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第二章 『厄介な日常』

友達と友情

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「晃狩さん、爪綺麗ですね~」
「え? そんな事ないって。愛ちゃんの爪の方が綺麗だと思うよ」
「いえいえ。私は毎日手入れをしていますが、晃狩さんのそれは爪の放つ真の美しさが故。流石ですね! 心の美しい方は、体の隅から隅までが秀麗なのですね! 感動です」
「言い過ぎだって……。というか、小熊さんは?」
 何故かずっと互いの爪を褒め合っていたが、小熊さんはどこへ行ったのだろう。
「あぁ、凛々さんならあちらです」
 前方に愛ちゃんが手を指し示す。
「ん? ……あっ」
 楽しそうに会話を楽しむ小熊さんの姿がうかがえる。
「体育祭での見事なコーチのお陰で、色々な方と仲良くなれたみたいですよ。凛々さんにお友達が増えて、私は嬉しいです!」
「へぇ。良かったね。まあ確かに、あの姿を見たら尊敬するよね」
 他人に厳しく指導する立場として彼女は、見事な走りを見せてくれた。友達になりたいという気持ちも、分からなくはない。
(実際の所、俺と小熊さんって友達なのかな? う~ん?)
 でも愛ちゃんと俺は多分友達という枠に入っているから、小熊さんとも……友達だろう。
「私ですら、あの走りには敬服致しました。自分では到底足元にも及ばぬようなあの走り……! 軽やかで、かつ品があって、とにかく美しくて、スピーディーで……語ってしまうとキリがありませんっ」
「確かに、あの走りはねぇ」
「ですよね! 本当、凛々さんと友達になって良かっ──」
「愛! 今すぐ彼から離れなさい!」
 突如響いた、女子の声。
(誰?)
 聞いたこともない声だ。というか、愛ちゃんのことを『愛』と呼び捨てにしていた。知り合いなのだろうか。
「あら、アナタは……」
「兎に角離れなさいよ! なにせ、二人の相性は16%なのだから!」
 声の主は強引に、愛ちゃんを後ろに引っ張った。しかし、愛ちゃんはそれをものともせずに直立の姿勢を維持していた。
「相変わらずね。不意打ちでも全然効きやしない」
「アナタこそ、全く変わっていませんね」
 こんな会話をするのだから、俺と香山のようにいつも一緒にいるような関係ではないのだろう。
「えっと……誰?」
 か細い俺の問い掛け。けれどそれが二人の会話にかき消されることは無かった。
「まあ、幼馴染って感じですね。彼女は三代財閥の内の一つ、かの──」
加納院かのういんメイよ! 真に貴方と結ばれるべくはこの私! だって、二人の相性は98%なのよ?」
 加納院さんは俺の両手を包み込みそう主張した。
(出会っていきなり告白って……)
 愛ちゃんもそうだったが、お金持ちとは感覚がズレやすい生き物なのだろうか?
「ハハハ。えっと……。彼女は占い好きなの?」
 助けを求めるように愛ちゃんに質問した。
 相性だのどうのと加納院さんは口にしているが、何を根拠としたものだ? どうせ彼女の中で適当に作ったものだろう?
「いえ、どちらかというと、何事も百分率で表したがると言うべきでしょう」
「そうよ。私と多田さんが恋人になる確率は、驚異的な100%! 愛がつけ入る隙きなんて無いという事ね」
「初対面のアナタに、晃狩さんが心を開くものですか」
「黙りなさい、愛。貴方のお父様から聞いたわよ。アンタだって出会った初日に告白……いや、買収しようとしたのでしょう? 人の事言えないわね」
 加納院さんの言葉に、愛ちゃんは頬を紅潮させた。あの事は本当に恥ずかしい行動だったと反省しているのだろう。
「メイさんには関係ないでしょう。それに、今では立派な信頼関係を築けているのだから良いんです!」
「そう。私もまずは、友達から始めるつもりよ。多田さんのデータを集めるのに時間が掛かったけれど、進展はあった。それは──『彼』の存在ね」
 あまり俺の知らない所で調べ回ったりはしてほしくないな……。
 以前香山が愛ちゃんに怒っていたのも頷ける。
「『彼』、とは?」
「多田さんの親友・香山数馬クンよ。非常に有能よ、彼は。高級なお菓子を渡せば、あらゆる思い出を語って下さったの」
「なっ! 私が知らないエピソードまで知っているという事ですか……!?」
「そうかもしれないわね」
 加納院さんは不敵に微笑む。
(あの野郎。とりあえず、後で10発は殴っておかないと)
 アイツは食べるのが早いし、基本空腹だ。おそらくは渡されたのが高級品でなくとも、ベラベラと過去の事を語ったに違いない。
「あれ、というか、加納院さんは香山と同じクラスって事だよね?」
「えぇ。C組よ」
 あ、やっと納得がいったぞ。そういう事か。
「日溜君が言ってた別の金持ちって……加納院さんのことだったんだね!」
「べ、別の金持ち!?」
 そのワードを聞き、愛ちゃんもあっ、と反応を示す。
「愛が『主の金持ち』みたいな言い方ね。気に食わないわ」
「だって君のこと知らなかったし……」
「ハァ、まあ仕方ないわね。で、そこにどうして日溜が出てくるのよ」
 不服そうに加納院さんが尋ねる。
 俺は足を指差して、こう答えた。
「特別なシューズを作ったんでしょ? ズル勝ちする為に」
「えっ! アイツ他言しないって言ってたのに……!」
 驚愕した表情で壁を叩きつける。怒り過ぎだろう、いくら何でも。
「過ぎた問題にどうこう言っていても仕方ありません。ひとまず今日のところは、「お友達になりました」って事で終わりに致しましょう」
 愛ちゃんが上手く場をまとめ、自分の席に戻っていった。そしてこちらに手招きする。
 その手に引かれるようにして俺が愛ちゃんの元へ歩いていくと、加納院さんは顔を歪ませて去っていった。
「あれでも、私にとっては少ない昔馴染みなのです。仲良くしてあげて下さい」
「……」
 彼女のことを快く思っていなそうな態度をとっていたから、この発言には驚いた。
(愛ちゃんがそう言うんなら、まあ……)
「うん」
 笑顔でそう返してみせた。
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