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深夜のコンビニバイト三十九日目 勇者コンビニバイト辞める

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「い、いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませー!」

俺より、勇者の方が元気に挨拶している。相変わらずだが、そうじゃない。
俺は、基本的に深夜のお客さんが少ない時間帯にレジに入る為、ここまで沢山の人を相手にした事がなく、昼時に流れ込むようにコンビニに入ってくるお客さんに萎縮してしまった。

次々とスーツを着た人や、会社の制服を着た人、工事をしている頭にタオルを巻いたおじさん達が、お弁当や飲み物売り場にぞろぞろ歩いてきて、レジに並ぶ。

一気にずらりと行列が並び、まだ初日の勇者より、ここは俺がと俺が前に出るが、人の多さに驚きを隠せなかった。
こんなに並ぶの!?昼ってこんなに混むの!?

「いらっしゃいませ!」

だが落ち着いてレジを打っていく。

「マック君、これ」

「レンチン終わってる。箸は二膳でしょ。あいよ」

勇者は、初日とは思えないくらいスムーズに俺のサポートに回ってくれた。
これじゃどっちが初日のバイトかわからない。本当にハイスペックなんだな勇者。

「ちょっと!横入りしないでよ!おばさん!」

「はぁ?あたしの方が明らかに先だったでしょ?」

後ろの方で40代くらいの主婦と50代くらいのおばさんが喧嘩を始めた。俺の胸がどきりと跳ねる。
前には沢山のお客様、レジは抜けれない。どうしたら。
目の前の50代後半くらいのスーツを着たおじさんが、

「あのおばちゃんいっつも横入りする事で有名なんだよね。こっちが折れないとずっと続くよあれ。あ、兄ちゃん、タバコ22番ね」

呆れたように話すおじさんに、俺はタバコの会計した後止めに行こうか、でも後ろに並んでいる人を放り出して行くわけにもいかない。
喧嘩を止めるのが長くなるかも。それで余計に待たせてしまうかも、そもそも俺に喧嘩を止められるのか?ぐるぐる頭が回らず、タバコを取る手が止まっている事に自分でも気がつかなかった。

「兄ちゃん、タバコ、まだ?」

「は、はい!22番ですね!ただいま!」

結構大きな声で喧嘩している。どうしよう。どうしたら。

スッと俺の後ろにいた勇者がレジを抜け、主婦とおばさんの間に入る。

「美しい奥様方、折角の美しいお顔が台無しですよ」

勇者は、にっこり笑って喧嘩をしていた横入りおばさんの手を取る。

「美しい奥さん、今日は何を買いに来られたんですか?」

「何よぉ、口が上手いお兄ちゃんだね。新人さん?」

「そうです、今日入った新人のマックと言います。奥さんはこのコンビニの常連さんですよね?」

「え?あぁ」

話しながらさりげなく手を取って横入りおばさんを後ろの列にエスコートして行くマック。
喧嘩していた主婦にウインクし、彼は横入りおばさんと一緒に後ろの列に並んで巧みの話術で話を始めた。

ほっとしてレジを打って行くと、さっきの主婦の番になった。

「彼は、新人さん?」

「あっ、はい」

勇者の事だろう。

「そう、ありがとうって伝えておいて。若くて格好良くていい子ね」

「はい、伝えておきます」

にっこり笑った主婦に、俺は引きつった笑いで答えた。
とうとう横入りおばさんの番。
おばさんは、上機嫌でマックとニコニコ話していた。

「奥さん、また是非来てくださいね!」

「うん、また来るよお兄ちゃん。あんたに嫌われたくないし、一人暮らしで誰かに構って欲しくてやってた横入りも、もうやめるよ」

ぼそりと言ったおばさんは、何回も勇者を振り返って帰っていった。

そういえば今日は雲子がテスト期間だっていっていたっけ。やけに学生が多いな。テスト期間で早く授業が終わるのか。
高校生くらいの女の子達の順番が近づいてきた時に、

「変わるよ、ずっとレジで疲れたでしょ?」

嘘つけお前。俺を心配するふりしてJKの相手をしたいのが見え見えだぞ。
いい顔で言ってんじゃねえよ。
だが、レジ打ちっぱなしで疲れたのも事実だ。少し変わってもらってフォローにまわるか。
隣の安藤さんは、一人で全てこなしていた。すごいな、安藤さん...あれ、安藤さん、の相手してるお客さん。

身長が2メートルくらいある、黒いフードをかぶったサングラスにマスクの大男は、何やら安藤さんにへこへこしている。

「また来てくださってんですね」

「あっはい。安藤さんに会いたくて」

狼男さんだ、あれ.....。
めちゃくちゃ目立ってるんだけど。もしかして狼男さんが街中で惚れた人って、安藤さんなの!?
あっだめだだめだ、そっちに集中している場合じゃない。
接客に集中しなくちゃ。

「かわいいね、高校生かな?」

案の定高校生の女の子達に声をかける勇者。

「え?やば、外人!?超格好いいんだけど」
「イケメンすぎ...ねぇ、写メ撮っていいか聞いてみようよ」

こそこそギャルっぽいJK二人組が話している。

「写メ?全然オーケイだよ?でもこんな可愛い子達と写真撮るのなんか、恥ずかしいや」

ウブを気取ってんじゃねえよ。
レジを打ち終わって、キャーキャー言われながら会計をもらった直後、

ピロリロピロリロ。

「ちょっと!あなた達!」

腰に手を当ててズカズカ入ってきた黒髪ロングヘアのメガネ女子高生。
その後ろをひっつき虫のようについてくる見覚えのある金髪ツインテールの同じ制服を着た天邪鬼ちゃんと一緒に、真っ直ぐJK二人に近づいてきた。

「嘘だろ!?雲子(くもこ)!?天邪鬼ちゃんも!?」

メガネ女子高生は、俺の妹、村松雲子(むらまつくもこ)だった。

「テスト期間中は、真っ直ぐ家に帰ることと帰りのHLでしっかり言ったはずですが?」

「委員長だってきてんじゃん」

「私は見回りです。あなた達のような風紀を乱す人達を監視するべく、こうしてテスト勉強の時間を割いて高校の近辺を回っているんですよ」

赤い眼鏡の側面を右手であげながら、いつもの雲子らしく注意する。

「まぁまぁ、仲良くしようよ。ね、君もコンビニに来ることくらい許してあげてよ。俺に免じて、さ」

キラッとウインクする勇者に、

「何故あなたに免じて彼女達を許さなくてはならないのか理解に苦しみます。何ですか貴方は、あれ、隣にいるのは...お兄ちゃん!?いつもは深夜なのに今日はどうしたの?」

俺を見てぱあっと顔を輝かせる雲子。

「理由はまた家で話すよ、仕事中だから」

小声でそういうと、雲子は申し訳なさそうに頷いて高校生二人と、天邪鬼ちゃんを引き連れてコンビニを後にした。

「おい、いい加減にレジ打てよ。何喋ってんだよ」

後ろの20代前半くらいのいかにも機嫌の悪そうな男性が、ドンとレジにかごを置いた。
しまった、やばい。やっぱり話しすぎた。後ろのレジの人達もイライラしてる。やばい。

急いで俺が前に出てレジを打つ。

「大変申し訳ございませんでした!いらっしゃいませ」

ピッ、ピッと打って行くと、トントンと早くしろというようにレジ台を人差し指で叩き出した。相当イライラしてる。
カゴいっぱいの商品。俺は普段深夜のコンビニバイトだから、お客様も少なくこんなに商品をレジ打つことがないのと、緊張でうまく商品の値段の読み上げができない。

「ありがとうございます。2560円になります。あたためどうなされますか?」 

「.....」

「あたため、どうなされますか?」

「あたためるに決まってんだろ。馬鹿なの?」

「....申し訳ございません」

俺はこの時点でもう既に泣きそうだった。俺が悪い。他のお客様も見るからにイライラしてる。だめだ、どうしよう。

「何、この世界のコンビニ店員さんって皆こんな奴に物を売らなくちゃいけないの?意味わかんないんだけど」

バカ!!!!!!!!!!!!!!!

「はぁ?あんた今何つった?」

お客様が語調を強める。
勇者は、更に続けた。

「どうしてそんなに偉そうな態度がとれるの?コンビニ店員と、お客ってだけであなたとムラオは赤の他人な訳でムゴッ!」

「大変申し訳ございませんでした!!」

俺は勇者の口をすぐさま塞いで一緒に頭を下げた。

「いや、言ったことは取り返せないから、店長だして。新人って書いてあるけどこんな店員何で雇ったわけ?お客様は神様でしょ?よくそんな態度とれるよねマジありえねえよ」

「いや、神様じゃないし。ただの人間だし」

もう頼むから頼むから黙っててくれ。
泣きそうになりながら必死に頭を下げる。店長に迷惑をかけるわけにはいかない。

「店長出せって言ってんだろ!!」

腕を組みながら怒鳴るお客様に、店長が休憩室から飛び出して来る。

「どうなさいましたか?」

「ここの新人店員の教員どうなってんの?接客中に馬鹿みたいに喋るし、お客に口答えするし、生意気だし」

「大変申し訳ございませんでした」

店長が頭を下げて謝る姿を見て、俺はもう半分泣いていた。

「いや...俺が悪いんです。本当に申し訳ございませんでした」

俺達が謝る姿に納得いかない様子の勇者だったが、しぶしぶ前に出て頭を下げた。

「いやもう納得いかないわ、俺が買った商品これ全部タダね?待たされた他のお客さんの分も全部タダにしてよ」

息が止まった。勇者がバッと顔を上げ何かを言おうとしたが、俺はそれを全力で止めた。

「それは...できません。申し訳ございませんお客様」

「はぁ?何で、当たり前だよね」

「妾の此奴に何をしておる。お主...」

赤いロングワンピースを着てトマトジュースを抱えて怒りに震えながら吸血姫が目を見開いて後ろの列からズカズカと歩いてこっちに向かってくる。

「店員の態度が悪いから俺がこの商品全部タダにしたら許してやるって言ってるの。それの何が悪いの?」

「そんなにずっしり買っておいてタダにしろというのは、ちょっと図々しいですね。乞食ですか貴方は。確かにその馬鹿の態度は店員といえるべき態度ではありませんでしたが、態度の悪かった貴方から、仲のいい友人を庇う為のコンビニ店員としてではなく、人間としての行動なのだと思いますよ」

後ろから、ひょっこり顔を出した白いティーシャツに、ピンクのロングスカートを着たシスターのクレアさんは、はっきりと言った。

「クレア...!?久しぶりだな!来てたのか!」

「三股馬鹿勇者さん、お久しぶりです。二度と顔を見たくありませんでしたが、たまたまコンビニに来た際に出会ってしまいました。最悪の気分ですわ」

「謝ってるんだから許してやればよかろう!どうして人間はそんなに心が狭いのだ!」

ざわざわとしだす店内に、男性にお客様の視線が集中する。
お客と俺達にスマホを向ける人達さえ出てきた。

「っなんだよ、もう二度とこねぇよこんなコンビニ」

叫んでお客様は、商品を持って逃げるように帰っていった。

「本当に申し訳ございません...店長」

「いいんだよ、村松君よく頑張ってくれたね。今日はもう二人共帰ってゆっくり休みなさい。ごめんね。俺がレジ入るからさ」

店長は、俺の背中をさすりながらなだめるように優しく声をかけてくれた。

「魔界洞窟の幼虫ガガバルカンジュウに食い殺されて死ねばいいのに」

勇者は、低い声で頭に腕を回して休憩室の畳に寝っ転がった。
何も言わず呆然と立ち尽くす俺に、

「.....ムラオは悪くないんだから、そんなに落ち込まなくてもいいじゃん」

よっこらしょっと起き上がると、俺の肩を抱きよせながら、

「俺コンビニ店員、向いてないわ...本当は泣くのずっと我慢してたんだよね。でも初めての俺の友達が怒られてたのを見ていてもたってもいられなくてさ...口が勝手に動いてた。ごめん。俺こう見えて心が弱いからさ、多分こういう接客とか向いてないんだと思う。正直怒鳴られた時ちびりそうだった。頑張って言い返してたけど」

「あぁ、ありがとな」

俺の為に言ってくれてたんだよな。
全部。なんだかんだ、いい奴だなマックは。
それなのに、俺は。

「ごめんな、ありがとうマック」

「...いいよ、こんなとこやめて俺と一緒にユーチューバーやろうよ!」

「遠慮しとくよ」

その日は店長の言う通り、早退させてもらった。
一人で帰る帰り道。タッタッタッとこちらに近づいて来る足音に、振り返るとすぐ隣に綾女さんがいた。

「あっ...ハル?それバイトのセットが入ったバッグよね?今日は深夜じゃないの?」

スーツ姿にいつものマスク。髪を後ろでキュッと束ねたいつもと雰囲気の違う綾女さんが、隣にいた。

「綾女さん...?」

「私普段お昼はOLやってるのよ。休みの日とかはハルを草葉の陰からそっと見守ったりしてるけど」

にっこり微笑む綾女さんに、安心と今日の疲労で涙がこぼれそうだった。

「どうしたのハル。なんだか今日は疲れてるみたい。嫌な事でもあった?何でも話して」

夕方の空いた時間だった。
俺はとうとう心配してくれた彼女の優しい声色で涙が溢れだした。

「...ぐっごめんなさい...すん、ごめんなさい...ごめんなさい」

「ど、どうしたの!?ハル大丈夫?」

「....はい...大丈夫です。ありがとうございます、あの今日仕事でちょっと色々あって、でも綾女さんの顔を見たら安心したってだけです」

「...そう、また落ち着いたら話してね。私はいつだってハルの味方よ。ハルはいつもいつもコンビニバイトとってもよく頑張ってるわ、変な客ばっかりだけど。今まであなたが接客してきたお客さんはきっとそれを分かってるし、あなたの事が好きだから何回もコンビニに足を運んじゃうって人もいると思うわ。かくゆう私もその一人よ」

夕焼けに照らされながら歩く帰り道。
接客業ってどんなにいい接客してもそれが当たり前だ。
臨機応変、マニュアルは基本だけ。
その場その場で考えてお客様に適切に対応しなくてはいけない。
他人と他人とのコミュニケーションだし、お客と店員ってだけで人間の地位が変わってしまうような気がする。
報われない事が多いけど、こうして見ていてくれる人がいて、ありがとうって言ってくれる人が一人でもいれば、報われた、コンビニバイト、頑張っていてよかったという気持ちになる。


マックは、一日でバイトを辞めた。
俺は深夜のコンビニバイトのシフトに戻してもらえることになった。
ほっと胸をなでおろしてしまった自分に罪悪感を抱えながら眠りについた。

「もう二度と店長に謝らせることのないように」

俺は、寝言のように呟いた。






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