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五章 帝国の洗礼

百九十九話 最後の力

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「テ、テルの兄貴!」
「僕の実験を邪魔したんだ、当然の結末さ」
「……よくもテル君を!私の事も忘れてないよね~!」
「おっと、その距離で魔術を使ってもいいのかい?」

 テルが吹き飛ばされたことで憤慨したシエに対して、脅すようにガイスとネルの周りに魔力球が宙を舞う。

 テルという一番の懸念要素を取り除いた研究者は、自称ではなく実際に結果を出しているのだろう天才的な頭脳でシエの能力を見抜いていた。

「君の能力は任意発動型ではなく、恐らく強制自動発動型だろう?故に極限まで詠唱を減らすことで能力の発動時間を減らしている」
「へ~、だったらどうしたの?」
「だが、幾ら魔術の天才であろうと完全に詠唱を破棄することは出来ない。君が能力を発動せず能力を使えないのがその証拠さ」
「……」
「何より、幾ら魔力操作が早かろうと魔力の発動が必ずバレてしまう。それでも魔術を使うかい?」

 シエが持つ周囲から魔力を奪う能力における、仲間からも奪ってしまうという点の次に現れた弱点。
 それはどれだけ早く魔術を放っても必ず能力が事前に発動し、相手に魔術に対応する時間の余地を与えてしまうこと。

 とはいえ、能力の発動と魔術の発動の時間差はほぼ誤差。今後のシエの努力で更に縮まって行くと思うが、今の技術と距離では研究者の反応速度を凌駕することは恐らく不可能。
 それでも魔術を使った場合、ネル達とその周りに浮かぶ魔力球がどうなってしまうのかは想像に難くない。

「とはいえ、君達を見逃すようなつもりは毛頭ない。だから魔術を放つかどうかは処理が早くなるかどうかだけどね」
「じゃ、じゃあ何が目的でやんすか!?」
「言っただろう?実験は成功した。だからその結果を記録するだけさ」

 紋章の収納からか、それとも能力か。いつの間にか取り出した記録用紙に何かを書きながらガイスに近づく研究者。

 もはや二人のことは眼中に無い様で、魔力球で周囲を警戒をしつつも記録と実験に対する思考になったようにボソボソと独り言を呟いていた。

「……成功ではあるが、想定より思考レベルが低い……頑丈さはより強くなり……本人の素質?……状況……条件か?」
「そ、それ以上ボスに近づくなでやんす!」

 そう言ってネルはしがみついていたガイスから離れ、研究者の前に短剣を持ち立ちはだかる。

 体は疲労と恐怖、そして魔力の枯渇で震えている。だが、その瞳には挫けぬ意思が宿っており、たとえ無謀だとわかっていてもその手で握る刃を手放すことは無い。

「……観察の邪魔だ。少しでも生きている時間を伸ばしたいなら、そこを離れる事をおすすめするよ」
「どうせ死ぬなら同じでやんす!それなら……死ぬきで抗うでやんす!」
「そうか、なら死にな」

 研究者が容赦なく殺意の籠った言葉を吐くと、ネルの頭上から大量の魔力球が降り注ぐ。

 だが、ネルの能力は本人が認識していなくても発動する。滝のような魔力球の奔流を完璧に避け切り、その勢いのまま短剣で襲いかかる。

 しかしそんなに在り来りな攻撃が届く訳もなく、ネルの短剣は軽々と防がれそのまま弾き飛ばされる。

「うぅ、こんなのどうしようも……。はっ、ダメでやんす弱気になっちゃ!自分はまだ諦めないでやんすよ!」
「君の回避に特化した能力は強力であることは認めるよ。だが、そもそも君が弱い時点で宝の持ち腐れ。更に言えば弱点もある」
「負けない……!負けないでやんす!」
 
 自身の言葉で精神を鼓舞し、不格好な刀の持ち方で研究者へと切り掛かろうとするネル。

 同時に触手が生えるように飛び出した魔力球の群れを能力で完璧に避け ……たかと思われたが、回避した直後に死角からの魔力球の群れに襲われ吹き飛ばされた。

「グェ……!?」
「効果の強力さに比べて魔力効率も高く、再使用までの時間感覚も短い。だが、今のような回避直後の回避といった瞬間的な連続使用は不可能。それが君の能力の弱点さ」

 実験結果を説明するように淡々と語り、実際に能力の効果が及びないタイミングでネルを攻撃に成功する研究者。
 
 まるで潰れたカエルの様な声を出して瓦礫まで吹き飛ばされたネルに対する興味は今度こそ無くなり、ガイスの記録を再開し始める。

「ネルちゃん頑張れ~!その程度でくたばる訳ないよね~?」
「……」
「だってそんなの、『漢』じゃないもんね~?」
「……っ!?」
 
 シエの明らかな挑発。それに反応しないわけもなく、ネルは痛む体に鞭打って立ち上がる。
 瓦礫に突っ込んだ事で服は更にボロボロになり、手足に切り傷も増えて今にも倒れそうな状態だった。

 しかし『漢』という概念と、そこにある言葉の重み。それを改めて理解したネルは、例え自信の限界が来ているとわかっていても守りたい物を守る為に立ち上がる。
 
「ボスから……ボスから離れろでやんす。まだ自分は負けてないでやんす」
「まだ戦う気かい?眠っていればいい物を。それに、どうせ彼は放っておいても数分後には死ぬんだよ?なら僕が記録して有効活用した方が良くないかい?」
「……だとしても、ボスはお前なんかに利用されて良いような漢じゃないでやんす!!」

 もはやネルに短剣を振り下ろせる程の体力は残っていない。ならばと短剣と腕を体の前に固定し、体重を乗せて突進するように突き進む。
 
 しかし、限界の近い体での速力はガイスどころかシエの全力疾走よりも遅く、駆け引きどこらか回避の余裕すらない。
 まるで邪魔な物を腕で払うように繰り出された動く魔力球にそのまま吹き飛ばされる。そう思われたその時。

 魔力球の動きが、ネルを避けるように歪む。

「自分は……自分はボスの舎弟!こんなので負けないでやんすぅ!!」
「っ!?」
「魔力球の方が、ネルちゃんを避けた~……!?」

 魔力球を回避を回避はしたが、風圧だけで吹き飛びそうになるのを目をつぶって無我夢中に突進することで耐える。

 それと同時に今までネルの頭を守ってきていたフードがハラりとめくれ、常に閉まっているからか鮮やかな赤髪が外気に晒される。
 
「君、その髪色とその瞳……。はっ、ははは!なるほど。元々違和感はあったが、そういうことだったか!まさかとはね!」
「ん?何を言って~……」
「うわぁぁぁ!!……うぐっ!」

 能力によって幾度かは研究者の攻撃を回避するが、弱点を理解した研究者により繰り出される波のような連続攻撃に能力が追いつかず、すぐに捕獲されてしまう。

「気が変わった。君のボスはもう無理だが、残り三人は生かしてあげよう。勿論、実験ネズミとしてね」
「な、にを……」
「安心しなよ。僕の支配下に秘密裏に置けば、上からバレて命を狙われることも無く安心して生きられる。一生、実験動物だけどね」
「そんなの、そんなの……!」

 研究者は新たな研究題材を見つけたとして、目を好奇心旺盛な少年のように輝かせてネルを見つめる。
 しかし、その口から出る言葉はどこまでも残酷かつ理不尽で。

 ネルは掴まれた体をどうにか動かして藻掻くが、だんだん力尽き始めついには諦めてしまう。

「……そんなのイヤでやんすぅ……。助けてぇボスぅ!」
「はっ、あいつはもう生きた屍。もう動くことも出来な……」

 研究者は言葉を続けられない。何故か?それは動かないと決めつけた存在の動作を視認し、理解と判断を脳が拒んでいるから。

「ウ、ガァァ!!」
「なんだとっ!?」
「ボスぅ!!」
 
 その拳は無意識の判断で防御した研究者を通り抜け、ネルの周りの魔力球にぶち当たる。
 拳の威力で魔力球が不安定になった隙に、意識の無い筈なのにネルを回収し研究者から離れた。

 明らかに限界まで来ていた筈のガイスは全ての力を使って動き始める。ネルの呼び掛けを初めとし、研究者との最後の戦いが始まるのであった。


 ♦♦♦♦♦


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 二千文字程度なので良ければ見てみてください!

 
 
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