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欲深き死人の願い

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「で?…なんでお前は成仏していない?」

「知らん!!ガハハハハ!!」


ジェイスは朝早くヴェル・トゥーエの邸宅で起きると…
すぐにゼオンの墓に向かった。

彼がちゃんとシエルの地へ行ったかどうか確かめるためだ。

オバケミエールもとい『フィン・ドイル―の霊薬』を飲み墓に入ると…
その男はまだそこにいた。


「パーティは約束通り行った…お前の望みである業者達の問題も解決した…なんでシエルの地へ旅立たない?」

「まぁ、いいじゃねぇか…お前らの目的は邸宅に悪さをする幽霊を排除することだろ?もう悪さなんかしねぇから心配すんな!ガハハハハ!」

「おい…」

「俺はこれからも幽霊として暮らすぜ!ガハハハハ!」


ジェイスは…彼の言葉に違和感を感じていた。


「ゼオン…まだ何か心残りがあるんじゃないのか?」

「…?いや、本当にねぇって」

「…本当か?」

「本当本当!いや、マジで本当!」

「…」


幽霊には目的がある。
だからこそ現世に残るのだ。

その目的は、後悔からくる憎しみや悲しみからくるものがほとんどだ。
未練と言えば話がはやい。

未練のない…
つまり目的を果たした幽霊にとって、現世は辛い場所だ。

何にも干渉できず、何からも干渉されず…
ただ孤独で、ひたすらに傍観者でいるしかなくなるのだから。


「ゼオン…まだ何か隠しているだろう?」

「…」

「はじめてお前に会った時、俺は霊を供養する呪文を唱えた…しかしお前には効かなかった…」

「…」

「もしかして…シエルの地に行きたくても…行けないんじゃないのか…?」


ジェイスはヨルデシンド領にきてからすぐに気づいていた。
ゼオン・ヴェル・トゥーエという幽霊が異質であることに。

供養する呪文で旅立たず…
10年前からここに居座る幽霊。

現世にいるのには理由が間違いなくある。

しかしゼオンは…
それをジェイスに話そうとはしなかった。


「なぁ、話してくれ…辛いのはお前だろう?」

「…」

「自我の残る幽霊には目的がある…お前の目的は果たされたはずだ…目的も無く現世になんの影響も与えることができず、ただ息子やその家族が老いるのをずっと見続ける気か?」

「…」

「話してくれ…」


ジェイスはゼオン自体も何か問題を抱えていることを悟った。
そして、その問題が何なのか…彼に問いただす。

しかし…


「できねぇ…」

「…」

「話すことはできない…すまねぇな…」

「…」


ゼオンはかたくなに話さなかった。
しかしジェイスは、その答えを自分で導き出す。

いや、幽霊が目的もなく現世に留まっている理由など…
もう数えるほどもなかった。


「まさか…『死霊術』か…?」

「…」

「死者を対象にした呪い…お前、誰かに『死霊術』を掛けられて、現世に縛り付けられているのか?」

「…」


常に笑顔だったゼオンが…
少しだけ自分の表情を隠した。


「おい…そうなんだろ?誰に呪いをかけられた?『死霊術』を使える魔術師なんて限られている…なによりホークビッツでは禁止されている呪術だ」

「…」

「…話してくれ…」

「…」

「…」

「すまん…言えない」


なぜゼオンが隠すのか…
ジェイスにはわからなかった。

しかし、モンスタースレイヤーとして…
いや、1人の人間としてゼオンをこのままにしていてはいけないと思った。


「わかった…もう誰に呪いをかけられたのかは聞かない」

「…」

「しかし、乗りかかった船だ…お前は必ず成仏させる…」

「…いや…いいんだ」

「…?」

「確かに幽霊のままいるのは辛くて寂しいが…これは俺が選んだんだ…お前に、これ以上迷惑かけるわけにはいかねぇ…」

「…」


欲深い幽霊とは思えない。
そんな言葉を聞いて、ジェイスは…


「お前は…欲深き死人でいろ…」

「…」

「自分の最後は他人以上にもっと欲深くなれ…その方がお前らしい…」

「お前…」



「ゼオン…お前は俺が必ずシエルの地へ旅立たせる」







ジェイスはティナリス伯爵のもとへ戻ると…
完結にゼオンの状態を話した。


「『死霊術』…」

「あぁ…ゼオンは誰かにそれを掛けられて、現世に縛り付けられている…」

「一体誰に…?」

「わからない…本人が話そうとしない…『死霊術』の種類はいくつかあるが、どれもホークビッツで禁術とされている古い術だ…強力な魔術師か、呪術師の仕業と見てる」

「…」


伯爵は真剣にジェイスの目をみる。


「解けるのか?」

「…」

「どうなんだ?」

「残されたやり方は…一つだけだ」


そしてジェイスは、ヨルデシンドの最後の問題を解決に導く答えを伝える。


「本来『死霊術』は、術者でないと呪いを解除することはできない…」

「それじゃぁ…」

「しかし、死者を対象にした術だからこそ、裏技が存在する」

「…裏技?」

「あぁ…それは…ゼオンを生き返らせることだ」

「…なんだと?」

「正確に言えば本当に生き返らせるわけではない…ゼオンの魂に仮の肉体を与えることで、一時的に『生者』と同じ状態を作る…死者を対象にした呪術である『死霊術』は、ゼオンを『生者』として判断した段階で解除されるはずだ…」

「ちょっとまて…ゼオンの魂に肉体を与えるって…それって…」


伯爵はここで違う不安におそわれる。

死体に魂を与えることで生まれる存在を知っていたのだ。
いや、この世界にいれば誰でもその存在を知っている。

死体の姿で練り歩き、死体を食らう存在。
すなわち『死体漁り(グール)』だ。


ジェイスは伯爵がこの不安を抱くことを当然わかっていた。
しかし、一方でその不安はすぐに取り除けることも知っていた。


「安心しろ…グールにはならない」

「…」

「グールは死体に死者の魂が入った場合に生まれる怪物だ…ゼオンの魂を入れる肉体が生きていれば、魂が入ってもグールにはならない…」

「生きてる者…にゼオンの魂を入れるということか?」

「あぁ…単刀直入に言う…ティナリス伯爵…あんたの肉体を使ってゼオンを一時的に生者にする」

「…」

「魂は血と深い結びつきがある…術自体に生者と錯覚させるためには、アンタの肉体にゼオンの魂を入れるしかない…」

「…」

「しかし、無理強いはしない…」

「…どういう意味だ?」

「ゼオンは幽霊だ…アンタの肉体にゼオンの魂が入るとは、すなわち『とり憑かれている』のと同じ状態になる」

「…」

「アンタがゼオンを信頼して…肉体を差し出す覚悟が必要だ…」

「…」

「…」


伯爵はジェイスから目線を外す。
そして…ジェイスが初めてここに遣って来た時に見せた写真を手に取った。

ゼオン・ヴェル・トゥーエが、大きな口を開けて笑うあの写真だ。


「覚悟…か」

「…」

「そんなもの…とうに出来ている…ゼオンが死んで…ヨルデシンド領の領主になった時からな…」

「…」

「モンスタースレイヤー…」

「?」




「俺の身体を使って…ゼオンをシエルの地へ送ってやってくれ…」



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