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第1章 強くてカワイイ魔法使い

第11話 強くてカワイイ最強の魔法使い

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「『エアーインパクト』!」

 二階に上がってもすることは変わらない。
 一人を対処し、魔力を溜め、そしてもう一人を対処する。
 だが同時に、段々と私の中の魔力が抜けていくのも感じていた。
 それに、私がしているのは風魔法で警備員を吹き飛ばしているだけだ。
 鎧を着ているため、起き上がるには時間を要すだろうけど、それも時間の問題である。

「……はぁっ。はぁっ」

 体力の限界も近い。
 それでも、ドロシーさんの部屋へと着実に近付いてきている。
 この廊下を真っ直ぐと走れば、もうドロシーさんの部屋だ。
 見る限り前方に警備員はいない。背後にも、まだ気配は感じない。
 このまま突っ走ればいける。と、そう思った矢先。
 視界の奥で、ドロシーさんの部屋のドアが開かれた。

「……随分と騒がしいですね」

 私は思わずピタと足を止めてしまう。
 そこから出てきたのは、ドロシーさんの母親──シアンだった。
 彼女は私を見るなり、少し苛立った様子で溜息を吐く。

「こんな少女一人の侵入も許してしまうだなんて……」

 心底呆れた様子だった。
 そしてすぐに、私へ手のひらを向けてくる。
 魔法が来ると悟った私は、瞬時に一つの情報を思い返した。

 ──魔法適正は、ほとんどが遺伝する。

 ドロシーさんの適正で、高い数値だったのは確か──。
 風属性、氷属性、聖属性。中でも攻撃に使えるのは、風と氷。
 ならばここで放たれる魔法は、これら二つの可能性が高い。
 そしてドロシーさんは魔力蓄積量が異様に低い。つまり、この魔法を避ければ──!

「──『アイスランス』」

 放たれたのは氷の槍。
 想定していた以上にそれは大きく、冷気も凄まじい。
 が、私は寸前でそれを躱す。そしてすぐ、後ろでバリンと氷が砕けた。

「なっ──」

 シアンは虚を突かれたような声を上げた。
 避けられるとは、思っていなかったのだろう。
 私は息つく暇も与えずに、両手に魔力を注ぐ。
 恐らくこの相手には、何か巨大な一発を決めなければならない。
 私は一つを思い立ち、右手に氷、左手に光属性の魔力を注ぐ。
 そして、右手を掲げ、魔法を放った。

「『アイスニードル』」

 短時間の魔力操作で放たれた氷は、やはり小さく不安定だ。
 対象に当たることなく、それは虚しく地面に落ちる。
 シアンは、一瞬何が起こったのか飲み込めない様子で。
 だが、床に転がった氷を見るなり「ふっ」と嘲笑した。

「なんですか、今のは? 全然魔法を使えこなせてないみたいですが。それだと魔法適正E──いや、Fもいいところでしょうに」

 そうだ。分かっている。
 私の魔法適正はFランク。
 だからなんだと言うんだ。
 もう私は、笑われるのには慣れた。

「よく魔法で勝負を挑む気になりましたね。……それではもう、終わりにしましょうか」

 彼女は再び、私に手のひらをかざした。
 すぐに放たないのを見るに、今は大気の魔力を集めているのだろう。
 つまり、彼女の体内魔力は今、枯渇している。
 予想通りだ。これなら勝機はある。

「……ははっ。そうですよ、私の魔法適性Fランク」
「はい。だからなんですか? 何が面白いんですか?」

 シアンは更に苛立った様子だった。
 こめかみに皺が寄っていくのが目に見える。
 何が面白いかって? 彼女は、何も分かっていない。
 ドロシーと違って、私の才能を見抜けていないのだから。
 親子でもこんなにも差が出てしまうことが、可笑しくてならない。
 そんなことを考えながら、次は右手に火属性の魔力を注ぎ、再びすぐに放出する。

「『ファイヤボール』」

 だが。
 案の定それも、大きく逸れてしまう。
 どころか、対象に届く前に燃え尽きていた。
 だがこれでいい。この魔法は攻撃が目的じゃない。
 今は時間稼ぎさえできていれば──と、そう思った瞬間。

「い、いたぞ!」

 後方から、何者かの声がした。
 数拍遅れで、警備員のものだと察する。
 数人の足音はすぐに近付き、気配は既に私の背後にあった。
 シアンは私の後方に目をやると、吐き捨てるように言葉を綴る。

「ようやく来ましたか。早く、その者を捕縛しなさい」
「──! は、はい! 今すぐに!」
「まずは右手を塞ぎなさい。魔法を使えなくするのです。その後に、私が魔法を打ち込みます」
「いや……それでは……」
「早く!」
「は、はい!」

 抵抗はしなかった。
 されるがまま、私の右手は、右腕と共に拘束される。
 八方塞がりとは正に今の状況を指すのだろう。
 だが、警備員の訪れは予感していた。
 思っていたより早い到着だったけれど、まぁいい。
 十分に時間を稼ぐことはできた。それにまだ、左手は空いている。
 ここからは、私を信じるしかない。
 といっても、指摘された通り、所詮私はFランク。
 普通の人からしたら、そんな人は魔法なんて使うべきじゃないと思うだろう。
 でも──。

「──ドロシーさんは。あんたの娘は、私の魔法を才能だって言ってくれたんだよ」
「……そうですか。ドロシーも、見る目が足りていないようで……」

 シアンは、未だ呑気に魔力を集め続けている。
 しかし、それでもやはり彼女は気付いていない。
 見る目が足りていないのは、どっちだって話だ。
 まぁ、無理も無いだろう。
 普通の人は、両手から魔法を放つなんて考えない。
 魔力は基本一方通行に進み、人々のほとんどは右手から魔法を放つ。
 だからまさか、だなんて、知る由もない。
 警備員は私が両手から魔法を放つのを見ているはずだけれど。
 だが、今はシアンの言う通りにしているのだろう。
 しかし残念ながらそれは、選択ミスだ。

「…………」

 さぁ、準備は整った。
 私は目を瞑り、顔を伏せる。
 走馬灯のように駆け巡る五年前のあの光景。
 金髪の魔法少女が放った光魔法。それを、想起しながら。
 左手を──天井に掲げる。

「──『フレア』!」

 光属性の中級魔法『フレア』。
 中級魔法ゆえか、左手への負担、消費魔力が異常に大きく感じる。
 その魔法は目に映すことさえできなかったが、それでも確かにそこには、閉じた瞼を貫通しそうな程の強大な光が現出していた。

「いっ──。──こっこれは……!!」

 魔力が弱まったところで、私は目を開く。
 シアンも、背後の警備員も。全てが苦しそうに目を抑えていた。

「だ、誰かっ! 侵入者を捕まえるんだ!」

 警備員の一人が声を上げるが、しかし、それに応じる者は誰一人としていない。
 私はシアンの横を通り抜け、そして、ドロシーさんの部屋のドアを開いた。
 中に誰も配置されていないことを確認し、私は部屋へ飛び込む。
 刹那。視界の隅のベッドから、ドロシーさんが勢いよく起き上がった。
 口をぱくぱくさせた彼女は『どうしてここに?』とでも言いたげで。
 困惑する彼女の横を颯爽と通り抜け、部屋の窓を全開にする。
 カーテンがなびき、夜の風が肌を撫でる。
 身を翻し、満月を背景にして──。

「ドロシー!」

 ──ここで。私史上、最高の笑顔。

「さぁ! 行こう、王都に!」

 その笑顔は、不器用だったと思う。
 初めての呼び捨ても、少しぎこちなくて。
 差し出した手も、弱々しかったかもしれない。
 それでも、ドロシーはにこやかに微笑んだ。

「……うん!」

 細められた目の端からは、涙が溢れ落ちて。
 そのまま私の手をぎゅっと握って、ベッドから起き上がる。
 ドロシーはこれ以上、何も言わなかった。
 ただ、嬉しそうに泣いていた。

「じゃ、しっかり捕まってて!」

 私はパジャマ姿の彼女をおぶり、すかさず魔力を両手に溜める。
 窓から身を乗り出し「せーのっ」という掛け声で、庭へ飛び降りた。
 まるで。物語の主人公にでもなっているような心地で。

「『エアーインパクト』」

 地面すれすれで風魔法を放ち、無事に着地。
 誰もいないことを確認してから、おぶったドロシーを今度はお姫様抱っこ。
 恥ずかしそうな顔をするドロシーをよそに、そのまま門を抜け、夜の町へと繰り出した。

「さぁさぁ行くぞドロシー! というか馬車間に合わないかも!」

 私が人目をはばからず大声を出すと、ドロシーもまた私に対抗した。

「そ、その前に! お姫様抱っこ恥ずかしいからやめてくれない!?」
「でもドロシー靴履いてないじゃん! しょうがないからこうしてるのに!」
「それはクロエが連れ出したからでしょ!? というかそんな性格じゃなかったよね!?」
「私をこんなにしたのはドロシーなんだよ! ドロシーがいなけりゃ今日の私はいなかったし、魔法なんて使いこなせて無かったし夢を諦めてた! だから、責任とって!」
「責任ってなんの! でもありがと! 私もあんな家、早く抜け出したかった!」

 ドロシーは自暴自棄気味に、それでもなんだか心底楽しそうな様子だった。
 彼女はずっと泣いていたけど、それでもずっと笑っていて。
 そうしているうちに、私たちは馬車発着場へと辿り着く。

「やばい! 時間ぎりぎり!」

 見れば、間もなく馬車は出発しようとしていた。
 私はドロシーを下ろすと、近くに置いていた荷物を取り上げる。
 受付に金を二人分適当に払った私は「乗ろう!」とドロシーに呼びかける。
 だがドロシーは私の目を真っ直ぐと見つめて、動かなかった。

「ドロシー? もう出発しちゃうよ。どうしたの?」
「あぁいや。なんか、なんとなく、しみじみとしちゃって」

 ドロシーは恥ずかしそうに顔を俯かせ「あのね」と、二の句を継ぐ。

「実は今まで、あまりピンときてなかったんだ。……でも」

 ドロシーは一旦言葉を止めて、再度、私の目を見つめると、

「強くてカワイイって、最強なんだね!」

 満開の笑顔を咲かせてみせた。
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