三流魔法使いの弟子

さくな

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「何が目的…?」

私がそう聞けば、男は窓のヘリに寄り掛かるのをやめ、私に近づいてきた。私は相手が距離を詰めるごとに後ろへ少し下がる。

「人を探しているんだ。『世界一悪い魔女』の話を聞いたことはあるか?」

「…おとぎ話の話かしら?」

そんなはずはないと分かっていながら私は口を開く。だって、聞きたくない。悪い予感しかしない。彼の言葉の続きを聞きたくなくて、私は話続ける。

「世界一悪い魔女は命を対価になんても願いを叶えてくれる。それが正しいことでも、悪いことでも。でも最後に魔女は『勇者様』に討伐され、『勇者様』も一緒に命を落とす。勇者の亡骸からはたくさんの花が咲き、魔女の荒らした土地、人々の心を癒してめでたしめでたし…このお話から子供が言うことを聞かない時、『世界一悪い魔女に差し出すよ』っていうのが母親の常套句になっているって話?」

「いや違う…」

饒舌にしゃべり始めた私に少し引きつつ、男は真剣な面持ちをして口を開いた。

「…俺には前世の記憶があるんだ…」

あ、どうしよう…。すごく聞きたくない。

私はそう思いつつ、目線を遠い彼方へ向ける。

「前世、俺の職業は勇者だった。物語のように俺は世界を危機に瀕しに追いやった勇者だったが…」

「…」

そういった彼の表情に陰りが差す。「そんなことない。あなたはしっかり責任をとった」なんて口を滑らせたらおそらく厄介なことになるだろう。そう思った私は黙ったまま彼を見つめた。

「悪名高い世界一悪い魔女と契約して、なんとか世界は救われたが、気づいたら俺は生まれ変わっていて…姿形も変わっていた…」

「それで?その魔女も転生しているだろうから、その人を探そうって?気が遠くなる作業ね」

蔑むように嘲笑うと、彼は傷ついたように笑った。

「…信じてくれるのか?」

「信じる、信じないの前にそんな無駄なことをする必要はないわ。転生したなら今の生を楽しめばいい。とりあえず、あなたは目立つ見た目をしているんだし、姿くらい変えたらどう?」

私はそう願って彼を転生させたのだ。なのにどうしてまたそんな悲しそうに笑うのだろうか。

「…不幸なことに俺の周りに魔法を教えてくれる人はいなかった…両親は普通の人間で…」

頭が痛くなる。普通の家庭に魔女、さらにアルビノなんて、ろくな人生を送れるはずはない。神はこんなにも彼に試練を課して一体何をさせたいのか…。なんて信心深くもないくせに神を呪う。彼の今の状況は少なからず私のせいでもある。

大きく溜息をつき、私は口を開く。

「姿を変える呪文だけなら教えてあげる」

これは私の罪滅ぼしだ。少しでも彼がこれから幸福な道を歩めるように…。

「いいのか?」

「ただし、私は魔女の世界で『三流』と呼ばれているの。あまり教えるのも、呪文も得意じゃないわ」

そういうと、彼の顔から悲しみがなくなり、満面の喜悦の色を浮かべた。

「ありがとう!今までここまで親身になってくれる人はいなかったんだ!みんな俺の頭がおかしいと笑ったり、蔑んだりしてきたから…」

そりゃあそうでしょうね。彼の言葉を聞いて呆れることしかできない。

突然、前世の記憶がありますなんて…突飛すぎるだろう。でも私は笑うことも蔑むこともしない。だっで彼を転生させたのは私自身なのだから。少しでも罪滅ぼしになればと思い、彼の瞳を見つめる。そこには『勇者』時代の強い光を帯びた瞳。

私は、今度こそ間違わない。目の前の彼を今度こそ、幸せな道を歩ませてみせる。そう心に誓い、手を差し伸べる。

「私はエマ、あなたは?」

「俺はロイド、ロイって呼んでくれ、師匠」

何の疑いもなく私の手を握り返す手。くったくなく笑う彼に、眉を下げる。

彼は『勇者』時代とまったく変わっていないようだ。相変わらず人の良い笑顔。優しく温かい雰囲気。きっと今まで辛いことも多々あっただろう。そういったことを微塵も感じない。そんな彼に感心しつつ、口を開く。

「師匠ってガラじゃないからエマって呼んで。よろしくね、ロイ」

「あぁ、よろしく」

ロイは穏やかに笑い、目を細めた。

前に指を絡めたのは契約のため、まさかまた手を触れ合わせることがあるとは思ってもいなかった。手を触れ合わせた瞬間、胸に少しだけ温かさが宿った気がした。それに眉を寄せながら笑う。ロイには困った顔に見えたであろう、少し不思議な顔をされてしまった。

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