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第1章 神獣協会
不自然なまでに
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「赤本さん…ほんとにこの中を進むんですか?」
源は信じられないという風に前を歩く赤本に尋ねた。
「そうだ、海沿いはまだ道路の敷設が終わっていないからな。ここを通るしかない」
今源たちは、駆除された怪獣の死体がある、旧宮城県仙台市に向かっていた。その道中には福島、宮城、山形の大部分に広がる東北砂漠があり、今回の現場に行くにはその砂漠を横断しなくてはいけない。
ということで、現在源たちとその護衛の車列は、宇都宮の検問を通過し、県道を使って福島市へと入ったところである。
「南とは全然違いますね。まるで西部劇の舞台ですよ」
「砂漠のど真ん中だからな。それに砂嵐の通ったあとだ」
窓越しに見える街並みは、以前見た愛知の景色よりも悲惨だった。建物は砂嵐によって風化、倒壊し、雑草一つ生えない不毛の地と化していた。いつか見た世紀末映画を彷彿とさせる光景に、源は思わず釘付けになった。
(映画だと物陰からバイク軍団が出てくるんだけどなあ)
そう思いながらぼーっとその光景を眺めていると、ふと人影が見えた気がした。
「あ、あの!赤本さん!」
源は運転席の赤本に呼びかけた。
「どうした?何かあったか?」
「外に人影が見えたんです!」
「人影?…越境者かもしれないな。よし、一旦車列を停止させる」
赤本は無線で連絡をすると、ほどなくして市街地の一角に停車した。赤本と源、それに武装した自衛隊員が外に降りた。
「源、マスクをつけておけ。それは防塵もできる」
赤本の言われたとおりに源は防護服のマスクを付けた。
『源、お前が人影を見たのはどこだ。』
『少し戻ったところの駐車場です。車に乗り込んでいるように見えました』
『松田さん、国道沿いの駐車場を調べてくれませんか?そこに人影が見えたらしいです』
『了解です。2班向かわせます』
するとすぐに対人武装で身を固めた隊員たちがその駐車場に向かった。
『源、その人影の特徴は分かるか?』
『確かかなりの軽装だったと思います。防塵マスクも付けていないように見えました』
『妙だな…流石に越境者でも最低限の装備はしているものだが…。本当に人か?』
『それはどう意味ですか?』
『いや、野生動物の可能性もあるだろう。この辺りは動物園から脱走したラクダが繁殖している』
『僕がラクダと人を見間違えたって言うんですか?』
『そうは言ってない。そもそもお前、そんなキャラか?』
『赤本さん!』
突然松田から無線が届いた。
『源班員を連れてきてほしいんですが…』
『何があったんですか?松田さん』
『実は、黒い血が見つかりまして…』
『黒い血?』
赤本たちはすぐ駐車場へと向かった。駐車場の奥のある場所を隊員たちが取り囲んでいる。
『あ、赤本さん。こちらです!』
松田がこちらに手を振っている。早足にその場所に向かうと、隊員たちが道を開けた。そこには確かに、黒いシミがアスファルトにべったりとついていた。
『赤本さん、これ怪獣の血ですよね…』
源が聞いた。
『まず間違いなくそうだろうな。でも何で…』
『やはり源班員の言っていた人影ではないでしょうか…』
松田が深刻なトーンでそう言った。
『つまり怪人がここにいたと?』
『そう考えるのが道理にかなっています。赤本さん、すぐにでも怪人を捜索すべきです』
『ですが松田さん、我々にはまだ浄化作業が残っています。それに、そもそも怪人は動けないのでは?』
『それはそうですが…』
そして一同はその黒いシミを囲んで黙り込んだ。そして最初に口を開いたのは赤本だった。
『……車列の半分を残していきましょう』
『半分ですか?』
松田は驚いて尋ねた。
『機動性の高い四駆をここに置いていきます。相手が怪人だった場合戦車や装甲車は十分に効果を発揮しない。』
『…分かりました。そのように伝えます』
『ではもう行きましょう。今日は天気が荒れそうだ』
赤本は空を見上げて言った。確かに遠くで雷の音がかすかに聞こえる。夜になってから雨が降り始めた。それもゲリラ豪雨と言ってもいいような激しい雨だった。この地方はめったに雨が降らないのでこれは特に珍しかった。窓に打ち付ける雨の音を聞きながら、処理班の面々は車内中央に集まって話し合っていた。この雨で移動は困難と判断されたからだ。
「動く怪人かあ…厄介だね」
緑屋は腕を組んで何か考え事をしている。緑屋がそんな風に考え事をするのは珍しい。
「やはり東京の怪人と関係していると考えるのが自然か」
「そうですね、でもやっぱり怪人が動き回るというのは想像できません」
怪人は、ごく稀に発生する人間が怪獣になった姿であり、普通、怪獣になる過程で自我が崩壊し廃人になる。例外は無かった、今までは。
「赤本、東京からは何と?」
緑屋は聞いた。
「別途捜索隊を送るそうだ。それと、地外研究所の考察では、怪人は平均して普通の人間の10倍から30倍の力を出せるらしい」
「10倍から30倍!」
源は驚いた。
「それじゃあ赤本さんも負けるんですか?」
「……かもしれないな」
赤本が言い終わるや否や、外で銃声がした。
「赤本さん!」
「お前たちはここで待機しろ」
赤本は素早く床下の収納から自衛隊改良型のMP5を取り出し、マガジンを入れて窓から外を確認した。
「松田さん、この銃声は何ですか?」
『怪人です!怪人が…!』
そこで松田の連絡は途切れた。
「どうなってるんだ…」
赤本は運転席に移ると、ヘッドライトの光量を最大に上げると、車の向きを180度回転させた。
「マジか…!」
そこに映し出された光景を見て赤本たちは絶句した。後続の車両は人員輸送車両と四駆の軽車両で、それらはどれも、真っ赤に色が変わっていた。正確には、色が付いていた。それは人間の血だった。そして、地面には四肢をもがれ、胴を砕かれて無残に転がる隊員たちの死体があった。それらは全て、引きちぎられたように乱雑だった。
「まさか…」
赤本はヘッドライトの向きを変え、奥の方を照らした。そこには、原形をとどめないほどぐちゃぐちゃになった隊員の死体とそして、裸足で、血まみれになった患者衣を着た一人の男が立っていた。その男は今まさに、隊員の一人の首を掴んで持ち上げていた。そしてそのまま首を握りつぶし、首という部位を失った胴体はだらんと力なく地面に崩れ落ちた。そして吐血しておびただしい血を吐き出した隊員の頭部を、興味なさそうに放り投げた。その隊員は松田だった。そして男は、こちらを向いた。
「おい!何でアイツが!」
急に赤本が叫んだ。赤本は珍しく表情を露わにしてハンドルを握りしめた。
「ありえない…」
緑屋は力なくそう呟いた。
「…赤本さん、あれが誰か知ってるんですか」
「知ってるも何も…あいつはお前がここに入る前にいた浄化担当員だ。でも…ああクソ!あいつは死んでるはずなんだよ!俺がこの手で殺したんだ!」
赤本の叫びは苦痛に満ちていた。
「ちょっと!赤本さん!」
源は運転席を離れて外に出ようとする赤本を必死で呼び止めた。が、その声は届かなかった。
すでに雨の勢いは衰えており、しとしとと降る雨が赤本の頬を伝った。雨の時特有のアスファルトが濡れる匂いと、それをかき消す生臭い血の臭いと硝煙の臭いがあたりに充満していた。赤本は源たちの乗る車両の前に立つと、ヘッドライトに照らされる血まみれの男を見た。男は近寄っては来ずに、じっと赤本を観察している。それはまるで野生動物の様だった。赤本はしっかりと狙いを男に定めながら、声を掛けた。
「おい!お前黒澤だな?怪獣特殊処理班所属、黒澤吉常。だがお前はすでに死んでいる!一体何者だ!」
「……」
黒澤と呼ばれた男はその呼びかけに答えなかった。その代わり手にこびりついた肉片を口に含むと、すぐに吐き出した。
「ッ……!答えろ!お前は黒澤吉常か、それとも、怪獣か!」
男は今度は反応した。それまでの動作をピタッと止め、そして赤本を見て、不自然なまでに口角を上げてにやりと笑った。男は低くしわがれた声で言った。
「……お前、アカモトだな?」
源は信じられないという風に前を歩く赤本に尋ねた。
「そうだ、海沿いはまだ道路の敷設が終わっていないからな。ここを通るしかない」
今源たちは、駆除された怪獣の死体がある、旧宮城県仙台市に向かっていた。その道中には福島、宮城、山形の大部分に広がる東北砂漠があり、今回の現場に行くにはその砂漠を横断しなくてはいけない。
ということで、現在源たちとその護衛の車列は、宇都宮の検問を通過し、県道を使って福島市へと入ったところである。
「南とは全然違いますね。まるで西部劇の舞台ですよ」
「砂漠のど真ん中だからな。それに砂嵐の通ったあとだ」
窓越しに見える街並みは、以前見た愛知の景色よりも悲惨だった。建物は砂嵐によって風化、倒壊し、雑草一つ生えない不毛の地と化していた。いつか見た世紀末映画を彷彿とさせる光景に、源は思わず釘付けになった。
(映画だと物陰からバイク軍団が出てくるんだけどなあ)
そう思いながらぼーっとその光景を眺めていると、ふと人影が見えた気がした。
「あ、あの!赤本さん!」
源は運転席の赤本に呼びかけた。
「どうした?何かあったか?」
「外に人影が見えたんです!」
「人影?…越境者かもしれないな。よし、一旦車列を停止させる」
赤本は無線で連絡をすると、ほどなくして市街地の一角に停車した。赤本と源、それに武装した自衛隊員が外に降りた。
「源、マスクをつけておけ。それは防塵もできる」
赤本の言われたとおりに源は防護服のマスクを付けた。
『源、お前が人影を見たのはどこだ。』
『少し戻ったところの駐車場です。車に乗り込んでいるように見えました』
『松田さん、国道沿いの駐車場を調べてくれませんか?そこに人影が見えたらしいです』
『了解です。2班向かわせます』
するとすぐに対人武装で身を固めた隊員たちがその駐車場に向かった。
『源、その人影の特徴は分かるか?』
『確かかなりの軽装だったと思います。防塵マスクも付けていないように見えました』
『妙だな…流石に越境者でも最低限の装備はしているものだが…。本当に人か?』
『それはどう意味ですか?』
『いや、野生動物の可能性もあるだろう。この辺りは動物園から脱走したラクダが繁殖している』
『僕がラクダと人を見間違えたって言うんですか?』
『そうは言ってない。そもそもお前、そんなキャラか?』
『赤本さん!』
突然松田から無線が届いた。
『源班員を連れてきてほしいんですが…』
『何があったんですか?松田さん』
『実は、黒い血が見つかりまして…』
『黒い血?』
赤本たちはすぐ駐車場へと向かった。駐車場の奥のある場所を隊員たちが取り囲んでいる。
『あ、赤本さん。こちらです!』
松田がこちらに手を振っている。早足にその場所に向かうと、隊員たちが道を開けた。そこには確かに、黒いシミがアスファルトにべったりとついていた。
『赤本さん、これ怪獣の血ですよね…』
源が聞いた。
『まず間違いなくそうだろうな。でも何で…』
『やはり源班員の言っていた人影ではないでしょうか…』
松田が深刻なトーンでそう言った。
『つまり怪人がここにいたと?』
『そう考えるのが道理にかなっています。赤本さん、すぐにでも怪人を捜索すべきです』
『ですが松田さん、我々にはまだ浄化作業が残っています。それに、そもそも怪人は動けないのでは?』
『それはそうですが…』
そして一同はその黒いシミを囲んで黙り込んだ。そして最初に口を開いたのは赤本だった。
『……車列の半分を残していきましょう』
『半分ですか?』
松田は驚いて尋ねた。
『機動性の高い四駆をここに置いていきます。相手が怪人だった場合戦車や装甲車は十分に効果を発揮しない。』
『…分かりました。そのように伝えます』
『ではもう行きましょう。今日は天気が荒れそうだ』
赤本は空を見上げて言った。確かに遠くで雷の音がかすかに聞こえる。夜になってから雨が降り始めた。それもゲリラ豪雨と言ってもいいような激しい雨だった。この地方はめったに雨が降らないのでこれは特に珍しかった。窓に打ち付ける雨の音を聞きながら、処理班の面々は車内中央に集まって話し合っていた。この雨で移動は困難と判断されたからだ。
「動く怪人かあ…厄介だね」
緑屋は腕を組んで何か考え事をしている。緑屋がそんな風に考え事をするのは珍しい。
「やはり東京の怪人と関係していると考えるのが自然か」
「そうですね、でもやっぱり怪人が動き回るというのは想像できません」
怪人は、ごく稀に発生する人間が怪獣になった姿であり、普通、怪獣になる過程で自我が崩壊し廃人になる。例外は無かった、今までは。
「赤本、東京からは何と?」
緑屋は聞いた。
「別途捜索隊を送るそうだ。それと、地外研究所の考察では、怪人は平均して普通の人間の10倍から30倍の力を出せるらしい」
「10倍から30倍!」
源は驚いた。
「それじゃあ赤本さんも負けるんですか?」
「……かもしれないな」
赤本が言い終わるや否や、外で銃声がした。
「赤本さん!」
「お前たちはここで待機しろ」
赤本は素早く床下の収納から自衛隊改良型のMP5を取り出し、マガジンを入れて窓から外を確認した。
「松田さん、この銃声は何ですか?」
『怪人です!怪人が…!』
そこで松田の連絡は途切れた。
「どうなってるんだ…」
赤本は運転席に移ると、ヘッドライトの光量を最大に上げると、車の向きを180度回転させた。
「マジか…!」
そこに映し出された光景を見て赤本たちは絶句した。後続の車両は人員輸送車両と四駆の軽車両で、それらはどれも、真っ赤に色が変わっていた。正確には、色が付いていた。それは人間の血だった。そして、地面には四肢をもがれ、胴を砕かれて無残に転がる隊員たちの死体があった。それらは全て、引きちぎられたように乱雑だった。
「まさか…」
赤本はヘッドライトの向きを変え、奥の方を照らした。そこには、原形をとどめないほどぐちゃぐちゃになった隊員の死体とそして、裸足で、血まみれになった患者衣を着た一人の男が立っていた。その男は今まさに、隊員の一人の首を掴んで持ち上げていた。そしてそのまま首を握りつぶし、首という部位を失った胴体はだらんと力なく地面に崩れ落ちた。そして吐血しておびただしい血を吐き出した隊員の頭部を、興味なさそうに放り投げた。その隊員は松田だった。そして男は、こちらを向いた。
「おい!何でアイツが!」
急に赤本が叫んだ。赤本は珍しく表情を露わにしてハンドルを握りしめた。
「ありえない…」
緑屋は力なくそう呟いた。
「…赤本さん、あれが誰か知ってるんですか」
「知ってるも何も…あいつはお前がここに入る前にいた浄化担当員だ。でも…ああクソ!あいつは死んでるはずなんだよ!俺がこの手で殺したんだ!」
赤本の叫びは苦痛に満ちていた。
「ちょっと!赤本さん!」
源は運転席を離れて外に出ようとする赤本を必死で呼び止めた。が、その声は届かなかった。
すでに雨の勢いは衰えており、しとしとと降る雨が赤本の頬を伝った。雨の時特有のアスファルトが濡れる匂いと、それをかき消す生臭い血の臭いと硝煙の臭いがあたりに充満していた。赤本は源たちの乗る車両の前に立つと、ヘッドライトに照らされる血まみれの男を見た。男は近寄っては来ずに、じっと赤本を観察している。それはまるで野生動物の様だった。赤本はしっかりと狙いを男に定めながら、声を掛けた。
「おい!お前黒澤だな?怪獣特殊処理班所属、黒澤吉常。だがお前はすでに死んでいる!一体何者だ!」
「……」
黒澤と呼ばれた男はその呼びかけに答えなかった。その代わり手にこびりついた肉片を口に含むと、すぐに吐き出した。
「ッ……!答えろ!お前は黒澤吉常か、それとも、怪獣か!」
男は今度は反応した。それまでの動作をピタッと止め、そして赤本を見て、不自然なまでに口角を上げてにやりと笑った。男は低くしわがれた声で言った。
「……お前、アカモトだな?」
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