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食堂

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「賢治、だし巻き卵持ってきたぞ」

「ありがとうございます」

大きな皿は出払っていたため、小さな皿に盛られることになっただし巻き卵の隅っこが、外にはみ出していた。その姿が少し間抜けに思えた。

「本当、いつ食べても美味しいですね」

だし巻き卵は晴子さんの大好物だ。お箸を巧みに使い、上品に食べている姿は今日も美しい。ふと、アメリカのカフェで優雅にコーヒを飲んでいた晴子さんに一目惚れしたあの頃を思い出し、懐かしく思っていた。

あの頃は遠い存在だった人とお付き合いさせていただいている俺はなんと幸せ者か。街を二人で手を繋ぎながら歩いていると、晴子さんと明らかに釣り合っていない俺を見て不思議そうな表情をする人が多い。

まるで、なぜこいつなのかと言わんばかりに……

「はい、お待ち。焼き魚定食持ってきたぞ」

「今日もだし巻き卵美味しかったです。焼き魚もいい匂いしてて美味しそうですね」

「晴子ちゃんいつもありがとう。今日も美人さんやのお。ほんまに賢治なんかでええんか?」

父も大多数の人と同じく、なぜ俺と付き合ってくれているのかということを疑問に思っていた。

「なんか、なんてとんでもない。賢治さんが大好きです」

俺は顔が真っ赤になったと同時に、思いっきり背中を叩かれた。パシッという音が賑やかな食堂内に響き渡った。

「賢治、お前もし晴子さん悲しませたら許さんぞ」

父の表情は口元が緩み嬉しそうだったが、息子の手前恥ずかしかったのだろう、真面目な顔で居ようと努力していた。

「わかっています。晴子さんを絶対に幸せにするつもりです」

「つもりじゃあかんやろ。しますや」

「はい」

晴子さんは父と俺のやりとりを見て笑っていた。父は調理場に戻っていった。戻る際に多くの客に呼び止められ、俺と晴子さんの関係について質問攻めを食らっていた。

「親父さん、あの美人さんは賢治君の彼女なんか?」

「おう」

このような質問に父は表情を変えないようにして答えていたが、どこか自慢げな表情だった。

「なんだかここに居てると、欧米諸国と戦争が始まった気がしないですね」

晴子さんも俺と同じことを思っていた。いや、大多数の日本人がそう感じていたに違いない。中国との戦争は何年も続いていたが、本土が攻撃されたことはなく、軍人や関係者以外にとってはどこか遠いもののように感じていただろう。そして、今回もきっとそのようなものになるだろうと……

欧米諸国との戦争が始まったが、この食堂内は平和な場所そのものだった。
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