完全犯罪

みかげなち

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2・認識として最初の夜

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 食休みのあと、風呂もトイレもキッチンも勝手に使っていいと言われ、蒼葉はただ頷いた。部屋を好きに使っても構わないが、男は蒼葉を外に出すことも衣服のことも言わない。
 両手首を合わせて拘束しているのだから自傷もろくにできないのにと思うが、ふと包丁で腹を突き刺すくらいなら可能かも知れないと気付く。男がトイレと風呂の準備に立った隙にキッチンの棚を探ってみたが、刃物の類は見当たらなかった。男は確かにさっきキッチンに立って料理をしていたが、包丁がないのはおかしいと蒼葉の手の届く範囲を探していると、後ろから「なにを探しているの」と声を掛けられて驚いた。
「どこに……なにがあるのかと思って……」
 苦しい言い訳をすると男は上の棚に伸ばした蒼葉の手を掬って笑った。
「刃物を探していた? 蒼葉には届かないところにあるよ。残念だったね。なにを考えていたのかな」
「なに、も」
「刃物があればぼくを刺せるとか」
「ちがう」
「じゃあ、自分を傷付けようと?」
「……っ」
 柔らかな笑みを浮かべる男の尋問に蒼葉は言葉を詰まらせた。
「そんなことを考えてはいけないよ。風呂に入ろうか」
 ゆるりと頭を撫でられて蒼葉はぞっとする。この男は蒼葉を拘束して監禁しているけれど、いまのところ危害を加えてこない。明確な悪意や憎悪がある方がきっとわかりやすい。穏やかで柔和な男の本意は蒼葉には測りかねる。ただ、同性愛者だということしかいまはわからない。なにが目的で、どうしたいのか。
 男二人で狭い浴槽にゆっくりと浸かって温まった後、蒼葉は頭の先から足の先まで丁寧に洗われて子どものように歯磨きまで施された。まだ蒼葉は男を同性愛者だと認識はしていたがそれ以上のことを考えていなかった。逃げることと恐怖にばかり気が向いていて、同性愛者である男が蒼葉を拘束監禁した意味など思案する暇がなかった。
 洗面所でつま先までバスタオルで拭かれて、髪を乾かされて、蒼葉は妙な感覚に陥る。そんなことをつい先日まで彼の元を去った恋人にしていた。逆転の立場など発想がなかった。
 うっかりぼんやりとしてしまったが、髪を乾かし終わると蒼葉は手を引かれて居室のベッドに倒され、唇を塞がれた。頬にキスをされたことを思えば、それは当然の成り行きでもある。
「──うっ……」
 男に覆いかぶさられて両手も片足も自由が利かない。そもそもこの男を蹴ったところでダメージになるのかさえ怪しい。
 抵抗しようとする蒼葉の躰を男の手が撫でてくる。
「怖がらなくても、昨日一回したんだからもっと上手にできるよ」
 その言葉を聞いて蒼葉は愕然とした。昨日の記憶は確かに途中から途切れている。腰に鈍痛があった。まさか既に昨晩の時点で蒼葉は犯されていたのかと震える。
「緊張してると上手にできないよ。力を抜いて」
 しかし男の言葉は蒼葉には届かない。
 男に抱かれたという事実が衝撃的で頭が回らない。覚えていない昨晩の記憶が恐ろしい。なにをしたのか覚えていないが、蒼葉は男に抱かれた末に拘束されたのだろう。あるいは逆かもしれない。男の言葉が嘘かもしれないとも考えてみたが、嘘だとしてもどのみちこのまま抱かれるのだろうから大差ない。
「早く気持ちよくなれるように、毎日練習しなきゃね」
 男に顎を持ち上げられて、視線がふと絡み合った。蒼葉は男の視線を直視するのは初めてだと気付く。
 濃い深い色をした目。深く深い色をしていて真意が見えない。なのに、逸らすことを許さない引力のようなものがある。身震いがして怖いのだと悟った。
 そのまま唇が塞がれて、すぐに口内に舌が入り込んできた。ぬるりとした感触は初めてではないけれど、なにかが絶対的に違う。抗わないといけないと脳内に警鐘が鳴るが、竦んでしまった蒼葉は抵抗できない。舌を噛んでは男の逆鱗に触れるかもしれないと、口内をくまなく撫でる男の舌を噛まないようにするのが精一杯だ。
 キスを絡めたまま男の手は蒼葉の躰をするすると撫で、小さな乳首を指先で執拗にこねくり回す。男の乳首など愛撫するようなものでもないと思っていた場所に丁寧な愛撫を施されて、片側がぷっくりと膨らんでしまったのが触れられている感覚でわかる。しかもその愛撫に快感に近い感覚を感じる。
「う、あ……や、ぁ……」
 重なったキスの合間で男に施される愛撫で反応する躰に蒼葉は呻き声を零す。青葉が呻くと、否定的な声を封じるようにキスは深まって呼吸が苦しくなった。逆の手が蒼葉の乳首をこね始めて、片手は躰の脇から腹へと伝って、躰の真ん中に辿り着く。
 触れられた場所が、ほんの少しだけ芯を持っていて蒼葉はキスをされたまま頭を振ろうとした。男にキスされて乳首をこね回されて反応を見せているなど、ぞっとした。
「少しは昨日の夜のことを覚えているみたいだね」
 喉奥まで撫でるキスを離して男は嬉しそうに蒼葉の陰茎を撫でた。骨ばった男の手には柔らかさなどない。なのにゆるゆると撫でられるとぞくりとした本能的快感が引き摺り出されて抗えない。
「気持ちいいことは男だろうが女だろうが変わんないのに、どうしてそんなことに拘るのかな」
「どうして……?」
「ぼくは蒼葉を捨てた女より、少しやり方は違うけど蒼葉を気持ちよくできるよ。それに蒼葉を捨てたりなんかしない」
「なにを、言って……?」
 男の言葉に蒼葉が戸惑っているうちに、キスを離した男は頭を下にして片手で撫でていた陰茎の先に舌を這わせる。「あっ!」と蒼葉から声が上がって、躰が緊張した。手を添えた陰茎に舌がゆるりと絡まって、先端から飲み込まれる。まだしっかりと立ち上がってこそいないものの、温い口内に咥えられると感じる快感は女にされることさして変わりはない。
「やだっ!」
 身動きが取れないまま蒼葉は明確な拒否を口にした。されていることは女と同じでも、相手は男で蒼葉を拘束監禁している本人だ。躰が生理的に反応しても感情が拒否する。なのに、丁寧に巧みに口と舌で愛撫を施されると躰は勝手に感じてしまう。拘束されていない方の足は男に抑えられていて動けない。
「やだ! やめろ! 気持ちよくなんかない! やだ、離せっ……!」
 下半身を押さえられて強引に与えられる快感に蒼葉は口で抗うしかできない。眩暈がしそうなほど頭を振るのに、巧みな舌使いが与える快感はすぐに限界を突破しそうになる。
「離せ離せ! やめろ! もういやだ!」
 いくら蒼葉が叫んでも男は口を離す気配がない。それどころか嬉々として責め立てているようにさえ思える。
 男だからだろうか、女よりも舌使いが巧みだ。蒼葉の感じる場所に気付くと、執拗に責め立てて快楽を叩き込んでくる。昨晩もそうだったのかもしれないが、蒼葉には事実上初めてであり空恐ろしい気持ちと快楽が両立する混乱した感情のまま昇りつめてしまう。
「いやだぁっ……!」
 我慢の限界に達した蒼葉は情けない悲鳴を上げて男の口の中に吐精した。
 空恐ろしさと嫌悪感と快楽がぐちゃ混ぜになって、蒼葉は全力疾走したときと同じくらい肩で息をしていた。時々、ひゅうと喉が鳴って痛い。残りの精液も絞り取るようにした男が口を離しても、蒼葉は呆然としていた。
 考えることが無駄なのだと気付く。そもそもこの男は蒼葉とは違う価値観で生きている。だから蒼葉にはなにも理解できるはずがない。
 口元を拭った男はぐったりした蒼葉の躰を壁を背に起こしてから、腰を口元に突きつけた。
「蒼葉。ぼくにもしてくれるよね」
 当然のことのように男は言って、立ち上がり切った陰茎を口にねじ込んできた。
「あ、がっ……!」
 驚きと苦しみの声が上がったが、顎を押さえられていて口を閉じることもできない。奥までねじ込まれた陰茎は蒼葉の喉を塞ぐ。
「女より上手にすることくらい、蒼葉にもできるよ。上手になってくれたら嬉しいけど……蒼葉の苦しそうな顔も可愛いから困るな」
 いよいよ危険なことを言い出した男は蒼葉の顎を押さえたまま、勝手に腰を動かす。舌を這わせるどころではなく、口をただの穴にされている。息も上手くできなければ、唾液を飲み込む隙もなく、蒼葉は濁った声を上げながらぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てる唾液を零す。喉の奥を突かれる度に何度も吐きそうになる。
「う、ぐ、……あ、あ」
 押しつぶされる声と喉の奥を突かれる苦しさに涙が滲む。屈辱よりも目先の苦しさの方が勝った。なのに、蒼葉にはなにも抵抗できない。身動きを奪われて顎も押さえ付けられて、男の欲望を満たすただの穴でしかない。
「苦しそうな顔も可愛いねえ蒼葉。興奮してもう出ちゃうよ。ちゃんと全部飲むんだよ。いいね」
 頭上から男の恍惚とした声がして、蒼葉を苦しめる腰の動きが早くなった。喉を押し潰されそうになる度に吐きそうで気持ち悪い。
「蒼葉、顔を見せて」
 片手で顎を押さえたまま、額を上げられて顔が上向くと更に口が強引に広がった。蒼葉の目に嬉しそうに笑う男が歪んで見える。それよりも口が広がって男の陰茎が蒼葉の喉の更に深くを何度も突いて苦しくて吐きそうだ。ぞっとした瞬間に喉の奥に温く青臭いものを注がれて、胃がぎり、と痛んだ。喉を突かれる吐き気と精液を注がれた嫌悪感が同時に来て食道を焼いた。
「うっ……あ」
 青葉が短く呻いたあとは自分ではどうしようもなかった。男はまだ蒼葉の口に陰茎をねじ込んだままだ。なのに先ほど飲んだプロテインと水と胃液と男の精液が一緒になってせり上がる。口は塞がっていて吐ききれない。
「う、あ、あ」
 窒息しそうな苦しみを拘束された両手で男に訴えると、男はようやく腰を引き、顎と額を押さえていた手を離して蒼葉を解放した。そのまま崩れた蒼葉は白に少し色の混じった吐瀉物をシーツにぶちまけた。ほかにどうしようもなかった。
「だから言ったでしょ。ごはん食べてたらもっと苦しくなっちゃうから、慣れるまでは我慢してね」
 男は蒼葉の背中を撫でながら、当然のように言った。もしかしたら昨晩も同じようなことをしたのかもしれない。それよりも、この男は「慣れるまで」と言った。そのことに蒼葉は震える。
「ゆっくり慣れればいいよってさっきも言ったでしょ」
 ゆるゆると男は蒼葉の背中を撫でてから躰をひっくり返して腰だけを持ち上げた。その先を想像できなくはないが、蒼葉はもうなにも考えることができなかった。

 尻を散々指で弄られ広げられて、痛みなのか違和感なのかよくわからない感覚で気持ち悪くなったころに挿入された。女とセックスするときのバックと同じ体勢だが、蒼葉は男性だ。なのに男は後ろから蒼葉を抱いて時々乳首を責め立てながら悦んでいる。蒼葉はただ、意味をなさない呻き声しか上げられない。嘔吐で気力を使い果たしてしまって、抵抗する気力もなかった。
 ただ、尻に陰茎を挿入されて内臓を刺激されている気持ち悪さしかない。何度かまた吐きそうになって、胃の辺りに力が入ると男は「気持ちいいよ」と言って嬉しそうにした。腰を動かされて突き上げられると、反射的に押し出す呻き声が零れる。
 苦しさから解放される時をひたすら待っていると、男はそのうち蒼葉の中で射精してしばらくそのままでいたかと思うと、腰を引いて蒼葉は尻を突きだす支えもなくしてベッドに打ち捨てられたかと思った。
 けれど、男は蒼葉の頭を上げて口を開けさせるとそのまま先ほどまで尻に挿入していた精液となにかに汚れた陰茎をねじ込んできた。反射的に蒼葉はない力をふり絞って逃げようとした。
「蒼葉。きれいにしてくれるよね」
 青葉を押さえつける男は穏やかに笑って腰を押し付け、喉を塞いだ。二度目の嘔吐をした。

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