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四章 罪の元凶

百三十話 罰の扉

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 sideシエ

 
 
 テル君が入った扉が大きな音を立てて閉まる。そして微かに感じる気配も遠くなっていき、遂には私にはその気配が感じとれなくなった。
 
 私の中でテル君の言葉が反響する。私も……まだ旅がしたい。でも……。

「少しでも不安があるなら辞めておくことをおすすめします。この先に行って帰ってきた者はひと握り。そんなに甘い話は無いのです。これは忠告ですよ」 
「……でも、いつかは通らなくちゃダメでしょ~?」
 
 そんな事はわかってる。でも、私はやらなくちゃいけない。信じているテル君の期待に応える為に。

「あいつは優しい。多分、こいつを使わなくてもお前を攻めることはしないと思うぞ?」
「……うん、知ってるよ~。テル君は優しいから私みたいなのに引っかかっちゃうんだ~」

 テル君は用心深いように見えて楽観的だ。特に人間関係については、テル君自信辛い過去があるはずなのに何故か信じてしまう。

 だから、だから私は……。

「じゃあ、私も行くね~。もしもの時は……お願いね~♪」
「……わかった」

 おじさんが私の言葉に頷くのを待った後、私は開かれた扉を進む。その時にはもうアラルドは何も言わなかった。

 背後で扉が閉まる音を聞きながら、不安で押しつぶされそうになるほどの暗闇を進む。
 するとグランがテル君に言っていたようにイスが突然現れた。

「わ~、不思議だね~。よいしょっと」

 光源もないのに暗闇で覆われていないイスに私は座る。
 すると襲ってくる睡魔に近い何か。私は抗うことも無く意識を手放した。



『ねぇ、なんでそんな幸せそうなの?』
「っ!?」
 
 誰なのかは思い出せないが、確実に私の精神を削る声で私は目を覚ました。

 目を覚ましても私は真っ暗で何も目えない場所に横たわって目覚める。周りを見渡しても……声の主はいなかった。

「あ、あはは~……。気味が悪いな~……」
『どうして生きてるんだ?』
「っ!?だ、誰!?」
『助けて……』
「あ、ああ……」

 分からない。だけど確実に聞き覚えのある声。心の中に封印した記憶。私の罪。
 忘れていた。忘れようとしていた、覚えておくべき記憶が呼び起こされていく。

『忘れるな』
『あなたが犯した罪を』
「……ごめんない。ごめんなさい」

 私には許しをこう権利はない。何があっても許されないから。だから、私は謝り続ける。罪を償うために耳は塞げない。

『なんであなたは立てるの?』
『もういやぁぁ……』
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
『どうして俺がこんな目に遭わなければならないんだ!』

 きっと、耳を塞いでもこの声は聞こえるだろうこの声に正気をガリガリと削られていく。
 そして最初は問いだけであった言葉が段々と直接的な暴言になって行く。

『お前が俺達を殺した』
『なんで生きてるの?』
『ぐるじぃ……ごろじで……』
「……ごめんなさ……」
『お前が居なければこんなことにはならなかった』
「……っ!」
『どうして生まれてきたの?』
『死ね』
「……」

 あらゆる方向から、あらゆる音声で、私の『死』を願う言葉が降り注ぎ、私を責め立てる。

 言葉の一つ一つに籠る言葉では言い表せない怨嗟と殺意。それが私の心を傷つけ、すり減らす。
 
 これが永遠に続く。そう考えると頭がおかしくなってしまいそうになる。だけど、正気を手放すこともまた逃げ。
 これら全てを受け入れなければきっと罪は消えない。

 しかし、突然声が聞こえなくなる。さっきまで嵐のように吹き荒れていた怨嗟の声はどこからも聞こえなくなっていた。

 私はいつの間にか瞑っていた目を開く。そして私の目に映ったのは迫り来る見覚えのある少女。

「……あ」
『ねぇ、死んで?』

 次の瞬間、少女が持つナイフは私のみぞおち辺りを貫いた。



「ハァッ!?……死んだ?あっ、死なないの、か……」

 刺された瞬間に意識が途絶え、私は悪夢を見た後かのようにガバッと起き上がる。
 そして、案外軽く受け入れることが出来た『死』よりも衝撃が私を襲い、言葉の続きをいえなかった。

 何故なら、さっきまで真っ暗な空間だったのに今は何の変哲もない村の目の前に私は居たから。
 
 手をついている地面も現実そのもので、遠くからチラチラと見える村の中に居る人も普通でだった。
 
 私はそのまま無言で立ち上がり、フラフラと村へと私は進む。何となく体を動かしているのが自分では無い気がした。

 村の門番は私の事など見向きもせずどこかを見ており、私の村の侵入を一切拒まなかった。
 見えてないのかな?それともただの人形のような物なのかな?

 ……どうでもいいや。
 
 私は目的地もなく、されどどこかに向かう足取りで街を進む。
 村の所々にあるを見て少しずつ記憶が蘇るのを感じる。それは懐かしく楽しい記憶。そして一生忘れていたかった記憶。

 そして、気がつけば私は村の中で最もボロボロで人も寄り付かない、人が住むとは思え無い家の前にたどり着いていた。

 私はゆっくりとその建物のドアをゆっくりと開ける。ギギギと音を立てて開かれた建物の中には……何も無かった。

 だが、たとえ何も無くてもこの建物の匂いや壁の傷、質感といった建物の雰囲気が私に『帰ってきた』という感覚を味合わせた。
 そう、ここは私が住んでいた村であり、住んでいた家。

『何故帰ってきたのじゃ』
「……ヒッ!?」

 背後から聞こえた声に私は驚きと恐怖で悲鳴を上げて前に逃げ出してしまう。
 しかし、急いで飛び出した為バランスを崩して床に躓いてしまった。

 急いで立ち上がろうとしても焦りすぎて立ち上がれない。
 私は何とか壁までは進み、壁を背にして声の方に視線を向ける。
 
 そこに居たのは私の記憶と一切変わらない歳をとった女性で、確かここの近所に住んでいた人だ。

 ……誰よりも、に嫌がらせをした人物でもある。

『何度も言ったはずじゃ、ここには一生戻ってくるなと』
「ち、違う。私は……」
『何が違う。ああ、そうか。戻ってきたのではなく、皆の魂を奪いに来たのか。この悪魔め!』
「ち、違う!私は悪魔なんかじゃない!」

 私はこの村で『魂を奪う悪夢』だと恐れられた。
 村の人達に魔力が多い人はいなかったから、私が魔術を使い魔力を奪うと簡単に気絶する人も多かったからだ。

 そして何より、とある二つの事件が彼等の中の私を完全に悪魔へと変えた。

『悪魔じゃない、か。ならコレはなんだ?』
「……っ!?な、なんで……ここ、に……」
『可哀想にねぇ。悪魔のを産んだばかりに』
 
 いつの間にか家の中にいた年老いた男性。確か村長だったはず。
 彼が指さしていたのは……とっくの昔に埋葬されたはずのお母さんであった。

『なんでだと?お前が殺したからだ。魂を奪ってな』
「ち、違うの。そんなつもりじゃ……」
『性懲りも無い悪魔じゃな。ほれ、そろそろ始まるようじゃぞ』
「始まる……?っ!?」

 瞬きをした瞬間、視界がガラッと変わる。私は薄暗かったあの家から、村の外が見える見張り台の上に立っていた。

『さぁ、悪魔の惨劇の時間じゃ』
「……っっ!!ダメ!」
 
 村中に響き渡る魔物達が走る地鳴り。膨大というほどでは無いが、この程度の小さな村を滅ぼすには十分な魔物が接近していた。
 
 その魔物達に向かって戦える人達が魔物に立ち向かうが……どんどんと押されて行った。

 そして、そこに現れる一人の少女。私はその少女を見た瞬間に叫ぶが……勿論、なんの意味もなさない。

 少女はその手に持った杖を中に掲げる。その瞬間に感じる膨大な魔力と全身の脱力感。
 そして、視界に映る今の私のように脱力したせいで簡単に食い殺される村人達。

 そうか、あの時に襲われなかったのは村人が身代わりになっていたからなのか。

 私はすぐに視線を逸らそうとしたが全く視点が動かない。まるで誰かの視点を見ているようで。

 そして遂に少女の魔術は完成し、膨大な魔力を含んだ魔術は近くの森ごと飲み込んで魔物達を焼き滅ぼした。

 それを見届けた私は。魔力の吸われすぎで意識を半分失って高台から落ちる。この高さは明らかに人が落ちたら助からない高さで……。





「ハッ!?……も、戻ってきた?今のは……」
『見てきたかい?思い出したかい?お前の所業を』
『許されざる罪を』
『奪った命の数を』
「ち、違うの……!あれは、皆を救おうと……」

 膨大な魔力を含む魔術を使った少女。そう、あれは私だ。私が本気で魔術を使ったから村中の人達は多くの魔力を奪われた。
 
『救う?何が救うだ。お前の行いで何人が死んだ』
『お前が殺したのは戦っていた人だけではないのじゃ。お前が見た物もお前のせいで気絶して高台から落ちた者の記憶』
『赤子や老人、回復薬が必須だった者』
『そして、お前の母親』
「……いや」
 
 遂に私の中で封印していた記憶が決壊する。そして嫌でも鮮明に思い出す記憶。

「いや、いや!」

 魔物を消し炭にし、急いで家に帰った時の静けさ。

「違う!違う!!」

 母親の手を触った時に感じた、人間の手とは思えない冷たさ。

『『お前が殺した』』
「い、イヤァァ!!!」
 

 私は二人を押しのけ、家から飛び出て村の外に向けて走る。
 それまでに感じる視線、視線、視線……。そこに宿るありとあらゆる負の感情。

 違う、違うの。私は皆の為にやったの。だから、だからそんな目で……。

「ガルァァ!!」
「……あ」

 村を出た瞬間、突然現れた魔物に私はなす術もなく襲われる。痛みを感じることはないけど、その恐怖は私の記憶に焼き付けられた。
 
 

 そんなことが何回、何十回と続いた。

 何回も見たくない物を見せられ、何時間も私の存在を否定する暴言が続き。逆に何も起こることの無い何日間と続く『無』の時間も与えられた。

 私はその回数だけ、心が折れそうになった。だけど、辛い記憶を思い出すのと同時に幸せな記憶だって思い出した。
 どれだけ死ねと言われても、テル君達が私の無事を願っていることを思い出した。
 
 けど、けど……もう、限界だった。

 心が折れるまで続くのではないか?と思う程に長い長い罰を受け、もはや私はなぜ耐えているのか、なぜ生きているのかわからなくなっていた。

「……」
『……』

 数日に渡る無の時間を私も無の状態で過ごしていると、いつの間にか目の前に見覚えのある少女が立っていた。

 一瞬、小さい頃の私かと思ったが……違う。

 今なら思い出せる。最初の方に私を刺した子であり、最大の黒歴史。この子は……私が初めて騙した少女だ。

「……ごめ、んね」
『……』

 私の精神はもう崩壊寸前。このまま彼女に殺されれば、きっともう目を覚ますことは無いと思う。
 
 もう、どんな記憶も私の心を支えることは出来なかった。唯一私の精神の崩壊を防いでいるのは、最後のテル君の言葉だった。

 私は目をつぶる。最後の衝撃を受け入れるために。それを与えられれば、もう私は目覚めることは無い。
 しかし、その衝撃が来ることは無かった。

 何故?そう思った私はゆっくりと目を開く。そしてそこに居た人に、私は久しぶりの驚愕を感じる。

 そこに立っていたのは、テル君であった。

 

 ♦♦♦♦♦


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