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第二章 『厄介な日常』

ソワソワ

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 もうすぐ夏休みということで、今日も皆落ち着かない様子。
 まあ分かるぞ。分かる。高校生活最初の夏休みなんだもの。想像しただけでもテンションが上がってしまうよなぁ。
 しかし。
 本日のソワソワは、それとは一味違うのである。

     ○ ○ ○

「今日はお前達の新たな仲間を紹介するぞ」
「羽衣冬。よろしく」
 そう。
 言わずもがな、皆が浮ついていた理由は彼女。転入生が来るなんて一大イベントではしゃがないという手はない。
「なぁ、羽衣さんめっちゃ可愛くね?」
「それな! 飾ってない冷え冷えとした美しさって惹かれるよなー」
 加えて、この学年には居なかったタイプの顔立ち、淡々とした話し方。クラスの八割くらいの人間が心を射抜かれたに違いない。
「……晃狩さん、どうお思いですか? 羽衣さんについて」
 やはり愛ちゃんも羽衣さんの話題を早速出してくる。
「え? どうって……。ちょっと冷たそうかな~、って感じかな」
「そう、ですか」
 安堵なのか無関心なのか予想しがたい反応。
 かなり顔面偏差値が高い子だったから、俺の心が動いていないか不安になったのかのしれない。
 動くも何も俺は愛花一筋なんだがな。
「愛ちゃんはどうなの? もしかして悪い印象受けた?」
「悪い印象というか、知っている人でして」
「! ってことは、お金持ちなの?」
 こんな質問をすると金にがめつい奴に見えてしまうかもしれないが、相手が愛ちゃんだしまあ大丈夫だろう。多分。
「はい。メイさんの所の分家の人です。……なんでも、かなり我儘な方らしくて」
「へ~、厳しく教育とかされないものなの?」
「家にもよるとは思いますが、一番上の子にばかり構ってしまう保護者様って結構多いみたいなんです。かく言う私も、末っ子なのであまり畏まった教育は受けていませんからね」
「そうなんだ。なんか意外」
 名家の人って厳格そうなイメージがあったけれど、案外そんな事もない様子。ちょっと愛ちゃんのご両親が気になってきたな。

「どーいうことよ‼ どうしてアンタがここに……」

 うっ、この甲高い声はもしかしなくとも──
「メイさん! 一体どうなさったのですか?」
「あ。愛、どうして冬が居るの⁉ まさか転入してきたとか?」
「その通りです。かなりの層から人気を得ているようですよ。そんなに焦ってどうされたんです?」
 落ち着いた声の愛ちゃんだけれど、いつもと違って視線が泳いでいる。加納院さんも少し変だし、羽衣さんって悪い人なのだろうか?
「どうされたんです? じゃないわよっ。言わなくたって知ってんでしょ⁉ アタシの敵がまた増えちゃったじゃないの」
(敵……?)
「私に文句を言われても……。メイさんの所の方なのですから」
「そうだけど。よりにもよって、相手が冬というのが痛いわね。あの子は私ですら認める美少女よ。多田さんが心を奪われる確率は少なくとも11%。二桁も有るだなんて笑えないわ」
(あ、敵って恋のライバルってことか)
「ですがそれだけなら、大したことじゃないのでは?」
 加納院さんの導き出す確率なんて微塵も信用していない愛ちゃん、どうでもいいとその話題をすっ飛ばそうとする。
 そんな彼女を見た加納院さんは嘲笑しているかのような表情でハァ、と息を漏らす。
「当然、それだけなんかじゃないわ。あの子というかあの家自体が、とてつもなく聞き分けが悪いというか何というか、兎に角自己中なのよ。何でも金さえあれば何とかなるとでも思ってるのかしら」
「ですがその性格なら、私達の脅威となることはないのでは?」
「これだけ聞けば、そう思うわよね。先程の11%というのも、顔面だけ見た時の数値だし。けれど奴は持ち前の傍若無人ぶりをブチかまして我々の邪魔をしてくる」
「──ハッ! なるほど、その可能性は大いにありますね」
 今まで軽く安堵の中に居た愛ちゃんが、再び不安の沼に引きずり下ろされる。
 そんな真剣に考えなくとも、俺は愛花が好きなのに……。分かってもらえないものかな。
「さっきから、ブツブツ悪口言ってるの、貴方達?」
「「⁉」」
 おやおや。
 なんと御本人のお出まし。さすがに二人共、瞳をぱちくりさせているみたいだ。
「自分達がブスだからって僻みは、醜いよ」
 羽衣さん、中々口が悪いみたいだな。二人の言っていたことが分かってきたような気がするぞ。
「なっ……」
「そういうつもりで言ったのではございませんよ。そう聞こえてしまったのならお詫びしますが、単純に身内の話で盛り上がっていただけですので、履き違えないでいただけると」
「ふ~ん。どうだか。でも、もうやめてね。──晃狩様は、きっとそういう所も見てるよ」
「えっ、俺……?」
 羽衣さんはニコリと微笑んで、自分の席に戻っていった。
 やれやれ……また、厄介な人物が増えてしまった。
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