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たまには忘れものでもいかがです?

28 エミリー・テンプル・キュート④

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世界には愛の歌が溢れてる。


「EGクラスの藤田…また男に酷い振られ方したらしいよ」


ドラマや映画、漫画やアニメ、小説投稿サイトにだって…
恋愛の話ばっかりじゃない…


「本当に男運ねぇな。あいつ…女友達もほとんどいないらしいぜ?」


私の…何がいけないの…


「男できると、それしか見えなくなっちまうんだろ?」


愛が大切だって…みんな言ってるくせに…
なんで…私の愛だけ…いけないの?







「あの人だれなんだろうね。」

「…?」

「ほら…あの人…」



私にとって…それは衝撃的な出会いだった。

猫背だけど、真っ直ぐ前をみて…
細身だけど、堂々としていて…

一目惚れって…こういうことを言うんだ。



「化乃教授の助手らしいよ。この学校の生徒じゃないんだって…」

「あだしの…教授?」

「ほら、『異能力文化概論』の。男癖がわるいでお馴染みの…」

「化乃教授の助手ってことは…ロストマンの研究してるのかな?」

「あの人に告白したっていう先輩が言ってたんだけど、ロストマンにしか興味がないんだって…名前はたしか…」

「…」

「シツイ…イノ」




失慰イノ…

この人なら、私のことを裏切ったりしない。

私は直感でそう思った。

化乃教授の講義を受講して、ロストマンにも詳しくなった…

あとは…あなたと…話すきっかけだけあれば…



だけど…



私は見てしまったんだ…

去年のクリスマス。

知らない女と…研究室の前で楽しそうにしているあなたを…



なんで…
私じゃないの?



『ロストマンにしか興味がないんだって…』



私が…
私が…ロストマンになれば…







藤田沙綾の表情は…
まるで大切な人が死んでしまったかのようです。
まるで世の全てが終わってしまったかのようです。
崩れ落ちた膝に力が入らず、ぐったりとしています。


「…」


自分の能力が失われたことを直観的に気づいたのでしょう。
静かに震えています。


「かなちゃん…」

「イノ…さん。」


イノさんはゆっくり立ち上がり…
色の戻った瞳を開きます。

イノさんが私を見ている…
それだけで私の目には、気づけば涙が溢れていました。

言いたいことはたくさんありました。
しかし沈黙を破ったのは藤田沙綾でした。


「…い…いったい…どういう…こと…?」


声は震えています。


「どういうことなんだよ!?オイッ!沖田かなッ!テメェのせいか!?オイッ!」


喉が切れてしまうんじゃないかと思う程…
藤田沙綾は私を睨み、叫びます。


「藤田さん。あなたの能力のせいで、私は自分のことをイノさんに伝えることができませんでした」

「そうよッ!イノは自分の能力だって忘れていたはずなのにッ!ロストマンのことは、全部忘れさせたハズなのにッ!イノやあんたの話は、認識できないハズなのにッ!」

「そうです。だから私は、私のことではなく、あなたのことをイノさんに伝えたんです」

「…は?」



私は…
藤田沙綾に、2つ折りになった一枚の紙を手渡します。
私が4つ折りにしてポストに入れた…イノさんへのメッセージ。



【 あなたがこの先 もし目が見えなくなってしまったら この呪文を唱えなさい。

『藤田沙綾 もらうよ きみの エミリー・テンプル・キュート』

4つ折りのこの手紙を読み終えたら ゴミ箱へ捨てず 2つ折りにしてポストへ戻しなさい。】



「…ポ…スト…」



私や研究室、イノさんの能力のことは書かず。
藤田沙綾のことだけを書いた紙。

桜乃森大学の校門で対峙して藤田沙綾の用意周到さを知った私は、彼女がゴミ箱の中を確認するかもしれないと思いました。
だから大切な手紙だけポストにいれたんです。
ポストだったら、朝起きて一番最初に確認するのはイノさんです。

でも、イノさんがポストを見ない可能性もあった…
見ても何もせず捨ててしまう可能性もあったんだ。

2つ折りでポストに入れられていたこの紙を見た時。
私がどれだけ安心したか…



「目がみえなくなったら…って…まさか…最初から…」

「狙ってました。あなたがイノさんの視界を奪うこと…そして信じてました。追い込まれたあなたなら…必ずやると…」



『イノの視力を全部奪って…本当に私だけしか見えないようにしちゃうよ?』



私は信じたんです。
藤田沙綾の用意周到さを…イノさんに対する執念を…
そしてイノさんが、私の手紙を読んでくれるって…
信じてくれるって…

弱っちい私には…
人を信じることくらいしかできないから。



「自分の能力を覚えていないイノさんでも、言葉を発するだけで能力は発動します。」

「…」

「あなたの負けです。藤田さん。」



藤田沙綾は、都合の悪いものをイノさんが認識できないようにしていた。
強いて言えば、自分の『能力名』をイノさんが認識できないようにしておかなかったこと…
それが彼女の最大のミスでしょう…。



「なんで…なんで私ばっかり…こんな目にあうの…」

「…」

「少し前に付き合っていた人は……私の他に4人の女がいた…好きになった人は…みんな離れて行った…」

「藤田さん…」

「好きになったら…その気持ちを抑えられないのは、自分でもわかってる…でも…それの何がいけないの…?人を愛することの何がいけないの?」




好きになった相手のことを想ってる…
と思ってる。

実際は全て自分のため…それをわかってない。
恋は盲目…なんていうけど。
相手を盲目にするほどの愛は…愛ではない。



『せっかく可愛く産んであげたんだから、ちゃんと可愛くいなさい』



きっと本当の愛は…
自分を傷つけてでも、相手を守りたいと願えることを言うんだ。
私のママや、イノさんのおかげで…私はそれに気づくことができたんだ。

藤田沙綾は…イノさんに出会う前の私だ。
自分のことに必死で…周りを傷つけていることに気づかない。



「あんたのせいだ…」

「藤田さん…」

「あんたのせいだッ!!!!」


その時。
藤田沙綾がキッチンへ走り出し、包丁を手にとります。
そして私の方へきびすを返し…包丁を私に向けて走ってきます


「殺してやるッ!!!」

「かなちゃん!」


イノさんが間に入ろうとしましたが…
大丈夫です。イノさん。



「藤田さん…『ここにいて』ください」



ドンッ!!!


藤田沙綾は…
自分の体重を支えられませんでした。

顔から派手に倒れ込みます。
包丁は床へ刺さり、倒れてもなお私を睨み続けます。



「藤田さん。」



私の『イエロー・スナッグル』をつかっても
桜乃森大学で膝もつかなかった藤田沙綾。

あの時のあなたは、イノさんのために膝をつかなかった。
自分本位の愛で行動する今のあなたじゃ…
私の『イエロー・スナッグル』に耐えることはできません。



「…」



倒れ込んだ彼女に、私がかける言葉はありません。
私の今回の役目は、もう終わりました。
でも…



「藤田さん…」

「…」

「今、イノさんに告白してください。能力に頼らないで…あなたの口から。」

「…え…?」

「イノさんも…ちゃんと答えてあげてください。」

「かなちゃん…」



こんな形で終わっちゃダメ。
ちゃんと告白して…ちゃんと振られないと…
彼女はきっと、同じことを繰り返してしまいます。

藤田沙綾は倒れたまま、私を睨むのをやめて、イノさんを見つめます。



「イノ…」

「…沙綾…」



イノさんは、その場でしゃがみます。
藤田さんの言葉がちゃんと聞こえるように。



「…ごめんなさい………」

「…」

「好きで…好きで…しょうがなかった…」



藤田さんは…
可愛らしい女の子に戻っていました。
涙で顔はぐしゃぐしゃだけど…
その表情は、今までで一番素敵な顔です。



「沙綾…俺も…この数日間…すごい楽しかった。」

「イノ…」

「でも…ごめん。俺…」

「…」

「好きな人がいる」

「…」

「君の気持ちには答えられない。」

「…イノ…」



藤田沙綾は、ぽろぽろと涙をこぼします。
叫ばず…下を向いて…とても静かに。
イノさんは立ちあがり、今度は私を見ます。



「イノさん…」

「…かなちゃん」



イノさんが…私の声を聞いている。
私の顔を見ている。

好きな人がいる…
イノさん…あなたの好きな人って…



「イノさん…あの…」

「…?」

「…」



あぁ…そうか…私…



「帰りましょう。研究室に。」

「…あぁ。そうしよう。」





私…イノさんのこと…
好きなんだ。







No7.藤田沙綾
能力名:エミリー・テンプル・キュート(命名:藤田沙綾 執筆:沖田かな)
種別:観察系 終身効果型
失ったモノ:好きな人

好きな人が対象となる。
「そうでしょ?」「そうだよね?」など同意を求める言葉をつかうことで対象者を操作する。
「思いこみ」を利用した能力で、実際に記憶を失ったり視界を失ったりはせず、対象者は「思い出せない」「目が見えなくなった」と思いこむだけ。
藤田沙綾は数年前からイノさんが好きだったらしいけど、実際にイノさんが藤田沙綾を知ったのは事件から数日前だったみたいです。
イノさんによって能力消滅。藤田沙綾は今も桜乃森大学に通っています。
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