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第2章 アレクシス王国、王都

第20話 王女様の来訪

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 私たちは王都の南門近くの宿に泊まることにした。
 ここなら冒険者ギルドも近いため良い拠点になるだろう。
 部屋は一人部屋しか無いため、少し高くはつくがドロシーとは別々の部屋だ。
 内装はシンプルにベッドとテーブルと椅子、クローゼットで構成されている。
 荷物を置いた後は街に繰り出し、ドロシーの衣服や生活に必要なものを購入し、そうしているうちにいつの間にか時計の針は夜を回っていた。

「じゃあ。早いけど、今日は寝よっか?」

 夕食を宿の一階で済ませ、私はドロシーに問いかける。

「だね~。すごく疲れちゃった」
「明日はどうしよっか? 明日考えるでもいいし」
「うん、そうしよ。……あとクロエ、今日はありがとう。選んでくれた服も、とっても可愛い」

 と。ドロシーは嬉しそうに白のワンピースを見回している。
 だけど、どことなくぼーっとしているのは、多分眠いからなんだろう。

「ありがと。けど、可愛いのはドロシーが着てるからだと思うよ」
「……そ、そう?」

 何気なく言うと、ドロシーは顔を背け、バッと椅子から立ち上がった。

「部屋戻ろっか!」

 ドロシーの黒髪が慌ただしく揺れて、そのあとを追う。
 「じゃあまた明日」と部屋の前で別れ、着替えもせずに私はベッドに倒れ込んだ。

「はぁ~~……」

 あまりにも大きな溜息が飛び出る。
 天井を見上げながら、今日は本当に色々なことがあったな、と思う。
 主に朝方のことだけど、魔獣に襲われて、王女様に助けられて。
 かと思えばいつの間にか、城の中にいて……って。ほんと凄いな。

「魔獣、か……」

 思えば、私があの時、馬車を飛び出してなければ、こんなことにはなっていなかった。
 昨日の余韻か、自分への陶酔か。ともかく私のせいで迷惑をかけてしまった。
 ドロシーは私を咎めなかったけど、これに関しては反省すべきだ。
 そういえば王女様にもお礼を言えていない気がする。
 今日の私は色々とまずかった。

「…………」

 けど。王女様には、もう会えない。
 改めて考えてみても『また会おう』なんて言ってくれたのは、優しさだったのだと思う。
 それにしても、王女様は可愛かった。それこそ、五年前と変わらない。
 彼女の表情は、あの日抱いた私の夢を確かにはっきりとさせてくれる。
 私の夢──強くてカワイイ最強の魔法使い。
 だけど我ながら、やっぱり子供っぽい夢だ。
 ドロシーは、かっこいいって言ってくれたけど。
 ……私は、まだ強くない。
 それを魔獣との戦闘で、嫌というほどに実感した。
 どうすれば私は、強くなれるのだろう。
 天啓《スキル》の『魔力操作』が重要になるのだとは思う。
 ──って、そういえば天啓《スキル》もまだはっきりとはしてないんだっけ。
 天啓《スキル》の鑑定もして貰わないとな。……まぁ、今更感はあるけど。
 あとは、可愛くなるためにお化粧とかもしたいな。
 あとは、あとは、あとは──。

 ──意識が遠ざかる。

         ※

 ──コンコン。

 そんな音が耳に届いて、私は目を覚ました。
 刹那、付けっ放しの天井の光が目を刺す。
 寝ぼけ眼を擦りながら、私は壁掛け時計に目をやった。
 まだ深夜だった。というか、深夜ど真ん中である。

 ──コンコン。

 再び聞こえたその音に、寝ぼけていた意識は覚醒した。
 てっきりドロシーがドアを叩いたのだと思ったが、どうやら違う。
 音の出どころは窓からで、私は恐る恐るベッド横の窓に目を──。

「きゃ──!」

 思わず声が出て、身体がびくりと跳ねた。
 心臓がバクバクと脈打ち出す。
 ……窓の外に人がいる。ここは宿の二階なのに。

「え……?」

 そして。
 見間違いじゃなければ、それは王女様だった。
 それは、王女様だった。
 何回でも言おう。
 それは、王女様だった。

「開けてくれる?」

 窓越しの申し訳なさそうな顔をした彼女は、くぐもった声を届けてくる。
 ハッとした私は膝立ちでベッドに登り、ほぼ反射のように窓を開いた。
 すると王女様は「よいしょ」とベッドに転がり込んでくる。
 当然私も巻き込んで、共にベッドに倒れ込んだ。

「────」

 彼女の目が、そこにあった。
 体温と、金色の髪が私に触れた。
 なんだこれ。なんだこれなんだこれ!

「ど……どどど、どうして?」

 敬語すらも忘れて、覆いかぶさる彼女に問う。

「ごめん。……痛かった?」

 王女様は言いながら、身体を起こしベッドに正座をした。
 私は「だ、大丈夫です」と何がなんだか分からないまま、同じ体勢を取る。

「よかった。起こしちゃってごめん。朝方ぶりだね、クロエさん」
「あ、あ、朝方ぶり、ですけど。……な、なんでここが分かったんですか!」
「クロエさん、凄く大きな魔力を持ってたから、簡単に覚えちゃったの。私の天啓《スキル》の『魔力探知』でね」

 王女様は子供っぽく笑った。
 そこには朝のような凛々しさは感じられず、ただ、可愛かった。
 それこそ五年前の、はつらつな彼女を思い起こさせる。

「け。けど、どうしてここに……きたんですか?」
「あれ? 私、言わなかったっけ? 『またいつか、会いましょう』って」
「覚えてますけど、それがこんな夜だなんて思いませんよ……」

 言うと、王女様は両手を合わせてあざとく首を傾げた。

「ごめんね。城を抜け出せるのが、今くらいのものだったから」
「そ、そうですか……」

 とは言ったが、何一つとして腑に落ちない。

「敬語は大丈夫。気軽にリリアンって呼んで」

 とは言われるが、何一つとして受け入れ難い。

「大丈夫? 急だから驚かせちゃった?」

 と言われて、意識が現実に戻る。

「は、はい。驚きました……」
「敬語は大丈夫だって!」
「うん。……分かりました」
「だから敬語は大丈夫! 私たち同い年くらいだよね」
「はい。……そうだと、思います」
「だから──」
「分かった! 分かったから! 敬語は使わないから!」

 敬語を使い続けると、一生このやりとりが続きそうだった。
 けど。タメ口で話すというのは、なんというかムズムズ(?)する。
 だって彼女は王族だ。こんな言葉遣い、不敬だろう。
 彼女の関係者が近くにいたら、首を飛ばされかねない。
 ただ。この雰囲気が、私が敬語を使うことを許してくれそうになかった。

「改めて、私はリリアン・フォン=アレクシス。よろしくね」
「……よろしく。私はクロエ・サマラス……だ、よ」

 やっぱり落ち着かない。
 しかし王女様──リリアンは満足げに頷いていた。

「うん。それじゃあ、本題に移るんだけど──」

 パンと手を鳴らした彼女は軽く息を吸った。
 私も同調するように、息を呑んでしまう。
 その口からは、どのような言葉が飛び出すのだろう。
 期待と不安が入り混じる、そんな中で。

「私の、お友達になってくれない?」

 彼女はなんでもないことのように言い放った。
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