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五章 帝国の洗礼
百九十四話 ネズミの一撃
しおりを挟む「結界?違うね……これは君達を閉じ込める『牢獄』さ!」
「ろ、牢獄!?もしかして自分達閉じ込められたでやんすか!?」
研究者の言葉を聞いたシエは即座に簡単な魔術を魔力障壁に向かって放つが、魔術は拮抗することも無く一瞬で崩壊する。
それだけでその結界がかなり強力な物だと理解し、シエは魔道具の所有者であり最も詳しいであろう店長に問い質す。
「この魔道具でなんなの店長~!?」
「こ、これはもしもの時の為に店で働く従業員達を守る為に作った結界を生み出す魔道具だ!ただ、内側から出る事に制限は設けていないはずだ……」
「まさか、魔道具の効果を逆転させたの~?!」
「それは違うね。単に条件を変更しただけさ……『僕へ敵意を持つ者の出入り禁止』とね!それに解釈もかなり広い。つまり、僕を討伐しに来たであろう冒険者達もここには入って来れないという訳さ!」
研究者の言葉を証明するかのように、遠くの方で何か叫びながら騒いでいる冒険者パーティであろう人達が見える。
こちらの事は見えていないのであろうか?こちらとは少しズレた方向を見つつ、半透明な障壁を殴ったり魔術で攻撃したりしているがびくともしていない。
「はははっ!わざわざ大金を掛けて強力にしたのが仇となったね!高ランクの冒険者が集まってるみたいだけど、それでも壊れないほどに強力な障壁!だからこそ僕が欲したのさ!」
「へ、へ~?それなら強引にぶっ壊しちゃえば……」
「させると思うかい?」
そう言って取り出したのは、先程腕に着けた物と全く同じ外見の魔道具。
研究者はそれを重ね合わせるようにもう一度腕に装着した。
同時に数が数倍に増える魔力球。その様子は空を這う大蛇のようで、シエ達を丸呑みするかのように襲いかかる。
「レオンちゃん~!?」
「ブルルン!」
「ひぃぃ!?や、やばいぃい!?!?」
「あはははは!!逃げ惑え!叫び散らせ!そして死にさらせぇ!!」
半狂乱状態の様に叫びながら研究者は笑う。操作した魔力はその大きさや力強さだけでなく、速度まで速くなった魔力球の奔流は逃げ惑うレインを追い詰める。
このままでは不味い。そう判断したシエは即座に魔術を使おうとするが、それを研究者は許さない。
「『炎そ……っ!?」
「ブルルン!?」
「ははっ!まさかこの魔道具の効果で魔力球が増えただけだと思ったのかい!?愚かだね……今の僕なら、君の数手先の動きまで読み通りさ!」
「こ、これってまさか、噂の魔力妨害ってやつでやんすか!?これじゃ、能力も魔術も使え無いでやんすよぉ!?」
いつの間にか研究者によって設置されていた魔道具の罠が発動し、抵抗することも出来ず二人と一匹に魔力の輪が結ばれる。
この魔力の輪は魔力を扱おうとすると反応し、強制的に操作した魔力を胡散させてまともに身体強化さえ出来なくさせる効果がある。
よく犯罪者の無効化の為に使われる魔道具で、今回のように罠として使われることがあった。
「ふ、ふん!こんな魔道具、強引に壊して~……」
「ほう、そんな事をしてもいいのかい?」
「へ?」
「確かにその魔道具の効果は強引な魔術や能力の使用で無理やり破壊することも不可能じゃない。ただ、そんなことをして君の仲間は……周りで寝ている者達はどうなるだろうね?」
その言葉にシエは気がつく。自分自信はまだまだ魔力はあった。
しかし、研究者の攻撃から逃げる為にかなりの魔力を使用し、更にシエの能力によって魔力を多く消費した周りの人達の様子に。
レインに至っては常に全力疾走で能力を連発し、常に命の危険を感じていたが故に普通よりも数倍の負担が掛かっていた。
「君達の名前とその能力、やっと思い出したよ。私とは無関係だと思っていたが、上から秘密裏に指名手配されていた奴らだね?」
「ど~だろ~ね~?人違いでしょ~」
「何方にせよ、今回で大きな成果を得られた。これなら多額の研究資金を得られるだろうなぁ!ははは!」
研究者はもう勝った気で高らかに笑う。恐らくもう次の研究について考えているのだろう。
実際、まともに逃げることが出来なくなったシエ達を魔力球で囲み逃げ道を無くしている。確実にトドメをさせる状態になったのだ、余裕を持って当然だろう。
そして研究者が取りだしたのは、明らかに何かを発射するような形状をした魔道具。教会を破壊した魔道具と同じ物であった。
「さぁ、この魔道具で今度こそ君達を消し炭にしてやろう。残りの男共も、直ぐにそっちに送ってやるさ!」
「あ、あぁ……今度こそ死ぬでやんすか?もう叫ぶのも疲れたでやんすよ……」
「諦めちゃダメだよネルちゃん!……とは言ったけど~」
唯一の抵抗手段さえ失ったネルはもう諦めたように頭を抱えて縮まり込む。
目の前で魔力が溜まり始める魔道具を見ながら、この状況を打破出来るほどの魔術を考えるが……どれもピンと来ない。
シエは魔力妨害を強引に破壊しつつ、あの高威力の魔力光線を相殺して更に周りの魔力球をどうにかする魔術。
完全に存在しない訳では無いが、魔道具の魔力が溜まり切るまでに完成する魔術は無かった。
「あはは~……こりゃお手あげ、かな?」
「ははっ!そう、それでいい!ネズミはネズミらしく、抵抗などせず大人しくその生涯を全うすればいいのさ!さぁ、私の目の前から消えるんだぁ!!」
遂に魔力の充填が終わり、完全に起動して発射の準備が整ってしまう。
もう運命に身を任せるしかない。そう二人と一匹が全身の力を抜いて身を寄せあった時、突如として聞き覚えがあるのか無いのか分からない叫び声が響き渡る。
「う、がぁぁぁ!!!」
「何!?」
「あれは、ボスゥ!!」
「えぇ!?動けたの~!?」
研究者の近くに見えるのは全身傷だらけでほぼ半裸の男の後ろ姿。
もはや生きているのがやっとであろう姿のボスであった。
そして研究者に殴り掛かるが、恐らくもしもの為に近くに待機させていたのだろう魔力球がその拳を弾き飛ばす。
「ダメ、早く逃げて~!!」
「先に死にに来たか!ならお望み通り、一瞬で消し炭にしてやるよォ!!」
「ボスぅぅぅ!!」
「消し飛べぇぇぇ!!」
研究者はシエ達に向けていた魔道具の方向を変える。そして、地面に叩き落とされたガイスに向けて極太の魔力光線を解き放った。
ガイスの速力では避けきれない。目を覆いたくなるほどの輝きを持った光線が一瞬にしてガイスを覆い尽くす。
「まずは一匹目だぁ!あははは!」
「……グラァァ!!」
「あははは……は?……ごはぁぁ!?」
しかし、そんな光線をものともせずガイスは研究者を殴り飛ばすのであった。
♦♦♦♦♦
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