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たまには歌でもいかがです?

15 リリー・シュシュ③

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何度もかなちゃんに電話をかけた。
…でない。

今日は日曜日だ。
学校は休みだし、かなちゃんはここ最近日曜は毎週研究室へ来ていた。
連絡がつかなかったことなんてなかった。

かなちゃんの母親は今もまだ病院で療養中だ。
つまり今かなちゃんは実家で一人暮らし。

もしかなちゃんが眠ったままなら、鍵も開かない。
今俺が向かうべきはかなちゃんの家じゃない。

川村桃香のいる病院だ。



俺が病院について真っ先に向かったのは、眠っている患者達の病室だった。
ちょうど日下院長が患者の容体を見に来ているところだった。
突然病室に入ってきた俺に、周りにいるナース達は少し混乱しているようだ。

「失慰さん…どうしたんですか?そんなに慌てて…」

「日下院長…患者は全員、起きなくなった日から同じ服を着ていますか?」

「…いや、定期的に着替えさせてますが…」

「着替えさせるとき、手書きのチケットのような物を持っていませんでしたか?」

「…チケット?何のチケットです?」

ライブのチケット…
momoの…復活ライブのチケットだ。
かなちゃんも桃香さんからもらった。
おそらくアレが…

「…もしかして…momoさんの名前が入ったものですか?」

俺の問いに返答をしたのは日下院長ではなく、一人のナースだった。

「見たんですか?」

「はい…起きなくなった日に患者さんの部屋の掃除をしていて…もう捨ててしまいましたけど…」

「あなたが全ての患者さんの着替えをしてるんですか?」

「いえ…それぞれ担当が違いますので…日によっても違いますし」

「あの…私も見ました。ゴミかと思って…破って捨ててしまいました。」

違うナースが口を開く。

「復活ライブって書いてあるチケットですよね?…実は私も…」

また違うナースだ。
やはりそうか…
おそらく眠っている患者全員が桃香さんからチケットを貰っている。

しかしチケットを捨てても効力が続いてるということは…
チケットはあくまで能力を発動するためのスイッチ。
能力を解くためにはやはり桃香さんに直接聞く必要がある。

「わかりました。全ての患者がチケットを持っていたか確認できますか?」

「出来る限り…調べてみましょう。」

「お願いします。」

俺はすぐに桃香さんのいる個別病室に向かう。
かなちゃんを危険な目に合わせてしまった負い目からか、俺は焦ってた。

おそらく目を覚まさなかった者達は前日にチケットを渡されたんだ。
チケットを渡された者には共通点がある…
なんでもっと早くに気づかなかった…ッ!

彼女は個室を用意されている患者だ。
他の患者との接点はかなり少ない。
しかも彼女は今…声が出ない。

 『起きなくなった者は…起きなくなる前日に、とある患者と話をしているんです。』

そんな彼女がどうやって30人近い人数の患者と会話をする?
そんなの決まってる…

 『あの…momoさんですよね!シンガーソングライターの!』

桃香さんは、病院内にもファンが多いシンガ―ソングライター。
あの時のかなちゃんみたいに、患者から声をかけられたんだ。
けれど俺みたいに、全員にチケットを渡してるわけじゃない。

 『すいません…CMで何回か聴いたくらいで…』

それはきっと桃香さんが、「俺をファンじゃない」と判断したからだ。
彼女は自分のファンにあのチケットを渡していた。

つまり眠り続けている人達は…
みんなmomoの歌が好きだった。

ガチャリ

「おはようございます。桃香さん」

川村桃香は俺の顔を見る。
俺は肩で息をしていたし、きっと怖い目をしていると思う。
そんな俺を見ても川村桃香は眉ひとつ動かさず、メモ帳にさらさらと文字を書く。

【おはようございます】

昨日は何も感じなかったが…
桃香さんの字は綺麗すぎて無機質だ。

「桃香さんの歌、聴ました」

桃咲さんはほほ笑みながらうなづいた。
きっと「ありがとう」という意味だろう。

「俺にも…チケットをもらえませんか?」

桃香さんはじっと俺の顔を見る。
感情はわからない。
桃香さんはすっと俺から視線をそらし、また文字を書く。

【あなた 私の音楽 好きじゃないでしょ?】

感覚的にわかるのか…
あてずっぽうで言っているのか…

「…」

嫌いなわけじゃない…
ただ、俺はもうこの人の歌をフラットな気持ちで聴くことはできないだろう。

【けど チケットは あげる】

「…くれるん…ですか?」

桃香さんはうなづく。

【もう 十分歌ったから】

「…?」

桃香さんは、またすらすらと文字を書き俺に手渡した。

【momo 復活ライブ 特別VIPご招待チケット】







俺は日下院長にお願いし、桃香さんの病室の隣に部屋を用意してもらった。
部屋中にお香を炊いておく…念のためだ。

「もし俺が起きなかったら、桜乃森大学と警察に連絡をいれてください。」

日下院長にそう言い残し、俺は目をつむる。

「…わかりました…それでは…」

ガチャリと音がして日下院長と看護婦が出ていく音がする。
俺は右手にチケットを握りしめる…

今回の俺は…だめだめだ。
かなちゃんを危険な目に合わせ…
実際のところ、能力の概要をほとんどつかめてない。

思いつく方法がもうこれしかないなんて…
やっぱり…俺は…向いてないのかな。この仕事。
『プラグイン・ベイビー』のときも結局方法が見つからず、能力を使ってしまったし…

結局俺は…

ロストマンの能力を奪うか…

殺すことしか出来ない人間なのかな…

昔…の……よう………に…。


………………

…………

……






気づくと俺は、映画館のロビーのような場所に立っていた。
身体が軽い…意識は妙に研ぎ澄まされてる。
こんな状況で…なぜかハッキリとわかることがあった。
…これは夢だ。

ロビーはそこまで広い感じはしないが…たくさんの人がいる。
談笑していたり、飲み物を飲んでいたり。
どこの映画館でもよく見かける光景だ。
俺はその人達を知っていた。

病院で…目を覚まさなくなった患者達。
みんな同じ夢を見ているという事か?
目を覚まさなくなった患者達は…この夢に捕らわれてるということか?
かなちゃんは…?

俺はロビーを見渡す。
受付…自動販売機…電光掲示板…大きいドア…
出口と書かれたエレベーター…
出口…出口?

「お帰りですか?」

俺がエレベーターに近づこうとすると、後ろからタキシードを着た男が話しかけてきた。

「いえ…あの…帰れるんですか…?」

「…?えぇ、もちろん。お目覚めになるときはお声かけください。」

タキシードを着た男が俺から離れる。
いや…おかしいだろ。

あの男、「お目覚めになるときは…」って言ったぞ。
これは夢ですって言っているようなものだ。
ご丁寧に出口とかかれたエレベーターもある…。

「じゃあ…なんで…みんな帰らないんだ…」

ここにいる人達はみんな…これが夢だとわかってるのか?
出口がこんな近くにあるのに、何日もここにいるっていうのか?

「まもなく開演です!」

どこからか聞こえる声で、ロビーの人達がみんな大きいドアに入っていく。

「…」

開演…
何かが始まるようだ。
いや…何が始まるのかは、俺にはわかってる。

大きなドアを抜けると、そこはステージだった。
特に派手な装飾もなく、マイクが一本立っているだけの簡素なものだった。
客席は50人分くらいか…少ない。

ロビーにいた人たちはみんな席に座っていく。
みんな自分の席がわかっているようだ。
…俺も…なんとなく自分の座るべき場所がわかっていた。
きっと夢だからだろう。
前から5列目…右から4番目の席だ。

「…あ」

一番前の端の席に、見覚えのある後ろ姿が見えた。
黒髪のショートカット。
…かなちゃんだ。

俺は大きい声で呼びかける

「かなちゃ…!」

…その瞬間。
俺はひどく後悔した。

俺の声をかき消すように流れてきた歌…。
ステージに姿を表した歌姫。

同時に、わかってしまったんだ。

ここにいる人たちがなぜ帰ろうとしないのか。

それくらい、その音楽には想いが乗っていて…

何よりも優しかったから。





















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