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あと、三日
セカンド=ファーストキス
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「リ、リリィ?」
リリィは掴んでいた手を離し、路地裏へと入り込む。
戸惑いを具現化したような声で、私はリリィの名を呼んだ。
リリィはピタと立ち止まり、前に向けて言った。
「……ほら。ここ通ると近道だから」
そのリリィの声は、どこか寂しげだった。
「……そっか。よく知ってるね」
確かに、リリィの言う通り。ここは近道だ。
言われてから、それを思い出した。
私が幼い頃は、よくここを通ってたんだっけ。
かくれんぼした時は、ここに限らず路地裏は常連だった。
だけど、最近は通ってない。
なんでって、ここ、なんか薄汚いし。
それに、今の私にとったら結構狭かったりする。
今はもう、自分の服は汚れ切っちゃってるから、別に抵抗もなく。
リリィの背中を追った。
彼女の肩越しに、眩しい光が見える。言わずもがな、それは街の灯り。
そこに辿り着けば、私の家は目と鼻の先というところ。
だが、リリィの歩くスピードは次第に速度を落としていっていた。
最初は気のせいかと疑ったが、やがてリリィは静止した。
……どうしたのかな。
「リリィ? もうすぐお家だよ?」
「…………うん」
頷くリリィのその様子は、顔は見えずともどこか神妙だった。
すぅと息を吸う音が前方から聞こえ、やがてそれは声となって私に耳に届く。
「……ここは、私たちにとって思い出の道」
「えと……。うん」
やはりと言うべきか、私にその記憶は無かった。
「けど、ミリアは忘れてる」
「ごめん」
「いいよ。もう、大丈夫」
「……どんな思い出だったか聞いてもいい?」
「……言いたくない」
「え、えぇ!」
私のその驚きと困惑の声に、リリィは何も言ってくれなかった。
だけど、答える代わりかの様に、踵を返して私を見た。
「……リリィ」
思わず漏れる私の声。
リリィのその顔は、今にも泣き出しそうだったから。
見えないだけで、もう泣いているのかもしれない。
朝のことを思い出す。その時と、似たような表情だ。
そう思った瞬間に、はっきりと私に映った。
頬を流れる一筋、二筋の涙。
それに気付いたリリィは、慌てて俯いた。
その涙を猫みたいに両手の甲で拭う。
口から、抑え込めなかった様に、苦しくて切ない嗚咽が溢れた。
「……うっ。え……うぅ……」
どんな言葉をかければいいのか分からなかった。
その涙の流れる理由は、私のせいなのだろう。
リリィにとったら、この場所が彼女の思い出の場所で。
最低なことに、私はそれが記憶にない。けれど、本当に知らないんだ。
丁寧に私の幼少期を辿っても、リリィとの記憶に辿り着くことはできない。
なぜ思い出せないのか、見当すら付かなかった。
何かを言いたい。何かを言って、慰めてあげたい。
けれど。今のリリィには、何を言っても逆に効果しそうだった。
こんなにも弱ったリリィを見るのは、心がズキズキ痛む。
私に今日、いっぱい尽くしてくれた人だからかなと思う。
「……ミリ、ア。……ごめんね。もう少しで落ち着きそうだから」
リリィは覆った手の隙間から、私のことをチラと確認し、そう言ってきた。
きっとリリィは、思い出させようとこの路地裏に連れてきたんだ。
一緒に、過去のその思い出を共有したかったのだと思う。
さっきは断られちゃったけど、やっぱり聞きたい。その思い出を。
だって。そしたら、思い出せることもあると思うから。
私は、口を閉じたまま鼻で息を吸い。張り付いた唇を声で剥がす。
「リリィ、お願い。……ここでどんなことをしたのか、教えて欲しい」
真剣に、彼女を真っ直ぐ見つめて私は乞う。
また私をチラと、輝く綺麗な目が覗いた。
「……お願い」
私の真剣な思いが伝わったのか、リリィは諦めたように一つ頷いた。
声が震えるのを我慢する声が耳に届く。
「……キス。だよ」
絶句した。
その一言が私の頭を蝕むように駆け回った。
「────」
キス。キス? それは……いつ?
そんなこと。記憶に残らないはずがない。
だけど。リリィが嘘を吐いているとは思えなかった。
「……覚えていないのも無理ないよ。……だって──」
リリィは、続く言葉を言わなかった。
何か、私が忘れる理由があるのかもしれないと思った。
だけど、その理由がなんなのかは、何も分からなかった。
「ごめん。ミリアは別に悪くないのに。……ただ、思い出して、その懐かしさというか。そんなので、ただ涙が零れてしまっただけだから」
リリィはそう言うと、覆っていた手を剥がした。
涙が少しだけ宙を舞い、煌めいた。
「ごめん。帰ろっか、ミリア」
リリィは力無く目を細めて、柔らかい笑みを私に見せてきた。
いつもだったら、その笑顔にドキッとしてしまうところなのだろう。
しかし、今回は違かった。
その笑顔に、心にグサリと。何かを刺された感覚がしたのだ。
きっとリリィにとったら、これが精一杯の笑顔だったのだと思う。
私に心配をされたくないから、そんな笑顔を浮かべたのかな。って。
……けど、これって。悪いの私じゃん。
どんな理由があろうと、リリィが流した涙は、間違いなく私が由来するもので。
だから、このままリリィを帰らせたなら。きっと、後悔というか。
なんだろうな。これからのリリィとの関係に支障をきたすというか。
複雑な感情の中、リリィと接することになりそう……みたいな?
…………いや、これも確かにそうだけど。少し的から外れている。
だから。結局、私はただ。リリィに、悲しい顔をして欲しくない。
リリィを、悲しませたくない。そういう思いを抱いたんだ。
だから──。
「……ミリア。行こ」
リリィは私に背を向け、ゆっくりと初めの一歩を踏み出した。
視界から顔が隠れる直前に映ったリリィの苦しすぎる引き攣った顔を、私は見逃すことなんてしなかった。
「──リ、リリィ!」
私は、彼女の名前を呼ぶ。
こんなことをするのは変だって分かっていた。
分かっているのに、止まれなかった。
「…………」
その声に、リリィの足はピタと動きをやめた。
私はリリィの背中スレスレまで、距離を詰める。
「あ、あのさ。……私、そのキスの思い出を。覚えてなくて……」
「……だから。ミリアが気にすることじゃない。本当に、大丈夫」
リリィは自分に言い聞かせるみたいに、二回、首を縦に振る。
「……それについては、本当にごめん」
「謝んないで。お願い……」
悲痛だ。
その声が、苦しい。
でも。それ以上に苦しいのは、リリィなんだ。
私は大きく息を吸って、一緒に言葉を吐き出した。
「……謝るよ。だって悪いのは全部私」
言葉を見つけて、続ける。
「私は。リリィとの記憶が無くて……。だから、本当に最低で」
その事実を声とし、心に刻む。
「……だから、その事でリリィに凄く迷惑をかけてて」
今日。一日中、迷惑をかけっぱなしだ。現にそうだ。
「リリィは、私のことを。薄情な人間って思ったかもしれない」
こんな人を好きになったのを、後悔したかもしれない。
「でもさ。私、この一日で。リリィのこと、凄く大切な人だって思えたよ」
ずっと一日、私に尽くしてくれた。大切な人。
この気持ちに偽りなんて、無い。心の底からの私の言葉。
「本当に。優しくて、頼り甲斐があって。けど、少しだけ抜けてて。そこも愛嬌があって、凄く素敵な性格だって思ったし」
まるで告白の様だけれど。
「だから、そんな大切な人が。悲しい顔になってるとこなんて、見たくない。……また、明日から一緒に楽しく残りを過ごしたい。できれば、それからも、ずっと一緒がいい。……こんなことを言うなんて、自己中なのも重々承知してる」
まるでプロポーズの様だけれど。
「だから、ね──」
ここまで言ったが、リリィは何も答えてくれなかった。
答えたくないのも無理はないと思う。
だって、私が言ってること。なんか無茶苦茶だ。
……だけど。
私は、やろうとしていることをやるまでだ。
一つ息を吸って、リリィに声を投げる。
「リリィ、こっちを向いて」
本来ならば、私がリリィの前に行きたいところだけど。
こんな狭い路地で、それは難しい。
だから、リリィに私の方を向いて欲しかった。
「……向かない」
「お願い」
呼吸が荒い。
これを言っていいのか。
けど、言うしかない。
その気持ちに押し飛ばされるように。
私は、秘めた恥ずかしい想いを、リリィに告げた。
「……私、リリィと。思い出を作りたい。……今度は、一生忘れないから」
……言っちゃった。
これでもう、逃げられない。けど。
もう。むしろ、これでいい。逃げられないくらいが、丁度いい。
と言うかそれ以前に、これで断られたらもう死ぬ。その場で死ぬ。
……だけど、これは私なりの償いで。リリィに悲しませない方法で。
断られたら、潔く。もう本当に潔く。その場で死のう。死ねないけど。
まぁ。つまり。断られたところで、因果応報。自業自得。
緊張で肩を強張らせながら、リリィの返答を待つ。
十数秒の時を経て、リリィは「いいよ」と恥じらう様子で頷き。
私のことを再び見た。
そこからはもう。勢いに。
やろうとしていること、そのままに次の行動に移った。
私は、リリィにされたみたいに、彼女の両頬を両手で押さえる。
「…………」
……私はバカだ。
バカ野郎だ。
なんて、本当にこんなことをしているんだ。
私の中の、私ではない何かが。勝手に動いてくれている、みたいな。
言ってること変だけど、本当にそんな感じがしてしまうのだ。
「リリィ。私には、こうすることでしか、リリィを笑顔にできそうにないから」
恥じらいと緊張で震える声を抑えながら。
「嫌なら、跳ね除けてくれて構わないから!」
言い放つ。
少し張った声で、押し切った。
言っていることは、完全に自意識過剰なことだった。
数秒の遅れで、リリィは呆れたように軽く溜息を吐いた。
「……振り返ったんだから、跳ね除けるなんて有り得ないでしょ」
リリィは嬉しそうに目を瞑った。
私も、嬉しかった。
心底湧き上がる喜びの感情。
そういうものを感じた。
キスなんて。私にとったら初めてだけど。
大丈夫。やり方なら、ちゃんと知ってる。
その辺の知識は、ほんの少しだけだけど、身についているつもりだった。
私は、リリィに聞こえないように深く深呼吸をした。
吐いた息で、リリィの前髪が少しだけ揺れる。
ゆっくりと。
止まっているくらいにゆっくりと。
私は、リリィの唇に。私の唇を近付ける。
もう余計な事は考えなかった。
ただ。今は、リリィしか。見えていなかった。
リリィの、暗闇の中でも見える真っ赤で綺麗な顔しか。
私は、両手に少し力を込め直した。
この事を、私は一生忘れない。絶対に。
その想いを込めながら。刻みつけながら。
リリィと同じように目を瞑り。
そして私は、遂に。
リリィの唇に辿り着いた。
瞬間に、ふわりと。リリィの唇の感触に包まれる。
ハグとは全然違う。
互いの身体を共有しているみたいな感覚というか。
とても大事な物に、触れているみたいな。
ともかく、凄く変だ。初めての感覚だ。
興味本位で、目を開いてみる。
見えるのは、リリィの閉ざされた目。
綺麗なまつ毛。
涙の流れた線。
柔らかそうな、白い肌。
実際、リリィのほっぺは、凄く柔らかい。そして熱い。
こんな完璧なパーツが揃った人と、私はキスを──。
そう考えると、背徳感みたいなものさえあった。
ずっと、このままでいいみたいな。そんな気持ちも存在していた。
だから。まだ、私は離れない。リリィが離れるまで、離さないつもりだった。
「──っはぁ」
リリィの口端から、漏れる多少ばかり荒い息。
そろそろ息が辛いのか、と。
ここでリリィを苦しませるなんて、それはダメだ。
そう思い、私は両頬の手を取って。ゆっくりと唇を離した。
リリィもゆっくりと、瞼を開き。
目が合った瞬間に、お互いに目を逸らす。
私は我に帰ったかのようにハッとした。
……キス。したんだ。その思いだけが、頭の中を支配した。
無言なのに、心臓の音も相まって凄く騒がしかった。
私は耐えきれず、リリィにこう言い放った。
「お、思い出の上書きだね! な、なんちって……ね!」
照れ臭さを隠すために、私はキザに微笑んだ。
うぅ。めっちゃ恥ずいよぉ。
めっちゃ恥ずいんだけど、なぜだかめっちゃ嬉しい気持ちも存在していて……。
めっちゃ複雑。
「うん……」
私の微笑みに頷くリリィ。
そんな彼女は、私に目を合わすなり、私の胸に飛び込んできた。
驚きつつも平静を保ちながら、リリィに私は抱き締められる。
耳元に顔が近付き、細い囁き声が聞こえてくる。
「……絶対、忘れないで」
「うん。絶対、忘れるわけないじゃん」
即答した。
だって、忘れる気なんてさらさらない。
これはもう。二人の思い出だから。
私が思い出にするために、やったことなのだから。
「嘘は、無い?」
「うん。ほんとだよ。……約束ね」
私が言い終えると、リリィはぎゅっと、もっと強く抱き締めてきた。
「大好き。……私も絶対に忘れない」
甘く囁くリリィの声に耐えきれず。
私もリリィのことをぎゅっとした。
忘れない。今日の事を。
何があろうと。絶対に。
絶対に。
リリィは掴んでいた手を離し、路地裏へと入り込む。
戸惑いを具現化したような声で、私はリリィの名を呼んだ。
リリィはピタと立ち止まり、前に向けて言った。
「……ほら。ここ通ると近道だから」
そのリリィの声は、どこか寂しげだった。
「……そっか。よく知ってるね」
確かに、リリィの言う通り。ここは近道だ。
言われてから、それを思い出した。
私が幼い頃は、よくここを通ってたんだっけ。
かくれんぼした時は、ここに限らず路地裏は常連だった。
だけど、最近は通ってない。
なんでって、ここ、なんか薄汚いし。
それに、今の私にとったら結構狭かったりする。
今はもう、自分の服は汚れ切っちゃってるから、別に抵抗もなく。
リリィの背中を追った。
彼女の肩越しに、眩しい光が見える。言わずもがな、それは街の灯り。
そこに辿り着けば、私の家は目と鼻の先というところ。
だが、リリィの歩くスピードは次第に速度を落としていっていた。
最初は気のせいかと疑ったが、やがてリリィは静止した。
……どうしたのかな。
「リリィ? もうすぐお家だよ?」
「…………うん」
頷くリリィのその様子は、顔は見えずともどこか神妙だった。
すぅと息を吸う音が前方から聞こえ、やがてそれは声となって私に耳に届く。
「……ここは、私たちにとって思い出の道」
「えと……。うん」
やはりと言うべきか、私にその記憶は無かった。
「けど、ミリアは忘れてる」
「ごめん」
「いいよ。もう、大丈夫」
「……どんな思い出だったか聞いてもいい?」
「……言いたくない」
「え、えぇ!」
私のその驚きと困惑の声に、リリィは何も言ってくれなかった。
だけど、答える代わりかの様に、踵を返して私を見た。
「……リリィ」
思わず漏れる私の声。
リリィのその顔は、今にも泣き出しそうだったから。
見えないだけで、もう泣いているのかもしれない。
朝のことを思い出す。その時と、似たような表情だ。
そう思った瞬間に、はっきりと私に映った。
頬を流れる一筋、二筋の涙。
それに気付いたリリィは、慌てて俯いた。
その涙を猫みたいに両手の甲で拭う。
口から、抑え込めなかった様に、苦しくて切ない嗚咽が溢れた。
「……うっ。え……うぅ……」
どんな言葉をかければいいのか分からなかった。
その涙の流れる理由は、私のせいなのだろう。
リリィにとったら、この場所が彼女の思い出の場所で。
最低なことに、私はそれが記憶にない。けれど、本当に知らないんだ。
丁寧に私の幼少期を辿っても、リリィとの記憶に辿り着くことはできない。
なぜ思い出せないのか、見当すら付かなかった。
何かを言いたい。何かを言って、慰めてあげたい。
けれど。今のリリィには、何を言っても逆に効果しそうだった。
こんなにも弱ったリリィを見るのは、心がズキズキ痛む。
私に今日、いっぱい尽くしてくれた人だからかなと思う。
「……ミリ、ア。……ごめんね。もう少しで落ち着きそうだから」
リリィは覆った手の隙間から、私のことをチラと確認し、そう言ってきた。
きっとリリィは、思い出させようとこの路地裏に連れてきたんだ。
一緒に、過去のその思い出を共有したかったのだと思う。
さっきは断られちゃったけど、やっぱり聞きたい。その思い出を。
だって。そしたら、思い出せることもあると思うから。
私は、口を閉じたまま鼻で息を吸い。張り付いた唇を声で剥がす。
「リリィ、お願い。……ここでどんなことをしたのか、教えて欲しい」
真剣に、彼女を真っ直ぐ見つめて私は乞う。
また私をチラと、輝く綺麗な目が覗いた。
「……お願い」
私の真剣な思いが伝わったのか、リリィは諦めたように一つ頷いた。
声が震えるのを我慢する声が耳に届く。
「……キス。だよ」
絶句した。
その一言が私の頭を蝕むように駆け回った。
「────」
キス。キス? それは……いつ?
そんなこと。記憶に残らないはずがない。
だけど。リリィが嘘を吐いているとは思えなかった。
「……覚えていないのも無理ないよ。……だって──」
リリィは、続く言葉を言わなかった。
何か、私が忘れる理由があるのかもしれないと思った。
だけど、その理由がなんなのかは、何も分からなかった。
「ごめん。ミリアは別に悪くないのに。……ただ、思い出して、その懐かしさというか。そんなので、ただ涙が零れてしまっただけだから」
リリィはそう言うと、覆っていた手を剥がした。
涙が少しだけ宙を舞い、煌めいた。
「ごめん。帰ろっか、ミリア」
リリィは力無く目を細めて、柔らかい笑みを私に見せてきた。
いつもだったら、その笑顔にドキッとしてしまうところなのだろう。
しかし、今回は違かった。
その笑顔に、心にグサリと。何かを刺された感覚がしたのだ。
きっとリリィにとったら、これが精一杯の笑顔だったのだと思う。
私に心配をされたくないから、そんな笑顔を浮かべたのかな。って。
……けど、これって。悪いの私じゃん。
どんな理由があろうと、リリィが流した涙は、間違いなく私が由来するもので。
だから、このままリリィを帰らせたなら。きっと、後悔というか。
なんだろうな。これからのリリィとの関係に支障をきたすというか。
複雑な感情の中、リリィと接することになりそう……みたいな?
…………いや、これも確かにそうだけど。少し的から外れている。
だから。結局、私はただ。リリィに、悲しい顔をして欲しくない。
リリィを、悲しませたくない。そういう思いを抱いたんだ。
だから──。
「……ミリア。行こ」
リリィは私に背を向け、ゆっくりと初めの一歩を踏み出した。
視界から顔が隠れる直前に映ったリリィの苦しすぎる引き攣った顔を、私は見逃すことなんてしなかった。
「──リ、リリィ!」
私は、彼女の名前を呼ぶ。
こんなことをするのは変だって分かっていた。
分かっているのに、止まれなかった。
「…………」
その声に、リリィの足はピタと動きをやめた。
私はリリィの背中スレスレまで、距離を詰める。
「あ、あのさ。……私、そのキスの思い出を。覚えてなくて……」
「……だから。ミリアが気にすることじゃない。本当に、大丈夫」
リリィは自分に言い聞かせるみたいに、二回、首を縦に振る。
「……それについては、本当にごめん」
「謝んないで。お願い……」
悲痛だ。
その声が、苦しい。
でも。それ以上に苦しいのは、リリィなんだ。
私は大きく息を吸って、一緒に言葉を吐き出した。
「……謝るよ。だって悪いのは全部私」
言葉を見つけて、続ける。
「私は。リリィとの記憶が無くて……。だから、本当に最低で」
その事実を声とし、心に刻む。
「……だから、その事でリリィに凄く迷惑をかけてて」
今日。一日中、迷惑をかけっぱなしだ。現にそうだ。
「リリィは、私のことを。薄情な人間って思ったかもしれない」
こんな人を好きになったのを、後悔したかもしれない。
「でもさ。私、この一日で。リリィのこと、凄く大切な人だって思えたよ」
ずっと一日、私に尽くしてくれた。大切な人。
この気持ちに偽りなんて、無い。心の底からの私の言葉。
「本当に。優しくて、頼り甲斐があって。けど、少しだけ抜けてて。そこも愛嬌があって、凄く素敵な性格だって思ったし」
まるで告白の様だけれど。
「だから、そんな大切な人が。悲しい顔になってるとこなんて、見たくない。……また、明日から一緒に楽しく残りを過ごしたい。できれば、それからも、ずっと一緒がいい。……こんなことを言うなんて、自己中なのも重々承知してる」
まるでプロポーズの様だけれど。
「だから、ね──」
ここまで言ったが、リリィは何も答えてくれなかった。
答えたくないのも無理はないと思う。
だって、私が言ってること。なんか無茶苦茶だ。
……だけど。
私は、やろうとしていることをやるまでだ。
一つ息を吸って、リリィに声を投げる。
「リリィ、こっちを向いて」
本来ならば、私がリリィの前に行きたいところだけど。
こんな狭い路地で、それは難しい。
だから、リリィに私の方を向いて欲しかった。
「……向かない」
「お願い」
呼吸が荒い。
これを言っていいのか。
けど、言うしかない。
その気持ちに押し飛ばされるように。
私は、秘めた恥ずかしい想いを、リリィに告げた。
「……私、リリィと。思い出を作りたい。……今度は、一生忘れないから」
……言っちゃった。
これでもう、逃げられない。けど。
もう。むしろ、これでいい。逃げられないくらいが、丁度いい。
と言うかそれ以前に、これで断られたらもう死ぬ。その場で死ぬ。
……だけど、これは私なりの償いで。リリィに悲しませない方法で。
断られたら、潔く。もう本当に潔く。その場で死のう。死ねないけど。
まぁ。つまり。断られたところで、因果応報。自業自得。
緊張で肩を強張らせながら、リリィの返答を待つ。
十数秒の時を経て、リリィは「いいよ」と恥じらう様子で頷き。
私のことを再び見た。
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やろうとしていること、そのままに次の行動に移った。
私は、リリィにされたみたいに、彼女の両頬を両手で押さえる。
「…………」
……私はバカだ。
バカ野郎だ。
なんて、本当にこんなことをしているんだ。
私の中の、私ではない何かが。勝手に動いてくれている、みたいな。
言ってること変だけど、本当にそんな感じがしてしまうのだ。
「リリィ。私には、こうすることでしか、リリィを笑顔にできそうにないから」
恥じらいと緊張で震える声を抑えながら。
「嫌なら、跳ね除けてくれて構わないから!」
言い放つ。
少し張った声で、押し切った。
言っていることは、完全に自意識過剰なことだった。
数秒の遅れで、リリィは呆れたように軽く溜息を吐いた。
「……振り返ったんだから、跳ね除けるなんて有り得ないでしょ」
リリィは嬉しそうに目を瞑った。
私も、嬉しかった。
心底湧き上がる喜びの感情。
そういうものを感じた。
キスなんて。私にとったら初めてだけど。
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ゆっくりと。
止まっているくらいにゆっくりと。
私は、リリィの唇に。私の唇を近付ける。
もう余計な事は考えなかった。
ただ。今は、リリィしか。見えていなかった。
リリィの、暗闇の中でも見える真っ赤で綺麗な顔しか。
私は、両手に少し力を込め直した。
この事を、私は一生忘れない。絶対に。
その想いを込めながら。刻みつけながら。
リリィと同じように目を瞑り。
そして私は、遂に。
リリィの唇に辿り着いた。
瞬間に、ふわりと。リリィの唇の感触に包まれる。
ハグとは全然違う。
互いの身体を共有しているみたいな感覚というか。
とても大事な物に、触れているみたいな。
ともかく、凄く変だ。初めての感覚だ。
興味本位で、目を開いてみる。
見えるのは、リリィの閉ざされた目。
綺麗なまつ毛。
涙の流れた線。
柔らかそうな、白い肌。
実際、リリィのほっぺは、凄く柔らかい。そして熱い。
こんな完璧なパーツが揃った人と、私はキスを──。
そう考えると、背徳感みたいなものさえあった。
ずっと、このままでいいみたいな。そんな気持ちも存在していた。
だから。まだ、私は離れない。リリィが離れるまで、離さないつもりだった。
「──っはぁ」
リリィの口端から、漏れる多少ばかり荒い息。
そろそろ息が辛いのか、と。
ここでリリィを苦しませるなんて、それはダメだ。
そう思い、私は両頬の手を取って。ゆっくりと唇を離した。
リリィもゆっくりと、瞼を開き。
目が合った瞬間に、お互いに目を逸らす。
私は我に帰ったかのようにハッとした。
……キス。したんだ。その思いだけが、頭の中を支配した。
無言なのに、心臓の音も相まって凄く騒がしかった。
私は耐えきれず、リリィにこう言い放った。
「お、思い出の上書きだね! な、なんちって……ね!」
照れ臭さを隠すために、私はキザに微笑んだ。
うぅ。めっちゃ恥ずいよぉ。
めっちゃ恥ずいんだけど、なぜだかめっちゃ嬉しい気持ちも存在していて……。
めっちゃ複雑。
「うん……」
私の微笑みに頷くリリィ。
そんな彼女は、私に目を合わすなり、私の胸に飛び込んできた。
驚きつつも平静を保ちながら、リリィに私は抱き締められる。
耳元に顔が近付き、細い囁き声が聞こえてくる。
「……絶対、忘れないで」
「うん。絶対、忘れるわけないじゃん」
即答した。
だって、忘れる気なんてさらさらない。
これはもう。二人の思い出だから。
私が思い出にするために、やったことなのだから。
「嘘は、無い?」
「うん。ほんとだよ。……約束ね」
私が言い終えると、リリィはぎゅっと、もっと強く抱き締めてきた。
「大好き。……私も絶対に忘れない」
甘く囁くリリィの声に耐えきれず。
私もリリィのことをぎゅっとした。
忘れない。今日の事を。
何があろうと。絶対に。
絶対に。
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195
※タイトル画像はAI生成です
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おすすめする人
・百合/GL/ガールズラブが好きな人
・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人
・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人
※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。
※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)
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