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空襲が終わり外に出ると、火薬の匂いと共に虚無感に包まれた空気が頬にあたる。この風に少し戦場を思い出した。

そうだ、明日からまたこの匂いの友達になるのだ。一足先に迎えに来られた気がした。

「今日はこのまま私の家に泊まってください」

「はい、お言葉に甘えて」

見慣れた晴子さんの家に着き門をくぐった。もしかすると、これが最後になるかもしれない。この豪華な家で生まれ育った華族である晴子さんと、古びた食堂の息子でしかない俺がよく結婚できたものだ。

つくづくそう思う。

明日、復帰する俺は晴子さんと過ごす最後の夜になるかもしれない。お互い言葉には出さなかったが、心の文字が顔に書いてあった。

縁側で肩を寄せ合う二人の夫婦。夫婦と呼べるほど同じ家で同じ時を歩んでいないが、そんなことはどうでもいい。

俺達は夫婦だ

俺の為に、父や母と共に石川に疎開しなかった晴子さんも、明日この家を離れる。まるで夫婦の旅立ちかのように。

「約束は絶対守ってくださいね」

最近の新聞では特攻について大々的に喧伝されている。そのせいか何度も言われる約束という言葉。

「もちろんです。必ず生き抜いて見せます」

俺はすぐに約束を破るだろう。いや、破らざるおえないだろう。この時心の中ではある決心が着いていた。

「約束ですよ」

「はい」

「これならお腹の子も安心です」

えっ、、

「お腹の子?」

「はい、私たちの子供です。八月頃に出産予定です」

そういえば、細い晴子さんにしてはお腹が少し膨らんでいる。着物のせいで全く気づかなかった自分が情けない。

「賢治さん、全く気付いてなかったでしょ?」

「薄々は気付いていましたよ」

「子供の前で嘘はいけませんよ」

二人で微笑んだ。お腹を触ってみたり、耳を当ててみたりと新たな命を少しでも感じようとしたが、俺の心を見透かしているかのように何も反応してくれない。

「またお腹蹴った。この子本当に元気なんです」

「でも、俺が触るとびくともしない」

「それはきっと、生まれてからいっぱい愛してもらう為に、わざとそうしてるんだと思います。だから必ず約束を……」

俺は小さく頷き心の中で、お母さんを頼むぞと言った。

「これ、少しですが……」

持ち金全てを晴子さんに託した。当然受け取ろうとしないその手に無理やり握らせ、小さな手に収まらない分は封筒に入れた。

「絶対に使いませんからね」

「いけません、使ってください。お願いです。これくらいしかできない俺の気持ちをどうかわかってください」

愛おしいほどの美しい目に無言で睨まれたが、受け取ってはくれた。

父や母には申し訳ないが、愛する妻の為と言えばきっとわかってくれるはずだ。
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