたらどうだろう。仲直りできるようにね」
「ええ。できたらいいんですけどね」
「それとも、ここでやめておくか?」
「あ、いえ……最後まで頑張りますよ。アレクさんに悪いので」
私は涙を手の甲で拭い、顔を上げると、気丈に振る舞ってみせた。
……でも、どうしよう。「頑張ります」って言っちゃったのに、結構きついかも。『嫌い』と言われることが、こんなにも辛いなんて。こんなにも、心が締め付けられるなんて……。
貴方に出会って、その言葉の威力を痛感することになるなんて思わなかったよ。
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