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淫魔より淫らなモノ

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イーストレア村の南東の森を抜けると…
ゴツゴツとした大きな岩で溢れる場所にでる。

昼過ぎということで見晴らしもよく、
森からでてきたと思われるシカが日光浴をしているような、のどかな場所だった。

ジェイスの腕には、小さなゆりかごが抱かれている。
その中にはサラの娘…アンナが眠っていた。

ここまでは馬となったディページに乗ってきた。
しかしディページは寝起きだったこともあり、いつも以上に揺れた。

そんな中でもゆりかごで横になるサキュバスの幼体は…
動じることなくすやすやと無防備に眠り続けていた。


「…」

「ブルル…(ついたよ)」 


ジェイスはディページから降りると…
「揺れずにちゃんと走れッ!」という意味を込めてディぺージのお尻を強くたたいた。


「ブルルル(いったいなぁ…)」

「酔うんだよ…これだけ揺られると」


ディページはお尻をさすりながら人間の姿に戻ると…
馬鞍をリュックのように背負い、あたりを見渡して大きなあくびをした。


「ふわ~あ…このあたりだよね?」

「あぁ…」

「それにしてもこの子全然おきないねぇ…」

「淫魔は成体になるまでの間、ほとんどを眠って過ごすんだ」

「そうなの?」

「あぁ…たくさんのエネルギーを成長につかうからな…」


2人は歩きにくい砂利道を歩く。
辺り一面岩ばかりだ。
南には大きな岩山も見える。

ジェイスは砂利道を歩きながら、淫魔の痕跡を探す。


「…みろ」

「…?」

「羊のようなヒヅメのあとだ…こんなにたくさんある…」


砂利道に残る羊のようなヒヅメの足跡。
そこら中にある。

これは淫魔達がここを何度も往来しているというなによりの証拠だった。

しかし足跡には、人間の成人男性のものと思われる靴の跡もたくさん残っていた。
村の男たちがここに出入りしているということだ。


ジェイスは足跡を辿り…
南に見える岩山に向かった。







足跡を辿った先は…
岩山にぱっくりと開いた大きな口のような洞窟だった。

外から見ると中は相当な広さのように見える。
一部吹き抜けた天井から光が差し込んで、洞窟の中も見通しがいい。

洞窟の入口には香りの強い花の花弁だけそこら中に散らばっていた。


ジェイスは…
すぐに剣を抜ける準備をしていた。

淫魔は、決して人に暴力をふるうような悪魔ではない。
決して戦闘が強いわけではないのだ。

もし仮に数人の淫魔に襲いかかられても、ジェイスが敗れるようなことは決してない。

しかし、今回の場合は特殊だ。
淫魔たちの巣がどれほどの規模になっているか想像もつかない。

もし仮に40~50体で襲いかかられたらさすがに太刀打ちできない。
ジェイスは細心の注意を払いながら、一歩一歩洞窟の中に足を踏み入れる。


「…」

「…うわ…」


洞窟の内部は…外から見るよりもずっと広かった。
岩の天井もとても高い。

洞窟の内部には、そこら中にベッドのように敷き詰められた牧草の束が並んでいる。
地面にはこれでもかというほど鮮やかな花びらが撒かれていた。

洞窟の入り口には、どこかの村の物資と思われる木箱のようなものもある。
食糧を援助している人間もいるということだ。

しかしそんなことは…
今のジェイス達にとってはどうでもいいことだった。

洞窟のあちこちに、おびただしい数の裸の女性達がいるのだ。

皆整った顔立ちと、豊満な胸と尻。潤う瞳と色気たつ唇。
その頭には2本の大きな巻き角を持ち、ヒザから下は羊。

そう…淫魔達である。


「…」


何度もいうが、洞窟は決してせまくはない。
しかし、まるで歓楽街の裏口にはいってしまったのではないかという人口密度だ。

ジェイスはその数を冷静に頭の中で計算する…
40~50なんて甘っちょろい数じゃない。有に100体以上の淫魔がこの洞窟の内部にいた。

洞窟の隅を見ると…
男性型淫魔であるインキュバスが一か所にかたまっていた。
皆牧草の上に寝そべって…元気がない。

インキュバス達の姿はすでに成人して数年経過しているように見える。
おそらく寿命が近い個体なのだろう。

一か所に固められているインキュバスとは違い…
サキュバスはそこら中を歩き回っていた。

中には腹を膨らませている者もたくさんいる。
村の娘たち同様に妊娠しているのだ。

不思議なことに…
ジェイスとディページを見ても誰ひとりといて警戒しているそぶりをみせない。

それどころか…


「!」

「おっ」


数人のサキュバスが2人に近づいてきて…
何も言わず、ただ身体をやさしくなで始めた。

そしてそのまま…
妖艶な笑みを浮かべながら、服を脱がせようとする。

ジェイスはその姿をみて…
身体に触れるサキュバスに冷たく言い放った。


「触るな…」

「…」

「…」


ジェイスのその言葉を理解したのかしてないのか…
サキュバスはジェイスから手を離す。

巣の規模はジェイスが想定していたよりもずっと広く…
おそらく戦闘になれば勝ち目がないと感じていた。

しかし相手に舐められてしまっては交渉することはできない。
ジェイスは毅然とした態度で声を発した。


「しゃべれる奴がいるはずだな…?」

「…」

「…」


その問いに…
ジェイスに触れていたサキュバス達は答えない。
ただ淫靡な瞳で見つめるだけだ。

しかし洞窟の奥から…
少し低めな色気のある女性の声で、その問いに返答がある。


「いらっしゃい…おしゃべりがしたいの?」

「…」


そのサキュバスは、髪が誰よりも長く…
頭の上で団子のように可愛らしく結んでいた。

頭の巻き角と胸はどのサキュバスよりも大きく…他の個体に比べ年齢も高い。
それを見たジェイスはすぐに彼女がこの巣の女王であると理解した。


「この巣の女王だな?」

「えぇ…そうよ」


女王はジェイスの身体をまじまじと舐めまわすように見る。
靴、足、腰、腹、胸、首…そして唇…

最後にすっと目を合わせ…
こう言った。


「村の男じゃないわね…あなたたち…」

「あぁ…」

「私たちは男性であればだれでも歓迎よ…」


その言葉ひとつひとつが…
まるで男を誘うように色気があった。

だんだんと周囲にサキュバスが集まってくる。

ジェイスは囲まれるのだけは避けたかった。
淫魔は集団になると強力な魔法を使う。

しかし後退することもできなかった。
恐れていると悟られれば…決してこの交渉を成立させることはできない。


「これだけの規模の巣が…よく今まで気づかれなかったものだな…」

「あら…何度も気づかれたわよ…?」

「…」

「でも人間の男の人はみーんなやさしいから…」

「俺のようなモンスタースレイヤーは来なかったのか?」

「あら…あなたモンスタースレイヤーさん…?」

「あぁ…しかも腕利きのな」

「たくましいのね…モンスタースレイヤーか…今まで来たのかも知れないけれど…私は覚えていないわね」

「…」

「だってみんな…ここに来たら私たちに甘えて帰るだけですもの…あなたが抱えているその赤ちゃんみたいにね」


女王はジェイスの抱えているゆりかごに視線を送った。
その間、ジェイスは女王から決して目を離さなかった。

目を離した隙に何をされるかわからない。
…そう、確信していた。

ジェイスは、抱きかかえていたアンナをサキュバス達に差し出す。


「村の娘が生んだサキュバスの幼体だ…あんた達が連れて行ってくれ…」

「あら…わざわざ持ってきてくれたの?…ご親切にどうも…」


一番近くにいたサキュバスが何も言わずゆりかごを受け取り…
洞窟の奥へ消えていく。


「これほどの数…あの村だけじゃなかったんだな…お前らの繁殖に使われている村は…」

「どの村のことかはわからないけど…ここに来る男たちはみ~んなお得意さんよ…?…もうこの地に住んで12年になる…人間の男性はやさしいからだ~い好き…」

「…」


ジェイスは…
端的に彼女に交渉を開始する。


「この地域から出ていけ…さもなければここにいる奴ら全員駆除しなくてはならない…」

「…」

「…」


それを聞いた女王は…
少し黙って、考えるようなそぶりを見せたあと…


「あら…残念ねぇ…」


と、一言だけ返答した。

そしてジェイスの身体をもう一度舐めまわすように見た後…
しっとりとした口調でこう言った。


「でも…まぁ…そんなことより…少し疲れてるんじゃない…?素敵な剣士さん」


女王は他のサキュバスと目を合わせる。
すると数人のサキュバスが、再びジェイスとディページの身体にまとわりつく。


「とりあえずおしゃべりは…ちょっと休んだあとにいかが?」

「…」










バシュッッ!!!!!!!




「きいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!!」

「!?」



その瞬間…
ジェイスにまとわりついたサキュバスの一人の腕から肩が無くなった。

まるで大量の絵の具をぶちまけたように傷口から血が噴き出し…
女王や他のサキュバスの身体を赤く染める。

一瞬でその場にいたサキュバス達の表情が…
本来の姿である悪魔のように醜悪になった。

しかし女王だけは美しい姿のままで…
うすら笑いを浮かべるように、ジェイスを見つめていた。

ジェイスは剣の血を払い、鞘におさめる。


「言っておいたはずだな…?俺に触れるなと」


何も返答せずにただジェイスをじっと見つめる女王に…
ジェイスは言葉を放つ。


「お前らの『惚れ魔法』は俺には効かない…次同じように俺に触れたら…ここにいる淫魔全員を肉の塊に変えてやる」

「…」

「頑固なひとね…楽しいのよ…?私たちとあ・そ・ぶ・の」

「お前らがどんな悪魔なのかは知っているつもりだ…」

「性を食い物にする下劣な悪魔だと…そんなこと言いに来たのかしら?」

「お前らが淫魔としての生を全うしているだけということはわかってる…巣がここまで大きくなったのは、我々人間のせいでもあることも理解しているつもりだ」

「そこまでわかってて…それでも私たちをここから追い出そうとしてるの?」

「そうだ…」

「12年も私たちといいおもいをした無様な男たちを救うために…私たちを殺せるというの…?」

「そうだ…」

「本当に…自分勝手な生き物なのね…人間って…」



色気のある声で冷静を保っているように見える女王だったが…
その瞳の奥には、強い警戒心が伺える。



「…そんな人間に寄生することを選んだのは…お前らの祖先だ」

「…」

「…」

「ここを離れて…私たちがどこかへ行けるとでも?」

「いけるさ…山を越えることになるが、フュリーデント公国をでてヴィンドールという国へいけ」

「…」

「ヴィンドールには人間の法はない…俺みたいなモンスタースレイヤーが足を踏み入れることもほとんどない…何よりヴィンドールは外から来た存在がどんなものだろうと、全てを受け入れる」

「…私たちが国境を越えられると?」

「俺がホークビッツ大使として出国の印書を書いてやる…ここにいる全員分な…」

「…村の男が言っていたわ…今この国の出入りは難しいって…私たちを騙す気でしょ…?」

「グラインフォールの国境は確かに難しいが、ヴィンドールは反対側だ…お前たちなら頭の角を隠して服を着れば、日銭を稼ぎながら人間に交じって旅をするのもそう難しくはないだろう…馬を使わなくても20日足らずで山も越えられるはずだ」

「村にはまだ妊娠した娘がいるはずでしょ?生まれてきたサキュバスはどうするつもり…?」

「どんなに遅くても15日以内には皆出産する…お前たちが連れていけ…それから旅を始めればいい」

「…」

「…」


少しの沈黙。


「断ったら?」

「何度も言わせるな…駆除する…ここにいる全員だ」

「…」


女王は…
洞窟の奥を指さした。


「さっきあなたが連れて来た…あの子も?」

「…当然だ」

「…」

「…」


ジェイスは…
決してここで折れてはいけなかった。

勝負になれば勝ち目はほぼない。

しかし女王がジェイスの力量を知らない今であれば…
淫魔は無謀な戦いをするような悪魔ではない。

ジェイスは断固とした態度で交渉を続ける。


「…」

「…」

「いいわ…」


この返答に最も安心したのは…
誰でもない、ジェイスであった。


「でも…私たちばっか損して…不公平じゃない?」

「…」

「ちょっとしたゲームで…私たちと賭けをしない?」

「ゲーム…?」

「えぇ…あなた達が勝ったら…黙って言われた通りにしてあげる」

「俺達が…負けたら?」

「このあたりの村の男を全員…一緒に連れていく」

「…」


サキュバスからすれば当然の要求であった。
ここを追い出されたとしても、淫魔のいいなりになる人間の男さえいれば、またすぐに大きな巣を形成することができる。

ジェイスはこれを飲むか頭の中ではそうとう悩んだが…
断って戦闘になることは避けた方がいいと思った。


「わかった」

「んふ」

「…それで、どんなゲームなんだ?」

「簡単なゲームよ…村の男たちと暇つぶしにやっていた、ちょっとエッチなただのお遊び」

「…」


すると奥から一人のサキュバスが、綺麗な装飾の施された手のひらほどの木箱を持ってきた。
女王はその木箱を受け取ると、ぱかっと開いてジェイスに中を見せた。


「…」


洞窟内に…素朴で綺麗な音楽が流れる。
木箱の中身はオルゴールだった。


「箱を開けると音が鳴って…箱を閉じると音が消える…村の男が私にくれた素敵な素敵なプレゼント…」

「オルゴールか…」

「えぇ…」

「それが?」

「このオルゴールを…ここに置いておく…」


女王は5歩ほど後ろへさがり、地面にオルゴールを開いたままの状態で置いた。
音楽はまだ流れ続けている。


「このオルゴールは…2分ほどで自然に音楽が止まるの…それまでに箱を閉じて音を消したらあなた達の勝ち…」

「…それだけか?」

「えぇ…だけど当然私たちは邪魔をする…あ、心配しないで…暴力とかは好きじゃないから」

「…」

「でもそっちは私たちに触れちゃいけない…箱だけしか触っちゃいけない…」


ジェイスは女王の狙いをすでに見極めていた。
おそらく何かしらの誘惑を仕掛けて、箱を閉じさせない気だと。

ジェイスは、決して誘惑に負けない自信があった。
最悪自分の身体を切り刻んででも、オルゴールを閉じることができると。

しかし…


「じゃあ…はじめようか…」

「あ…まってまって…」

「なんだ?」

「勝負するのはあなたじゃなくて…」

「…」




「あなたの後ろにいる…か・れ」
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