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深夜のコンビニバイト八十七日目 マッチ売りの少女来店

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深夜のコンビニバイト八十七日目。

雪がこんこんと降り、昨日に引き続きゴミ捨ては正直早く済ませたいと思うくらい寒い。
店長もいつも通り何かあったら呼んでねと言ってくれたが、休憩室にいる店長。
格好が冬だった。
制服に赤いちゃんちゃんこを着て毛糸の帽子をかぶっていた。頭があったかいんだそうだ。

いつも俺の事を見守ってくれているあやめさんだが、前に吹雪の日にも外で俺を見ていたので、めちゃくちゃ焦って「中に入ってください!」って言ったんだけど、「業務の邪魔しちゃ悪いから」と入ってくれなくて、クリスマスにバイト休んでデートをするという俺の突拍子も無い約束と引き換えに、冬は風邪を引くといけないし、家にいてとお願いした。
代わりに、手作りらしい。
ピンク色をしたうさぎの大きな編みぐるみを「私だと思って」とクリスマスより一足先のクリスマスプレゼントだろうか、プレゼントしてくれ、更に「毎日身に付けるものにつけてね」と青いクマのストラップもプレゼントしてくれた。
ストラップは、彼女とお揃いのようだ。ピンクのクマのストラップが、あやめさんの赤い鞄で揺れていた。
彼女からの手作りのプレゼントを初めてもらった。嬉しい。

「うぅ、さむさむ」

ゴミ捨てを終え、手のひらを擦りながら店内に戻ろうとした俺を、

「お兄さん!藁人形はいりませんか?」

この寒さの中ぽっと灯されたマッチの火のように、元気で明るい女の子の声に呼び止められた。声のする方を振り返ると、小学生くらいの小さな女の子がぽつんと立っていた。
ボロボロのワンピースを着て、バスケットには、恐ろしくも大量の藁人形。俺は思わず、聞き返してしまった。

「わ、わわ藁人形...!?」

闇が深すぎるぞこの子何があったんだ!?

「うん、藁人形!火をつけるとあったかいよ」

それをいうならマッチだろ!?え!?これ火をつけるために売ってるの!?
明るい笑顔で微笑む女の子は、バスケットを持つ手が寒さで赤くかじかんでいた。どれだけの時間外で藁人形を売っていたんだこの子は。

「とりあえずお店に入ろうか」

女の子においでおいでと入り口に手招きすると、女の子は少しだけ表情が強張り、ふるふると首を振った。

「どうしたの」

「だめなの。私、このバスケットの藁人形全部売らないと、お家に帰っちゃだめなの」

「ここはお家じゃないよ。コンビニっていって」

「だめなの、だめなのだめなの!」

足をドタドタトントンと嫌々しながら首を振る藁人形売りの少女に俺は困ったなぁと頰をかく。
俺は女の子をこんな寒空の下に残して自分だけ暖かい店内に戻るつもりはなかったので、女の子と話をするべく膝が凍りそうなくらい冷たいコンクリートに膝をついて、彼女と同じ目線のまま声色優しく話しかける。

「藁人形全部売らないとお家に帰れないってどういう事かな?」

「お母さんが、許してくれないの。藁人形全部売らないと帰ってくるなって言われたの。私のお家は呪われたから貧乏なんだって、お母さんがおかしくなっちゃったのも呪いのせいなんだって。だからその呪いを解くためには、藁人形を売らないといけないの」

なんてこった。こんな小さい女の子が帰る家もなく、ずっと藁人形を売り続けているだって?

ピロリロピロリロ。

「村松君何してるの!?外吹雪いてるよ!?」

制服を着た店長が店内から飛び出してきた。

「店長...」

「どうしたの、その子は...」

ボロボロの継ぎはぎワンピースを着た明らかに現代離れした女の子に、店長も目を見開いた。

「わ、藁人形は、いりませんか?」

小さい女の子が見たら、一目見て泣き出しそうな顔の店長にも、女の子は一生懸命藁人形を差し出した。

「ありがとう...いくらだい?」

彼女の赤くひび割れかじかんだ手を包み込むように店長は藁人形を受け取る。

「150円です」

「ありがとう。店長見ての通り友達が少なくてね。藁人形のお友達が欲しいと思ってたんだ」

にっこりと微笑むと店長はポケットから小銭入れを取り出し、女の子に渡し、大事そうに藁人形を受け取った。

「...わぁあ、ふわぁああ!!ありがとうおじちゃん。ありがとう...生まれて初めて、藁人形が売れたよ」

店長おじちゃんに、藁人形売りの少女は本当に嬉しそうに目を潤ませながら微笑んだ。藁人形が売れたことをこんなに喜ぶ女の子を俺は複雑な心境で眺めていた。

「とりあえず中に入ろうか」

「あ、店長」

案の定、女の子は首を振る。俺は外にいた理由を説明した。

「そうかぃ...」

店長おじちゃんは、特に考える様子もなくすぐさま俺の話を聞いて女の子に、

「それにしても素敵なバスケットだね。おじちゃんに、売ってくれないかぃ...?」

女の子は、困惑したように俯く。

「藁人形が入ってるから...」

「藁人形ごと、全部欲しいんだ」

店長の言葉に女の子は飛ぶように顔を上げる。
嘘でしょ?本当?いいの?女の子の顔いっぱいにそう書いてあった。

「友達はいっぱいいた方がいいからね...いくらだぃ...?」

女の子の目はみるみる涙に包まれ、くしゃくしゃになっていく。

「.....わかっ...わかり...ません...こんなに沢山の藁人形...売れるだなんて、実をいうと思ってなかったから...」

グスッグスッと泣き出す女の子に、店長は、

「ちょっと待ってて」

と、その場から消え1分も経たないうちにサッと現れると女の子に一万円札を五枚差し出した。

「はい、どうぞ。これをお母さんの所に持って行きなさい。もう呪いは解けたよって」

「これがあれば、呪いが解けるの?」

「そうだよ。もう、大丈夫だよ」

「ありがとう、おじちゃん...私、これでやっとお家に帰れるよ...」

店長おじちゃんに満開の笑顔で答えると、藁人形売りの少女は呪いが解けたように、

「ありがとう...ありがとう..あり....」

この強い吹雪に攫われたように、サァッと消えていった。

「あれ...む、村松君」

「えぇ、店長」

夢から醒めたように店長は目をこすって闇夜の吹雪を眺めていた。
俺は寒さなんてすっかり忘れて、藁人形がこんもり積もったバスケットを持った店長と一緒に、しばらくその場から動けなかった。
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