リバースバンドリバース

kamin0

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その9

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僕はいますぐこの場から脱出しなければならない。そう直感した。今僕は、端的に説明すると、僕の彼女とその友達、そしてとある理由で現在行動を共にしている、高校時代のクラスメイト、青井空に前後を阻まれているのだ。そして、最悪なことに、僕の彼女、府海幸はあらぬ誤解をしたらしい。

「人成君、もしかして…」

「早まるな、幸!それは全くの誤解だ、ありえない」

 僕はなんとか説得を試みた。とりあえず場所でも変えて話し合わなければ。

「ありえないって何?」

 不意に後ろから声がした。

「辺野君、私の言ったこと、そんな風に思ってたの?」

 振り返ると空が僕をじっと見つめていた。お前はそんなキャラじゃないだろ、僕はそう叫びたくなった。なんでこのタイミングでそんなこと言うんだよ。絶対からかってる。僕はまた幸の方に向き直った。幸は僕のことを睨んでいた。嘘は絶対許さない、といった感じの目だ。刑事になったらさぞ活躍するだろう。

 僕はなんとかこの状況を打破しようと、周囲を見回した。幸いここは首都高沿いの道、人どおりは多い。なにが幸いなのか分からないが、とりあえず気休めにはなる。

「あ、」

 僕は思わずつぶやいた。僕の目線の先に映っていたのは警察署だった。そして今まさにその正面入り口から一人の若い男性が出てきた。

「あれ、球磨じゃないか?」

 その男性は確かに球磨だった。球磨六星、バンドリバースのギター担当、僕の高校時代一番の友達だった。

「…ほんとに球磨君だ」

 空は驚いた様子で僕の指さす方を見つめた。

「ちょっと、人成君?」

 幸がしびれを切らしたように僕に話しかけた。そうだ、失念していた。

「ああ、いや。探していたメンバーの一人がちょうど見つかったところで」

「え、ほんと?」

 幸はさっきとは打って変わってそう言った。彼女も一応僕のメンバー探しに協力してくれているのだ。

「だからさ、幸。一旦そいつに会いに行ってもいいかな?」

 幸は僕の言った意味をすぐ理解し、また表情を険しくしたが、観念したように、

「分かった。早く会いに行ってきて」

 と言ってくれた。幸には最近迷惑かけてばっかりだな。僕はすぐ球磨のことを追いかけ始めた。

 球磨は反対の道を早足で歩いていた。なぜ早足なのか分からなかったが、それはすぐに判明した。200メートルほど先にバス停があった。そのさらに先には、そこのバス停に止まるらしきバスも見える。バスに乗られてしまったら追いつけない。僕は空に財布とスマホを預けると、バス停手前の連絡橋まで走り出した。この感じだとぎりぎり間に合うか間に合わないか分からないな。僕は連絡橋まで来ると、上に上る階段を二段飛ばしで駆け上がった。高校でもやらなかった足腰の激しい運動に、関節が悲鳴をあげる。そろそろどこかつってもおかしくない。僕は久しぶりに日頃の運動不足を呪った。連絡橋を上りきると、今度は橋の狭い通路を、通行人を避けながらダッシュした。流石に気が引けたが、ここで球磨を逃してしまうと、次はいつ直接会えるかわからない。僕は息を切らしながら橋の反対側まで駆け抜け、今度は一段飛ばしで階段を駆け下りた。

 それが失敗だった。僕は階段の真ん中あたりで視界ががくんと揺れたかと思うと、階段から勢いよく転げ落ちた。人はいなかったものの、地面に着いた時に左足に鋭い痛みが走った。恐らく足の骨にひびか何かが入ったらしい。僕はそのあまりの痛みに立ち上がることが出来なかった。だが、僕の目的は達成された。球磨がこちらに駆け寄ってきたのだ。

「大丈夫ですか、って君、もしかして辺野人成?」

 球磨はそう言って僕の顔を覗き込んだ。

「久しぶり、球磨。痛っ」

 球磨が僕の左足に触れていた。

「これ、折れてるね」

 僕は上半身を起こし左足を覗き込んだ。

「うわ」

 僕は思わず声をあげた。さっきまでなんともなかった足が、ちょうどひざ下の中間で左に少し折れ曲がっている。確かに骨折していた。

「球磨、救急車」

「分かってるよ」

 こうして僕は球磨と最悪の再会を果たした。



「ここは…」

 目を覚ますとそこは病院のベッドだった。そうだ、思い出した。あのあと僕は救急車で最寄りの病院まで搬送されたんだった。確か付き添いは、

「幸?」

「あ、起きた」

 幸はベッド横の椅子に座って本を読んでいた。幸は本をぱたんと閉じるとため息をついた。

「もう、心配して損した。階段から足を踏み外して骨折って。カッコつけておいてダサすぎる。」

 ぐうの音もでない。あの時は痛みでそこまで気が回らなかったけど、確かに滅茶苦茶カッコ悪いな。そういえば結構野次馬も集まってた気がする。

「…こんな彼氏で申し訳ない」

「そう思うんだったら早くその足を治して」

 幸はそう言ってギブスで固定された僕の左足を本の背で軽く小突いた。一瞬鈍い痛みが走った。ほんとに治させる気があるのだろうか。

「球磨は?」

「ああ、あの人?今飲み物を買いに行ってる。」

「そうなんだ。ところで俺、どのくらい寝てた?」

「2時間くらい」

 じゃあ今は大体6時半くらいか。あれ?六時半って、じゃあ球磨のやつ、4時に仕事が終わったのか?随分早いな。いや、そういえばあいつは今警察官だ。たしか警察には交代勤務制があったし、多分それだろう。

「じゃあ空は?」

「ついさっき帰った」

 いささかそっけない気がしたが、何も言わずにおいた。また怒らせるのはごめんだ。

 不意に、病室のドアが開く音がした。そしてすぐ仕切りのカーテンが少しあいて、球磨が入ってきた。手にはビニール袋を持っている。

「あ、人成起きたんだ。はいこれ、のど乾いてるでしょ」

 球磨はそう言ってポカリスエットを取り出した。

「ありがとう」

 僕は遠慮なく受け取ると、あっという間に半分飲み干した。確かに僕は喉が渇いていたようだ。まああれだけ走れば当たり前か。

「久しぶり、人成」

 球磨は僕が飲み終わるのを待ってから、そう話しかけてきた。懐かしい感じがする。

「まさかあんな再会の仕方するとは思ってなかったよ」

「それは、まあ。事故だから」

 僕は耳が熱くなるのを感じた。面と向かって言われるとやはり恥ずかしい。

「それにしても球磨。お前が警察に入るなんてどういう心変わりだよ」

 僕はすぐに話題をすり替えた。

「いやー、いろいろあったんだよ」

 僕はそれについていくつか質問したが、どれも答えをはぐらかされて、芳しい答えは返ってこなかった。

「じゃあさ、球磨。またバンドリバースでバンドをするっていうのはなんで断ったんだ?」

「それは…」

 ここで初めて球磨が返答に詰まった。

「それは、青井さんにも言ったけど、仕事が忙しいんだ。どうしても時間が作れない」

「じゃあなんで今日はこんな早く上がれたんだよ」

 思わず語気が強まる。

「今日は引継ぎ業務がちょうど終わった日だったから」

「引継ぎって、デスクワークなのか?」

 球磨はまだ21だ。キャリア組でもないだろうにそんなことあるのか?

「父親の業務を引き継いだんだ。それ以上は守秘義務があるから言えない」

 球磨は観念したようにそう言った。

「どうしても忙しいのか?」

 僕はダメ押しで聞いてみた。バンドリバースで球磨が欠けるのは致命的だし、そもそも全員そろわなければ意味がないのだ。

 僕の問いに球磨はしばらく沈黙した。そして5分ほどしてついに口を開いた。

「…一日だけなら」

「ほんとか!?」

 聞くところによると、今日から5日後、署内で大きな行事があり、球磨はその行事の幹事を任されているらしいのだ。その業務が滞りなく終われば、定時前には帰れるらしい。

「あんまり期待はしないでね。その行事、毎年トラブルが起こることで有名だから」

 球磨はそう何度も念を押した。

「分かってるって」

 僕はそのたび答えた。まだ望みはある、それで十分だ。





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