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プロローグ 私が引きこもりになったワケ

第3話 警鐘と不穏

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 私をこの世界に送り出してくれた神様に、私は心から感謝をしたい。
 だって、私の第二の人生は、求めていた以上に素晴らしいものだったから。
 毎日が本当に幸せだった。前世での私の願いが、この世界で叶ったのだと思った。

 なのに。その幸せは、突如として崩壊を迎えることとなる。
 そこで私は初めて思い知らされたのだ。
 ここは日本とは違う、剣と魔法の異世界なのだと。

 それは、雷雨が襲う梅雨の頃。
 父さんが王都への出張で、町にいなかった日のことだった。

 ──ゴーン! ゴーン!

 その音は、部屋で魔導書を眺めていた時、突如として外から聞こえた。
 町のありとあらゆる警鐘が鳴ったということを、私は少し遅れて理解する。
 警鐘はその速度で危険度を表しているらしいが、今回の速度は早い。
 それどころか無造作と言ってもいい速度だ。

「……?」

 こんなこと生まれて以来、初めてだった。
 最初はこの雷雨による被害が起こったかと思ったが、どうやら違う。
 部屋の窓から外を見れば、雨の中、たくさんの兵士が足早にどこかへ向かっていた。
 この町に何が起きようとしているのか、それを理解しかけた瞬間、思考を阻止するように部屋のドアがゆっくりと開かれ、母さんが顔を覗かせた。

「アリエ」

 母さんは少しだけ息を切らしながら、いつもの穏やかな笑顔を私に向けていた。

「あら、アリエは今日も魔導書を読んでるのね! 今日はどこまで読み進めた?」

 何か、妙だった。
 いつもと違うのは、不自然に明るい声だったこと。
 思い返せば、ここで私は気付くべきだったんだ。

「えっと今日はね、この剣を使った防御魔法のページを──ってそれより、町は大丈夫なの? この鐘の音ってたしか、町の危険を知らせてくれてるんだよね?」
「えぇ、そうよ。だけど、町の兵士たちが解決してくれるわ!」
「えっと。じゃあ大丈夫……なんだよね?」
「もちろん! アリエが大人しくしてれば、何も嫌なことは起きないわ!」
「う、うん。じゃあ母さんも、一緒に部屋にいてくれる?」

 胸騒ぎがして、私は母さんにそんな提案をした。
 だけど母さんは「んー」と首を傾げ、はぐらかすように告げる。

「私は少し外の様子を見に行かないといけないみたい。その後でなら、一緒にいられるわ」
「ほんとに? ……いま、町にはどんな危険が迫っているの?」
「うーん。少し、魔物が攻めてきているみたい。だけど大丈夫よ」
「……うん。わかった。そう、だよね」

 私が渋々で納得すると、母さんは安堵したように首を縦に振る。
 そのまま「行ってくるね」と部屋のドアへ向かったが、何かを忘れ物でもしたのか、くるりと踵を返して再び私の元へやってきた。

「一応、護身用に持ってて」

 すると母さんは、ポケットから魔法石を二つ取り出し、私に握らせた。
 魔法石とは、魔力が込められた石のことだ。
 炎の魔法石なら、炎の魔法が使え、水ならば同様に水魔法を放つことができる。
 比較的安価な商品であるため、常日頃から携帯している人が多いらしい。
 だけど、わざわざ私に持たせるなんて。
 だって私の住む家は兵士が何人もいる。
 だから、私の部屋に危険が迫ることなんて、考えられない。

「母さん」

 私は部屋を出ていこうとした母さんに、もう一度言葉を投げた。

「きっと戻ってくるよね?」

 私の言葉に、顔だけを向けた母さんはにこりと微笑んだ。

「えぇもちろん。母さんは、とっても強い魔法使いだから」

 そのまま母さんは、足早に部屋を出ていった。
 母さんがいなくなった部屋は、やけに静かになったように感じた。
 だけど窓の外を見れば、未だ騒がしく兵士が動いている。
 相当な脅威が町に近づいているに違いない。

「……母さんなら、きっと大丈夫」

 私は自身に言い聞かせるように呟く。
 けれど、私の中の不安は次第に膨らむばかり。
 もしかしたら……なんて、考えてしまう。
 父さんがいたら、こんな心配する必要もなかったのに。

「ごめんなさい。母さん」

 だから、私は部屋のドアに向かった。
 後悔してからでは遅いということ、それを私は前世の経験から知っていた。
 私がここで行動を起こすことで、母さんが危険な目に遭うのを止められたら。
 私はただ母さんに危険な目に遭って欲しくない。
 ならば、ここで動かないという選択肢はあり得なかった。
 けれど──。

「あかない……」

 ドアが開かない。
 鍵はかかっていないはずなのに、まるで何かに押さえつけられているかのようだ。
 それどころか、窓も同様にぴくりともしない。

「…………」

 これは……魔法だ。
 母さんがかけた魔法。
 私を守るための魔法。
 心臓の音が早くなる。
 猛烈に嫌な予感がした。
 ドアノブを回す。回す。回し続ける。
 開かなくても、私はそれを繰り返す。
 何分経ったかも分からない。そんな時──。

「────!」

 不意にドアが開いた。
 なぜ急に開いたのか、考える余裕も今はない。
 今はただ走った。ただひたすらに、走り続けた。
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