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第3章 そこにいるのは不穏な影

第30話 ワイバーン討伐

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 物陰に身を潜ませながら、私は魔力を右手に注ぐ。今回も氷の魔力。
 ワイバーンは今も尚、街を燃やし飛び回っていた。
 そんなワイバーンをどう倒すか。一応作戦はある。

 ──最大限に溜めた魔力を私が放つ。

 そう。いつものアレである。
 ワイバーンの装甲が厚いことは私でも知っている。
 だが、私の魔法なら貫けるかもしれない。と、ドロシーが言ってくれた。
 しかし私の魔法を当てるには、魔物に極力近づかなければならない。
 そのためにはワイバーンを誘き寄せなければならなかった。

「…………ドロシー、いける?」

 誘き寄せる手立ては、ドロシーの魔法を使うことだ。
 私の氷の魔力も、かなり集まってきている。
 これなら、いける。

「うん。行こう」

 ドロシーの声に頷き、私たちは物陰から飛び出し、駆け出す。
 雄叫びを上げながら空を舞うワイバーンは、意外にも高くにいる。
 私はそいつを見上げながら、右の手をぎゅっと握り締めた。
 未だに私たちに気付く様子を見せないワイバーンの近くまで辿り着く。

「……射程圏内だよ」

 ドロシーはピタリと足を止め、間髪をいれずにワイバーン手を向けると──。

「『アイスランス』!」

 放たれるのは例の如く氷の槍。
 それは迷いなく、ワイバーンの方へと向かってゆく。
 ワイバーンが反応を見せる頃には、氷の槍はやつの装甲へ辿り着く。

「──!」

 だが氷の槍は刺さらない。
 分厚い装甲に弾かれ、あえなく地面へ落下した。
 ドロシーは少し歯痒そうにしながらも、私に淡々と告げる。

「ここからだよ、クロエ」
「うん」

 ワイバーンはその大きな翼を羽ばたかせながら、首を回していた。
 やがて一点──私たちの方へ、その顔を固定させると──。

「ギャアアアアアアア!!」

 怒り狂ったような雄叫びを上げ、こちらへ急降下してくる。
 狙い通りだ。私は魔力が存分に溜まった右手を向ける。
 距離が寸前まで近付いたら、魔法を放つ。もう少しだ──って。

「……」

 予想に反し、ワイバーンは降下を止め、滞空した。
 羽ばたきで舞い起こる風の圧が、思った以上に強く。
 その巨体な影が私たちに覆いかぶさって、ハッとする。
 ワイバーンには、遠距離の攻撃がある。
 わざわざ私たちに距離を近付ける訳が無い。
 そんなこと、少し考えれば分かることだったじゃないか。

「…………」

 こんなに距離が離れると──私の魔法じゃ、届かない。

「ギャアアア!」

 ワイバーンは再度雄叫びを上げる。
 そして開かれた口の奥に、大きな火の塊を見た。
 まずい──そう思った私は、咄嗟の判断で──。

「──っ!」

 眼前に氷の壁を形成させた。
 氷属性の初級魔法『アイスウォール』。
 放った冷気を固形化させ、対象からの攻撃を防ぐ魔法だ。
 本来であれば整った壁が出てくるはずが、かなり歪な形をしている。
 だが。その氷の分厚さは圧倒的で、ワイバーンの口から吐かれた炎を防ぎ切る。
 なのに伝わる強大な熱気が、ワイバーンの強さを物語っていた。

「一旦逃げよう!」

 私はドロシーの手を繋ぎ、そのまま路地裏へ逃げ込む。
 右へ左へ順路を変え、迷路のようなその場所を突き進む。
 気配は依然として近くにあった。建物が壊されていく音が聞こえる。
 ただ不幸中の幸いというか、近くに人はいなかった。
 建物が壊されるのは心が痛む。が、今はワイバーンに集中だ。

「ねぇドロシー、私に『風纏』って使えるの?」

 若干息切れをしていた。

「『風纏』? 浮かび上がらせるってだけならできるよ」
「それで十分。この後、私に『風纏』をしてくれる?」

 繋いでいた手を離して、私は魔力を注ぐ。
 右に氷の魔力。左には風の魔力を。

「待って、もしかして、ワイバーンのところまで飛ばせっていうの?」
「そう。着地の時は風魔法でやるから、大丈夫だと思う──多分」

 作戦その二は、今の会話が全てだ。
 ワイバーンが私に近付かないのなら、私が近付けばいい。
 私は右手に魔力を注ぎ続け、先よりも大きな氷の魔力を形成する。
 だが。きっとまだ足りない。まだまだ、魔力を注ぐ。

「…………そろそろ」
「分かった。じゃあ、左に逸れよっか?」
「うん、ドロシーお願いね」
「大丈夫だよ。風の魔力なら、まだ残ってる」

 路地裏を抜ける。
 そこは、ちょっとした広場になっていた。
 やはり人はいない。これなら都合が良さそうである。

「ギャアアアアアア!!」

 同時に、私の頭上を影が抜ける。
 予期していたが、しっかりと尾けられていたらしい。
 目で追ってみれば、少し空を飛び回ったのちやがて先と同じように滞空していた。
 ワイバーンを口を開き、奥の炎をチラつかせる。
 やはりこの距離じゃ、私の魔法は届かない。
 だけど──。

「いくよ!」

 ドロシーの声に身構える。
 私の足元に風が吹き、それは全身を纏う。

「飛んでけーー!」

 ぶわっ。そんな風の音が聞こえた。
 スカート履いて来なくて良かったなと、心から思った。

「────」

 私の身体は軽々と宙に浮かび、そのまま音を置いていくように空へ舞い上がる。
 ワイバーンのところまではわずか一瞬だった。
 そして次の私の行動は、一瞬する間も無い。
 口を開けたその中に右の手を向ける。
 最大出力の魔法を喰らわせる。

 ──『アイスニードル』!

 感じるのは冷気と、また冷気。
 喉奥の炎を掻き消して、貫く。
 ワイバーンは叫び声すらも上げなかった。
 そして不意に身体を襲う落下感。
 体勢を立て直しながら、今度は左の手を地面に向けた。

 ──『エアーインパクト』

 風の魔法で衝撃を和らげ、ワイバーンと共に私は地面へと落下する。

「クロエ! 大丈夫!?」

 駆け寄るドロシー。
 私は「いてて」と身体を起こして、彼女とワイバーンを交互に見る。
 どうやら、無事に討伐ができたようだった。

「……よかった」

 だが。まだ城に攻め入る魔物は、多くいるはず。
 それを裏付けるように遠くでは、争いの音がまだまだ聞こえていた。
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